コラボ小説第一弾☆嘉日ちせ様との小説&イラストシンステ!!

シン・アスカの夏 −初夏篇−

 

 

文のみBaby U know版ものせておきますね。

 


 


 思いやりって、きっと見返りを求めないということ。

 

 でも、

 やっぱり、好きな子には求めたい。求められたい。

 

 シン・アスカ、18歳の夏。

 

 

 

 

 

 いつもの朝。
 シンはいつもどうやってもバタついてしまうのが常である。それは今日も例外なく、シンは片手に牛乳、口には食パン、もう片方の手に
は鞄だった。
 時計はもう出なくてはならない時間をきっかりを指している。
「むんんーっふへら、ほれ、もふいふかは」
 慌ててテーブルに飲み干したコップを置き、リビングの扉を開く。
「シン、シン、待って」
 扉を開けたシンの腕を華奢なステラの手が必死に掴んだ。
「シン、これ」
 少し胸を切らせた息で弾ませてステラはそっと手に持っていたお弁当箱を差し出した。照れたように上目遣いなステラの表情がシンの胸
に突き刺さる。時間がないのも忘れて、シンは足を止めて振り返る。
 大切にその手からお弁当箱を受け取って鞄にしまうと、顔を上げて口から食パンを取ってステラに向き直る。
「ありがとう、ステラ」
 ゆっくりと、気持ちを込めて。その澄んだ赤紫の瞳をいっぱいの気持ちを込めて。
「いってきます」
「はい。いって、らしゃい」
 はにかんだ様に微笑んでステラは手を振る。それにシンは応えて手を振り返すと、思い出したように慌ててパンを銜え直してドアを出る。
時計はやばい時間を指していたがこの幸せはそんなものでは破れない。シンはにやけたまま、ドアを出た先に置いている自転車にすぐ跨っ
た。
「シン!」
 何か忘れ物でもしたかとシンは振り返る。ステラがとてとてとエプロンをつけたまま、駆けて来るのがすぐに見えた。
「どうかした?俺、忘れものしたかな」
 シンは言って背負った鞄を見ようと手を掛けるが、辿り着いたステラは首を横に振った。
「ちがう、シン」
「?」
 首を傾げたシンの肩にステラはつかまって、ちょっと背伸びした。
 かと、思うとステラはシンの頬にそっと口唇を寄せた。
「なっ」
「だいすき、シン。いってらしゃい」
 微笑むとステラはシンの自転車のおしりをぐっと押し出す。
「え、わわ」
「早く、帰ってきてねーっ」
 走り出した自転車は坂を下りだす。急いでシンは振り返ってみると風を切る風景の中、ステラが手を振っている姿が小さくなってゆく。
やっぱり頬が緩むシンは思いなおして、前を向いてペダルをこぐのを急いだ。

 

 

 

 


「うふふふふふ」
「はっはっは」
「いいよなあ、いいよなあ」
 滑り込みセーフで辿り着いたミーティングルームでシンはニヤニヤしたルナマリアとヴィーノとヨウランにどうしてか迫られていた。
「な、なんだよ?」
 頬を引き攣らせてにやつく三人をシンは睨み返す。が、全く気にせずヴィーノは強引に肩を組んできて、やっぱりにやにやした。
「いいよなあ?お前、もう新婚気分かよー」
「はあ?」
「隠すなって。でもさあ、やっぱまだ同棲って段階じゃん?いいのかなあ」
「ヴィーノ、なんの話してるんだ?」
「またまたあ!隠すなって」
 全くこの場の空気が読めず、シンは益々しかめっ面でヴィーノを見返す羽目になる。ぺらぺらと好きなことを喋り続けるヴィーノを
放ってシンはルナマリアに顔を向けた。
 こういったことは大体、発端はルナマリア・ホークと相場が決まっている。
「説明しろよ」
「あら、私はブログを更新しただけよ?」
 そういってルナマリアは、自慢げに自分の携帯端末を開いて見せた。
「な!」
 そこには今朝、先ほど、まさに先ほどしたばかりのステラとの頬チューが写った写真が載っていた。朝の日差し、清清しい青空の中、
とても良い写真だった。
「フフフン、良い記事でしょ?」
「人の私生活をブログにするなって言わなかったか?ルナマリア」
「ルナマリア様に不可能はない!」
 ガッツポーズを思い切り作って言う親友に、シンは重い溜息をついた。朝からテンションが高いことは良い事だが一体その気力はどこ
から沸いてくるのだろう。感心する。
 シンはそこまで考えて、顔を振った。感心している場合ではない。いつの間にあんな写真撮ったのか聞き出す必要がある。これ以上に
騒がれては良い迷惑なのだ。
「シンが滑り込みセーフで到着する前に、私は今日早朝パトロール中でMS乗ってたわけ。で、いいタイミングであんたの家の前を、ね」
「ね、じゃない!ていうか、通ったなら乗せろよっ」
「そう怒らないでよ。減るもんじゃないし」
「そうだよ、平和なニュースは必要不可欠なものさ」
 他人事だと思ってヨウランは気楽なものだ。シンは忌々しい思いでにやつくヨウランに拳をぶつける。
「ルナマリアのブログに載ったら最後、酷い目にあうこと間違いなしなんだよ」
「何を朝からぼやいているの?シン」
「艦長!」
 背後から聞こえた凛とした声にシンは情景反射で立ち上がった。
「今日も元気な寝癖ね?朝、早く起きれない理由でも?」
「ありませんよっ」
「そうね。そう信じたいわ。新婚生活は新婚になってからにしてね、シン」
「はい!って、え?あ?え?」
 言うだけ言って横を遠い過ぎて行くタリアのすらりとした背をシンは慌てて振り返るが、気にもせずタリアは席につく。
「でも、素敵な写真だったわ。朝からご馳走様、シン」
「なっっ」
「それでは、本日の朝礼を始めます」
 どうしてタリアまでがルナマリアのブログを見ているのかも気になったが、なによりこの場でいうのかということの方が気になった。
 シンを、入ったばかりのミネルバの新人たちが挙って振り返っていた。

 

 

 


