ずっと前から約束していたことだった。
 

 今年の誕生日は一緒に過ごそう、と。

 

 

「なあ、カガリ。お前、なんか機嫌悪くないか?」
「べっつに」
 別に、に篭められた不機嫌さにアスランは頬を引き攣らせつつ、気づかれないように溜息をついた。何だって今日は朝からこんなに機嫌が悪いのか。アスラ
ンは始めこそ必死に機嫌を取ろうとしていたが、一向にそのままにカガリに今では放棄状態である。
 大体、今日は大事な日だろうが。
 アスランは気を抜くと、寄せそうになる眉間の皺を意識して咳払いした。
「カガリ、あのな」
「なんだ?せっかく休みとったのに、とでも言いたいか?」
「あのなあ」
「アスランはどうせ“せっかく”と思っているんだろ」
「カガリ」
「聞きたくないね」
 ふいっと顔を逸らすカガリは不機嫌だった理由をさらけ出すと、アスランの言葉をこれ以上聞きたくないと言う様に立ち上がった。
「出掛ける」
「え?」
「じゃあな」
「おっおい!カガリ、おま……」
 有無を言わさずに部屋を出て行ってしまうカガリをアスランは慌てて立ち上がって追おうとしたが、二人がいたのはオーブ市街のカフェテラス。あっという間
に行ってしまうカガリを会計を払った後では追いつくはずもなく。
「……おいおい、なんだよ。アイツ」
 苛立ちに似たものを感じて、アスランは頭を掻いた。
 大きく溜息をついて、ジャケットに手を突っ込んで歩き出す。そうすることにより虚しさは増した。

 手に触れた、本当ならもうここにないはずのものにアスランは胡乱げな表情で肩を落とした。

 

 

 

「ねえ、カガリ」
「なんだ」
 カガリは仏頂面もいいところの顔でキラを睨み返す。
「僕との約束は夜だろ?いつもの通り」
「それが?」
「まだ一時だよ、お昼の」
「……」
 そんなことわかってるさ。
 本当なら、今日一日はアスランと過ごして、毎年決めているように日付の変わる前はキラと過ごす。これが本日の予定のはずだ。けれど。
「喧嘩でもなさいましたの?」
 気遣うラクスの声に、カガリは溜息をついた。
「……だよなー。私かなりお邪魔虫よなー」
 紅茶と焼き菓子を乗せたトレイをテーブルに置きながら、ラクスはキラと顔を見合わせている。
「喧嘩なんて、してないんだけどな。どうしてかいらいらしてさ」
「まあ」
「アスランが可愛そうだよ、カガリ」
「うるさい、キラ」
 遠慮なく言うキラにカガリは少し人心地に戻れた気がして、言い返すが目を伏せた。
「アスランの奴、仕事山積みでさあ。でも、今日だけはってずっと言ってたんだよ。その為に残業もしてたし、後輩にも謝ってさ」
 そんなの知ってる。
「カガリのこと、好きだからだよ?」
 そうなんだろうか。
 もう義務として、なのではないのか?カガリを苦い思いが占めた。
「それに、ずっとプレゼントのことも悩んでて、アイツさ」
「キラ。それは言わなくていいの。アスランから渡すものなのですから」
「そうだね」
 ラクスに窘められて舌を出すが、キラはくすくす笑いながらカガリの頬をつねった。
「そんな顔、似合わないよ。カガリ」
「うるさい」
 俯いても、キラはその手を離さなかった。伸びた頬が痛かったが、カガリは文句は言わずにいた。
「……なあ、飽きたりするか?」
 再び、キラとラクスは顔を見合わせてからカガリを見つめた。その顔はなんとも間抜けだ。
「・・・・・・は?」
「だから、アスランの奴さ……私のこと、飽きたりとか」
「するわけないよ。まだ何もしてないのに」
「キラ」
「はい」
 ラクスとの息の合ったやり取りを見せられてもとカガリは半眼になりつつ、軽く顔を振って伸びをした。
「あーあ、相談相手間違えたかな」
「ちょっとカガリ。感謝こそされても、そんないわれはないぞ」
 カガリと同じ半眼でキラは言うと、肩を竦めて見せた。
 同じ顔をして言い合う二人をラクスは笑って眺めているようだったが、ふとカガリは気づいて立ち上がった。
「すまん。邪魔したな」
「カガリ?わたくし気にしていませんわ、キラとは普段から会えてますし……今日はお二人の大切な日なんですから」
「いや、でも夜また会うしな。キラと」
「あ!!」
 言って、歩き出そうとするとキラは大きな声で叫んだ。立ち上がって、ぱあっと笑顔になると行きかけたカガリの腕を引き戻して続けた。
「カガリ、悪いと思うなら手伝ってよ」
「なっなんだ?」
「今日僕らの誕生日だろ?僕、ラクスにプレゼント何がいいって聞かれたからお願いしたんだ」
 いそいそとキラは部屋の壁際にあるクローゼットに行くと、大きな箱を引っ張り出してきた。白い大きな箱には大きな赤いリボンが結んであり、オーブで
有名なアパレルブランドのロゴが入っていた。
「ラクスがほしいって」
「真顔で言うな、気持ち悪い」
 カガリは半笑いでキラに言うと、手をひらひら振って促した。
「で?」
「うん。これ、ラクスに着せるの手伝ってあげて。僕でもいいんだけど……楽しみに待ってたいし」
 そう言って渡された箱は思いのほか軽く、カガリは瞬いた。大きな箱、でも軽い素材のもの。一体、何が入っているのだろう。
「じゃ、僕はステラのところいってるから、着替えてきてね」
「え!?ステラ、フェブラリウスだろ!!」
「あ、うん。ステラハウスに、ね。じゃ、後でー!」
 颯爽と駆けていくキラにカガリは口をぱくぱくさせたが、ラクスは微笑んでゆったりと言った。
「キラ、嬉しそう。お誕生日って素敵ですわね」

