儚い、それは夢に似た「現」。
 見るものすべてが、白に満ちていて、吐く息の白さに一番凍えそうだった。

 

 

「ステラ」
 声は掠れ、しゃがれていて、自分のものと思えないほどだった。それでも俺は、必死に己の腕を掻き抱いてひたすらその名を呼んだ。
「俺・・・・・・」
 震えが止まない。
 もう何時間そうしていたかわからない。
 水面に映る自分の泣き顔は一向に消えることなく、そこにあった。
「俺も」
 君の元へ行けたなら。

 

 

 驚いた。
 夢だ。なんて、夢を見たんだろう。

 俺は飛び起きたせいで起こった軽い眩暈を抑えるように額に触れる。ふと聞こえた窓辺からの鳥の声に朝が訪れたのだということを改めて確認した。そっと
嘆息して横を見やると、さらさらの金色の髪がもぞもぞと掛け布団の中へ入ってゆくのが見える。
 寒いのかな。
 もう梅雨だ。すっかり雨ばかりの湿気シーズンで、ステラは飽きもせずに毎日雨を眺めている。あんまり懸命に気を取られているものだから、気を引きたく
て仕事帰りに扇風機を買って帰ったのである。そのステラを喜ばせたアイテムは今、まさに寝室で活躍中であった。
 俺はそうっとベッドから抜け出して、そのスイッチをとめた。
 止んだ風に、室内はなんとなくしんと静まり返る。その静けさは、先ほど見た夢に似ていた。
(さっきのことみたいに・・・・・・リアルだった・・・・・・)
 両の手のひらを開いて、俺は見つめる。何を確かめるわけでもなかったがどうしてもそうしなくてはならない気がした。
「・・・・・・し、ん」
 起こしちゃったかな。
「まだ、寝てな」
「ん・・・・・・」
 もぞもぞと布団から顔を出したステラは、まだ飽いていない瞼を震わせてすうすうと吐息を吐いていた。
「かわい」
 俺は思わず、側に行ってその寝顔を眺めた。真っ白な頬に長い睫が僅かに震える。つい寝顔を眺めていると、その先にある紅く紫に輝く瞳が見たいと願って
しまう。欲張りだと苦笑して、俺はもう一度窓の外を見やった。
 相変わらず、しとしとと小雨が窓を打っている。
 俺は少しやってきた陰鬱な気持ちに、溜息をついて、その先にある紫陽花を見つめた。

 

 

 

 

 