「おー、シン。お前、可愛い嫁さんだよなあ、ステラちゃん。やっぱり」
 まただ。
「実に羨ましい」
「アーサーさんまで、よしてくださいって」
「お家にお邪魔させてもらって以来、見かける程度だったが、また綺麗になったようだねえ」
「あーもー……」
 顎を撫でながら、実に羨ましそうに言うアーサーにシンは溜息をつく。朝から、何度この流れを聞かされたことか。
 シンはうんざりして、まだ何か喋っているアーサーを置いて休憩室を出る。せっかく一息つこうとしたのにこれでは休まるどころか、
いじられるだけだ。
 重い足取りでシンは、肩を慣らしつつデッキへ向かった。きっと、快晴の空を見れば気も晴れるはずだとそう思いなおして。
「……なんでだよ」
 目の前のデッキにいる人物にシンは悪態を隠そうともせずに、一気に胡乱げな顔になる。
「随分な挨拶だな、シン・アスカ」
「どうして、あんたがミネルバにいるんだよっまさか、あんたまで」
「これか?」
 ずいっとアスラン・ザラは涼しげな顔で携帯端末を差し出す。
 そこには今朝の頬チューシーンである。
「い」
「随分と幸せそうな朝を送っているようだな。それにも関わらず、遅刻寸前なのだそうだな?」
「あ、あ、あんたに関係ないだろ!」
「そうだな。俺はお前の上官ではない。ただ、嘆くグラディス艦長が可愛そうなものでな?かつて後輩だったことのあるお前だ、俺とし
てはお節介といわれようと忠告ぐらいはしてやらんとな」
「余計なお世話ですっ」
 力いっぱい断るシンの額をアスランは何食わぬ顔のまま、指で弾く。突然のでこぴんにシンはあんぐり口をあけたまま固まる羽目になった。
「いいか、シン。お前はもう18だ。あと数週間すれば19歳だろう?」
 涼しげな表情から、やたらと真剣な表情へとアスランは変化させて傍から見れば“とても後輩思いの先輩”の顔をして言った。
「もう大人と言える歳になろう者が時間を厳守できんなど、言語道断だ」
 言語道断だ、のあとに何故かハートマークが付きそうなほどに声が弾んだのをシンは聞き逃さない。
「というわけで、お前が遅刻しなくなるまでステラはうちで預かるから」
「そんな道理が通じると思ってんのかー!!!アスラン・ザラーっ!」
 怒髪天、シン・アスカである。デッキに響き渡る声は青空に吸い込まれた。
「真剣な顔して、語尾上げてんじゃないですよっ大体ねえ、あんたのが二つも歳上なんですよ!成人しちゃってるくせにそういうしょうもない
ことをいつまでも言わないでくださいっ」
「しょうもなくないぞ。俺は至って、真面目な提案をしている。もう艦長には許可をもらったぞ」
「もらうなー!てか、艦長、許可出すなーっ」
「・・・・・・お前、泣いたり叫んだりツッコミ入れたり、大変そうだな」
「誰のせいだと思ってるんすかー!!!」
 ぎりぎりと口唇を噛み締め、シンは怒り浸透のままやっぱり叫んだ。
 このアスラン・ザラという人は、ステラが帰ってきてから随分とシンに酷くなった。それなのに周りは逆に良い関係になったと言い、

「きっと、アスランさんなりに今まではシンに本音とか言い難い気まずさとか残ってたはずよ。それがステラのおかげでなくなったんじゃない?」

 とまあ、ルナマリアなのだが、言うわけである。
 シンは言いたい。違うと。
 これは単なる姑イビリの類だと。
 これは単なるアスランの嫉妬だと。

「大体ねえ、あんたオーブに住んでないでしょーが」
「問題ない。この夏の為に、カガリと別荘を手配したんだ」
「この金持ちがーっ」
「お前だって、それなりだろう?」
「俺は堅実なんです。俺は貯金してるんです。俺たちに贅沢は禁物なんです。ミネルバは企業になってから給与制なんですーっ」
 必死に唾を飛ばして言うシンを小ばかにしたようにアスランは笑いを漏らすと、憐れむような眼差しで今度はシンを見返した。
「可愛そうに」
「余計なお世話です!」
「ステラの話だ」
「・・・・・・〜っ!」
 シンは口を噤んで、デッキの手摺をだんだんと叩く。このどうしようもない怒りをどうすればよいのやらである。
「俺とカガリは明日仕事を片付けたら休暇に入る。というわけで明日の夕方、迎えにいくから」
「ちょっちょっと、まっ」
 ひらひらと手を振るアスランは、また言い募ろうとしているシンを全く無視して通り過ぎる。必死のシンは、その肩を思い切り掴んでとめた。
「って下さいよ・・・・・・っ」
「離せ、シン」
 火花の散るような二人の対峙は、約一分間。
 雲ひとつない青空、二人の間を爽やかに吹き抜ける風、ゆったりと遊覧を楽しむカモメたち。
「・・・・・・なにをなさっているのです?アスラン」
 ぽつっと背中で聞こえたレイの声に、アスランは緊張を一瞬にして解き、目にも留まらぬ速さでシンの手を振り解くと、何もなかったかのよう
に微笑んだ。
「いや。シンと打ち合わせをな」
「そうですか」
「ところで、キラを見なかったか?」
「さあ、見かけておりませんが・・・・・・食堂ではありませんか」
 レイは少し首を傾げて、静かに答えた。背後でめらめらしている親友がチラチラと視界に入るので、伏目がちになる。
「そうか。ありがとう」
 レイの言葉に頷くと、颯爽とアスランはその場を後にして、去ってしまった。
「あの人も大変だな。キラ・ヤマトのお守り役というのも」
「ハッ大変なもんか!好きでやってるんだろ、大体あの人は給料分の仕事してるのか?なんだよ、このイベントの多い時期に休暇ってさあ」
「休暇?アスランがか」
「カガリさんと二人で別荘を・・・・・・って、あー!!」
 叫ぶシンを怪訝そうにレイは眉を寄せて、短く問う。
「今度はなんだ?」
「あの人、その休暇中ステラを預かるとか言い出して・・・・・・俺、それ断って阻止してる最中だったあっ」
 頭を抱えて愕然とするシンに、レイは嘆息した。膝をつく親友の側にそっと屈んで、仕方ない様子で言った。
「シン、気持ちはわかるが頭を冷やせ。もう昼休みはとっくに過ぎている。呼びに来た俺の身にもなれ」
「・・・・・・おーまーえーなー・・・、親友ならちょっとは慰めろよぉ、現実つきつけるなよぉ」
「俺はアスランとは違う。お前のお守り役ではない」
「レイのバカー」
 恨みがましい目でレイを睨んだシンは次いで驚くことになる。
 同時に、レイも。

 ばっしゃーん!

