大好きなお母さん。
 ねえ、お母さん。ぼくの「明日」は、お母さんだよ。
 お母さんのことだけは、絶対に忘れないでいられる。
 僕の自慢、僕の秘密。

 

 外はいい天気、快晴でステラが楽しそうに小鳥と踊っている。
「なあ、スティング」
 目の前に映る景色に何の感慨も抱かず、アウルはぶきらぼうに呟いた。
「ん、どうした」
「いやさ。俺ら、なんでこんなことしてんの?」
「仕方ないだろう。ネオが言うんだから」
 スティングは少しアウルを見下ろして、目を伏せた。運転しやすいようにサングラスをかけており、
どんな表情かは読めない。
「それに、たまにはいいだろう。休暇も」
「そーかぁ?」
 口を思い切り尖らせて、アウルは辟易した。
「うざいよ、ステラも連れてなんてさ。子守かよ」
「そう言うな」
 何もわかっちゃいないくせに、一丁前に「海が見たい」とか言い出したステラ。そのせいで、どうせ
船を下りれるなら街にでも出たいと思っていたアウルの目的は潰えたのだ。
 海なんて、いつも見てんだろーが。このバカ。
「ステラぁ、もう満足したろ。行こうぜ」
 道路の脇に車を止め、近い砂浜にステラをおろして二人は車内で待っている状態で、もう一時間ほど
経っていた。いい加減、日差しも強いしすることもなく飽きてきた。
 ステラの楽しそうな笑い声と歌声が聞こえてくるだけで、他に車すら通らない。
「もう、すこし」
 ステラは振り返って、大きな声で言う。
「うるさい!いくぞ!」
「いいじゃないか、アウル。もう少しだろ」
「なんだってアイツを待たなきゃならないのさ!イライラする」
「ステラ、何を待ってるんだろうな」
「は?」
 遠くのステラを眺めつつ、スティングはそっと呟いた。
「なに?アイツ、なんか待ってんの?」
「……そんな気がするだけだ。見てるとな」
 本当はスティングは聞いたことがあった、ステラから。だが、何を聞いたかはっきりと思い出せない。
守ってくれる人に会った、と。それだけ覚えていた。
 成長と共に、実はスティングには気づいていることがある。だが、それは知らないほうがいいことな
のも悲しいかな、わかっていた。だからそれを誰にも話したことはない。どうあがいても、知っても、
自分たちが殺人兵器以外で活躍することはないのだ。
 どんな明日があろうと。
「どした?」
「いや。ちょっと、考え事していた」
「おっさんみたいだな、スティング」
 アウルはけらけらと面白がって笑った。
 スティングはいつも顔色を変えないし、大人びた雰囲気でアウルからすると、何考えてるかわからな
い奴であった。それだけに、こうしてたまに違うことがあると面白い。
「お前にもわかるさ、そのうちな」
「……わかりたくないね。その前に生きてるか、わかんねえし」
「アウル」
 思わずと言った感じでこちらを見たスティングがアウルは気に入らない。
 うるせえよ、だってそうじゃねえか。
「おい!ステラ、まじ置いてくぞ!」
 アウルはありったけの大声で、苛立ちをぶつけた。返事がないのに更にむかついて怒鳴ろうとすると、
ステラはこちらに向きもせずにぼうっと立ち尽くしていた。
「なにしてんだ、あいつ?」
 視線の先を追ってみると、そこには一隻の艦体が見えた。
「おい、スティング!あれって……」
「ああ、ザフトだな」
 確か、アークエンジェル……そんな名前だった気がする。アウルは激しくその方向を睨みつけて唾を
吐いた。
