俺には兄弟もいなければ、家族と呼べる人もいない。
 戦争が終わって、不意に周囲を見渡してみたときに、ふと気が付いた。

 みんな、誰かと繋がっている。


 俺はどこか躍起になって己の血族の為したことを拭い去ろうとしていたと思う。議長の言葉を都合よく変換していたのは
他でもない自分だったのだろう。
 ザフトに戻ることに抵抗や悩みがあったのではなく、結局はキラと違う道を行きたかったのかもしれない。
 自分には、自分にしかできないことがある。
 自分には、自分にしかない居場所がある。

 何故か、キラといるとそう思わずにはいられなかった。


 振り返れば、カガリの側を離れたのも、
 カガリといつまでも関係を明確にしないでいたのも、

 何もかも己の居場所を「守らなければならない」ものがあると思い込もうとしていたように思ってならない。
 あの時の俺は、ひたすらにどこか一点を見つめていなければ押しつぶされそうだったのだ。

 空虚で、
 どこにも繋がっていないアスラン・ザラと目が合うのが途轍もなく怖くて。

 

 

 

 

 

「アスランさん」
 シンは抑揚のない声で背後から声を掛けると、足を止め振り返ったアスランに無表情のまま、ずいっと書類の束を差し出し
てきた。その顔は別段、何も映し出してはいなかったが、アスランには言外に言いたいことがあるように見えて、つい眉を寄
せた。
 それをシンは目ざとくも見つめて、不機嫌そうに軽くアスランを睨んだ。
「なんです?」
「・・・・・・いや。何も」
「何か言いたそうですけどね、あんたのその顔」
 アスランはつい苦笑した。シンの言いようはあまりに酷いので通り越してしまった。
「上司に遣う言葉ではないな、シン」
「それはどうもすみませんでした」
 ぶっきらぼうに言うシンは、アスランが受け取らないでいた書類を無理やりに胸元に押し付けると、さっさと踵を返して去
ろうとした。
 アスランはその頑なな背に、どうしてか今日は声を掛けた。
「シン。お前、今日は遅番か」
「・・・・・・定時ですけど」
「じゃあ、一杯付き合え。終わったらブリーフィングルームにいる」
 言いたいことを言ってアスランは手を振ると、シンから受け取った書類を開きながら歩き出した。
「ちょ!」
 背後でなにかシンが叫んでいたが聞こえないふりをして、アスランは艦長室へ向った。

 

 

 

 

「あれ、レイの奴どこいったんだよ」
 きょろきょろと食堂内を見回しながら、シンは盛大に溜息をついた。
「なによ?レイがいないと昼ごはんも食べれないわけ、シン・アスカは」
「うるさいな、ルナ」
 側にあったテーブルですでに食事をしていたルナマリアが呆れた顔で言うのをシンは半眼で言い返すと、手にしていたトレ
イを席において、やはりまだレイを探して視線を彷徨わせた。
「落ち着かないわねえ、なによ?」
「レイにちょっと相談をさ・・・・・・ああ、もう」
 頭をがしがし掻いてシンは諦めたように嘆息した。頬杖をついて、目の前のルナマリアを見上げてやる気なく口を開く。
「・・・・・・アスラン・ザラが、今夜飲みにいこうって」
「へえ」
「どう思う?」
「珍しい」
「だよなああ」
 付いていた頬杖を崩して、シンはテーブルにおでこをぶつける。
「いいじゃない、たまには。行ってきなさいよ」
「絶対なんかあるって」
「何か恨み買うようなことしたの?」
「された覚えはあっても、した覚えはない」
「じゃあ、いいじゃん」
 シンは一拍置いて、ゆっくり顔を上げるとやけに真剣な面持ちで口を開いた。
「・・・・・・大戦が終わってさ、このミネルバが表向き軍でなくて民間の運営する会社みたいな組織に変わって、あのアー
クエンジェルも今では大使艦みたいな扱いで、地球連合が解体後プラントと手を取って」
「なによ、それあらすじ授業?」
「いや、そうでなくてさ。めまぐるしく、目の前が変化してて・・・・・・今じゃこの俺があのキラ・ヤマトと顔合わせたこ
とまであるっていう現実でさ・・・・・・」
 そこまで言ってシンは言葉を呑むようにとめた。
 目の前にいるルナマリアを見返すのが怖いような気がした。
 もう随分と彼女のことを「ルナマリア」とは呼ばない。今のシンにとって、ルナマリア・ホークは「ルナ」だ。戦の中で唯
一、シンがなくすことなかった人。手を繋いでくてた人。
 戦争が終わって、世界に日が当たり平和が訪れて、漸く何かに終われるように生きる必要のなくなったシンは、本当ならも
ういる必要のないこのミネルバに未だ席を置いていた。
 そう、もう自分は一人ではない。
 もう、守りたい人を守り抜いた。
 世界は、平和になったのだ。
「シン?」
 黙りこくったままのシンをルナマリアは不思議そうに覗き込んだ。それでも、シンは彼女と目が合わせられない。
「・・・・・・正直、わかんないんだ」
「なにが」
「どうして未だにアスランさんに対してワダカマリみたいなのが、心にあるのか」
 シンは絞り出すように言って、息を吐いた。
 アスランの目を真っ直ぐに見ることが未だにできないシンは、いつもあの人に会うとしまいこんだ過去を引きずり出される
ような気がして、どうしようもなくつっけんどんな態度しか取れなくなるのだ。
 何も言われていないのに、言われ続けている気がして。
「・・・・・・それがお前の答えなのかって・・・・・・それが」
「シン?何て?」
「なんでもない」
 シンは立ち上がって、手をつけていないトレイを持ち、ルナマリアを放置して歩き出した。
「ちょっと、シン!」
 お前が正しいのか。
 本当に、お前の信じた、お前の道は正しいのか。
 