 唐突に二人を襲った水の塊に、シンもレイも驚いて顔を上げる。

「わっぷ!ちょ、だ、誰だよっ」
「・・・・・・」
 同時に見上げた空には、バケツを持ったルナマリアが向日葵のような笑顔、訂正、悪魔のような笑顔でこちらを見下ろしていた。
「あんたたち、会議に来ないから艦長がオシオキしていいって♪」
 そう言って、ブリッジ二階部分から再びルナマリアは新たにヴィーノからバケツをもらって構えた。
「おっおい!」
「暑いし、気持ちの良いオシオキでしょー!」

 どっぱーん!

 空を舞いこちらに透明に輝く水滴が垂直に落ちてくる。束となって。そりゃあもう、すごい速度で。

「ぅえ、ぷ、・・・ルナマリアー!」
「あはははは」
「・・・・・・」
 二度もまともに受けたシンと違い、予測して避けたレイは今度のは回避していた。
 冷静な顔で、黙っていたがずぶ濡れなことに変わりないレイに、シンは噴出してしまう。
「レイ、お前怒ってる?」
「笑うな。シン」
 額に張り付く前髪を避けながら、レイは不機嫌極まりない声で言う。淡い水色の双眸が怒りに揺れているのは確かである。見上げたルナマ
リアは手摺にもたれて、こちらを楽しそうに見下ろしていた。
「水も滴る良い男、ね!」
 そう言って、ちゃっかり写真を撮るルナマリアをシンは舌を出して辟易した。
「おい、レイ。あれ、お前載るぞ。ルナマリアのブログに」
「・・・・・・」
 沈黙のレイに、シンはやれやれと肩を竦めて制服の上着を脱いだ。下に着込んだ半袖になると風がとても気持ちよかった。そのまま上着を手
摺に放って、シンは犬のように頭を振った。
「よーし、レイ。反撃だっ」
「レイ・ザ・バレル、出る」
 二人は揃って頷くと、軽々と二階部へ床を蹴って、駆け上がる。
「ちょ!あんたら、こ、来ないでっ」
 慌てたルナマリアが、このあと同じように濡れ鼠になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 


 翌朝。


「はい、シン」
「ありがとう。ステラ」
 シンはいつも通りにステラから手作り弁当を受け取り、靴を履いて玄関を飛び出した。
 本当は今日、アスランが迎えにやってくるかもしれないことや、それを断ってほしいことや、たくさん話したいことがあったが帰宅が遅く、
こうして朝もばたばたしていては、そんな時間はなかった。
「今日も結局、ぎりぎりだっ」
 言いながら上着を羽織り、シンは自転車に跨る。
「とにかく、今日は早く帰って来てステラを守らなくちゃ」
 がっつり独り言を言っている背中に、愛しい人の可愛い声がする。
「シン!」
「……えと」
 振り返ると、微笑んでいるステラがそこにいて目が合うと、てててっと駆け寄ってきた。
 この展開。
「シン、だいすき。いって、ら」
「ステラ!」
 寸前に迫ったステラの顔をシンは両手で挟んで、瞬時に周囲を警戒する。
 誰も居ないか?
「?」
「・・・・・・いないようだな、よかった・・・・・・」
 ふうと溜息をついて、頬を思い切り両手で挟んでしまったステラに向き直った。赤紫のすんだ瞳が間近にあって赤ちゃんのような手触りに
なんだかシンの心臓は踊りだす。
「ごっごめん!」
「・・・・・・」
 慌てて離したのは恥ずかしくて、心臓の音がばれてしまいそうだったからだが、見やったステラはこの世の終わりでも見たかのように暗い
顔をしていた。
「ステラ?」
「・・・・・・シン、い」
 消えそうな声でステラが言おうとした瞬間、シンの胸元で通信機が鳴り出した。
「ごっごめん!ステラ、俺いかなきゃ」
「うん」
 今日は遅刻できない。早く定時通りに帰宅するにはなんとしても遅刻するわけにはいかなかった。胸元で激しく急かす相手はレイである。
 やばいぞって時間に鳴らしてくれるよう、頼んでおいたのだ。
(親友よ、感謝する!)
 心でそう叫んで、シンは自転車を漕ぎ出す。
 どんどんと小さくなってゆく愛しい人がどんな顔で見送っているかなんて、今のシンには考えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 わたしのすきは、シンとはちがうのかな。


 ここ最近、ステラがずっと考えていたことだった。
 ステラにとって、シンはかけがえのない大事な人で、側にいたい。側にいてほしい人だ。

 そんなシンの隣にいると、心がぽっとなって、理由もないのに嬉しくなって頬が緩む。

 シンが、ステラを呼ぶとどうしようもなく胸が苦しくなる。それから、熱くもなった。
 病気かと思ったけど、ラクスがそれは「好き」だからなるって教えてくれた。

 そうか。
 これがすきってことか。

 
 すき。


 それは、いつだったか掴みかけた言葉。
 つめたいのに、どうしてか、嬉しくて、温かくて、それなのにシンが泣くから笑ってほしくて。


 すき。


 ステラのすきは、シンのすきと違うのかな。

 


