「ねえ、キラ」
「なんだい。ステラちゃん」
「・・・・・・ふたごってなに?」
 ステラは大きな瞳を揺らがせて、そっと聞いた。それが聞いていいことなのか、よくないことなのかを探るような問い方だった。
「そうだなあ、どの説明が面白いだろう」
「おもしろいものなの?」
「うーん。ステラがね」
 くすくすとキラは笑うと、小首を傾げたままのステラの髪を混ぜてやって言う。
「君は僕の初恋の人にとても似ている気がする」
 囁くように紡いだキラの声は穏やかで優しい。けれど、寂しそうな、そんな響きを孕んでいた。
「ふたごと、はつこい?ステラに似てる?」
「あはは。それもこれも別の話」
 つい思ったことを呟いてしまって、キラは反省した。彼女は懸命にこちらの返事を聞き漏らさないようにしているのだ。拾われてしまう言葉
なのだから、ちゃんと順を追ってあげなくてはこうなる。
「僕と、カガリ。双子なんだ」
 こっくりとステラはすぐに頷く。シンに聞いていたのだろう。
「簡単に言うと、人っておなかの中から生まれてくるでしょ?その時、一人じゃなくて二人で出てきてしまう寂しがりな赤ん坊がいるんだよ」
「ふたりで」
「そう。無理やりおなかの中で、一緒じゃなきゃ嫌だーってね」
 ほわあ、そう聞こえてきそうな感嘆の息をステラは吐いた。感動しているのか頬は高潮していて可愛い。
「ひと、みんな、おなかから生まれるの」
「そうか……そこから知らなかったのかー」
「おかあさん。おかあさんのおなか?」
「うん」
 繰り返し口の中で言うステラは、幸せそうだった。キラは素直に受け止め、嬉しそうにするステラを愛しく思った。
 自分にないものを、ねだったり妬むのではなく、己のことのように喜ぶことのできる彼女は誰より凄いと心から思いながら。
「ステラはね」
「うん」
 二人して、アークエンジェルの甲板で夕日を眺めながらお喋りをしていたのだが、ステラは言いながら立ち上がった。その横顔は夕日に照らさ
れて明暗がはっきりしていた。その中で赤紫の瞳が輝くように光っていた。
 実はゆっくり二人きりで会話するのは初めてかもしれない。ばったりとアークエンジェル前で会って誘ったものの、不思議な雰囲気の少女にキ
ラはとても興味が沸いていた。話してみると、余計にその好奇心が増したのだ。
 不思議な子。
 ぼんやりしているのかと思えば、しっかり人の話を聞いて返事する。賢い、そんな言葉がぴったりの子だ。
「ステラは、海からきたの」
「……海?」
「うん。ステラ、海にかえって、海からうまれてきたの」
 見据えた夕日はもう海へとじわじわ帰ってゆく途中だった。滲む水平線は遠いのに、近くに感じる。不思議な感覚。ステラの不思議さと似てる、
そう思った。
「おかあさんって、あまいんだって……でぃあっかが言ってたの。ステラのおかあさんはしょっぱい」
 ふふと笑って振り返られて、キラは一瞬胸が飛び跳ねた。
 幼い、そんな笑顔をいつも浮かべるステラだが、一瞬浮かんだ微笑はどうしてか大人びて誘うようで……ある人を思い出させた。
「そ、う……」
「おかあさん、つめたい」
 瞳はやがて細められ照らしていた夕日の光を失い、暗い色へと変化した。沈むような、そんな双眸にキラは息を呑む。
「みんなのおかあさんは、あったかいんだって」
「ステラちゃん」
 ゆっくりとステラは白く細い手を伸ばして、キラの頬を触る。確かめるような手のひらはキラの頬を掠めて、次に自分の頬へと導かれていた。
「・・・・・・でもいいの。ステラのあったかいは、シン」
 シン・アスカ。
 君はなんて幸せものなんだ。もったないなあ。
「キラ?」
「なんでもないよ。そういえば、どうして双子が何かなんて知りたかったの?」
「ふしぎだったの。おなじもの、ない。おなじは、へん。世界はひとつしかないのに……キラもカガリもちがうのに。それでもふたごっておなじ
だって……そう本に書いてあったから」
「変、かあ。難しい質問だなあ、哲学みたいだね」
 つくづく際どいところに疑問を抱くのだなあと感じつつ、キラは沈んでしまった夕日を名残惜しく眺めた。
「これは僕の考えだから、他の人はどうかわからないけど」
 こんなふうに話すことがあるなんて、思ってなかった。ラクスは話せる時間を作るのがとても上手な人だ。知らずと話しているのが常でそれだ
け委ねてる自分を自覚するのだが、ステラにはどちらかというと話してみたくなるというのが正しかった。
「物事は事実で出来ていて、遺伝子もその構成もすべてが同じ配列で、繋がっていて、それを人はクローンと呼ぶ。簡単に言うと本物とコピーだ。
双子っていうのは、全く同じ遺伝情報を持った人間だけれど、その成長過程で全く違う道を辿るから結局は僕とカガリのようにDNAは同じでも、こ
うして似ても似つかない人生を歩む。それと、クローンは同じだと僕は思うんだ」
 言っていて、何が言いたいのかゴールもわからずにキラは続けた。
「同じものをもっていても、歩む道が違えば人は“その人にしかないもの”を得られる……そう思うんだ」
「そのひとにしかないもの」
「それは、生きなくちゃ手に入らないもの」
 どんな人間にも与えられたもの。
 人間は争ってばかりで、私利私欲におぼれ、すぐに大切なことを忘れてしまう。それでもキラが再びあの時、剣を握ったのは、足掻いて足掻い
てそれでも己の道を生き、その存在を証明する人間たちが愛しいと思ったからだ。
「命に種類も名前もない」
「キラ、素敵だね」
 ステラは微笑んで、そうっとキラの手を握った。少し頼りない小さな手は思うより、温かかった。
「ひとって、素敵だね。ステラも、そうありたい」
 少女が紡い歌は、漆黒へと変化してゆく海の中、ずっと漂って響いた。
 歌詞のない歌。
 音の羅列は、深くて、深くて、心の琴線に触れた。

