コラボ小説第2弾☆嘉日ちせ様との小説&イラストシンステ!!

シン・アスカの夏 −絆篇−

  

文のみBaby U know版ものせておきますね。

 


 

 苺のショートケーキは箱の中でぐちゃぐちゃだったけど。

 向日葵の花はしばらく放置されてしまって萎れていたけれど。


 それから、まだページの片隅に書いた目標は果たせていないけれど。


「ステラ、うれしい」
 ふへらと顔を崩し、ステラはテーブルを拭く手を止めた。
 時計を見やると、まだ午前5時である。半分寝ぼけたアスランを起こしてカガリの別荘から家まで送ってもらったのだ。シンよりも早く
帰ってくるために。
 夜、眠る前にきたメールに朝は休みにできた、とあったから。
「・・・・・・りょうり、は、調味料、あい」
 リビングのカウンターに置いていた件の本をステラは取り上げると、しるしのついたページをめくって、頷いた。
「あいが調味料?じゃあ、」
 このお塩とかお砂糖とかはいらないのだろうか。
 ステラはほんの少し思案して、ボウルに割った二つの卵をみて微笑んだ。
「う」
 直感で行動しよう。

 本にある「新婚ならコレ☆旦那様の喜ぶ定番朝ごはん」というページをくまなく見ながら、ステラはせっせと仕度を進めた。
 準備して、今日こそ目標を成功させるのだから。

 

 

 


 超寝起き不機嫌なレイに見送られ、シンは笑顔で家に向かって自転車をこいでいた。
 急な坂道もなんのそのである。
「ちゃちゃちゃちゃちゃら、ちゃちゃちゃ〜♪」
 シンは自転車を走らせながら、早朝の風を切りつつご機嫌に歌っていた。
「・・・・・・ステラ、今帰るっ」
 ペダルをこぐのが早くなるばかりである。
「シン・アスカ、いきますっ!!」
 近所迷惑である。

 