「ステラ、どうかしたか?」
 目の前のソファに座ってアイスティを飲んでいるカガリが、心配そうに黙ったままだったステラを覗きこむ。ステラはぼんやりしていた
ことに気づいて、顔を横に振った。
「なんでも、ない」
「そうか?不安そうな顔をしていたぞ」
「ふあん・・・・・・」
 ステラはカガリの言葉を繰り返してみて、ああそうかと思い至る。シンの気持がわからなくて、不安。きっとそうなのだ。
「ずっと、ね。ステラに、シン、いつもなんでも話してくれて、ちゃんと言葉をくれるの」
「あいつはストレートだもんなあ。人前でも構いもしなさそうだ」
 苦笑して言うカガリに、ステラはまた顔を横に振った。
「きっと、ステラ、あたま悪いから・・・・・・そうしてくれてる」
 本当はしたくないのかもしれない。
 はっきり言いたくないのかも。
 行動にしなくては伝わらないステラに、苛立ったりすることがあるのかもしれない。
「ステラ、あいつはそんなに器用じゃないよ。ステラにベタ惚れだから、世界の中心で愛を叫んじゃうような奴だよ」
「・・・・・・でも、今朝シン、嫌って」
「いや?」
「そう・・・・・・ステラのこと、きっと、嫌だったの」
 じわっと目元にステラは涙を滲ませて、自分の膝において拳を見つめたまま動かなかった。
「あいつ、何した?」
 心配になってカガリは乗り出す。シンがステラを傷つけるようなことは絶対にしないのはわかるが、この様子は尋常ではない。
「シン、ない。ステラがしたの。シンのほっぺに、いってらっしゃい、キス、するの」
 頬を指差して言うステラをカガリは無言で見つめた後、思いきり抱きついてきた。驚いたステラはソファに背を預けてカガリと一緒になっ
て倒れこむ。
「かっカガリ?」
「可愛い、可愛いぞーっ」
「??」
「あー・・・・・・ステラ、小さいなあ」
「そんなこと、ない。カガリと変わらないよ」
 抱きしめられながら、ステラはカガリの手足に自分のを比べてみた。
「いや、なんていうか・・・・・・華奢なのかな。うん。守りたくなるってヤツだな」
「カガリも、ね」
 頬に触れるカガリの金色の髪にステラは頬を寄せながら、目を閉じた。子供のように飛びついてそのまま抱きついているカガリはなんだか
シンといる時の自分に思えて、浮かんだ温かい気持ちに口元が緩む。
「男ってもんはな、ステラ」
「うん」
「好きな子にほっぺにチューもらって嫌な奴はいない」
「ほんと?」
「断言してもいい。男はそういう生き物だ、とキラが言っていたから間違いない」
 だったら、今朝どうしてシンはあんな困った顔でステラを引き離したりしたのだろう。いつも本当は嫌だったのに我慢していたのではない
のだろうか。
 ステラにとって、嫌がられたことではなく、我慢させていたのに気づいていなかったということの方が悲しかった。
「シンに確かめに行くか?」
「だめ」
 即座に首を振ってステラは言う。それだけはしたくない。これ以上、嫌われたら立ち直れない。
「そうか・・・・・・よし、やっぱり今日から私とアスランのところにくるといい。本当はシンに悪いかと思ってアスランに我慢させるつもりだった
が。ステラ、気分転換になるよ。それに・・・・・・」
 カガリは身を起こして、ステラと向き合うように座ると手を取ってこそっと囁いた。
「もしかしたら、教えてあげられることもあるかもだし?」
 にっと笑うカガリは悪戯っ子のようだ。ステラもつられて笑った。
「私のが先輩だからな!」
「う!」
 大きく頷いて、ステラは返事する。カガリの言う別荘というのがどういったものなのかステラには想像も出来なかったが、今は少しでも知り
たい気がした。どうすればシンに嫌われないように出来るのか。
 知りたい。
 心から、シンの考えていることが知りたい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 シンは浮かれていた。

 なんと、今日はタリア・グラディス艦長が休暇を取っていたのだ。
 そのお陰で新人教育の報告は明日へ持ち越しになり、シンはめでたく残業はせずに済むことが午前中に判明していた。そこからは仕事も手に
つかないほどシンは浮かれていた。
 定時の18時に帰宅できることなど、そうそうない。
 その時間に帰ることが叶うなら、今日はオロファトに寄ってルナマリアに教えてもらったケーキ屋さんでステラの好きな苺のショートケー
キを買って帰ろう。
 手土産を買うついでに、欲しかったスニーカーも買って帰ろう。
 そんなことばかりを考えて、シンは新人に研修を受けさせていた。気も漫ろもいいとこに。


 それに、それだけ早くに帰れるということは、今夜はゆっくりステラと過ごすことができるということなのだ。

 

「ただい・・・・・・」
 シンはうきうきしながら、手に持ったケーキの箱を掲げながら玄関を潜った。
「・・・・・・驚かせよっと」
 靴を脱ぎ、上着を脱ぎながらシンはいつの通り自転車の鍵を壁に掛けた。足音を立てないようにシンは上がると、にやにやしながら深呼吸する。
風ではねた髪をがしがし混ぜて、玄関の鏡で自分の顔をチェックした。
「よし」
 シンは笑顔で頷いてから、もう片方の手に持っていた一輪の向日葵を用意した。
「・・・・・・ただいま!ステラ」
 勢い良くあけた向こうに座っているであろうステラが愛しくて、シンは満面の笑みでその向日葵を差し出した。
「これさ、折角早く帰れるしお土産にケーキを買ったら、隣の花屋のおばさんが彼女にあげなって・・・・・・くれたんだ、どれがいいって聞くからス
テラにあげたいのって俺、向日葵しかなくって、はは、喜んでもらえる?てか、ほんと俺・・・・・・」
 照れながらようやっと顔を上げたシンは沈黙する。
「ステラ……?」
 そこにいて微笑んでいるはずのステラはそこにはいなかった。シンは瞬間的に動揺してしまい、ケーキの箱を落としていた。
「わ、あっと……俺、何してんだ。って、ステラ、ステラぁー!」
 落としてしまった箱を見つめ急に不安になったシンはリビング、ステラの部屋、書斎、庭と探しに探し回る。
「どこに行ったんだよ、ステラ」
 嫌な冷や汗が背中を伝った。一人で出歩くはずがない。だとしたら誰かが来たのか。誰かがステラを連れて行ったのか。
 脳裏にこの間のラボの事件が過ぎり、一気にシンは蒼白になった。何かしなくてはならないのに、動揺からか小刻みに体が震えて動けない。


 ルルルル、、、


 シンは全身一杯で驚いて振り返った。
 室内に置いた家庭用の電話機が鳴っている。いつもより厳しい音に聞こえるそれにシンは唾を込みこんだ。
「・・・・・・もし、もし」
『お、シンか。お前、早いなあ!帰ってると思わなかったぞ』
「……」
 シンは聞こえてきたやたら明るいカガリの声に即座に受話器を置いた。
 そして、再度すぐに電話は鳴った。
『おい!なぜ、切るんだっ』
「こっちは今それどころじゃないんですよ!」
『何をそんな慌てている?』
 気が気でないシンは何を言ってるのかわからないまま、カガリの優しい声につい涙目になった。
「ステラが、ステ、ステラがいなくて……、どこにも見あたらないんですっひとりでどこかいくわけないしっ留守中に誰かが押し入って、ステラの
こと連れ出し……ぎゃーっどうしよう、カガリさん、俺どうしようーっステラ、ステラァーッ」
『……重症だな』
 ぼそっと言ったカガリの声はシンには届かない。
「おれ、おれ、ステラがいないなんてもう無理なんです、無理っていうか、想像もできない、ていうか……てゆうか……」
 ついにはシンは詰って声がでない。大粒の涙が瞳から落ちて床を濡らした。受話器を持つ手が震えて、うまく支えられない。己の情けなさと心細さ
が募って、探しに出かけも出来ずに泣き言を言っている始末だ。
 大声で泣き出したかった。
『わかった、待っていろ。解決してやるから』
「……え?」
『家を出るなよ?いいな、シン』
 一方的にそう言って切られた電話をシンは放心状態で眺めていた。
 数分そうしてから、はたと我に返った。
「え?なんで?オーブ代表の力を駆使する、とか?」
 頬をぽりぽりとかきながら、シンは漸く受話器を置き、深い息を吐いた。
 いつも邪魔ばかりしてくるアスラン&カガリコンビだが、なんだ物凄く役に立つじゃないか。なんだ物凄く良い人たちじゃないか。
「ステラ……」
 シンはちょっとだけ、ほっこりしてリビングの入り口に放置したケーキの箱を拾い上げに行く。
 ぽつんと落ちている白い可愛い箱が悲しかった。本当なら、お土産だよって言って見せたら、ステラが向日葵みたいに笑って、その笑顔にはおばちゃ
んには申し訳ないけれど、もらった花より綺麗な笑顔が見れたはずだった。
 それから、いつも別々の夕飯を今夜は一緒に食べて、お喋りして、ステラがおすすめだというドラマを一緒に見て、それから。
「それから、ばっかじゃん……時間、足りないよ。ステラ」
 じわっとまたまた浮かんだ涙をシンは腕で拭って、顔を振る。カガリがああ言うのだから、きっと大丈夫だ。攫われたと決まったわけではないし、も
しかしたらメイリンの家にでも……。
「っあーーーーっ」
 そこで、漸くシンは今夜からステラを連れて行くとほざいたアスランのことを思い出した。