 すべて消してしまいたい。ぶっ壊したい。なくなってしまえばいいんだ。
 自分以外に力を持つものが、すべて消えればいい。
 そうすれば、守ることができるのだから。
「シーンー!」
 ステラはゆっくりと少し沖から潜航しようとしているアークエンジェルに手を振りながら叫ぶ。
 とても弾んだ声で。
「あいつ・・・・・・!何やってんだ」
 アウルは車を飛び出して、無邪気にはしゃぐステラのところへ走った。
「?アウ」
 気づいたステラが呼ぼうとしたが、叶わない。次の瞬間にはアウルに叩かれ、砂浜に倒れこんでいた。
「何してやがる・・・・・!」
「・・・アウ、ル。ステラ、シンが」
 驚いてこちらを見上げたステラは、痛む頬を気にもせず沖へ消えていく艦体を指差して言う。
「シンがね、」
「ふざっけんな!」
 今度はアウルはステラに向かって蹴りを出した。小さなステラの体が揺らぐ。
「てめえはナチュラルだろうが!てめえはファントムだろうが!わかってんのか、わかれって言ってんだ
よ!」
 激しい叫びにアウルの肩が上下する。その表情は怒りというより、悲しみを超えた憎悪のようだった。
 ステラのこと、スティングのこと、仲間だとかそういう名前はつけていないから裏切るとかじゃない。
したいことをすればいいし、やりたいようにやればいい。壊せるならなんでも。
 なのに無性に腹立たしかった。ステラの行為が。
 時に純粋無垢で、反応の鈍くなるステラ。戦闘のときは別人のように動くのに。興味がないからその
理由だってどうだっていい。大体、それだって「気が付けば」だ。
 俺たちに「いつも」はない。
 なのに、なのに・・・・・・。
「赤服のことか・・・・・・それは?」
 アウルの記憶にシンはいない。
 前回休暇だと言われデオキアに降りてから、頻繁にステラが口にするようになった「シン」という言葉。
 こっちまで覚えてしまうほど、その名は彼女の口から零れ続けた。それを聞く度に、アウルの中で苛立
ちが募るのだ。
 なぜ、覚えているのか。なぜ、そんなに求めるのか。
「忘れろよ・・・・・・なんで、忘れねえんだよ!縋りつくぐらいなら、俺が殺してやるよ」
 腰に差していたナイフをアウルは出すと、ステラに向けて構えた。
 倒れたままのステラは、はっとして手をつく。姿勢を低くして、構えた。
「ステラァ!」
「うぅ」
 鋭い一撃が真正面から襲ってくるのを、ステラは身を引きアウルの腕をとって巻き込む。勢いを殺して、
瞬時に反転させた。
「ぐあ」
「ごめん、アウル」
 アウルの手から力なくナイフは落ちた。アウルはステラが離した腕をすぐに抱える。
「アウルの負け、だな」
「うるせえ!」
 見守っていたスティングの声に、アウルは涙目で振り返った。
「ナイフなんか出すからだ。わかってただろう?」
「へっ」
 痛む腕を振り、アウルはわざとスティングに肩をぶつけて車内へ引き返した。
 残ったステラをスティングは見やる。
「ステラ、行こう」
「うん。ごめんなさい、アウル・・・・・・怒らせた」
「いいさ。いつものことだろう?ステラはもういいのか?」
 問われて、名残惜しそうに背後を振り返るステラにスティングは無言になる。
「・・・・・・うん。また会いにくるって言ったから。いいの」
 薄っすら思い出されるザフトの少年。
 スティングの記憶にも少し残っていた。気の強そうな瞳をもった、朱い瞳のコーディネーター。
「じゃあ、あの不機嫌なバカを街に連れて行ってやろう」
「うん」