「ただまあっ」
 ドアを開けてシンは肩で息をした。急な坂道を一気に駆け上がってきたせいで、玄関で靴を脱ぐ前に座ってしまう。
「・・・・・・運動不足かなあ」
 レイの家からここまでは自転車で一時間。全速力でこげばそれは疲れて当たり前である。
「おかえり、シン」
 声を聞きつけてリビングからひよこのエプロンをつけたステラが駆け寄ってきた。手にもったままのお玉と、嬉しそうにシンを見て輝く
笑顔にシンは胸の動悸を感じて、つい俯いた。
「シン?」
「え、いや、あ、あはは!ちょっと急いで帰ってきすぎちゃって」
 頬が熱い。きっと真っ赤であろう顔を見せずらくてシンは目を逸らした。それでもステラはシンの側に膝をついて、覗き込んできた。赤
紫の綺麗な瞳がシンを映しこんで、揺れる。
「シン、おかえり」
 ゆっくりと細められたその瞳に釘付けになる。ステラはこうしていつも物凄く大切なものを見つめ確かめるようにシンを見て、微笑む。
その笑顔の綺麗なことと言ったら。きっと、誰も知らない。
 この瞬間は俺だけものだ。
「ただいま」
 シンは愛しくて、同じように微笑むと無意識にそのまま、すぐそばにあるステラの頬に口唇を寄せた。
「シ」
 驚いたように固まったステラは瞬きも忘れたようにシンを見返す。
「あ・・・・・・ごめん、つい・・・・・・あれ、俺なにしてんだろ」
 シンはしどろもどろになりながら、知らずとしてしまった自分の行動に再び真っ赤になりながら、急いでスニーカーを脱いだ。
「いっいい匂いがしてるねっあ、朝ごはん作ってくれたの?」
「・・・・・・う、ん、シンと食べる」
 なんとか小さく返したステラにシンはやっぱり目をあわせず、立ち上がりステラの手を取り引き上げると髪をがしがし掻いてリビング
に向かった。
「シン、さっきの」
「なっなに?」
「ほっぺ、ちゅーだね」
「・・・・・・」
 ちゃんと手を引かれてついてくるステラを愛しく思いつつ、恥ずかしさのあまり家の中なのに駆け足でキッチンへ入った。
「なんか、手伝う?」
 そっぽを向きながらシンは問う。ステラはこちらをじっと見ているようで、視線が痛い。
「いやじゃないから、してくれたの?」
「ステラ、」
「シンも、したいの?」
「だーっ」
「わぷ」
 振り返ってシンは思い切りステラを抱き締めることにする。こうすれば顔は見えない。勢いあまって後ろのカウンターに手をついた拍子
にからからとステラの手からおたまが落下した。
「なに、シン、おたま」
「いいだろ、俺が、したいんだから。したって」
 何を言ってるのか、どうしてこうなったのかシン自身よくわからなかった。半ば、やけくそに口を開いた。
「でもシン、ひとが、みてるとって」
 家の中なのにステラはおかしなことをいう。
「人はいないし、ここは俺とステラの二人きりだし」
 一緒にこうして暮らしだして、もう半年以上だ。それなのに、シンはステラの笑顔ひとつで心臓が口から飛び出しそうな始末だ。
 けれど。
「俺だって、男の子なので、ステラさん、いろいろですね」
「ま、二人きりじゃないんだけどね」
 抱き締めた腕を緩めてステラの顔を胸元で見つめたその時、悪魔みたいな声がカウンター越しに聞こえる。
 いや、そんなはずはない。
 幻聴だ。
「ステラ、聞こえないぞ」
「・・・・・・でも」
 首を傾げたステラがシンを見上げた後、声のしたほうを向こうとする。しかしシンはその小さな顔をぐいっと自分に向けなおす。
「いない。いるわけないじゃないか。家だよ?家の中だ。個人の家のーっ」
「で・・・・・・でも」
「いいよ、いいよ。続けて。僕、見てるから」
「いいわけあるかあああーっ」
 シンは心の底から叫んで、にらみつけた相手を視線の先に捉えて凝固する。
「あ」
「ざーんねーん、見ちゃった。幻聴じゃなくなっちゃったね」
 ね、って。
 ね、って。
「おはよう、ステラちゃん」
「おはようじゃなーーーい!!なんでいるんですか!なんなんですか!どうやって入ったんですか!いつからいるんです!っていうか、貴
方は一体なんなんですかーっ!!!」
「元気だなあ。朝からそんなだから、つい早朝でもステラちゃん襲っちゃうわけかー」
「キ・ラ・ヤ・マ・ト・さ・ん、ちょっと」
「ええー」
 言いながらシンは抱き締めていたステラを離して、カウンター向こうにいる涼しげな青年を引っ張って廊下に出た。
「・・・・・・言いたいこと、わかりますよね?」
 にじり寄って言うシンに、キラは微笑んで肩を竦めた。
「やだなあ、シン君。コーディネーターはエスパーじゃないんだよ?わかるはずないじゃない」
「空気読んだら、エスパーでなくても、わかるはずなんですが」
「僕って、KYらしいよー。カガリが言ってた」
「そこ、嬉しそうに笑うとこじゃないですからっ」
 にこにこと調子の変わらないキラをシンは睨みながら、この人に勝てないことを知っているだけにどうすればいいのかわからない叫びを
懸命にしまいこんだ。
「で・・・・・・、何か用で来たんですか」
「君って、ほんとつくづくいじり甲斐あるよねぇ・・・・・・」
 顎をさすってぼそっと呟いたキラの言葉はシンには届かない。
「うん、アスランが様子見て来いって」
「アスラン・ザラーーーっ!今日という今日は許さないですからーっ」
「って言ったら、シン君怒るよねえ」
「え?言ったんじゃないんですか?」
「うん。言ってない。僕がステラちゃんに用があってきただけ」
「・・・・・・は?」
「別に君に用はないよ。安心して」
 て、って。
 て、って。
「あんたって人は大体どうしてそもそも×△□◎……」
「だってコレ見ちゃったし?二人の様子が気になってさあ」
 突きつけられた携帯画面にシンは叫ぶ言葉が意味不明なものへ推移してゆく。
「……ルナのブログ、どうしてキラさんがチェックしてるんですよ……」
 反撃する余力もなく、シンは枯れた声で言う。キラは胡乱げなシンを見下ろして、さも楽しそうに笑った。
「ああ、これって、姫過保護同盟のサイトとリンクしてるからね」
「なんですかそれは」
 思わず、突っ込みが棒読みになった。
「知らないの?姫過保護同盟。ま、知らないほうがいいかもね〜。そこでは君って、ラスボスみたいなものだし」
「ら、らすぼす?」
「だってそうでしょ?姫を幸せにできるのも泣かすのも、君なわけだし」
「……姫って、ステラのことですか?」
「当たり前でしょ。話聞いてた?」
 冷ややかな目を向けられて、シンは怯んだ。謝りかけて思いとどまる。
「みゃ、脈絡ないのはそっちでしょうっ」
「よく言うよ。脈絡なく抱きつく人に言われたくないなあ」
「ぐ」
 わかっている。
 わかっていたことではないか。
 この人に勝つことができないことくらい。いや、そもそも同じ土俵で張り合おうってほうが大火傷するってことくらい。
「落ち着け、俺。がんばれ、俺」
 ぶつぶつとひとり独ちるシンをやっぱり楽しそうにキラは眺めて、囁いた。
「……ほんと、いじり甲斐ありすぎ」
 ちょっとばかりかわいそうになってきたのか、大半は飽きたからだろうが、キラは壁に預けていた背を離してリビングに戻ろうとする。
「ちょっと」
「なに?まだ何かあるの」
「まだ何も聞いてませんが」
「今日のシン君、がんばるねえ」
「だって」
 引くわけにいかない。
 ステラと過ごす久しぶりの朝だ。レイがくれた午前休だ。リビングに入れて、ステラと話させでもしたらたちまち三人で食卓を囲むことに
なること間違いなしだ。
 なんだよ、その三人。
 おかしいだろう。因縁の三人だぞ。
「……わかった。午後に出直す」
 掴んで止めた肩の手をさらっと払われ、シンは瞬く。キラは変わらぬ表情でシンを見やると、リビングのドアを開けて顔を出していた。
「ステラちゃん、お昼過ぎにまた遊びにくるねー」
「かえるの?キラ」
「うん、ちょっと用を思い出したから。来る前に電話する」
「わかた」
 ステラはエプロンで手を拭きながら笑顔でキラを見上げた。シンにはその光景すら気に入らない。というよりも、嫌な気持ちが胸を占めて
一人暗くなった。
 しまい込んで、見ないようにしてきたのに。どうして今更そんな気持ちになるのか。それが嫌だった。
「シン君」
「え……はい」
「ごめんね。邪魔して。あと……血より濃いものはないって昔から言うらしいから」
「……どういう意味ですか」
 ゆったりと微笑んだキラは少し間をあけて続ける。
「どんな因縁も、そのうち薄まるって僕は信じたい。だから、しまわなくていい。ぶつけていいよ」
「あなたは、」
 息を呑んでシンはキラを見返した。まるでコックピットにいるようだった。
 あの場所は不思議だ。
 そこに見えるのは空とMSだけなのに、MSのその向こうに相手の顔がはっきりと見える。想いまでも。
 握っているのは操縦桿なのに、まるで己の手でその切っ先を喉元につきつけているような。その覚悟があるのか、その想いがお前にもある
のかと迫られるようで、シンはいつも息苦しくなる。
 特に、このキラ・ヤマトという人間は知らないうちに眼前にいるような、そんな間合いをいつもシンに向けてくる。
「いくよ。じゃあ、ステラちゃん」
「う、キラ」
「キラ、じゃないでしょ。ほら、教えただろ」
「……えと、お兄ちゃん」
 シリアスモードだったシンは一瞬でそのステラの声に我に返る。
「よくできました。じゃあね」
「……っと、待ってください」
「まだ何かあるの?」
「それはこっちの台詞ですーーっ!!」
 叫んだシンのことを放ってキラはからからと笑った。
「だって、血をわけたんだから。僕のが年上だし。ほら、兄妹じゃないか」
「カガリさんに姉だと言い張られて負けたからってステラに呼ばすのはどうかと思いますけれどもっ」
「減るもんじゃないのにさあ。カガリ、譲らないんだー」
 心なし頬を膨らませて言うキラをシンは呆れた思いで見返した。同時に、感謝もそっと込めて。
「・・・・・・また、ミネルバにも来てくださいよ、ルナマリアが喜ぶんで」
「うん、行くよ」
 微笑んで頷くと、今度こそキラは玄関を出て行った。
 嵐だ。あの人は。
「ステラ。朝ごはんにしよっか」
「うん」
 キラに突っ込み倒しだったため、ひどくお腹がすいている。なんだか無駄な労力だった気がするが。
「がんばって、つくった」
 リビングに足を踏み入れるとなんとも懐かしい匂いがした。魚の焼ける香りとみその香り。それは学生時代、オノゴロにいた頃、
母が用意してくれる毎朝と同じ匂いだ。
 シンは目の前に広がる食卓に、じっと立ち尽くす。
 ゆらゆらと懐かしいいつかの記憶が蘇って、リビングに蜃気楼のように滞在する。