 

 

 


「なにが、解決してやる。ですか。ほんと、あんたって人は」
「そ、そう怒るなよ。な、シン」
 頬をひくひくさせながらカガリは言う。
 目の前のソファには愛しいステラがいる。どうしてか、カガリとアスランの背に隠れるようにしてそこにいたが。
「気づかないお前だって、悪いだろうが。俺は言ったぞ、ステラを迎えにくるからって」
「あんた、何時に仕事上がったんすか!」
「カガリに迎えは頼んでおいたさ。俺は残業かもしれなかったしな」
「おかげでこっちは死ぬかと思うくらい心配したんですからね!ほんと、誘拐かとおもっ」
「思って、泣いてたんだよな。すまなかった、シン」
 涼しい顔で微笑むアスランにシンは食ってかからん勢いで、乗り出した。
「あんたねえ」
「シン。怒らない、で……ステラ、わるいの」
 上目遣いに言うステラが控えめにカガリの側で言う。怯える兎のような様子にシンは胸がつかまれたみたいに痛んだ。
 本当に心配した。
 どうすればいいかわからないほど。
 帰ってきたのを見て、すぐに抱きしめたかった。誰が一緒だろうと。
「……ステラ」
 それなのに、ステラは拒むように後ろにいて飛び出して迎えたシンを見返しただけで。
 どうしてか、シンの隣にではなく、二人の間に座って。
「俺と一緒に居たくなかった?だから、二人のとこに行ったの?」
「……」
 どうして何も言わないの。
「……そっか。そうなんだ」
 心が真っ黒になった気がした。自分が何を言ってるのかがわからないくらい。
「だったら、そう言ってくれればよかったのに。無理やり戻らせたみたいで、俺バカみたいだね。よかったのに、俺、帰ってこなくっても良かったんだ
し、言ってくれれば」
「おい、シ」
 カガリが言葉を留めるのにも気づかずにシンは続ける。
 大粒の涙がシンの瞳からぼろぼろと落ちた。声が震えるのに言葉に栓が出来ない。
「なんだ。そっか。そうなんだ。俺、ひとりでほんと、バカみたいに」
 向こうのテーブルに置きっぱなしの向日葵も、冷蔵庫の中の二つのケーキも、もとから必要なかったんだ。
「……すいません。ステラ、宜しくお願いします」
 濡れた頬を拭いもせずに、シンはそれだけ言って立ち上がった。
 見返してくるアスランの表情も、驚いて固まっているカガリの顔も見たが、ステラのほうだけは見れなかった。
「おい!シンってば!!」
 追うように聞こえたのがカガリの声で、シンは胸を抉られたような想いがして声を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 ステラは追わなかった。
 それがどうしてなのか、カガリにはわかる。

 二人の間に今、とんでもない誤解がそれぞれに生じていて、ステラにもシンにも言い分があった。
 
 どちらもわかるだけに、カガリは言葉が出ない。元来、勝気なカガリはシンの気持ちが良くわかる。似たところがあると最近思うぐらいだから
今のシンが一人でどんな気持ちかわかって気分は沈む。
 良く似ていると思う。カガリとアスランに。
 相手の気持ちが見えなくて、怖くなって、強がって、平気なふりをして、傷つけられる前に攻撃しておいて逃げる。カガリがよくアスランに使
う手だ。結果はいつもアスランの勝ちだったが。
 言いたいことは口にしなくてはわからない。他人なのだから、してほしいことも思ったことも形にしなくては伝わらない。だから勝手にへこん
で勝手に怒られても対処のしようがないだろう、と困った顔で言われるのがオチだ。冷静なときに聞くと、確かに当たり前にそうであると思える
が、実際寂しくて恋しい時はそんな理屈で頷けるほどあっさりした感情ではない。
 それはそれだけ好きだからであり、触れ合いたいからだ。
 