 

 

 

 


『ちょっと!キラさん!!どこにいるんですっ』
「聞こえてるから、そんな大きな声で怒鳴らないでよー」
 キラは携帯を耳から離しながら、弱った声を出した。
『ステラと代わってくださいよ!』
「はいはい」
 溜息混じりに、キラは携帯を瞬くばかりのステラに差し出した。
「はい。君の王子様は短気だね」
「?」
「シンだよ。出てあげて」
 ステラは頷くと、笑顔で携帯に耳をつけた。その仕草が幼くてキラは思わず微笑んだ。
「シン?」
『ステラぁ、心配するだろーっ』
「ご、ごめんなさい」
 隣に立っていても聞こえてくる受話器からの声にキラは苦笑した。心配性もここまでくると病気だ。
『どこにいるの?キラさんに何もされてない?』
「する?なにを?シン、ここアークエンジェル」
『またどうしてそんなところに』
「カガリにね。会いにきたの・・・・・・でもいなくて、キラにあったの」
 一生懸命に説明するステラが可愛いなあ、なんてキラは思って眺めていると意地悪な悪戯心が生まれる。
「ステラちゃん」
 キラは言って、ステラのことを背中によいしょとおぶると、歩き出した。
「ひゃ」
『なっなに!?ステラ!どうしたのっ』
 案の定、焦ったシンの声は聞こえてくる。
「ふふふ。このまま、僕が送ってあげるよ」
「キラ、ステラ、おもいよ」
「全然」
 子供のようにおぶられて、ステラは恥ずかしいのか困ったように眉を下げた。キラはそれもまたツボで、くすくす笑いながら歩く。シンには
叫ばせておけばいい。とても楽しい気分だ。
『キラさんーっ!!ちょっとー!!』
 取られやしないのに、なんて肝の小さい男なんだ。
 なんて言ったら、泣くだろうから黙っておいてやることにした。ステラの背負い心地をラクスに自慢しようと思いつつ、キラはシンの待つス
テラハウスを目指した。