 

 

 

 

 

 


「はああ」
 重い。
 物凄い重い溜息だ。

 シンは何度聞けばいいのかとうんざりしながら、それでも追い出せもしないのは今日はちょっと同情しているからである。
「あの……、アスランさん。珈琲入れましたよ」
「ああ。すまない」
 テーブルにマグカップを置きながら、シンはそっとアスランの暗い顔を伺い見た。
「……ぅわー」
「なんだ。その、うわーっていうのは」
「え、いや……物凄い顔ですよ、アスランさん」
 頭を掻きながらシンは率直に思ったことを言って、入れたばかりの珈琲を手に取った。
「正直、俺はどうすればいいのやら……どうしてここにきてしまったのやら」
「あのですねえ。人んちに勝手に押しかけといて、その言いようはないんじゃないすか?俺だって、暇じゃないんですけど」
「暇みたいなもんだろ」
「アスランさん、俺を何だと思ってるわけ?」
 半ば呆れた調子でシンが言うのも気にせず、アスランは悲劇のヒーローさながらの表情で虚空を見上げた。思案するように遠くを見たかと思うと、何も言わずに
マグカップを手にする。やはり、悲劇真っ只中の顔である。
 見ているこちらまでうつりそうな溜息にシンは顔を振ると、頬杖をついてテレビのスイッチを入れた。
「……傷心の先輩を前に非常識な奴め」
「いいでしょ、俺んちなんだし」
 つけたテレビを眺めて、チャンネルをニュースに合わせた。シンは新聞も読むが、昼のニュースは欠かさず見ているのだ。
『今日は、戦後に作られた新しい記念日です。オーブ連合首長国では、この日をハウメアの加護あらん日として……』
「へえ」
 知らなかった。画面にはレポーターが黄色のワンピースを着て花を掲げていた。きっと記念日の象徴の花なのだろう、黄色の花びらは勝気なオーブ代表を思わせた。
「なんて花だろ」
「苧環だ」
「おだまき?」
 そう、とアスランは頷いて手前にあった広告の裏に、すらすらと綺麗な字でその名を書いた。
「難しい字だなあー、これって有名な花なんですか」
「いや……5月14日の誕生花だ」
「じゃあ、今日の記念日って、カガリさんのためのってこと?」
「ああ。キラもな」
 合点がいってシンはもう一度テレビへと視線を移した。
 そこにはオーブの港が映し出され、その式典のようなものが行われていた。
「って、ここにカガリさんいなくていいんすか?」
 アスランは興味なさそうにシンと同じように視線をテレビに向けると、短く頷いた。
「民間の作った行事だから」
「でも……なんか、これって軍艦?てか、プラントからのって」
 シンはぐぐっと画面に近づいて、目を凝らした。
 なんと、そこにはプラントからやってきた親善大使の使う艦が停泊しており、しかも船体に書かれた字を読むと“フェブラリウス”と書いてあるのである。
「ももももももっ」
「いや、ないんじゃないか?俺は何も聞いてないぞ」
「ででで、でも!!」
 驚きと、自分の思考の暴走にシンは立ち上がって行ったり来たりと歩き回る。冷ややかなアスランの視線も気にもせず、取り合えず大きく深呼吸した。
「ステラいるんじゃないです!??」
 そして、漸く叫んだ。
「シン、気持ちはわかるが……来るんだったら、お前に連絡はいるはずだろ?」
 確かにそうである。
「でも……」
 カガリの誕生日である。ステラが忘れているわけがないのだ。
 大事に持っている手帳にはみんなの生まれた日がずらっと書いてあって、ステラはそれを祝いたいとずっと言っていた。そうできたらと願うように微笑んだ笑顔を
シンは忘れられないでいた。
 皆にあって、自分にはないもの。そう嘆いたり決してしないステラ。
「ただいまー!」
「おかえり、て」
 妄想のあまりか?
 妄想のあまりなのか?
 シンは片手に持ったマグカップをふるふるさせて、リビングのドアの前をひたすらに凝視した。
「シーンっ」
 がばっ
 凝視したにも関わらず、そこに在るものが現実にあるものかわからないままだったシンは、突然に動き出して懐に飛び込まれ、その勢いのままに背後に倒れた。
「が」
「シン!!」
 黄色い絹の糸みたいな感触が頬をくすぐって、胸に押し付けられた柔らかい感触にシンは何もかも忘れて瞬いた。
「ス」
 愛しい、愛しい、ひと。
「ステ」
 呼びたいのに、何故か震える口唇が動かない。それでも腕は懐かしい、柔らかく小さな体を確かめようと動いた。
「シン」
 ゆっくりと見上げた愛しい人の頬を両手で触れると、感電したみたいに衝撃が走って、シンは急激に顔が熱くなるのを感じた。
「ぼっ」
「ぼ?」
 ボッってなるー!!
「ばっそっす、ぼ、」
「シン、わかんない」
 困ったような声。
 傾げる首。
 赤紫の瞳、透けるような肌。
 そこに映る自分。