 シンがカガリと違うところは、シンがいつでもステラを守っているほうだということ。

 好き勝手言って喚いて泣いて、駄々をこねて最終的に慰められるカガリと違って、シンは「折れる」ほうであるということだ。


「なあ……アスラン」
「なんだ」
「こういうときに、よくお前の気持ちがわかる」
 カガリはステラハウスのリビングから、庭のテラスに出て手摺にもたれ掛かったままのステラの小さな背中を眺めて言う。
「すまない、いつも」
「……は。お前って本当に面白い奴だな。カガリ」
 可笑しそうに喉元で笑うと、アスランは優しく眼を細めてぽんっとカガリの頭を撫でた。
「好きで面倒を見ている。気にしなくていい」
「なっ」
「でも、そうしてたまに素直だと嬉しいものだな」
 そう言って笑ったアスランの顔がとてもとても綺麗で、カガリは息をするのも忘れていた。カガリといると結構な確率で「ふっ」的な笑い方な
アスランなだけに、今のように笑われると落ち着かない。
 滲むような、優しさが、愛しいといわれているようで。
「あ、アスランも……たまには、私に甘えろっそ、そうすれば……私も、その」
「?」
「う、嬉しい……ぞ」
 そっと見上げたアスランは眼をまんまるにしてこちらを見返している。自分が途轍もなく柄にもないことを言ったのだと気付いて、カガリは慌
てて手を左右に振った。
「うっ上目づかいはステラの特権だな!わっ私がすると気持ち悪いな!」
「そんなことないよ、カガリ」
 真っ赤な顔で言うカガリにアスランは瞬いたあと笑いを堪えながら言う。声が震えているではないか。
「お前なあっ」
「はははは……ごめんってカガリ。いや、でもちょっとレアなものみた……ははは」
「一国の代表に向かってなんて奴だ」
「俺はカガリといてそんなこと、思ったことないから」
 不意に降ってきた声はなんだかとても真剣で、ぽかすかと叩いていた手をカガリは留めた。
「きゅ、急になんだ」
 ぶつかった瞳が深い色を湛えていて、ますますカガリは赤面した。アスランの顔はとても整っていて綺麗だ。カガリは自分が女であることをそっ
ちのけに彼は鑑賞に値すると心から思っていた。特に瞳が。吸い込まれそうに綺麗で。
 ばくばくと走り出す鼓動にカガリは酸欠状態で身を引く。
「あ、アスラン?」
「あまりちゃんと言うことがないから。たまには言おうかと思った。今日」
「……?」
 アスランの表情は真剣なままで、カガリとの距離が少しずつ縮められている気がした。この至近距離でそんなに見つめられるとやっぱり心臓がい
うことをきかない。
「あいつ見て、そう思った」
 カガリは瞬いてアスランを見つめた。 
 そうか。アスランも思ったのか。シンの苦しい想いを感じて。
「俺はカガリを大切に思ってる。誰がなんていってもだ。俺のことが嫌いだと言っても、側にいてもらう」
「アスラン」
「俺のこと、置いていくなよ」
 そっと耳元で言って、アスランはカガリの頬にキスを落とした。
 触れるだけの優しいキスはカガリの心臓を止めそうなほどだった。
「どうしたの?」
 唐突に後ろから降ってきた無垢な声に、カガリは驚いて跳ね上がる。それでもアスランは上からどいてくれない。
「おい、アスラン!ステラが見てるって」
「荒療治でわかってもらうほうがいい」
「はあ?何言ってるんだ」
 案の定、見やったステラは沈んだ顔でこちらを見つめている。シンとあんな雰囲気になってしまったというのに、他人の家のリビングで何をして
るんだと思われても仕方ない状態だ。
「だあっだから、ステラが見てるってば」
 何故か普段しないくせにえらくアスランは積極的だった。頬へキスした次は首元に顔を埋めてくるのである。
「ちょ!」
「どうして見てたらしちゃ、だめなの?いいよ、しても。ステラ、うれしい」
 助け舟どころか煽ってどうするステラ。カガリはあたふたしながら、抱きついて離れないアスランを引きがはがそうと必死になる。
「ほら。ステラがいいって言ってる」
「アスラン!!」
「カガリ……」
 蒼白のカガリの顔にアスランの顔がどんどん近づいていく。


 ばん!!


「って……、殴ることないだろ、カガリ」
「おま、おま、お前がーっ」
 ソファから落っこちてぜえはあ肩で息をしながら、カガリは叫ぶ。
「……ステラ、これがシンの心境だよ。わかる?」
「シン、の?」
 アスランは穏やかにステラを見やって、微笑んだ。
「あいつは恥ずかしかったんだよ、きっと。ステラとキスしたくなかったんじゃなくて」
「……嫌いだから、いや、じゃなくて?」
 小さな小さなステラの声は消えそうだった。聞いているだけでもらい泣きしそうな声はカガリの興奮を収めるのに十分だ。
「もしかして、ステラ……ほっぺにチューのこと気にして、シンに会ってからも近づかなかったのか?」
 大好きなシンの側をいつも誰にも譲らないのに、カガリとアスランの間に座ったステラを思い返す。昼間に話した時、たいしたことではないと思って
いたステラの悩みは本人にとってとても大きなものだったのだ。
「だって……っこれ、いじょ、きらわれたくないっ」
 吐き出すみたいに言ったステラをそうっとアスランが側に寄って肩を抱いた。
「ステラ、シンのこと好きだろう?」
「……すき」
「ステラの好きなシン・アスカって、意外と真面目なんだ」
「まじめ?」
「そう。命令無視するし暴走するくせに、変なとこ真面目でな。昔から。清水の舞台から飛び降りようって決めた時しか周りは無視できないタイプなん
だよ。懐が狭いから」
 何気に嫌味を言うアスランにカガリは呆れながら、ステラの側へ行く。
「清水の舞台ってわかるわけないだろ」
「今度、長期休暇で連れて行ってあげるよ、ステラ」
「きよ?それ、ばしょ?」
「そう」
「話ずれてる、アスラン」
 アスランの耳を引っ張ってカガリは睨んだ。
「あいつは君のことが大切で大切で、大切で仕方ない。放っておくとステラを箱にでもしまって眺めだすんじゃないかと心配になるくらいだ。それくらい、
あいつは君に対して、想いがあり、また臆病でもある。それから」
「恋愛に慣れてないってやつだな」
 合の手のように言うカガリに苦笑して、アスランはステラの髪を撫でてやる。
「好きすぎて、誰かに自分しかしらないはずのステラを見せたくないんだよ。だから、頬にキスさせなかった」
「すき、で……」
「そう。好きだから」
「きらい、ない?」
 それでも不安いっぱいに問うステラの額にかかる髪を避けてやって、アスランとカガリは微笑んだ。
「それは、本人に聞いてごらん」

 

 

 

 

 

 

 


 早く帰れよ、ばか。

 どうしてリビングで楽しそうにしてるんだ。いつまでも。


 シンは書斎でしょぼんとなりながら、机に突っ伏していた。部屋の電気はつけずにいた。気分と同じで真っ暗な部屋には天窓から月明かりが零れていた。
優しい灯りの帯が、今のシンには悲劇のスポットに見える。
 一体、どうしてあんなことを言ってしまったのか。
 そう後悔する気持ちと、はっきりなにも言わないでいたステラに対する沸々とした苛立ちが、シンを支配する。
 
 好きなのに。
 こんなに好きなのに。大切で、守りたくて。
 隣は俺しかおかないでって、どこにも行かないって言ったじゃないか。

 それなのに。


「ガキの僻みだよ、わかってるよ……くっそー……」
 それでもリビングに出て行く勇気はない。
 いつもなら、ステラと気持ちがすれ違っても、ちゃんと話をして解決できる。眼を見て、ちゃんとステラがどうしたかったかと聞けば誤解は解ける。でも
今夜は違った。
 二人のことなのに。ステラはアスランとカガリの背に隠れてしまった。
 俺と、ステラのことなのに。
「大体……どうして、あんなに俺のこと、避けるんだよ」
 ショックだった。本当に。ステラから拒絶されたことなんて、なかった。シンをシンだとわからずに振り払われたあの頃の拒絶と比べ物にならないほどの
衝撃だった。
 俺、が嫌だったのだから。
「立ち直れない……」
 突っ伏した視線の席に机に放っておいたままの本が眼に入る。
「あれ、こんなのあったっけ」
 本にはカバーが掛けてあって何かはわからない。シンは顔を上げてその本を手に取った。
「……俺のじゃないな」
 手にとって開いてみると、それは少し大きめの字で書かれた最近女の子の間で流行っている「教本」というものだった。

