好きな人。
 一緒に歩きたい人。
 ずっと、手を繋いでいたい人。

 それが、愛する人のこと。

 

 

「でぇと、なに?」
「え?」
 ステラはソファにちょこんと腰掛けて、両手でピンクの大きなマグカップを包みながら聞こえるか聞こえないか程の声で、シンに向かって言った。
 今日は金曜日。シンは残業したものの仕事を終わらせる事が出来ず、あまり遅くなるのもいけないと帰宅したばかりだった。もう、時計は0時を回っていて土曜日に
なってしまっていた。
 そっと息を吐き出してから、シンは口を開いた。
「えと、デートって言ったの?」
「う。・・・・・・ちが」
「え?」
 微かにステラは俯いて顔を左右に振った。なにやら、眉間に小さく皺がよっている。
「ステラ?」
 シンは心配になって、覗き込むようにステラを窺った。しかし、一向に彼女は顔を上げる気配がない。
 この時のシンは自分のことばかりで、ちょっと残業が続いたからって疲れていて、本当に僅かなステラの心の動きに気づくことが出来なかった。
「なんでも、ないの」
 言って、ステラは立ち上がった。
「ごはん。する?」
「うん」
 振り返った彼女がいつもと変わらない向日葵みたいな笑顔だったので、シンは気にも留めず頷き返した。
 そういった後、ステラがこちらを見つめていたのにも気づかずに、シンはすでに持って帰ってきた書類に気を取られていた。

 

 


 ミネルバクルーにとって、戦後の仕事といえば大方が市街の復興と支援の為の行事である。
 春夏秋冬、それぞれの季節に各国に出向いてセレモニーやイベントを行い、戦争というものの悲惨さや過去あった連盟との軋轢を若い世代に伝え説くことが主で
ミネルバに乗艦している者たちは年中忙しい日々を送っていた。
 またアークエンジェルも同様で、共に行動することもあれば、別働隊で支援を行うことも多かった。
 そして、冬の寒さを残したままの初春は二艦合同のイベントが早々に控えていた。その為ミネルバクルー、アークエンジェルクルー両乗組員がオーブの港に停泊中
であった。


「餅つき大会、ねえ」
 A4の刷り上ったばかりのチラシを見つめて、ルナマリアは呟く。その表情は些か不満そうである。
「・・・・・・餅って、こんなのだったかしら」
「お姉さまー」
 呟いたルナマリアの背に、ドアを勢い良く入ってきたメイリンが飛びつくように掴まる。
「気持ち悪い声出さないでよ、メイリン」
「えへへー」
「・・・・・・なに?」
 妹が自分を「様」付けで呼ぶときは、大抵ろくな事がない。
 ルナマリアは大きな瞳を半眼にして、可愛らしく瞬き見上げてくるメイリンを睨み返した。
「あのさあ、お願いがあるんだ」
「却下」
「ええ、まだ言ってないのにぃ」
 ルナマリアの背を途端に離して、急いで前に回りこむとメイリンは頬を膨らませて言い募った。
「聞いてったら、ね!」
「・・・・・・どうせ、明日の半休を交代してだの、私が昨日くじで当たった海遊博物館の開館記念のチケット譲ってとかでしょーが」
「あれえ、お姉ちゃんってば、凄いね」
「あのねえ」
 呆れて溜息をつくが、メイリンは全く気にも留めずににこにこ微笑んで、ルナマリアに詰め寄る。
「お願い!」
「嫌よ」
「お姉ちゃんったらぁ」
「無理」
「うーっケチ!どケチ!!」
 メイリンの甘えた丸っこい声が、きんきん声に変わってルナマリアを襲う。しかし、ルナマリアは譲るつもりはなかった。半休を使って、そのチケットを使うつも
りだったのだ。そして、それに付き合ってくれる相手を今日誘うつもりだったのである。
「メイリン、どっちも譲れないの。ごめんね」
 妹のおでこにでこぴんを繰り出すと、ルナマリアはくるりと背を向けて歩き出す。
 背後でメイリンの文句を言う声が聞こえたが、気にせず進む。たまにはわがままを通させてほしい。お姉ちゃんにだって。そう、胸に抱きながら。

 

 