 ぷつん。

 きっと、そんな音がした。

「シン?」
「お、俺」
 抱きしめた。
 力いっぱい、抱きしめて、抱きしめて、それから乱暴なくらいの力で愛しい人の首根っこを掴んで引き寄せて、驚いて開いたままのその桜色の口唇に噛み付こうと。
「そこまでだ」
「ッで!」
 物凄い力でアスランに引き剥がされたシンは、驚きのあまり、冷静に我に返った。
「・・・・・・だ」
 引いてゆく血の気にシンは恐ろしくて、顔が上がらない。
 何を考えてた?今……?
「だーっ!!」
 猛ダッシュで駆けて、隣の部屋に駆け込むしかないわけで。
「シ、シン!?」
 愛しい人の呼び止める声に、さらにシンはいたたまれない気持ちで部屋を後にした。

 

 

 

 


「にしても、どうして連絡もしないで帰ってきたんだい?ステラ」
 アスランは勝手知ったるステラハウスのキッチンから、ソファにちょこんと座っているステラを見やった。
「うん、きょう、キラとカガリの誕生日。だから会いたくて……それ話したら、ラクスが一日だけならって」
「さすがラクス議長だな……、今日ばかりはシンに同情するよ」
 シンにいつもさせてばかりで実はこういうことに疎いアスランは、数回行ったり来たりと紅茶のポットを持ってみたが、勝手が分からずそれは置くことにした。
「ステラ、オレンジジュースでいいか?」
「うん」
 ほっと安堵して、アスランは結局冷蔵庫からパックのジュースを出す。
 戸棚からウサギの絵の描いてあるグラスを取り出すと、注いで漸くステラの元に戻った。
「ありがとう、アスラン」
「ごめんな。今度までにちゃんとお茶ぐらい淹れれるようになっておくよ」
 情けないなと眉を寄せて言うと、ステラは顔を振って微笑んだ。
「あ、そういえば、いざく、上手。この間ね、きてくれたとき、お庭の葉っぱ摘んでそれをお茶にしてくれたの」
「そ、そうか」
「今度は珈琲の豆、挽き方教えてくれるって」
「・・・・・・イザーク、卑怯な真似を!」
「アスラン?」
「え?いや。それより、ステラ。せっかく戻ったんだし、目的を果さなくちゃいけないんだろ?」
 あまり時間がないように思う。すでに昼時は過ぎていたし、キラとカガリがどこにいるのか探さなくてはならないとなると、早く行動したほうがよく思えた。
「だいじょぶ。ここ、来る約束なの」
 ステラは得意げに微笑むと、オレンジジュースを口にしてそっと戻すと傍に置いていた大きめのカバンを引き寄せた。
「みて」
 取り出されたものは、布の包みでアスランには何かわからない。
「へへ……頑張ったんだ、ステラ」
 その包みを愛しそうに抱き寄せると、ステラはすくっと立ち上がってアスランを見つめる。
「ね、アスラン。今日はしあわせの日。誰よりアスラン、カガリがうまれてくれたことを喜んでる。だから、素敵なことしよう」
「ステラ」
 そっとアスランの手を取って、ステラは立ち上がらせる。
「みんな、誰かをあいしてる。いっしょにいたいと願ってる。しあわせってそういうこと」
「君は」
 笑う笑顔が眩しいほどで、アスランはどうしてか泣きたくなった。目の前の少女が愛しい。初めて会った時を思い出す。
 怯えた眼差しで、シンの腕を掴んで背に隠れたあの少女が、ここでこんなにも真綿に包まれたみたいに温かそうに笑っている。誰の影に隠れることもなく、
ひとりで。
 己がすべてだと、戦場でそう思った。
 力は力だと、違いがあるのなら、それは想いだと、そうラクスが言った。その想いこそが、力を変えると。道を選ぶのだと。
「どうして」
 声が震える。泣きたいのではない。なのに。
「そんなにも真っ直ぐで……」
 再び恐れたその力を、それでも変える為に掴んだ。そして友と、戦友と、あの空でまた出会った。
 招く未来を、もう二度と後悔しないように。
 何より、愛しい人の笑顔を守るために。
「アスラン、泣かないで」
「・・・・・・君は、俺にまで守らせてくれるというのか」
 君に何もあげることすらできていないのに。
「アスラン、ステラはここにいるよ。どこもいかない。シンといる。だから」
 怖くない。
 そう聞こえた。
「準備、しよう!!」
 ステラは元気にそういうと、包みを徐にアスランに預けて引き出しからエプロンを出す。見上げた時にはもう冷蔵庫から食材を取り出して何か始めていた。
「アスランはシン、呼んできて。飾りつけしてほしい」
 何にかは分からないでいたが、アスランはその少女の笑顔に赦された気がした。
 ずっと、心の底でとごり、融けずにいたものがゆっくりと静かにほどける様に薄らいだ。