 

 

 

 

 

 人は生まれ、出会い、やがて恋をする。
 自分と異なる相手と歩む道は決して、楽なものではない。喜びも悲しみも、そして生と死までも見据え合う。それが出会って抱き合ったさだめ。

 縁の繋いだ運命。


「ステラちゃんは、シン君のどこがスキになったの?」
「シン?」
「そう」
 おぶってやりながら、キラは緩やかな坂をゆっくりと下っていた。ステラの家までの帰路はそんなに遠くはない。十五分ほどの道のりをこんな
ふうに穏やかにお喋りできることはとても幸せなことだとキラは思った。
「……シン、ステラのこと、どこにいても見つけてくれる」
「見つける?」
「う。ステラ、エクステンデット。もうひとりのステラがいて、その子もステラ。どっちもこわがり」
 微かに笑ったような雰囲気が背でしたので、キラは瞬いた。
 何かを思い出して笑ったのだろう。ステラは少し間を置くと、暗がりに浮かんだ一番星を見上げたようだった。
「前のこと、少しずつ思い出して・・・・・・、知らない自分を知ったんだ。たくさん、わるいことをした。たくさんひとをころした。それは全
部ステラのこと。ほんとにあったこと。今のステラがしたこと。そこに戻るとね、冷たいんだ。とっても」
 冷たい。
 凍えるような温度の世界。その名は孤独だ。
「……よく、わかるよ」
 キラは背負った背中の温度が愛しくて、悲しくて、感じることのできるステラの重さに胸が締めつけられた。
 良かった、感じぬほど軽くなくて。
「キラ、ステラね、ずっとおもうの。でも、きけなかった。だって、ステラこそ、そこにいたから。でも」
「うん」
「聞いていい?」
「ああ、いいとも」
 自然と浮かんだ微笑にキラは思わず苦笑した。気がつけばこの少女に甘い気がする。ラクスを笑えないなと内心思いながら、頷いて見せた。
「ひとはどうして戦争をするの?ひとはどうして、ひとをころすの?」
 人は。
「ひとはどうして、あいするの?」
 争い、殺しあうのに、どうして愛し合うの。
「ステラちゃん」
 どうしてだろう。
 どうして、声が震えるのだろう。
 どうして、こんなに泣きたい気持ちなんだろう。
「君は」
 思い出す。
 君が雪に埋もれて、シンと抱き合う姿を見ていたあの日。
 ラクスや、カガリ、みんなとあの光景を眺めたあの日。キラの胸に去来した思いは皆と少し違っていた。

“二人の未来が、あの大戦を経たのち得ることの出来た未来であればいい”

 ラクスの言葉はまさに白銀の答えのない世界から漕ぎ出す二人への希望だった。誰もがそう思うだろう想い。願うだろう夢。
 それでもキラはひとり、ひっそりと心に浮かんだ思いを飲み込んだのだ。