「ふざっけんな」
「え?」
 いきなり殴るように飛んできた声に、俺は瞬いて顔を上げた。
「てめえみたいに楽しようって奴に、こっちにくる資格はないぞ」
 目の前にいる青年は、緑色の髪を短髪にしたすらりと背の高い人物だった。俺はどこかで会ったことがあるような気のする青年に目を奪われたまま動けずに
いた。
「・・・・・・まあ、座れ」
「はあ」
 俺は取り合えず返事して、従う。
 そこで漸く、周囲を見渡した。ここはどこなのかということだ。
「ここって」
「小さいこと気にすんな」
 そういわれても・・・・・・真っ白な場所、何もない。ただ白い空間。そこに俺はいた。座れといわれ、座ったものの、そこが床なのかすらわからなかった。
「お前のこと、気に入ってたみたいだからよ」
「?」
「ステラ」
 息を飲んで俺はその青年を見つめた。睨んでいたのかもしれない。
「そう睨むなよ。そうしたいのは俺のほうだぜ」
 可笑しいそうに笑うと、青年は初めて真っ直ぐにこちらを見た。金色の瞳が印象的な、射抜くような鋭さで俺を見ていた。
「これが、俺は覚えてるんだからよぉ。ムカツク」
「あの」
「お前に負けて、俺おっ死んだんだぜ。白のガンダムくん」
「!!」
 背筋に寒いものが走った気がして、俺は立ち上がろうとした。しかし青年の腕がそれを許さず、すぐさま戻される。その現実味のない力の感じに違和感
ばかりを感じながら、俺は従って座ることになる。
「ま、結果は結果だ。認めるさ」
「あんた」
「なあ・・・・・・、お前はどう思う?生きてるときはさ、なんにも覚えてられやしなかったのに、死んだら全部思い出しやがった。どうよ、笑えるよな」
「・・・・・・ステラを迎えに来た・・・・・・あのときの」
「ああ。スティング・オークレーだ」
 すっと差し出された青年の手に、俺はつられて手を出す。
「とんだ間抜けだな。ザフトのエースは」
「あのなあっ」
 出した手を払われた上に、思い切り見下した笑みで見下ろされた。かっと上った血に俺は思わず叫ぶが、相手はからからと笑うだけで応えやしなかった。
「・・・・・・そんなだから・・・・・・ステラ守れねえんだよ」
 聞こえるか聞こえないかほどで呟かれた言葉に、俺は言葉を失った。
 すぐに掻き消された青年の顔に浮かんだ一瞬の表情は、どんな罵りを受けるよりも辛いものだった。
「ま、間抜けは俺さ」
 笑って、今度はスティングは俺の肩を叩いた。
「アイツに、新入りかみたいなこと言っちまってな。笑えるだろ?」
「・・・・・・笑えないよ・・・・・・」
「そう暗くなるなよ。お前、まだ戻らないといけないんだから」
「・・・・・・」
 スティングはそう言って息を吐き出すと、真っ白な空間の先をじっと見据えて懐かしむように呟いた。
「理屈は知らないが、まあこうなってるのは事実だ。覚えてるか、アウルって奴がさ・・・・・・もう一人仲間がいるんだよ、意地っ張りの奴が」
「あの水色の髪の?」
「ああ。アイツのが先にこっち来てるはずなのに会えなくてな」
 彼の言うような死後の世界みたいなことがあるのかも、ここがそういう空間なのかも、俺にはわからない。
 自分が死んだ覚えもない。
 ただ、直前までステラの沈んでいった水面をひたすらに眺めていたのだから。
「会えると、よかったんだけどなあ」
「・・・・・・俺なんかに会うよりね」
「そりゃそうだ」
 良く笑う人だ。俺は直視できなかったが、その何かから開放されたような快活な青年を少し羨ましい気持ちで眺めていた。
「次は、負けねえよ」
「え」
「次。次、会ったらサシで勝負だ」
 立ち上がったスティングはそう言って、拳を突き出してきた。
 俺は戸惑いながら、そうっとその拳に己の拳を近づける。またかわすのかと思えば、スティングは滲むような微笑を一瞬浮かべて拳を着き合せた。
「お前、最後まで見て来い。いいな」
 スティングはその腕で、俺を立たせ勢い良く背を押した。
「ちょ」
 真っ白な空間に俺は真っ逆さまにのめりこむような感覚がして、思い切り目を瞑った。

 

 

 

 


「おきた、シン?」
 眠そうに目を擦ってステラは窓辺に立って外を眺めている俺の側まで歩いてくる。
「・・・・・・おはよう」
 見返したステラの瞳は紫陽花よりもきらきらと光って見える。
「シン、おはよ」
 嬉しそうに微笑んで、ステラは背伸びして俺の頬にそっとキスした。
「ラクス、するの。キラに」
「そ、そっか」
 俺は内心ばくばく踊り出す心臓の音に驚きながら、ステラに聞こえないよう少しだけ身を離す。可愛い人は無邪気で無垢だ。俺のように邪な気持ちなんて
ない。悪戯をするみたいに、そうして触れてくるのは心臓に悪い。
「シン、あじさい見てたの」
「うん」
「らいねんは、ステラ、咲かすからね」
「一緒に、ね」
「うん」
 俺は泣きそうな気がして、何も言わずにそうっとステラを抱きしめた。
 華奢なステラは小さくて、細くて、壊れそうだ。それでも、しっかりと温かくて鼓動がした。
「ステラ、話したいことがあるんだ」
「ん」
 ステラは頷いて、そうっと胸の中から顔を出して瞬くとにっこり笑っていった。
「ココア、いれて、あじさいみながら、おはなししよ」
「うん」
 俺は返事しながら、やっぱり泣きそうで、笑うことで誤魔化しながら、つんとなった鼻を擦った。
 しとしとと降る雨は、いつかの日、水面を見つめてどうしようもなく泣いたあの日に似ていた。降りしきる粉雪の中、雪が雨粒のように解けて己を
打つことが優しい鞭のようで苦しかったことに。
 
 
 ねえ、ステラ。
 
 俺たちは、見えないものの多い世界に生きている。
 それでも、自分の腕で抱きしめることを赦された君のことだけは決して離さないでいるから。

 たとえ、いつの日かあの場所に逝くことになったとしても、


 

 だから、今日は君にこの話をしようと思う。

 

 

           

 

 


シンVer.です。。。

 

もっと、かきたいけれどさわりだけ。

スティング兄ちゃん、すき。ようやっと、かけたなあ。 

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