 

 

 

 

 


 貝になりたい。
 そうだ、そうしよう。

 今日は貝でいる日だ。


 シンは一人で頷いて、隣室にあるステラとシンのベッドに倒れこんだ。
(・・・・・・ステラ。本当にあれ、ステラなのか)
 ぐるぐると思いは廻ったが、シンはもやもやしたままでじたばたするしかない。突っ伏した布団からはほんの少し甘い香りがする。それは、ステラのもので、
もうずっとベッドの使い主が不在のため薄らいでいたが、シンにはお日様に干したって分かるものだった。
 二つあるベッドは、ステラがいた頃は片方しか使わないことばかりで、一方は新品みたいに未使用だった。ステラが不在になってからも、シンは無意識にステ
ラのほうで寝てばかりいるせいで、目の先にあるベッドは未だそのままである。
 もう、この香りも微かにしかしない。
 そのことが時間の経過を知らせるようで、シンには苦しかった。
(ステラ)
 抱きしめた腕がまだその感触を覚えていて、今も思うだけで胸が締め付けられた。
(俺、やばい……頭おかしくなりそうだ)
 会えないことが辛くて、触れることが許されないことが苦しくて。夜中に目が覚めるときは大抵がステラを追う夢だった。女々しい自分に気づいて、自己嫌悪
に陥り益々へこむのである。
「・・・あーっ……!」
「お前、大丈夫か?」
「わっアスランさんっ」
 突如聞こえたアスランの冷水のような声に、シンは驚いてベッドの上で飛び跳ねた。
「いつ入ってきたんです!?」
「ノックもしたし、声もかけたぞ」
 シンは愕然としながら、涼しい顔の上司を何とか見返した。そうだった、いろんな事が起こって気づいていなかったが、天敵が在中なのに飛び出してきたのだ。
貝になっている場合ではなかった。
「ステラに何もしてないでしょうねっ」
「よく言うな。それはこっちの台詞だ。お前、今にも襲いそうだったろーが」
「う」
 嫌な汗が額に浮かぶ。が、アスランに責められる覚えはないと思い直して顔を上げて睨んだ。
「あんたに関係ないでしょう!か、か、帰って下さいよっ」
 アスランは呆れたように肩を竦めると、出て行くどころかシンの側までやってきて、どっかりと大事な二人のベッドにあろうことか腰掛けた。そして、シンの
驚愕の表情を無視して続ける。
「……お前はさ、ちゃんとステラのこと、好きなんだよな?」
 意外にも深い声と言葉にシンは瞬いて、隣のアスランを見た。
「す、きに決まってるでしょう」
「一人の女の子としてか?」
「それ以外なにがあるんです?」
 アスランの意図を図りかねてシンはつい苛立った言い方をしてしまう。気づいて座りなおすが、アスランは気にしたふうもなく未だ真剣な様子で余計に気持ち
悪かった。
「ステラは生身のちゃんとした人間で、感情のある女の子だ。どれだけ純粋無垢でも、肉欲だってあると思う」
 に、にく・・・・・・。
「アスランさん?あの、」
「だから!我慢は、必要だが……その、そういうこともだな。ステラにとっては、必要になることも……だなあ」
「なんですって?」
 この人は何を言ってるのだろう。
「よめ!空気を!」
「は、はあ?」
「とにかく。お前の暴走は俺が今後も阻止する。しかし、ステラを満足させないことは許さん。わかったか?!」
 つじつまが全く合わないアスランの台詞にシンは怪訝な顔をしつつ、その勢いに負けて取り合えず頷いた。
「わかったら、行くぞ。飾りつけを仰せつかった。大役だぞ」
「・・・・・・?今度は何の話です?」
「キラとカガリの誕生日会をするそうだ」
 シンは弾かれたように立ち上がる。
 そうか、それで……。帰ってきた理由が判明して安心した反面、シンは自分に会いに帰ってきたのではないのかと落胆した。
「シン、安心したよ。お前がステラに手を出せないのではないことが分かって」
 扉を開けながら、アスランはそういった。
 背向けているアスランがどんな顔をしているかなんてわからなかったが、そこには優しさが滲んでいるような気がした。
「なんだ?変な顔して」
「いや……、アスランさん熱でも」
「あるわけないだろうが」
「いや、でも」
「シン?熱が出たのはお前だろう?」
「げ」
 フフンと嫌味に見下ろされ、シンはアスランに噛み付くように言い返す。
「悪趣味な嫌味はやめてください!」
「何のこととも聞いていないのに、その焦りよう……なんだと思ってるんだか」
「アスランさんっ」
「シン、アスラン。はやく、はやく」
 リビングの方から顔だけ出したステラが見えて、シンは胸倉を掴んでいた手を即行離して、慌てて頷いた。
「今行くよ」
 にっこりと笑って返事するアスランにシンは隣で辟易しながら、疲れた溜息をついた。