「シン、お前・・・・・・これ」
「おー、レイ。おはよ。いいだろ、それ。昨日の晩やってきたんだ」
 軍服に袖を通しながら、シンは振り返って立ち尽くすレイに笑顔を向けた。レイの手には昨夜寝ずに作ったチラシがある。
「タリア艦長、これでいいと言ったのか?」
「ああ。もう印刷に回して刷り上ってるぜ。今から配りに行く」
「・・・・・・そ、そうか」
 何故かレイは横でチラシを手にしたまま、唸っている。
「なんだ?レイ、餅つき知らないとか?」
「いや、そうではなくてだな」
 眉間に皺を寄せて、何を思っているのかレイは言葉を飲み込むように黙った。
「どうしたんだよ?」
「・・・・・・これ」
 不思議に思ってシンは首を傾げてレイを覗き込んだ。
「餅か?」
「どう見ても、餅じゃん」
「いや、シン。あのな、これはどうみても座布団かはんぺんか、最悪、ただの四角形だ」
 レイはチラシをぷるぷる震えさせ、指差した。シンにはレイがなぜこんなに怒っているのかさっぱりわからない。
「餅だって。わかるだろ、餅って書いてるし。艦長もわかったんだからさ」
「あの人は餅を知らん!」
 きっと睨まれ、俺は不覚にも怯む。タリア艦長のことになるとどうもレイはむきになる。
「でも、もう刷っちゃったし・・・・・・俺、頑張ったぜ!大丈夫だ」
「なんだ、その根拠はっ」
「いいじゃん。かなり良い出来栄だよ、チラシ。今日の昼、人がじゃんじゃん来るって」
 シンは笑って、ばんばんレイの背中を叩いた。すると、頬を引きつらせたレイが勢い良くシンの頬を引っ張った。
「ひてー!ひてえよ!」
「これで、人がわんさか集まったらお前の言うことなんでも聞いてやる」
 言ってレイは乱暴にシンの頬を離す。なんだってこんな不機嫌なのか、わからなくてシンは吼えた。
「何すんだよ!」
「この企画、俺主導なんだぞ。もし失敗したら、経費使って何してるんだと上から俺が言われるんだ」
「始末書くらいで、ぴーぴー言うなよ。俺なんか毎回かいてるぞ」
「自慢するな」
「ま、書かずに済むって。心配すんな」
「その自信、どこからくるんだ。大体、大事なチラシを何故徹夜なんかで作る?大分前から頼んであったはずだろう」
「あー、あー、うるさいなー」
 耳元でしつこく喚くレイにシンは手のひらで押しやりながら、ロッカールームの入り口まで走って声をかけた。
「絶対、成功するって。レイ、俺考えとくから言うこと聞けよ」
 言い残してシンは部屋を後にする。
 レイのしかめっ面に満面の笑みで返して。

 

 


 その頃、シンの知らないところで事態は急速に悪化していた。
 人間、周りが見えていないことがある。そういう時は大抵、誤解が重なりやすくなって、とんでもないことになったりするのが常である。
 まさに、今回そうであったのだ。

 餅つき大会が大盛況に終わったその直後、ラクスから一本の電話が入った。


『シン、ちょっと宜しいですか?』
「はい。何ですか、ラクスさん」
 電話の向こうで少しの間、逡巡するような間が空いてラクスの遠慮がちな声が続く。
『ステラのことなんですけれど・・・・・・ちょっと、お願いがあるんです』
 シンはラクスがぽつりぽつりと話し出した言葉を聞きながら、昨夜のステラの様子を思い出していた。

 

 


