「ちょっと、遅いよ!お姉ちゃん」
 漸く辿り着き、アークエンジェルの入り口を三人が潜るとメイリンがぴょこっと顔を出して急かす様に手招きした。
「ほんとにあんの?アークエンジェルに」
「お姉ちゃん、初だよね」
 嬉しそうに言うメイリンにルナマリアは呆れたようにおでこを突付いた。
「もったいぶってないで、案内してちょーだい」
「もー。相変わらず態度でかいんだからぁ」
 頬を膨らませてぶつぶつ言うメイリンをステラは大きな瞳でじっと見つめた。その瞳の色はルナマリアが覗き込んでも読み取れなかった。
「ステラ?」
「しまいって言うんだよ、ね。ルナと、メイリン」
 一生懸命に言うステラは本からか、教わったかの知識から必死に検索しているようだった。その様子は微笑ましくて、つられて笑顔になると目の前の妹も
すっかりつられていた。
「そうだよ、ステラ。あたしは妹で、こっちが姉!」
 元気に応えるメイリンはすっかりお姉さんの顔である。
 ルナマリアからすると、妹のメイリンというのはいつまでも幼いというか、世話が焼けるお調子者というポジションで、きっとこの先何十年経とうと姉で
ある限りこの感覚は変わらないだろうと思っている。だが、こうして微笑む妹を見るとなんだか急に妹も成長して大人になっているのだなあなんて思ってし
まっていた。
「歳取ってるってことよねえ」
「どうした?ルナマリア」
 カガリがぼやいたルナマリアの溜息を見つけて聞き返した。
「いや、なんだか妹も大人になってるんだなって思って。あの時以来だわ、実感するの」
 目を細めてルナマリアは楽しそうに会話するメイリンを見つめる。
 ステラに姉妹とは何かを解説しているようだが、その様子は同級生を思わす賑やかさでステラもちゃんと話すのは実は初めてなのではないかというメイリ
ンにすっかり興味津々のようだった。
 そうか、“あの時”と、そう言ってしまうほど時間は勝手に過ぎているのか。
 忘れたわけでも、忘れようとしていたわけでもない、あの大戦での出来事。ルナマリアにとって、振り返ってみればあの頃の自分をどう捉えればいいのか
そう思えてしまう、変えられない過去の出来事だった。
「ルナマリア、そんな顔をするな」
「え?」
 黙ってしまったルナマリアにカガリはほんの少し微笑んで言った。
「時が解決することもある。それは決して悪いことではないと……つい最近、私もそう思えるようになったところだ。だから」
「……珍しいじゃないですか?貴方がそんなこと、あたしに言うなんて」
「そう、か?」
 苦笑したルナマリアにカガリは首を傾げる。
 そうである。ルナマリアにとってそうであるように、きっとカガリにだってあるはずなのだ。女特有の反発心というものが。多分、気の強いところが似て
いるのだろうとルナマリアは言外に思う。
 ミネルバで初めて言葉を交わしてからずっと気に入らなかった。オーブの代表で、アスランという騎士に守られたお姫様。そのくせ、自意識が高くて勝手
なことばかりする。何もできやしないくせに。
 ルナマリアは己が戦場でMSに乗り戦う軍人として、同じ女であるだけに気に入らないことこの上なかったのだ。
 同時に、そんな思いを抱いて見返すルナマリアの視線や言動をカガリが不快に受け取っているだろうことも知っていた。
「こういうのって、お酒でも入らなきゃ話せないですよね。ま、いきましょ」
「あ、ああ」
 勝手に納得して歩き出すルナマリアの背を困惑気味に追うカガリを見て、ルナマリアは笑った。昔はこんな甘い人が国を背負うなんて世も末だと思ったが
こうして言葉ひとつで素直に振り回されてくれるところを見ると、憎めない人だと心底思う。
 見えないことが多すぎた。
 知らないことも、多すぎたのだ。
「メイリン、先行くわよ」
 まだ後方でステラと話に花を咲かせているらしい妹に声を掛けると待たずにルナマリアは進んだ。
「え、あ、あ!お姉ちゃんったら!いくよ、ステラ!」
「うっ」
 メイリンは驚いてツインテールを跳ねらせるとステラの手を取って、走り出した。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのグリーティングルームは、戦後まもなく改装され立派なパーティルームとして機能できる仕様になっていた。
 ラクスはパネルに勝手知ったる操作で指を走らせ、打ち合わせように並んだテーブルやソファを移動させた。すっきり一面になったところで仕上げにボタン
を押す。
 するとパンチカーペットが全面回転して、そこはあっという間に畳の部屋になった。艦体の一室はまるで旅館の大広間のように様変わりし、伊草の香りが相
乗効果となって雰囲気を醸し出していた。
「完璧ですわ」
 ふふっとラクスは笑うと、スカートの裾を優雅に舞わせながら今日の為に用意した物の入っているダンボールの元へ駆け足で向かう。
「ちゃんとセットにしてきて、正解でしたわ。自分を褒めてあげたい」
 ラクスは周囲にしっかりしていると思われていたが、実はそうでもなく、キラにはよく“もっと計画的に”と言われる始末なのである。今回の企画も自分が
言い出したことだったが、手をつける前から注意されラクスとしては挽回のチャンスだと思っていた。
「キラ、わたくし、ちゃんとできますのよ」
 言いながら、ダンボールから丁寧にひとつずつビニールの手提げに入ったものを取り出して並べた。色とりどりの手提げにはラクスお手製のフェルトで作っ
た名札がぶら下がっており、一緒にくっついたハロのマスコットが揺れるのを見てラクスは一人微笑んだ。
 一週間前に企画、そしてこのマスコット&名札作り。締めくくりは今日のお泊り会である。
「ずっと、やってみたかったんですもの。お泊り会」
『オトマリー、オトマリー、ッカイ』
 ぼいん、ぼいんと音を立ててラクスの横でハロが行ったり来たりを繰り返した。
 ハロを目で追いかけながら、ラクスは苦笑した。最近では公務も多く、孤児院の子供達にハロを託して出かけることのほうが多かった為、このやり取り
も懐かしい気がした。きっと、ステラも会わせてあげたら喜ぶに違いない。
「久しぶりに一緒にお外出ましたものね。はしゃいでいいですのよ、ピンクちゃん」
『オマエモナ、オマエモナ』
「まあ、言いますわね」
 ラクスはくすくすと笑うと、そろそろ到着するであろう時刻を差す腕時計を愛しそうに眺めて立ち上がった。
「さあ!今夜は張り切っていきますわよー!ピンクちゃんも一緒に!えいえいっお……」
 