 

 

 

 


 ステラはアスランがシンを呼びに行ったのを見て、キッチンで買い物してきたものを広げながら、指差して確認していた。
 カガリに前に教わったピザをちゃんと焼いてみること、ラクスに教わったかぼちゃのスープをつくること、それからメイリンの家に寄って一緒に作ったケーキ
はもうすでに冷蔵庫にある。忘れていることはない。
 研究所で暇を見つけて、歌の練習もした。
 あと、数時間でラクスがカガリをここへつれて来る手筈になっているのだ。
 その頃には、メイリンもルナマリアも、レイも皆来てくれることになっていて、ステラはしたことのないホームパーティというものに心躍らせていた。もうす
ぐ始まる、素敵なことに夢中だった。
 けれど。
「・・・・・・シン」
 そっと、動かしていた手を止めて、ステラは呟く。
「う、と」
 留まって、急に思い出す。
 シンの強い腕、まるで食べられてしまいそうだった双眸、乱暴なまでの抱き寄せる力。
(ど、どうしよう)
 顔が熱い。火が出そうととは、こういうことか。
 ステラは両頬を手で挟んで、目を強く瞑った。胸をどきどきする動悸が占領して、うまく息が出来ない。おかしい。苦しいことがどうしてか分からなくて、
ステラはなんだか泣きそうだった。
 シン。
 シンに抱き寄せられることも、キスをすることも、全部したことがあるのに。
 どうしてだろう。おかしいくらいに、胸の鼓動が治まらなかった。
「ステラ、おかしい・・・・・・」
 ふにゃっと顔をゆがませて、ステラは落ち込むように顔を俯かせる。どうしたというのだろう、こんなにもシンのことばかり考えてしまう。それはいつもの
ことなのだが、会いたいというより、会いたくはなかった。でも、心はシンのことでいっぱいで持て余した気持ちのせいで、手が動かない。
 今、会ったら。
「うー・・・・・・」
 唸ったその時、ポケットで携帯が控えめに鳴り出した。
「?」
『ステラ?ちょっと早く行けそうだから、そっち手伝うよ』
 向こうから聞こえてくるメイリンの元気な声に、ステラは救われる思いで縋るように返事した。
「う!メイリン、早くきて」
『な、なんかあった?シンとかなり久しぶりだったでしょ?なに?喧嘩した?!』
 焦ったようなメイリンの声に、ステラは思い切り横に顔を振って続ける。
「違うの、ステラおかしい。シン、いつものこと。抱きしめてくれた、でも・・・・・・なんか、ステラおかしくて」
『ステラ?』
「ステラ、なにか病気?」
『・・・・・・えと』
 沈黙のあと、メイリンはいつもの元気な声音でステラを励ますように言った。
『わかった!すぐ行く。だから、それまでシンには普通にするんだよ?わかった?』
「わかた」
 ステラは携帯が切れても、握り締めたまま動けない。
 それでも話せて少し落ち着いたようで、一息深く吸い込むとゆっくり吐き出して頷く。
「よし、ステラ、よし」
 励ますように呟いて、隣室から聞こえるシンとアスランの相変わらずな言い合いに向かって声をかけた。