 レイはとても困っていた。
 なんでも人間、すぐ「言うことを聞いてやる」などといわないことだ。改めてそう思う。
 
 しかし、言ってしまったものは仕方ない。約束は約束である。

「どうしたものか・・・・・・俺自身、デートなどしたこともないというのに」
 こういう類は女性に聞くのが一番効率的だろう。レイは一人頷いて、ミネルバの廊下を歩き出した。
 昼間に行った餅つきで、本日は皆片付けを終えた者から帰宅許可が出ている。艦内はもうほとんど人気がなかった。グリーティングルームを目指しながら、レイは
もうアドバイスを請えるような人間が艦内にいなさそうなことに肩を落としていた。
「あ・・・・・・」
「あらー!レイじゃなーい」
 明るい声が覘いたグリーティングルームのソファから聞こえてくる。
「メイリン」
「久しぶり!お餅、おいしかったよ」
 身軽にソファからこちらに身を返すと、にっこり笑ってメイリンは言った。
「そうか、アークエンジェルも停泊中だったな」
「うん。アスランさんやキラさんは仕事があって、艦内だけどね。私たちは見学兼ねて遊んできていいって、マリューさんが」
 嬉しそうに言うメイリンにレイは知らずと微笑んでいた。気を張っていたからか、ずっと頬に力が入っていたようでなんだかメイリンの笑顔に気が緩んだ。
「レイ、優しくなったねえ」
「どういう意味だ?」
「うん。一緒にミネルバに乗ってた頃って、もっとこーんなだった」
 そういって、メイリンは自分の目と口の端を引っ張った。とても変な顔である。
「・・・・・・ちょっと、笑ってよぅ」
「すまない、あまりに変な顔だったもので」
「しっつれーい」
 遅れて笑い出すと、メイリンはぷうっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
 優しいと形容してもらえるようなことはなにもしていないのだが、今そうさせてくれたのはメイリン自身なのだとレイは片隅で思いながら、気を取り直したように
また身を乗り出すメイリンに再び苦笑した。
「ちゃんと座ったらどうだ。落ちるぞ」
「うん。レイも座って。お喋りしよう」
 無邪気に言うメイリンにレイは頷いて、移動した。
 もう暮れかかった夕日がグリーティングルームの全面硝子窓から真っ直ぐに差し込んでくる。その光景は焼けるような赤で、何故だかシンを彷彿させた。そう思い
ソファに腰を下ろして黙ったまま、それを見つめているとメイリンが口を開いた。
「・・・・・・ミネルバに乗ってて、こんなふうに落ち着いて夕日眺められるなんて、幸せだね」
 優しいその口調に、不意に懐かしさを覚える。メイリンとこうして二人で話したことなど、そうなかったのに何故かレイの胸は郷愁に満ちる。
「シンみたい」
「ああ。俺もそう思う」
「綺麗だね」
「・・・・・・ああ」
 暫く二人で黙ったまま、沈んで海へ帰っていく太陽を見つめていた。
 静かで、時間が止まったような空間。
 進んでいるのは太陽だけ。
「メイリン」
 レイはそっと微かな声で、呼んだ。
「・・・ん?なに?」
 いつも変わらないメイリンは、レイの方を向いて首を傾げる。
「頼みが、あるんだが」
 珍しいと思ったのだろう。メイリンはそのまま瞬いて動かない。
「デートを、したいのだが」
 何とか思い切って、レイは切り出した。浮かんだまま、そのまま。それは意図することであったし、外れてはいなかったが的中でもなかった。
 言った後、メイリンが固まって動かないわけをレイが分かるはずもなく、直後の台詞で彼女を現実に引き戻したのは言うまでもない。

 

 

 

 