 力を持ったそのときから、お前はそれを考え続けなくてはならなくなったのだと。
 アスラン・ザラの声がシンの中に響き続けた。

 

 

 

 

 


「えーっと、何歳だっけ。まあいっか。誕生日、おめでとうございます」
「どーも」
 シンは掲げたグラスをアスランのグラスにぶつけて、仕事後の一杯を早速口に運んだ。隣でアスランが呆れた顔で見ていた
が気にせず、飲み干した。
「お前な、まだ未成年だぞ」
「いいじゃないっすか。めでたいんだし」
「めでたいのは俺であって、お前ではないだろう」
「そう固いこと言わない言わない」
「お前という奴は・・・・・・グラディス艦長が頭抱えるのがよくわかる」
 アスランは軽く嘆息して、自分もグラスのビールを飲み干した。
「アスランさん、何食べます?あ、俺これがいいな、ほっけ。これもいいな、だしまき。ポテトサラダとか外せないですね」
「・・・・・・好きにしろ」
「やりい」
 誰の誕生日だか。
 アスランは苦笑して、ごくたまに仕事あとに訪れる居酒屋をそっと見渡した。定時に上ってすぐに来たから、まだ同僚や
クルーの姿はない。大戦直後はミネルバで動いていたアスランは、こうしてシンと会うのは今ではわずかだった。
「偶然にしても、俺なんかで申し訳ないですね。なんか」
 シンは申し訳なさそうの「も」の字も思わさぬ雰囲気でそういった。
「アークエンジェルでの仕事がたまたま早く終わってな。今日はカガリは夜遅いし、ちょうど良かったよ。寂しい誕生日でなく
て」
「偶然居合わせたのが俺ってのが、ねえ」
「自分で言うなよ」
「はは。だって、俺とアスランさんですよ?」
 軽い調子で言うシンの言葉裏にあるものを感じて、アスランは目を伏せた。
「あの時、盛大に殴りあったなあ」
「あ、珍しい。アスランさんの思い出し話」
 シンは面白がるように言って、枝豆を口に放り込んだ。
「・・・・・・人生ってタイミングだと、つぐづく思うよ。あの時、なぜお前を飲みに誘ったのか自分でもよくわからないか
らな」
 ぶきらぼうで、頑なな、変わらぬ背中を見飽きたのかもしれない。
「しかも、俺はステラのことなんて、これっぽっちも知らずにいたのに、なにをむきになったんだか」
 思い出し笑いを浮かべてアスランは、シンを見やった。同じような顔で苦笑するシンに、やっぱりアスランも笑った。
「あの時、あんたこう言いましたよ」
 忘れもしない。
 忘れることはない。
 あの時、アスランがくれた拳はきっと生きていたら親父がくれたろうものだった。
 生きることは奇麗事でもなく、汚くても、それでも嘘がつけない。そういうものだと教えてくれた。
「ルナマリアに逃げるな。お前の死んだみたいな目、見てるこっちが我慢ならない!って・・・・・・俺、正直あんたに何
言われてるかわからなかったんですよ、あの時」
「・・・・・・だろうな。俺はお前とルナマリアのこと、どれ程も知りもしないのにな」
「でも、あんたはいつも、いつでも、どうしてか俺の目の前にきて、俺を止める」
 ステラを逃がしたときも。
 捕虜を助けたときも。
 我を忘れてルナマリアを巻き込もうとしたときも。
「むかつきますよ、ほんと」
「だろうな」
『生、ください』
 空になったグラスをカウンターに同時に上げて、二人ははもる。
 顔を見合すことなく互いにやっぱり苦笑した。
「・・・・・・ほんと、あの頃の俺、自分でも思うほど、おかしかったんです。平和になったのに。俺だけがどんどん闇に