 

 


 平日にお昼間、比較的静かなデパートの店内で、アウルとステラは衣料品売り場にいた。

「お前、趣味悪すぎ」
 アウルは不機嫌いっぱいの顔で、ステラを見た。
 ステラの手には、赤い色の裾が短いワンピースが握られている。
「これ、すき」
「なんでだよ、お前水色やら青がいいんだろ」
 絶対に手を伸ばさなかった原色なのに。
「これじゃあ、赤服みたいじゃん」
「・・・・・・」
 ステラは文句ばかりのアウルから視線をワンピースに移す。
 朱色。そう、シンの朱がいいなと思ったのだ。
「こっちにしろ」
 アウルは徐に店内を見回すと、かけてあったワンピースを引っ張り出した。物凄く適当に。
 しかし、狙ったのか不明だがそれはとても綺麗なワンピースだった。Aラインの胸が絞ってある形
のドレープワンピース。しかも、裏地に和柄があしらってある一品だった。
「決まりな」
 手にしたワンピースが諦めつきにくかったが、アウルの手渡したワンピースはとても魅力的だった。
 ステラはポシェットから財布を出すと、ネオにもらったカードをアウルに渡した。
「おう」
 受け取ると、ステラの倍ほど商品を持ったアウルが会計に向かう。
「・・・・・・」
 そっとステラは赤いワンピースを棚に戻し、まだ見つめていた。
「欲しいなら、買ってあげようか?」
「え・・・・・・」
 振り返ると、そこには数人の知らない男の子たちが立っていた。ステラは首を傾げると、返事もせ
ずに彼らの脇を潜り抜けてアウルの元へ行こうとした。
「待ってよ」
「一緒に遊ぼう」
 一人がステラの腕を引っ張って、戻す。決して強い力ではにアウルの姿がない。会計を済ましてどこか
へ行ったのだろうか。
 きょろきょろと、目の前の彼らを忘れてステラはアウルを探しだす。
「さ、行こう」
「いやっ!」
 強引に引かれた腕をステラは今度こそ振り払って、輪を抜け出した。
「アウル、どこ?」
 完全にアウルを探すことに意識がいってしまって、ステラは彼らのことを見ていなかった。
 そこにいた少年の一人が、無理やりにステラの腕を取って強く引き寄せた。
「あ」
 ステラが振り返ったときには、他の少年たちが囲むように立つ。
 デパート店内は穏やかな音楽が響く、午後。買い物客の少ない時間帯だ。あまり騒ぐのがよくない
ことはステラにもわかった。
 顔を顰めながら、ステラは仕方なく少年たちについて店外へ出た。

 


「おい、ステラ。買ってやったぞ、喜べ」
 アウルは得意げに胸を張って婦人服売り場に戻った。手にソフトクリームを持って。
「ステラ?」
 いると思った場所になぜかステラの姿はない。見回しても、ステラらしき人影はない。
「どこいきやがった」
 舌打ちして、肩にかけた紙袋を担ぎなおし、アウルは探すために歩き出した。

 

 スティングはというと、デパートに用はなく、行きたい店が他にあった。
 不機嫌なアウルと二人きりにするのは多少気が引けたが、ステラには犠牲になってもらうことにしたなかったが、離すつもりのない拘束だった。
「いや、アウルのとこ行くから」
 行ってしまったアウルの方を見ると、いつの間にかレジ。

 そして、現在スティングは満面の笑みを浮かべて店内にいた。

「買います?」
「・・・・・・買おう」
 スティングの返事に店員は嬉しそうに店の奥に戻っていく。
 手には、彫刻の掘り込んである旧式の古式銃。マリア像の彫ってある美しいものだった。
「いくつめになるか・・・・・・」
 今までにも何丁も購入していたが、手元にあるのは二個だけである。どうも、不意に捨ててしまってい
るようで、気にはなったが物に執着はないため、結果買っても買っても増えはしなかった。
 特に宗教があるわけでもないし、信じるものなんて持つつもりは全くないが、美しいものに目がいった。
聖母も、何故か温かみをかんじる。言葉にならない感じが、好きだった。
 店員がしばらくして持ってきた木箱に銃をしまい、スティングは笑顔で店を出た。
 しかし、その笑顔は長くは続かない。
 店の外で、何故かステラが大活躍していたからである。

 


 ステラのナイフ捌きは芸術である。
 ネオでさえ、勝てない腕の持ち主で、武器を握ると人が変わったように鋭利になった。
「うわあ」
 少年たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。しかし、ステラの勢いは変わらない。無駄にナイフを
振らず、じっと狙いどころを探っていた。
「や、やめてくれえ」
「こわす」
「ひいいい」
 路上はやんや、やんやとステラへ声援を送っているようで、誰一人少年たちを助けに出る者はいなかった。
ステラの握るナイフも、安物の簡易なもので殺傷能力はなさそうだった。少年たちから奪い取ったのだろう。
「お嬢ちゃん、強いねえ」
 店先に出て、顎を撫でる店員までいる。
 スティングは店を出て、しばらく固まったままその光景を見つめていた。隣で、先程の店員が話しかけて
きたが返事はしない。いや、できない。
 どうしてこうなってるんだ。
 アウル、アウルはどこにいきやがった。
 
 スティングは買ったばかりの銃を大事に車の足元に直すと、怒りに燃える瞳でステラの側へ歩み寄った。

 

   

 

 


ちょっと、楽しい三人組。

なんだか、まだ二人がいてって構図がせつないです。書いていて、もっといろんなことさせてあげたくなる。

 

また続いてしまいますが、許してください。。。

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