「いいわよ。あげる」
 昼間、あんなにも頑なに嫌だと言っていた姉が、突然電話して呼び出したかと思えばこんなことを言った。
「お姉ちゃん、明日の半休で行くんでしょ?」
「いいの。やる仕事ができたから、行ってきてよ」
 でも、と言い募りたかったがルナマリアは素っ気無くメイリンの手にチケットを持たせると、ひらひらと手を振って喫茶店を後にする。
 追いかけたかったが、何故か出来なかった。
「・・・・・・なんかあったのかな。お姉ちゃん」
 去り行く背を見つめながら、そっと渡されたチケットへと視線を落とす。
 海遊博物館。
 明日オープンの水族館である。しかも、明日の開館は招待された人だけに公開する特別な日なのだ。
「これなら、混まないしバッチリね」
 メイリンはチケットにキスして、微笑んだ。
 喫茶店から見やった街には恋人たちが腕を組み、寒そうに身を寄せ合いながら歩いてゆく。頬杖をついてメイリンはそれを見つめた。もうこんな風にしていても
急に街が爆破されることはない。人が蹴散らされ、消し飛ぶことはないのだ。なんて幸せな光景だろうか。
 自分の思うことが、年相応の女の子のものではないと自覚してメイリンは苦笑した。
「あたしも彼氏ほしーっとかだよね。普通」
 コンコン、と横の硝子を叩く音がしてメイリンは見やった。
 そこには寒さなど感じなさそうに涼しげな私服姿のレイがいた。手招きすると頷いてこちらに向かってくる。すでに店内の女性陣がレイに大注目だ。
「すまない。待ったか?」
「ううん。突然お姉ちゃんにも呼ばれたし、ちょうど良かったよ」
「ルナマリアが?」
 言いながら、レイはコートを脱いでマフラーを外した。襟の高いカッターに黒のセーター、とてもセンスの良さがうかがえるシンプルな格好のレイにメイリンは
微笑む。こうして二人でいると素敵な彼氏を連れているようで鼻高々である。
「チケット、くれたんだ。明日やる海遊博物館の」
 メイリンは手にしていたチケットを差し出す。レイは物珍しそうに手に取ると顎を撫でた。
「こんなもの出来たのか。オーブは市民の為に良くやっているな」
「ね、素敵よね。絶滅危惧種を保護する意味合いもあって建設したってカガリさんが言ってた」
「成る程な。海に守られている国だ、当然のことなのだろう」
 感心したようにレイは目を細めると、思い出したように鞄から一冊の雑誌を取り出した。
「これなんだが、参考になるか?」
「・・・・・・丸秘デート必勝法って・・・・・・これ、レイが買ったの?」
「ああ、そこの本屋で」
 メイリンは思わず、噴出した。
 レイが、涼しい顔をして、大真面目に、この本を。
「だははははは!あは、あは、あははははは」
 いきなり突っ伏しテーブルを叩き、爆笑するメイリンにレイは怪訝な顔をして首を傾げるばかりである。
「メイリン?」
「い、い、ぁははは、わら、わら、わら」
「わら?」
 益々怪訝さの増すレイだが、メイリンは一度入ったツボからなかなか抜け出せず、笑いの渦に苦しんでいる。待つしかないと判断したのか、レイは嘆息してその丸
秘デート必勝法なる本を手にとって開いた。
「・・・・・・デートのデは出来るのデ、デートのエは遠慮なく、デートのトはとどめをさす!・・・・・・良く出来た本だな」
「あははははははははは」
 何故か指差して笑うメイリンに、レイは本から顔を上げて眉を顰めた。
「メイリン、なんだ?さっきから」
「やめえてえ・・・・・・」
 ひいひい言いながらお腹を抱えるメイリンにレイは呆れた顔で溜息をついて見せた。
「・・・・・・デートの段取りを決めたいのだが」
「はい・・・はい・・・・・・いたたた」
 必死に笑いを飲み込んでメイリンは、何度も頷いた。浮かんだ涙をぬぐって、深呼吸すると手元に一枚の紙を取り出した。
「まず、このチケットがあるから・・・・・・」
 チケットの入館時刻を見て、メイリンは大まかにスケジュールを立ててゆく。
 線を引っ張って、時刻を記入して、行き先を記す。
 女の子らしい綺麗な字が白い紙の上を滑って、埋めていくのをレイはじっと見つめた。
「この本でお店は探そうか・・・・・・お昼ご飯はやっぱり外で食べたいよね。天気よさそうだし。じゃあ、このサンドイッチショップに寄って、あ、シンにバイクで来さ
せよう。で、海岸線走って、海浜公園でご飯ね。その後は公園で遊んで、少し走ったら植物園もあるし寄ったらいいんじゃない?で、お茶して夕焼けでフィニッシュ
みたいな?」
 夕焼け。
 あの綺麗で真っ赤な日没を思い出す。
「いいな。とても充実したスケジュールだ」
 レイはメイリンの計画に何度も頷いた。女の子は凄いものだ。あまりに率直に褒められ、メイリンは恥ずかしそうに笑った。
「自分はしたことないのにねー!でも、自分だったらこうしたいってのが案外、女の子共通だったりするから」
「メイリンはしないのか、デートというものは」
「したいけど、なかなか」
 さらっと聞いてくれるレイに内心苦笑しながら、メイリンは笑顔を向けた。
「でも、きっと二人だったらどこでも楽しいんじゃないかな。特にシンとステラ姫だし」
「そうだな」
 困り果てた顔で、約束を果たせと迫ったシンが脳裏に蘇った。気持ちは良くわかる。男はどうもこういうことには鈍感で、気が付かないために女の子の期待を裏切っ
てしまう。どうしてほしいかなんて、言葉にしてくれなくてはわからないのだ。
 レイはシンに同情しながらも、とんだ頼みごとをされたものだと再び重い溜息をついた。
「ステラちゃんって、どんな子なの?」
「メイリン、知ってるだろう」
「うん。でも一対一で話した事ないんだ」
「そうか。友達になってやるといい。とてもいい子だ」
 メイリンは優しく微笑むレイを見て、また驚いて瞬くことになる。こんな風に笑うレイを頻繁に見れるなんて。
「シンには勿体無いな」
「なるほど」
 レイは考えるように一瞬黙ると、メイリンを見つめて大真面目に言った。
「ステラは思考が不思議すぎるところが唯一難しい子だ」
 