堕ちてくみたいだった。どこにいても、何をしても俺でないみたいで。してきたことの贖罪とか、そう思ってミネルバに残っ
たけど、それも正しいのかわかんなくて・・・・・・肝心なこと、全然ルナマリアに話せなくて」
 いえなかった。
 一人で眠ると、夢にステラが現れること。
 一緒にいて、ルナマリアが笑うと、ステラがいたらって考えている自分を。
「アスランさんは、どうして俺なんかに?いつだって、俺を見捨てることいくらでもできた」
「そうだな。お前は言うこと聞かないし、生意気だし、突っ走るし」
 黙っているシンをアスランは見やって、出てきた琥珀色のビールに映り込む自分を見つめて続けた。
「殴っても、殴っても気がすまないくらい、お前のこと嫌いだったよ」
 揺らめく琥珀の中にいる自分は、情けない顔で後輩に心のうちを吐露している。不意に湧いた既視感に、アスランは目を細
めた。
「同属嫌悪ってやつだ。まるで俺みたいな、お前が見てられなかった」
「優等生のあんたが?」
「中身は、お前さ」
「ひでえ言い方」
 シンは今度は真っ直ぐにアスランを見返して、逸らさぬその瞳でゆっくりとアスランに問うた。
「あの時の俺が本当の俺です」
 真っ直ぐで深い言葉だった。
「ステラには格好悪くて、見せれない・・・・・・でもそれがさもしい俺の中身です。どう足掻いたって、格好なんかついた
ことない。守りたいものどころか、自分も守れないシン・アスカです」
「それでも、今のお前は強いんだろう」
「・・・・・・はい」
 語尾に見せた微笑でアスランは十分だった。
 シンが成長したことも、もう叱らなくても理解することも、良く分かっている。それでも小言を言ってしまうのは老婆心と
いうやつだ。何より、どこかシンは危なっかしい。
「いや、そう俺が思いたいのかもな」
「?」
「俺には家族と呼べる人はもう随分前にいなくなった。もともと、カガリやお前のように兄弟がいるわけでもない。だからか
もしれない」
 言葉を切って、アスランは一気にビールを飲み干した。
 今夜はいい夜だ。
 酒が手伝って気分がいい。こんな夜は、きっと口が滑ったっていい。
「お前のこと、ずっとかまっていたいんだと思う。弟みたいで」
「・・・・・・」
 聞いたシンの様子ときたら、絶句もいいところでアスランはあまりの反応に半眼で見返した。
「シン?なんだ、その反応は」
「え、いや、え?あ、えと」
「?」
 瞬いて言葉を失うのは今度はアスランのほうである。
 シンは真っ赤になって、あたふたあたふたと、もごもご言うばかりで、その様子は照れている以外のなにものでもなかった。
「そそそそ、そんなこと言ってもっステラの兄とか、認めませんからっ」
 慌てたシンはわけの分からないことを口走る。
「お前が認めなくても、ステラの家族は俺だぞ」
「だっ誰がそんなこと決めたんです!!」
「俺が見つめたんだ。身元引き受け人だ」
「おおおお、俺と暮らしてるのに!」
「お前は代理人だ」
「だーっ!?ももも、もしかして、あんたの?」
「そうだ。俺の代わりにお前がってことだ」
「そんなの聞いてないし!!」
「お前の満喫しているステラとの新婚ライフはいつでも俺が取り上げることができる仕組みだ」
「そんな説明あるかーっ」
 言い合いは延々と続き、互いに迎えが来るまで続いた。
 呆れた顔のカガリと、心配そうなステラに挟まれて大の大人の男2人は酔いつぶれた。