 

 

 

 

 

 


「・・・・・・目覚めたのかなー」
 メイリンは唸るように携帯を見つめて言った。無意識に漏れた呟きに、隣にいたルナマリアが首を傾げる。
「なによ?」
「お姉ちゃん。ステラ、ついに目覚めたかも」
「何の話よ」
「だからぁ、恋心よ!恋心!」
 まだ確信ではない。だが、あの話す感じだと……、ただ自覚に至らないから困っているようだったが。
「でも、もしかしたらさ……まだ、知らないほうがいいのかな。ステラ」
「……なんだか話が見えないけど……ま、焦らされるのにはシン慣れてるだろうし、なるようになったらいいんじゃない?」
 メイリンは姉のあっけらかんとした意見に、短く嘆息を返すと晴れ渡った空を見上げて伸びをする。
 ステラはまた戻らなくてはならない。この空の彼方へ。
 であるならば、もしかしたらその想いの本質にはまだ気づかないほうが辛くないのかもしれなかった。何しろ、彼女にとっては「初恋」だ。その想い、その大き
がいかに胸を支配し、囚われるものなのかは女の子なら誰しも知っているせつなさだ。
「あー、なんだかステラのお姉ちゃんの気持ちだあ」
「はいはい。早く歩いて、ステラ待ってるんでしょ」
 料理の入ったバスケットを片手にルナマリアはメイリンの先を早歩きで進んでゆく。気づいてメイリンはミニスカートの裾を泳がせながら追いついた。
「レイも来るって言ってた?」
 特に他意はなく聞いたメイリンだったが、姉は予想外に肩を躍らせて反応した。
「し、知らないわよ」
「連絡取ってるでしょ?」
「わ、私がレイのこと何でも把握してるわけないでしょーが」
 そうかな?
 メイリンは妙に早口な姉の様子に首を傾げつつ、その背を追った。
 ステラハウスへの道のりは上り坂である。程よい日差しの中、砂利道を歩くのはピクニックのようでメイリンはついはしゃぎたくなる。
「ねえ、お姉ちゃん。プレゼント、何にしたの?」
 弾むような足取りで追いついてきたメイリンにルナマリアは顔を向けて、笑う。
「ふふん。アスハ代表には、瑪瑙でブレスレット作ったの。キラさんには私選びきれなくて、ミネルバ・アークエンジェル共通食堂券にした」
「あはは、それネタだねえ」
「しょうがないわよ……、ほんとあんまり話したこともないんだし」
「お姉ちゃんも、もっとアークエンジェルに遊びに来たらいいのに」
「まあ、そのうちね」
 メイリンは並んで歩きながら、姉が密かに未だにアークエンジェルに足を踏み入れることに抵抗があることに気づく。戦後、もう二年になるがそれでもメイリンに
とっても、ルナマリアにとっても、あの頃の話を振り返るには勇気が必要だった。
 話せないのではないし、話したくないわけでもない。ただお互いに触れずにいる為、キッカケが必要なのかもしれなかった。
「はまりにはまって、お姉ちゃん結局職人並みだよね、アクセサリー作り」
「コニアさんの弟子よ、弟子」
 オーブの市内に今では数店舗を構えるほどになった手作りアクセサリーの店の店主は、堅物無口で強面だったがお店自体は女の子で溢れかえるほどの可愛らしい
ものである。その店主は気に入った人間にだけ、手ほどきをする。何度も何度も挫けず通って、ルナマリアが教わりに行ったのをメイリンは知っていた。
「瑪瑙ってね、パワーストーンなの。カガリさんみたいに大勢を背負ってる人には必要なはずだから。それに」
 含み笑いを浮かべる姉に、メイリンは乗り出して続きを待った。
「夫婦円満、子宝に恵まれるらしいわ」
「ぅええ!なんか、陰謀を感じるよ、お姉ちゃん」
「早くくっついちゃえってことよー」
『ねえー』
 二人して溜息をついて頷いたところに、背後からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「レイ!」
 メイリンは振り返ってそこにいる人物を捉えて、弾かれたように笑顔になった。隣のルナマリアがそれに反応したが、メイリンにはどういう意味かはわからない。
「相変わらず、仲がいいな。二人とも」
「誰もが頷く話題をしてたんですー」
「ああ……、アスランとアスハ代表のことか」
「ジャストミートー!」
 メイリンのテンションにまたもレイはくすくすと苦笑した。
 青い空、澄んだ空気、いつもとは違った私服。そんなことが相まって、いつものレイより穏やかな雰囲気がした。
「いけない!早く行こう、ステラが待ってる」
 唐突に気づいたメイリンは慌ててそういうと、駆け足に先に歩き出す。
「・・・・・・忙しないな、メイリンは」
「全くよ」
「ルナマリア、俺には出来なかった」
「はあ?」
 並んできたレイは真顔でそういった。何のことかとルナマリアは盛大に眉を寄せる。
「二人の誕生日プレゼントだ」
「ああ……。いいわよ、こうして来てるだけで」
 山積みの仕事を置いて、来たことはルナマリアだけが知っている。残業しながら、昨日レイが困った顔で言ったのだ。プレゼントは何がいいだろう、と。
「そうだ」
 不思議そうにこちらを眺めるレイにルナマリアはカバンから封筒を取り出した。
「これ、キラさんに上げるプレゼントなんだけど、レイから渡してよ」
「それはルナマリアが選んだものだろう」
 半ば無理やりに、レイの手にそれを握らせるとルナマリアは笑顔でそのままレイの手を引いた。
「いいの、いいの。私、キラさんと関わりないし……それに、それネタみたいなもんだから。ほら、行くわよ」
「ルナマリア」
 少し焦ったような声にルナマリアは内心、微笑む。
 レイのこういうところは好きだったが、あまり日常見ることができない。それだけになんだか楽しかった。引かれた手を振りほどかないことも、ルナマリアに
とっては嬉しいことだった。
 きっと、ああ言ったからだ。
「・・・・・・ほんと、律儀よね。レイって」
「?」
 こういうとき、嫌でないなら同じように返すのよ。
 そう言ったことを、レイは覚えている。
「素敵な誕生会になるといいわね」
「ああ」
 頷いたレイの笑顔が眩しいほどで、ルナマリアは頷くふりをして俯いた。
「二人とも、早くー!!」
 メイリンの元気な声は、結構離れた距離から聞こえており、二人は慌てて後を追った。