 

 


 デートは待ち合わせから。
 本にはそう書いてあった。なので、レイは早速シンに電話して泊まりに来るよう指示した。

「なあ、どうしてここにメイリンがいるんだ?」
 シンは晩御飯を済ませ、落ち着いた頃にかかってきた親友からの泊まりに来いという電話に些か戸惑いながらバイクを走らせてやってきたのだが、
なぜかレイ宅には笑顔のメイリンが床一面に衣類を広げて何やら忙しそうにしていた。
「彼女が明日のお前の服装をコーディネイトしてくれる」
「はあ?」
「デートというものはまず待ち合わせというものが大事だそうだ。だから一緒に住んでいることを考えて泊まりに来てもらった」
「・・・・・・はあ」
「やるからには完璧なプランを実行するべきだ」
 レイは頷いてシンの肩に手を置くと、そのまま姿見の前に移動させる。
「メイリン、やってくれ」
「アイアイサー!」
 選び終えたのかメイリンは両手にシャツとパンツを抱えて立ち上がると勇ましい足取りでシンのところまでやってきて、迷いなくシンの上着に手を
掛けた。思わぬ行為にシンは一瞬反応を遅らせた。
「ちょ」
 身を引いたときにはメイリンの手はもうシンの上着をひっぺがし、レイとああだこうだ言いながらシャツを選定している。
「あのさあ、お前恥じらいとかないわけ?一応俺、おと・・・・・・」
「何言ってんの!シンのこと男として見てくれる子、ステラちゃんくらいでしょお。ねえ、レイ」
「そうだな」
「そ・・・・・・そうか?」
 二人は同時に大きく頷くと、後はシンを無視して着せ替えに集中していく。
 なすがままになりながらシンは内心、腑に落ちない思いで黙っているしかなかった。

 

 

 