 受け入れなくてはならない過去があるように、人は完璧でも永遠でもないということ。
 そして、奇跡なんてこの世にはなく、すべてが必然であるいうこと。

 決して、彼らが争いの末の未来を担う必要もなければ、気負う必要もない。消えない真実を前に、進むしかないのだ。
 かつて、キラ自身がそうしてきたように。

「よかった」
「え」
「こたえ、ない。ひとは、よわいって・・・・・・シンがゆう。あいすることは一人ではないことって」
 ならばどうして、キラは不覚にも無垢な少女に言葉が出なかった。胸が詰って、どうもうまく声が出ない。
「安心した。キラ、おなじ。キラもよわい」
 笑うステラの振動が優しくキラを揺すった。
「君は……」
「怒った?」
「いいや。君はやっぱり似ているよ」
 僕の初恋の人に。とても。
 本当は覚えているんだ。君の泣き叫ぶ姿も、あのMSに乗って彼女が起こしたベルリンの悲劇も、その手を止めるべく自分が成したことも。
「強い瞳と、諸刃みたいな心がとても。笑ってる顔が見たいのに……泣かせてばかりいる情けない自分を思い出すよ」
 言い終えると、キラも頭上にある一番星を見上げて立ち止まった。
「……人はどうして、か」
 何も言わないステラの空気が、キラは好きだった。同意でも否定でもない彼女の位置は、戒めてほしいとどこかで願うキラにとって、有難い
ものだ。いつも、同情と批判の狭間で揺れる過去の想いは、鬱蒼と茂る暗闇に塞がれてばかりいる。
 人は醜い。
 人は貪欲だ。
 愛することは己のため。誰かといたいのではなく、欲するのだ。私欲のために。
 だからこそ、争い、武器を持つ。想いを糧に、憎しみも愛も育つのだ。
「ステラね、シンのこと大好きなの」
 思い出したようにステラは呟く。しんとした夕闇に、その声音は綺麗に留まった。
「優しい世界に連れて行ってくれるの」
 背から響くその声は、キラを納得させるのに十分な答えだった。
「ほんと、ちょっとアスランの気持ちがわかっちゃったなー」
 呆れるほど正直に、キラはそう思った。苦笑が漏れて、ステラを背負いなおして歩き出そうとした時、聞き覚えのある声がした。
「ステラーっ!!」
「あ、シン」
「なんだ。待ってればいいのに」
 キラは半眼で道の先から駆けて来る必死の形相のシンを見て吐き出す。
「ス、・・・ステ・・・はあ、キ、なんにもっ」
「君、どこから走ってきたの?大丈夫?」
 肩でぜいぜいと息をするシンを見て、キラは笑ってやった。背でひょこっとステラが乗り出してシンの方を懸命に見下ろしたのに気づいて、
下ろしてやろうとキラは屈もうとした。
「なんでおぶってるんですか!!」
 勢いよく上がったシンの顔を見て、キラの気は変わる。
「シン君の許可なんて必要?」
「だっ、いえ、その、ススス、ステラは」
「なあに?」
「う」
 どうせ、アスランより性質が悪いと思っているのであろうシンの顔をキラは微笑んで見つめ、敢えてステラをそのままに言った。
「ステラちゃん、このまま帰ろうね。もうすぐ着くし」
「キラ、でも」
「ステラぁ」
 半泣きでキラの向こうを見上げるシンに、意地悪な気持ちが湧くキラは面白くて仕方ない。その自分の行動がそれを招いていることにも気づ
かず、シンは半泣きのまま叫んだ。
「下ろしてください!俺だってそんなことして帰ったことないのにー!」
「へえ……、そうなんだ?」
「ぐ」
 墓穴を掘ったな、シン・アスカ。
「き、キラさん?」
「いいこと、聞いちゃった」 
「ちょっと、キラさんってば」
「アスランが言ってたこと、本当なんだねえ。まだ、全然手出せてないって」
「だー!!」
 ステラをおぶったキラの周りを犬のようにシンはうろうろするが、もうどうしたいのかすらわからない行動になっていた。
「そっか、そっか。いいこと、知ったなあ」
「あ、あ、あ、アスラン・ザラーーーっ!!!」
 ここにはいない名を叫ぶしかないシンに、キラは無敵の微笑みだけやって、家までの道を楽しく歩いた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 


「ねえ……ステラ、キラさんのこと好きとか言わないよね?」
「シン?」
「ちゃんと答えて」
「シン、すき」
「それって、オチでいくとさ、キラもスキって言うんだろ?」
 しょげた犬のようなシンにステラは、首を傾げて少し考えると微笑んだ。
「ううん。あいしてるの、シンだけ」
 にょき。
 そんな音をたてて、シンの脳天から芽が生えたような……そんな感じだった。
「・・・・・・ほんとに?」
「うん」
「ほんとうの、ほんとうに?」
「シンだけ。シンしかあいしてないよ」
「ステラっ」
 ひし!
 なんだかんだいって、最終的に抱きつくシン・アスカであった。


 

 

 

 

 


UP。

よかった。楽しかったデス。笑

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