 彼が理想とするお嫁さんマニュアル

 めくったページの一番最初にそう書かれていて、シンは瞬く。
 震える手でめくっていくと、そこには何箇所かステラがつけたのであろうページのはじっこのドッグイヤーたち。
 色鉛筆で囲ってあるのは、いってらっしゃいのほっぺにチューだ。

 しかも、小さな読めないほどの字で何か書いてある。
「慣れてきた……ら、ん?読めな」
 シンが月明かりを元に顔を近づけた時、書斎のドアが控えめに開いた。
「シ、ン」
「ステラ!」
 驚いたシンは本を持ったまま、立ち上がる。
「あ……それ」
「え?ああ、この本ここに、」
「ダメ!!だめっ」
 その本が自分のものであると分かった途端、ステラは物凄い勢いで駆け寄って机を挟んでシンの手からその本を奪い取る。
「なんでもないの、これ、なんで、もないっ」
 そう何度も何度も言って、ステラは書斎の隅っこまでいって、その本を後ろ手に隠した。
 急に本を取り上げられ、驚いたシンは隅でかたかたと震えて必死に本を隠そうとするステラを見て、今起こったことを反芻する。
「ステラ・・・・・・」
「こないでっ」
 思わず制されたその声の強さにシンは立ち止まる。だが、来て欲しくないのではないことをもうシンはわかっていた。
「こな、でったら!なんでも、ないから、」
 懸命に片手を後ろにやって、もう片方の手でシンを近寄らせないようにするステラ。
「ステラ」
 シンは通り際、書斎のドアを押して閉めた。
「!」
 驚いて息を呑むステラからシンは眼を離さない。
「や、シン・・・・・・なんでもないからっ」
 ゆっくりとシンは歩み寄った。
 書斎の隅、本棚と本棚の合間。必死に壁に背を預ける小さなステラ。
「こないで!」
「どうして?」
「みないでっ」
「なにを?」
 駄々っ子を宥めるみたいにシンは返した。
 シンとステラを阻むのは、天窓から落ちてくる月明かりだけ。

 二人の間に落ちた白い灯りは、お互いの顔をようやく拾い出してくれる。

「ごめ、なさい、もう、しないから!だから、だから」
「何を謝ってるの?」
 シンはステラの手が胸を押しても気にせずに、その距離を埋めた。もう月明かりさえ阻めない。
 ぴったりくっついた互いの距離。二人を月明かりがすっぽりと包み込んでいた。シンは間近に見つめた泣いているみたいなステラの顔をじっと見つめて
一人で苦笑する。
 一人きりの悲劇のスポットライトが、途端にロミオとジュリエットみたいになった。
「シン、くる、しい。はなして」
 それでも許さない。シンは壁に向かって手をついて、ぎゅうっとステラに胸を預けた。
「シン」
 自分の頭ひとつ分ほど小さいステラはすっぽりシンの胸の中におさまる。
 深く息を吐いて、シンはその華奢な肩に額を乗せた。
「放してほしいの?」
「・・・・・・」
 ステラは動けずに瞳だけシンに向けたようだった。
「はな、して」
「放さない」
 言ったシンの胸を途端にステラは叩く。圧し戻すように何度も何度も。
「シン、いや、シン」
「そんなこと言っても無理。俺、放さない」
「シン、いやがった!もう、しない。だからおねがい、はなして」
「俺が嫌がった?いつだよっ」
 シンは壁についた手をだんっと叩いて、驚いてシンを凝視したステラの肩を掴む。その拍子にステラの手からごとりと本が滑り落ちるが、シンは気にも
止めずにそのままステラを壁に押し付けて噛み付くようにキスをする。
 この想い。
 この気持ち。
 言葉じゃないんだ。ステラ。
「うう」
 それでもステラはがちがち当たる互いの歯を押しやって抵抗した。それがシンの心を傷つけたが、先刻ここで退いて間違えたばかりだ。もう退かない。そ
うだ。ステラは愛する人なのだ。たった一人の、なにもかもをぶつけていい人なのだ。互いに。
「ふ」
 唐突にステラの抵抗は止んで、シンは瞑っていた瞳を開いた。
 シンの胸を押してばかりいたステラの両手がそうっと、上がってシンの両頬に触れた。何かを拭うみたいに触れてきた。
「ステラ?」
 シンは口唇を離して、声になるかわからないほどの音で問う。瞳と瞳がぶつかりそうだった。
「泣いてる、シン」
 気付かなかった。驚いてシンは自分の頬に触れた。
「あれ、どうしてかな」
「シン」
「言っておくけど、キスしたくないからとかじゃないから」
 言って、ステラの桜色の口唇に短いキスを落す。そっと離れて漸く落ち着いてステラの顔を見つめる。白い頬が赤くなっていて、目元に薄っすら涙の跡が
窺える。月明かりの中の彼女は儚くて、綺麗だった。
 こんなにも、君のことが好きなのに。
「もしかして・・・・・・俺が嫌がってるって思った?」
 シンが自分の頬を指でさして言うのを見て、ステラは俯き加減に頷いて見せた。
「・・・・・・今日、あさ・・・・・・、シン、そわそわ。ステラのいってらっしゃい、いらないみたいだった」
「それは」
 またルナマリアに撮られたらと思って。
「俺、自分のことしか考えてなかったね。本当にごめん」
 あの時、ステラは頬にキスをくれようとしたのだ。それなのに。シンは自分の体裁のことばかり考えてあの時、ステラがどんな顔をしていたかなんて
見てもいなかった。
「本、書いてあった。すきなひと、それすき。おとこのこ、すきな子にそれしてほしいって」
 消えそうな声でステラは俯いたまま言う。その視線の先には落っことしてしまった本があった。
 胸に湧く愛しさを懸命にシンは呑み込んで、目を伏せた。
「おべんとう、お洗濯、それから、おかえりなさい、それされると嬉しい。あと、ごはん?おふろ?それともわたし?」
「す、ステラ?」
「覚えたの。かいてあった」
 見上げたステラは不安そうな瞳でシンを見つめた。
「うれしく、ない?」
 嬉しくないわけないじゃないいですか。
 いつも全部してくれてること申し訳なくて、何も手伝えずに帰ってきて疲れてそのまま眠ってしまい朝は作ってくれた朝食の半分も食べれずにばたばた
とでかけて行くことが情けなくて。シンはいつもそれを気にしていた。
 ステラに無理をさせてるのではないかと不安だった。
「・・・・・・いってらっしゃいのほっぺにチューのとこ、何か書いてたね。あれ、なに?」
「みた、の?」
「うん。ごめん」
 恥ずかしそうに驚いて瞬きを繰り返すステラにシンは謝って、その髪を梳いてやる。絹のような髪はさらさらで指の間をすり抜けていった。
「う、と・・・・・・ないしょ」
「内緒?」
「う。できるようになったら、言う」
「うん、じゃあ楽しみにしてよう」
「忘れて忘れて」
「はは、ばっちり覚えたよー」
「いじわる、シン」
 そこで漸くシンはステラを少し開放してやる。壁に押し付けたので窮屈そうにシンの胸に収まっていたステラは、ほっと息を吐いて今度は離れたシンの
ほうへ抱きついた。
「おわ」
「シン」
 二人して勢い余って後ろに倒れてしまう始末である。身を挺してステラを抱きかかえ守ったシンは強か背中を打って呻く。
「だ、だいじょぶ?」
「たた・・・・・・ああ、びっくりしただけ」
「シン、ごめんなさい」
 うな垂れてシンの上に乗って呟くステラにシンは苦笑した。
「いいよ、怪我ないんだし」
「そうじゃ、ないの。ごめんなさい」
「・・・・・・うん。俺こそ、ほんとごめん」
 ぎゅうっと抱きついてきたステラの背にシンは腕を回して、微笑む。漸くステラが自分の胸に帰ってきたみたいだった。
「もう、俺のこと避けたりしないでね」
「ちがう。きらわれないよう、してた」
「あのね、ステラ。聞き飽きるほど言ってない?俺。君のこと好きだって」
「・・・・・・」
 ステラは急に黙りこくって、急に起き上がると落ちてる本を拾い上げてページを懸命に開いて床に背を預けたままのシンに開いた。
「これ」
「え?」
 ステラの開いたページをシンは少し起き上がって暗がりの中、なんとか読んだ。
「これで貴方も理想のお嫁さん・・・・・・あとは、愛あるえ・・・・・・」
 それ以上はとてもじゃないが読めなかった。
「シン、これ、あったら好きな人、すきだって証拠って、ここ、かいてある。けっこんに、ひっすって!」
 読めない。
 ステラ、俺にはこれは声に出して読めない。
「ね、シン。これさせてくれる?」
「だーーーっ何言ってるのっステラ!!」
 脱兎のごとくシンは起き上がって部屋の隅まで逃げるように離れた。今度はさっきと逆である。
「シン」
 逃げたシンをステラは膝で床を進みながら近づく。
「すきじゃないんだ、ステラのこと・・・・・・」
「そっそうじゃなくて!!ってゆうか!最近の本はこんなことまで、書いてあるもんなの?!」
「?」
「どわーっどうしよう、俺!どうする、俺!」
 一人であたふたするシンをステラは首を傾げて最後に爆弾を落とした。
「ね、シン。ここの、エイチって文字、どういう意味?」