「ね、ラクス」
 ステラは出かけていったシンと入れ替わりで泊まりに来てくれたラクスと紅茶を飲みながらソファで寛いでいた。
「どうしましたか、ステラ」
「うん。シンがね、デートしてくれるって言うの」
「そう!そうですの、良かったじゃありませんか」
 ラクスは両手を合わせて微笑む。
 電話で伝えておいたことを早速シンは実行してくれるようで、ラクスは安堵してステラを見返す。
「・・・・・・嬉しくありませんか?」
 俯きかけたステラにラクスはそっと問う。想像と違う反応にラクスは不安になってステラの顔を覗き込んだ。小さく顔を左右に振って、ステラは
ラクスを見返した。
 その瞳は悲しそうなのか、苦しそうなのか、不安なのか、何を映しているのか。ラクスにはわからない色で揺れていた。
「嬉しいの。でも」
 言って、ステラはマグカップをテーブルに乗せ、ラクスの肩にもたれ掛かるようにして顔を埋めた。
「シンはほんとうにそうしたかったのかな」
「ステラ」
 ラクスは息を呑んで肩に顔を埋めて目を伏せるステラを見つめた。
 小さなステラ。
 ラクスですら包み込めてしまうほど華奢なステラはこうして抱きついてくるとまるで雛のようで、庇護欲が強くなった。シンの思いがわかるよで、
苦笑しながらラクスはそっと金の輪のできるその髪を撫でてやった。
「そうですね・・・・・・確かに、シンはステラの言うことなら無理をしてでも、何でもしようとしますものね」
「言わなかったの。いえなかった。でえと、したいって」
「ええ」
「それなのにね、シン、明日行こうって言うの。でえとしようって」
「そうですか」
「きっとステラ、そういうかお、したの」
「顔、ですか?」
 頷いて、ステラは息を吐く。その表情は暗く、沈んでいた。
「気にしてくださいって。わたし、でえと行きたいですって。くちで言わないくせにたいど、出す。ひっどいおんななの」
「ステラ」
 ラクスは瞬いて見返す。ステラは誰かを真似たのか「ひっどい」の部分を口を尖がらせて言った。
「・・・・・・教会のお手伝いで一緒になる、マミちゃん。似てた?」
 見上げて言うステラは少し悪戯をした後のような顔をした。そう深刻そうでないステラの様子にラクスは苦笑する。
「マミちゃんにそう言われたのですか」
「うん。マミちゃんね、シンのことすきだから」
「まあ」
「ステラはね、どうじょうで一緒にいてもらってるんだって」
 マミちゃんは確か中学生の女の子だったとラクスは記憶していた。教会にはもともと孤児としてそこで育った後、中学校に通いながら今は
手伝いをしていたはずだ。ガンダムなんて、MSなんて大嫌いだと言っていたのにシンが好きとはどういう変化だったのだろう。
 シンの戦後の献身的な地域への奉仕活動が実を結んでいるということなのだろうか。そうであればそれほど嬉しいことはないだろう。ラク
スは逃げずに立ち向かい、今もMSに搭乗しているシンを心から応援していた。
 それにしても最近の若い子は。
「ステラ、マミちゃんの言ったことはすべてが本当ではありませんわ」
「どういう意味?」
「言葉は色んな形をしていて、色んな意味があります。愛は憎しみでもあり、愛しさでもあり、時に相手を思う同情であり、慕う心でもあり
ますわ。誰かを愛するということは、すべてを受け入れるということ。その人をどれだけ愛していても、その人にはなることはできない。だ
から、憐れみであろうと、優しさが傲慢であろうと、それが愛の形ならば何も疑うことはないのですよ」
 ラクスは意味が伝わらなくとも、言っておきたかった。人は皆、それを様々な理由と形にしてすれ違い、争い、果てには戦争という行為に
まで及んでしまう。
 少しの言葉の澱みで、小さな膿が全てを覆う瘡蓋になって本当の思いを隠してしまう。
 肌の色も、言葉の違いも、なにもかもが違っても愛し合うことの出来る生き物であるにも関わらず。
「ラクス。難しい」
「いつかわかる時がきます」
 本当はもうわかっているのだけれど。
 言外にそう呟いて、ラクスはステラの髪を撫で続けた。手のひらからこの思いが伝わるといいと心に描いて。

 

 

 

 


 慣れない靴で来ない方が良かっただろうか。
 ステラは赤いラウンドの少しヒールのある靴を見下ろして嘆息した。小さなハンドバックと紙袋を両手に持ち、約束した家から数分の時計台前で
シンが来るのを待っていた。
 少し離れたところから聞きなれたシンのバイクのエンジン音がした。
「シン」
 目の前に停車したバイクにステラは駆け寄る。シンは微笑んでバイクの側面にぶら下げていたもうひとつのヘルメットを取って、ステラの
頭にかぶせてやる。
「おはよう、ステラ。昨日はよく眠れた?」
「うん。ラクスが絵本を読んでくれた」
「そっか。良かったな」
 微笑むシンはなんだか大人っぽく見える気がした。真っ白なカッターシャツからは嗅いだことのない花のような匂いがした。
「色んなお話もした」
「へえ。ステラは凄いな。ラクス代表って引っ張りだこの大人気者なんだぞ」
「たこ?」
「あー・・・・・・そこは無視して。そんな風にお話できるステラは特別だってこと」
「とくべつ」
「そう。特別」
「特別!」
 目を輝かせて嬉しそうに繰り返すステラの髪をくしゃっと混ぜてやると、しっかりヘルメットを顎で留めて、シンは片腕でステラの腰を抱
えてバイクの後ろに乗せた。
「さあ、水族館へレッツゴーだ」
「レッツゴー!!」
 勢いよくエンジンをふかし、シンのバイクは走り出す。
 天気は快晴。雲ひとつないデート日和だった。
「・・・・・・うむ。もうこれで心配なさそうだな」
 レイは時計台の後ろからそっと立ち上がると、息を吐いて肩を慣らした。
「シンったら、せっかく頭セットしたのにもう寝癖復活してた」
「仕方あるまい。あれは一生治らん」
「ま、いいよね!なんか格好よく見えた気がするし」
「そうだな。T-シャツにGパンでもシンらしいとは思うがな」
「たまには違う格好もいいの。そういう気配りって完全になくすのと、あるけど使わないっていうのは大違いなんだから」
 レイがメイリンの力説に首を傾げながら、そんなものかと納得して歩き出す。
「メイリン、この礼は必ずする。今日は俺はこのまま仕事に行くからまた今度」
「うんって、え?仕事にいくの?あの二人、見届けなくていいの?」
「もう心配ないだろう。後はシンがヘマしようが知ったことではないからな」
 言いながらもうレイは乗ってきた車の側まで歩いていく。
「メイリンはどうする?家まで送ろうか」
「うーん・・・・・・あ!」
 メイリンは思い出したようにポケットを探って、レイに駆け寄った。
「私は散歩しながら帰るから。これ、お姉ちゃんに渡しておいて」
 