 

 

 

 

「なあ、ラクス」
 カガリはラクスの足元に屈んでスカートの裾を器用に針と糸を使って直しながら、半ば暗い声で漸く目の前のラクスに声を掛けた。
「はい。なんですか」
「これはなんだよ」
「キラからの贈り物ですわ」
 それは知っている。
 にしても……これって、
「ウェディングドレスみたいだぞ」
「ですわねえ」
 自分の弟ながら、カガリは溜息をついた。ラクスがほしいだなんて、歯の浮いた台詞をいうキラに嫌味な笑いが漏れる。
「カガリ、素直にならなくてはなりませんわ」
「素直って?」
「アスランのことです」
 純白のドレスの裾を睨むようにしてカガリは俯く。
 思い出すのは今朝のことだ。あのアスランの見るからに疲れた顔、来てやったんだというような態度。二人なんだし、家に戻って昼寝でもさせてくれと
言いそうな雰囲気。カガリには何もかも気に入らなかった。
 せっかくの休みなのに。
 せっかくのデートなのに。
「今日は、貴方にとって大切な日ですわ。だから」
「ラクス。直せたぞ、ほら」
「カガリ」
 立ち上がって、目線の並んだラクスにカガリは微笑んだ。
「わかったよ。ほら、ステラハウスに行くんだろ?急ごう」
 本当は心が靄が掛かったみたいに澱んでいたが、カガリは繕って隠すように微笑み続けた。そうしていなくては、幸せそうなラクスのことを心から喜んで
あげれそうになかったのだ。
「私はこのままでいいし、もう出よう」
 カッターシャツにジーパンというラフな格好のカガリは自分を見下ろして苦笑する。
「どうかしましたか?」
「いや」
 私も私だ。
 デートだとはしゃいだのに、悩み悩んで結局この格好で今朝出掛けたのだ。
 長い付き合いだというのに……アスランに笑われそうで、ついいつもお洒落はできない。そんな自分を女の子扱いしろだの、大切にしろだのと言うのは確か
に違うのかもしれない。意識してほしいのに、されることに慣れていないからと照れるのはカガリのほうだ。
「さあ、行こうか。その格好だ、車出してもらうから」
 ラクスの真っ白な手を引いて、カガリは屋敷の部屋を出た。