 

 

 

いやいやそれで、結局。

 

 

 


「で?」
 不機嫌最高潮の表情を隠さないレイにシンは気にもせず溜息をついた。
「・・・・・・今日はカガリさんとこに行かせた」
「なぜ、そうなる。そして、なぜ、俺のところにくる?」
「だってさあ、お前答えられるか?好きな子に、Hの意味ってなに?って聞かれてみろよ」
 世話の焼ける親友を持つことを大変疲れた思いでレイは実感しながら、手に持った缶ジュースをシンに投げ渡した。冷えた缶はこのむしばむ夜中には気持
ちのいいものだった。
「・・・・・・まあ、うまくいったんだろう。結果的には」
「まあ、うん。誤解は解けて元通り」
 傍から聞いていればただの惚気にしか聞こえないのだが、至って真剣な二人を知っているのでレイは安堵して僅かに微笑んだ。ステラがいつものように笑っ
ているのならそれでいいだろう。
 アクセスせずともルナマリアが見せてくれたシンとステラの頬チューは本当にほほえましいものだった。そこにこのエピソードである。ある意味、前途多
難な二人だと苦笑した。
「ちゃんと、ケーキや花は渡したのか」
「・・・・・・それは明日の朝でいっかと思って」
「そうか」
「でも、向日葵は俺ほったらかしで、渡す前にステラが気付いてて、花瓶に生けてあった」
 嬉しそうに笑っているところを見ると、見たかった彼女の顔が見れたということだろう。
「明日、お前昼から出て来い。艦長に言っておいてやる」
「え?」
「こないだの日曜も出ていただろう?有給くらい使え」
「いっいいのか!?」
「俺から言っておいてやる」
「やりぃい!!レイ、サンキュー!まじでありがとうっ」
 飛んで喜ぶシンをレイは呆れた様子で眺め、疲れた肩を慣らしながらシンを床に敷いた布団に突き飛ばす。
「だから、早く寝ろ」
「えー、興奮して眠れないなーっ」
 布団の上でごろごろと回るシンをレイは足で止めて低く呻いた。
「その興奮、治まらせてやるぞ。俺で良かったら、な!」
「すみません。即寝ます」
 鬱陶しい親友を捨て置き、レイはベッドに潜り込む。
 
 思い、思われるのも一苦労なのだなと心で苦笑しながら目を閉じた。

 

 

 

 


おまけ

 

 


「アスラン!!お前が答えろよっ」
「・・・・・・」
「寝たフリとか卑怯だぞっ」
 カガリは必死にアスランのシャツを引っ張るが背を向けて、アスランはぐーぐー言う始末である。
「寝てる奴は、ぐーぐーいわないぞっ」
「このエイチって、なあに?」
「ステラーっ」
 カガリ別荘での川の字は、こうして賑やかに過ぎてった。

 

 

 


ちせしゃまとコラボった小説です。

夢の「挿絵」あり、小説。なんかもうたまりません。ここには文章のみ版を掲載しましたが、ご本家さまにほんものあります。笑

こまの夢の実現をよかったら見に行ってやってくださいまし♪

 

 シン・アスカの夏 −初夏篇−

 

inserted by FC2 system