 

 

 

 

「ううううう、楽しかった」
 ステラは水族館を出て、すぐにそう言って振り返った。シンはあまりに綺麗な笑顔に、頬が赤くなるのを感じて目を逸らしてしまう。
「シン、おさかなたくさんいたね。くらげもいたよ。綺麗だったなあ」
「ステラ」
 シンは数歩先を歩いていたステラに追いついて、包み紙を差し出した。
「なに」
「さっき、開館記念にって売ってたのを買っておいた」
 ステラはそっと受け取って、セロハンテープをはがした。そこには葉書サイズの海の生物を写真にしたポストカードが何枚か入っている。
「これ・・・・・・おさかなさん!!」
「ん。綺麗だね」
「ありがとう、シン」
「どういたしまして」
 感激に輝く瞳を見つめていると、シンは安いものだなあと思わず頬が緩む。
「じゃあ、公園でお昼ご飯にしようか」
「うん」
 ステラは頷いて、差し出されたシンの手を取る。
 温かくて、優しい手のひら。
 デートとはこんなに幸せなものなのか。感動してステラは少しだけ息をはく。
「・・・・・・いらないかもと、思ったんだけど、作ってきた」
「え?」
「サンドイッチ。公園で食べよう」
「う、うん。ありがとう」
 シンは瞬いたまま、しばらく動かない。ステラは不思議に思ってシンを見返した。
「シン?」
「ううん。何でもないよ、行こう」
 シンはそっとポケットの中で、メイリンにもらったメモを丸めて奥に押しやった。
 手引きなんていらないのだ。
 二人でいれたら、それで。

 

 

 