 

 

 

 

 


「メイリン!」
 扉を開けた途端に飛び出してきたステラは頬にケチャップをつけたままで、なんとも可愛らしかった。
「ステラったら、ついてるよ。料理、うまくいった?」
「う。多分、大丈夫。もうすぐカガリとラクスきちゃうから急いでて・・・・・・」
 奥からはシンとアスランが言い合う声が賑やかに聞こえるので、準備は一応進んではいるようだ。開けた扉から美味しそうな焼ける匂いも漂っていた。
「いい匂いね、ステラ」
「ルナ!久しぶり、ルナ」
 ひょっこり顔を出したルナマリアにステラは笑顔全開で両手を広げた。
「わかった、わかった。ちょっと、ステラったら髪の毛にまで何かつけてる」
 髪に絡んだソースを拭ってやりながら、ルナマリアは隣にいるレイを振り返った。
「元気だったか?」
「レイ!!」
 ふっと微笑んだレイの笑顔にルナマリアはそっと苦笑する。お兄さんのような笑顔、見たこともない。ステラには誰も勝てない気がした。
「おはなし、たくさんしたい」
「ああ。ゆっくり聞こう」
 三人を招きいれたステラは嬉しそうに頬を上気させたまま、リビングへ案内した。
「シン、アスラン。みんな来たよ」
 ステラの声に、折り紙で作った輪っかに絡まったシンとアスランが振り返る。
「おー、いらっしゃい」
「シン、あんた大丈夫?」
 怪訝な顔でルナマリアに見上げられ、シンは不服そうに頬を膨らます。
「何がだよ。ばっちりだって」
「どこがよ」
 大きな窓のほうにはすでに飾りつけが済んでいたが、壁際がまだのようで脚立に乗ったシンは手際がいいとは思えない様子で作業している。呆れた顔のルナマ
リアが腕をまくって、その輪の端を持って手伝いだした。
「俺はアスランを手伝おう」
 アスランはというと、テーブルにクロスをひいたり、椅子を動かしたりと忙しそうである。
「助かるよ、ピアノを入れるの手伝ってほしい」
「ピアノ?」
「レイ、お前が弾いて、ラクスさんが歌うんだぜ」
 上から声を投げるシンに聞いていない、という顔のレイにアスランは遠慮なしに笑った。
「他人事だと思ってますね?アスラン」
「いや、悪い。あんまり思った通りの顔をしたから」
「やれないのか?」
 意地悪そうなシンの笑顔に、レイは無表情に返した。
「誰がそんなことを言った。俺に不可能はない」
「だよなー!じゃ、宜しくな」
「・・・・・・」
 無言で固まるレイの横で、アスランは今度は腹を抱えて笑った。
「アスラン」
「・・・ごめ、悪い・・・・・・、つい」
 やれやれと肩を竦めて聞こえてきたメイリンとステラの楽しそうな声に、レイは顔を向けた。
「美味しそう!!上手に出来たねえ、ステラ」
「ありがと、教わったとおりにした」
 オーブンから出したばかりのピザを丸い木彫りの皿にのせて、メイリンは幸せそうに眺めた。リビングの充満したピザの焼けた匂いに全員が顔を向ける。
「早く食べたいなあ」
「シン、これ終わらせなきゃ絶対無理よ」
「わかってるって。ぉわあ」
 がんがら!
「シン!」
 勢い余ったシンは脚立の下に転がり落ちており、ステラがお皿を手にテーブルへ寄ったのと同時だった為、すぐに駆け寄った。
「てて」
「シン、だいじょうぶ?」
 心配そうに屈みこんで顔を覗くステラと、シンは思い切り目が合ってしまい一気に顔が上気した。
「だ、だい、大丈夫っ」
「いたくない?ほんと?」
 慌てて身を引くシンにそれでもステラは心配そうに身を寄せて問う。瞳がぶつかりそうなほど近くにあって、互いに瞬いて驚く。
「!」
「えと、あああ、あの」
 なんともし難く、二人して俯いてしまう始末で。
「・・・・・・」
 真っ赤になって、互いに黙る二人を周りは顔を見合わせて、固唾を飲んで見守る。
「お、俺」
 思い切って漸くシンが口火を切ったとき、元気よくドアが開いた。
「キラ・ヤマト、参上でーす!」
 しん、と室内は静まり返ったまま、来訪者を迎え入れる。
「あれ?なんかあった?」
 空気の読めないままのキラは、手に一杯の花束を持ったまま、首を傾げた。

 



前後篇になってしまう始末!

主役の二人が全然・・・、だー!

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