「アスラン、あのね。これ」
 そう、遠慮がちに言いながらステラが差し出したのは、スカイブルーの色をした小瓶に入った小魚だった。
「俺に?」
「うん。アスランに」
 ステラはこくりと頷くと、小瓶を目線のところまで持ち上げて見せると中で気持ちよさそうに泳ぐ魚を指で追いながら言う。
「このこ、今日うまれた。アスランとおなじ」
 光にあたると少し紫に見える透明な小魚。
 小瓶に収められた世界は、白い砂のカーペットに緑色の水藻のカーテンが揺れる小さなオーブの海のようだった。
「ステラ、シンいない間、おさかなといっしょ。ステラ、ママなの」
「・・・・・・そう。ステラの子がうまれたんだね」
「そう、ふえたの。ステラの子もママ、ステラもママ。ちょっと、むずかしい」
 首を傾けてステラは眉を寄せたが、すぐに気を取り直した様子で笑顔になった。
 もう一度、すっとアスランの前に小瓶を差し出す。
「もらってほしいの。はじめて、うまれたの。ステラ、アスランにたくさん、はじめてをもらったから」
 言って、意思の篭った瞳を、ゆっくりと緩めてその赤紫の瞳に、滲むような優しい色を浮かべた。
 アスランは手を出すことも、声を出すこともできず、ただその瞳に息を止めていた。
 この一瞬が、永遠のようで。
 
 ステラは、生きる兵器だった。
 ただ、ただ、生きるために必死に戦い、血を幾度と浴び、誰かと触れ合うことと言えば生きるか死ぬかの奪い合いだけで生きてきた。
 彼女、そして同じ境遇のエクステンデットと呼ばれる者たちは、一様に「戦争」に対して必死だった。終わらせたい、戦いたくない、
ではなく、終わりなきよう、居場所を失わぬようにという必死さで。
 何度となく、対戦したことのあるアスランはその強さも残忍さも、知りすぎているほどだった。
 そのために失った友も、仲間もいた。 
 忘れたわけではない。ハイネもその一人である。

 その境遇と過去、集めようのない出生の履歴、計りようのない過去を持つ彼女は、なぜこんなにも優しく誰かに微笑むことができる
のだろう。

 多くを失い、自分のものを手に入れるという行為すらしたことがないというのに、たった14、5の少女が、その重さに耐えられる
とも思えず、理解できているとも思えないのに。
 アスランがステラに必要以上に関わり、側にいたいと思うわけはそこだった。
 何か、できることがしたい。
 何か、力になりたい。

 実はやきもち焼きなカガリですら、これについては何も言わず協力的である。そもそもアスランと同じくらいステラの世話を焼いてい
た。カガリにとって、生まれた頃から一人っ子として育てられ、突如現れた双子の相手がキラなのだ。今でもどちらが姉で兄かを言い争
うくらいなのだから、妹ができたようで嬉しいのかもしれない。
 ステラがきてからは、アスランとカガリの関係にも少し変化があった。
 進みそうで、進まなかった二人の関係。
 

「アスラン?」
「!え、ああ。すまない」
 つい思いに耽って、ステラからカガリへと移った気持ちから急いでアスランは現実に戻る。
「ありがとう。じゃあ、受け取るよ。ステラの大事な子供の里親だな」
「さとおや?」
「・・・・・・代わって、親になるということだよ」
「アスラン、パパだね」
 微笑んで、嬉しそうにステラはアスランの手のひらに渡った小瓶を見つめた。
 その瞳が魚を映して揺れる。
 
 たくさんの、はじめてをもらったから。


 アスランは微笑みたかった。
 ステラのように。

 でも、浮かんだのは今にも泣いてしまいそうな、そんな堪えた表情。
 小瓶に曲がって映った己の姿に、苦笑する。


 なあ、ステラ。
 俺は君のおかげで、向き合うことができそうなんだ。
 カガリのこと、ハイネのこと、そして、俺自身のこと。


 君を見ていると、

 

「ね、アスラン。おもうの、うまれるひ、きっとみんな」
 ステラはひとつ、息を吸う。
 目を伏せて、まるで大好きな海を見つめるようにこちらを見た。
「えがお。どんな、いのちも、きっとえがお」
 わたしも、みんなも。
「うれしい。ありがとう、アスランのママ。ありがとう、アスラン」

 

 君はきっと知らない。
 俺は泣かないんだ。
 そんな俺を泣かす君はずるい。


 誕生日。
 
 君のくれた小さな命を手のひらにすることができる今を、心から感謝します。
 母さん。

 

 


ちょっと、遅れましたが誕生日おめでとうシリーズ第一弾。

なんだ、アスステみたい!笑

 

すいません、おめでとう。

アスラン!

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