 どうしてこう、不器用で不確かで、他人のことはよく見えるのに、自分のこととなるとてんでダメなのか。
 溜息をついたって、何かが逃げてゆくだけの気がした。
「よし、続きやろう」
 ルナマリアは肩を解しながら、デスクのツールを立ち上げて、システムを起動させる。今、ルナマリアが取り組んでいるのは
コーディネーターの潜在能力が医療や災害の予知、そういった役割を担えないかという調査だった。それが進めば、戦争の被
害者だと嘆かれる、現代必要でない能力を他に生かすことができ、その力を忌むのではなく個性、そして才能だと思える日がく
るのではないかとルナマリアは思っていた。
 この先の未来、その力が戦争のためではなく共生を営んでいくためのものとなればきっとどんな世代にも希望が絶えないので
はないか。そう信じていた。
「この先の世代、かあ」
 自分もいつか結婚して、子供を育んで、その子供の世代がやってくる。
「戦争なんて、もう起きないようにしなくちゃね」
「えらく感傷的だな。ルナマリア」
「レイ!?」
 誰もいないと思っていたブリッジにいるはずのない人間の姿がある。
「幽霊でも見たような顔だな」
「や、休みでしょ」
「野暮用があってな。もう終わったので仕事をしにきた」
「野暮用って、あんた。デートでしょうが」
「?」
「え?」
「デート?」
「あ」
 ルナマリアはしまったという顔をして怪訝そうなレイから目を逸らす。盗み聞きしてしまったことを自らばらすようなヘマをするとは。嫌な
汗をかきつつ、ルナマリアは誤魔化すように笑ってみた。
「こんな天気がいい日に休みなら、そりゃあ、デートくらいひとつやふたつするでしょーが」
 苦しい台詞だったがレイは気にせず、首を振った。
「こんないい日にそういうことをするのはシンのような能天気な人間で十分だ」
「シン?」
「シンは今頃、ステラと幸せなひと時を楽しんでいるさ」
 レイは言って、自分のことのように微笑んで嬉しそうに言った。
「水族館て・・・・・・」
「ああ。あの二人が行ってるぞ、ルナマリアがチケットくれたんだってな。ありがとう」
「え。いや、あたしは別に」
「メイリンがくれたぞ。これ」
 レイは先ほど手渡されたチケットをルナマリアに差し出した。
「いつでも使えるチケットだから、て」
「そう、あ、ありがと」
「礼はメイリンに」
 レイはそういうと、自分の席について端末に電源を入れて早速仕事モードである。
 その素っ気ない背を見て、ルナマリアは短く息を吐いた。レイと良い雰囲気、なんてほど遠そうである。
(あたしったら、レイとって。何考えてんだか・・・・・・)
 見下ろしたチケットをポケットに押し込むとルナマリアも椅子を回して、再び仕事に戻ろうとした。
「あ・・・・・・」
 思わず息を止める。
 ブリッジの硝子いっぱいに広がるオーブの海と空を挟んだ夕焼け。
 焼けるような、滲むような、赤色。
「シンみたいね」
 思わず呟くルナマリアに、レイは小さな声で笑うを堪えているようだった。
「なに?」
「・・・・・・いや。皆して同じことを言う」
「だって。ほんと」
 そっくりだ。
 混じりそうで混ざることのない、青と赤。
「今頃、あの二人もこの景色をみてるんだろうな」
「で、同じこと言ってると」
「だろうな」
「確かに面白い」
「だろう?」
 満足そうに頷いたレイに今度はルナマリアが苦笑した。

 

 


「はあい♪おかえりなさ〜い!!」
 楽しくおしゃべりしながら帰路についた二人を待っていたのは、シチューの香りとメイリンだった。
「メイリン?どうしてここに」
「こんばんわ!ステラちゃん、あまりゆっくりお話したことなかったからずっと喋ってみたかったの」
「?」
 ステラの手を取って嬉しそうにハイテンションに話すメイリンは、シンのことは視界に入っていない。
「寒かったよね、ご飯できてるよ。一緒に食べよう」
「?う?」
 しどろもどろになりながらも、ステラは促されるまま、メイリンとリビングに入っていく。
 残されたシンは玄関でひとりぼんやりしつつ、ポケットに押し込んだメモを引っ張り出して見た。


 おうちに帰ったら、ラブラブでふたりきり♪


「これ、メイリンの字なんですけど・・・・・・」
 シンの虚しい独り言は冷えた廊下に響いた。

 


 


「で?」
「いやさ、あの二人めちゃくちゃ仲良くなっちゃってさ」
「で?」
「もう楽しそうに女の子の世界に入っちゃってさあ」
「で?」
「のけ者っつうか、寂しいっていうか、居たたまれないっていうか」
「で?」
「逃げてきた」
「どうしてそこで俺の家なんだ・・・・・・っ」
 レイはこめかみに血管を浮かべてシンに怒鳴った。
「いじゃん。俺たちも男同士、はしゃごうぜ」
「はしゃいだことなど、ない」
「まあ。そうか。てか、レイがはしゃいだら気持ち悪いな」
「帰れ」
「そういわずにさ」
 呆れながらレイは溜息をついた。シンはすでに居間のほうに移動して、持参したシューティングゲームをテレビにセットしながら嬉しそう
に話しかけてくる。
「これ、結構リアルなんだぜ」
「戦闘機か」
「おう。俺、レイには負けない自信ある」
「ほう」
「結構、やりこんだからな」
「後悔させてやる」
 こうして、結局男同士はしゃいでしまうわけである。
 翌日、ルナマリアにまた怒鳴られるなあと思いつつ、レイはまあいいかと思う自分に苦笑した。

 

 

 


本当に久々になってしまいました。

シンステがまた年越しをするのですね、ずっとこうして書いていきたいです。

正月はDestiny全話みたいなあああ。

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