 ビーン。

 多分、ラクスが宙に舞ったのと扉が開いたのは同時。


 シュン。
 扉は誰も迎え入れずに感慨もなく閉まる。

 


「……見間違い?今、あたしにはラクス様がものっそい拳を突き上げて宙を舞ってたように見えたけど」
 ルナマリアは恐る恐るといっや調子で一同を振り返って聞いた。その表情は張り付いた笑顔のままである。
「いや……私にもそう見えたが……」
 同じくカガリも頬をひく付かせたままである。背後でメイリンとステラはきょとんとしたまま、二人を見守っていた。
「っていうか、何故入らなかったんだ?これではかなり入りにくぞ」
「そっそうは言うけど、カガリさんだって固まってたでしょーが」
「いや、私はだな、」
 二人して扉の前でもごもご言い合うのを、ひょいっとステラが顔を挟んだ。
「いこ」
 そう、何はともあれ、入るのに変わりない。
「カガリさん、スマイルよ。スマイル」
「わかっている」
 
 ビーン。

「いらっしゃい」
 微笑んで振り返ったラクスは、いつもの完璧な笑顔である。その立ち姿はまさに凛とした一輪の百合のようで。
「ラクスーっ」
 ステラはぱあっと顔一面に笑顔を浮かべると、駆け足でラクスのところまで真っ直ぐに向かう。その様子に横にいたメイリンは思わずといった風に
笑った。
「幼稚園児みたいだね、ステラ」
 メイリンは二人に同意を求めようと振り返ると、何故か背を向けてひそひそ話しているようだった。
「見なかったことにしよう」
「そうよね。あの拳の突き上げ方、尋常じゃなかったわ」
「それだけ今夜を楽しみにしていたということさ」
「可愛らしいもんだったら良かったのに……」
「それを言うな。思い出すだろ」
「なんの話?」
『わーっ!!!』
 メイリンが声を掛けると、二人は物凄い勢いで後ずさった。その速さにメイリンは何度も大きな瞳を瞬かせて首を傾げた。
「なに?なんかあった?」
『ちょっと!脅かさないで!!』
 とても綺麗なユニゾンを発するルナマリアとカガリにメイリンは益々首を傾げる。
「……二人って、そんな仲良しだったかな」
 呟いてみても、目の前の二人はまだ何かこそこそ言い合っていて、メイリンにはよくわからなかった。なんにせよ、楽しそうである。それは素敵な
ことだとメイリンは頷いて、これからの時間に思いを馳せて嬉しい溜息をついた。
「ぼい、ぼい、ぼいーっ」
『ミトメタクナーイ!』
「ぼいぼい、言ってるよ」
『ナンデヤネン!ナンデヤネン!』
 どうやらすっかりステラはハロの虜のようで、メイリンが見やった時にはラクスとハロの間でステラが声を挙げて笑っているところだった。
「ステラ、この子はピンクちゃんっていうのですよ」
「ぼいじゃないの?」
「うーん……確かにそう聞こえ」
『ナンデヤネン!』
 頷こうとしたラクスの横で異議を唱えるように飛び跳ねるハロに、ステラはぱっと両手で挟むようにしてその球体を捕らえた。
「う。おもい」
 予想外の重さにステラは眉を寄せて唸った。ハロはステラの手の中で耳をぱたぱたはためかせながら、抵抗しているようだった。
「わかた。ぴんく、ちゃんって呼ぶから」
『オオキニ!オオキニ!』
 難しい顔をしたまま、ステラはそっとハロを床におろした。