 なあ、シン。
 
 
 俺があの時、流した涙はきっと、お前と分かり合えなくて、通じ合えなくて、悲しかったんだと思うんだ。
 アークエンジェルの天井を見つめて真っ先に浮かんだのは、お前だったよ。

 俺のしてきたことは無意味だったのか。
 俺の迷いはすべてを歪ませたのか。
 俺にできることなんて、何もないのか。

 全部ごちゃ混ぜになって、悔しくて、悲しくて。
 それでもMSに乗って、モニタを通してしか、お前やみんなに再会できないことがやっぱり虚しくて。

 今の俺と、お前は少しは通じているか。
 なあ。シン。
 俺はお前なんか、大嫌いのままだよ。
 
 それでも、

 

 

 

 


「気持ち良さそうに眠っちゃってまあ」
 呆れて言うカガリは額にかかった前髪をそっと避けてやりながら、アスランの寝顔を見つめた。
「カガリ、かわいい」
「え?ステラ?」
 くすくす笑って言うステラに、カガリは頬を染めて見返した。
「アスラン、みるとき、カガリかわいい。すごく」
「よしてくれよー、ステラ」
 くしゃくしゃとステラの髪を撫ぜて、カガリはステラの側で眠ってるシンにも目を向けた。
「そっちもすっかり眠ってるなあ」
「シン、うれしそう。アスラン、だいすき」
「シンが?」
「う。シン、アスランすき」
 ステラは微笑んで、ゆっくりシンの髪を撫でて、目を細めた。勝気な目元は眠ると、途端に子供のように幼い。シンの寝顔は
本当に無垢で優しかった。
 カガリは滅多と見ることの無い、シンの素顔に少し意外に思って瞬いた。
 いつも生意気で、ステラの前では大人ぶっているシンを見ているだけに、なんだかステラのほうが大人に見える構図が新鮮だ。
「ま、みんなステラには勝てないってことだよな」
 カガリ自身、シンとアスランが戦時中どういう立場と関係だったかは知らない。ミネルバでのアスランがどういった隊長だっ
たのか、あまりアスランは語ろうとしないのだ。
 でも、どんな経過を辿ったとしても、こうして後輩と今、笑い会えるならそれでいい。
「よかったな、アスラン」 
 いくらカガリが、アスランは家族だとそう言っても、プライドの高いアスランが心の奥底でそうは思っていないことも、血族
のことをどう思っているのかも、わかっていてもどうしようもないことだった。
 だから、このシンという青年が時に羨ましくある。
 もう一人の自分のように、見つめ大切にするアスランが、カガリにとってどうしようもなく愛しい人であるから。
「ステラ。今夜は私の家にみんなで泊まろうな。こいつらは寝室に放り込むから、一緒にお風呂に入って本を読もう」
「う!!」
 大きく頷くステラは嬉しそうに瞳を輝かせた。さらさら揺れる金の髪が自分と似て、やっぱり目に入れても痛くない妹のよう
に思えてならない。アスランを笑えないなとカガリは苦笑して、自分の耳から片方のピアスを取って、アスランの耳にそっと移した。
「ハッピーバースディ、アスラン」
 微笑んだカガリの笑みは最高に美しかったが、眠りこけたアスランは見ることが叶わない。
 きちんと終わりのある夢を見ながら、アスランは手放しに安心して眠っていた。

 

 

 

 

 

 


 

 アスラン、おめでとう!!

なんか、アスランとシンをかきたい衝動です。そして、まだステラが帰ってきていない時期のお話に、、、

シンとルナマリアのこともかきたい。

 

うう、

かきたいことだらけです。爆

 

 

 

 

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