 再び自由を得て飛び回り始めたハロに笑顔をむけて、ステラは嬉しそうにラクスを見上げた。
「気に入ったようですね」
「うん!お友達、なれたかな」
「ステラのこと、ピンクちゃんは好きになりましたわ。きっと」
 断言するラクスの笑顔にステラは照れたように俯いて、もごもごと呟いた。
「……でも、ステラ、シンすき」
 ラクスは突然の告白に瞬くばかりになる。
「どうしよう?」
 ステラは困ったように見上げてきたが、頬に朱がさしていてその名を口にして嬉しそうだった。
「まあ、あらまあ」
 この反応。まさに初恋というものだ、そうラクスは決め込んで拳を握り締めて内心小躍りした。
 初恋の光、初々しい反応。なんて微笑ましいのだろうか。
「おっさん思考だな、ラクス」
 そんな内心を読んだカガリが隣にきて、ぼそっと言った。
「カガリ、見てください。なんて可愛いんでしょう」
「それはそうだな」
 ステラは二人に見つめられて更に困ったような表情になったが、やはりまだその「好き」の数で困っているのが本題のようだった。
「ステラ、好きはいくつあっても構わないのですよ」
「そうなの?」
「はい。だって、ステラはわたくしやカガリ、ルナやメイリンのこと、好きでしょう?」
 こくりと頷いて見せそれでも困惑模様のステラをカガリは思わず抱きしめる。
「む」
「お前、ほんと可愛いなっ」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、ステラはむうむうと唸ったがカガリは気にせずそのまま隣のラクスと会話しだした。
「シンには勿体無い。いいのか、あれで」
「そうは言いましても、ステラがシンでないといけませんの。仕方ありませんわ」
 さらりと流したラクスの台詞に大爆笑するのはルナマリアである。
「あいつ、どこいっても女には同じこと言われんのねー!」
「だって、シン・アスカだもーん」
「メイリンってば、なにげに酷いわね」
 やんや、やんやと弾む会話にステラは唸りながら肝心なことを聞けていないと焦ったが、どうにも彼女達はもう盛り上がっていてそんなこと忘れている
ようだった。
「あらー、盛り上がってるわねえ」
 扉の開く音と共に入ってきたのは、手にたくさんのビニール袋を持ったマリュー・ラミアスである。
「マリューさん、来てくれたのですね」
「ええ。こんな宴、こないわけ行かないでしょ?ね、タリア」
 微笑んで掲げたビニールにはたくさんのお酒の瓶が揺れて見えた。並んで入ってきたタリアの手にはお重箱である。
「いい匂い!」
 飛び跳ねるようにメイリンは言うと、タリアの側に行って声を上げた。
「もしかしてぇ」
「ええ。作ってきたわ、女子会夜更かし用おつまみ」
「最高ッ!」
 盛り上がりは最高潮。
 わいわいと楽しそうな声が響き、終わりのない会話がめぐり巡る。

 ステラはカガリに抱きしめられながら未だもごもごと唸っていたが、ハイテンションな先輩達がもう先ほどの答えを教えてくれそうにもないことを悟っ
て頬を膨らませた。

 

 

 


うおう、まだ女子祭りは続きます。

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