 お母さん、マユは甘いほうがいって言ってるのに。
 はいはい。お弁当には甘い卵焼きを入れたわよ。
 母さん、今夜は早く帰れるから。
 本当?嬉しいわ、晩御飯は久しぶりに皆で一緒ね。
 じゃあ!ハンバーグにしてぇ!!
 まあ。マユったら自分ばっかり。・・・・・・シン、シンは何が食べたい?


 母の幻影がそっと大好きな笑顔を湛えてそう問う気がした。
 どうして、家族なんて煩わしいと思ったことがあったのだろう。
 どうして、もっと、両親に親孝行をしなかったのだろう。
 どうして、もっと、マユの願いを聞いてやらなかったのだろう。
 あんまり好きじゃない鮭も、ちょっと薄味の味噌汁も、父さんの好みでちょっと硬めのご飯も、当たり前なんかじゃなかった。
「だんなさま。わ、しょくがすき」
「・・・・・・っ・・・・・・」
「なく。シン、なきむし」
 隣でそっと笑うステラが現実に還してくれる。
「なきむし、ね」
「ステラ・・・・・・俺、今さ、ここに父さんや母さんを見たよ。マユも。皆がいて、俺におはようって言って・・・・・・あの頃とおんなじで」
 何も言わずにステラはシンの頬に伝った涙を拭った。そうだ、この間から泣いてばかりだ。
 シンは腕ですぐに目元を拭うと、ステラの手を取って食卓につく。
「全部、ステラが作ったんだよね。凄いな」
 焼き魚に卵焼き、白ご飯とお味噌汁。それからカガリ邸で分けてもらったお漬物。並んだ朝食は湯気を上らせてそこにあった。
「おいしいか、わからないけど・・・・・・」
 俯くステラにシンは苦笑して顔を振った。
「ほら、食べよう」
「う」
『ただきます』
 二人で手を合わせて、この間、街で買ったお揃いのアヒルの箸置きから箸を握る。シンは嬉しくて、思わずもう一度手を合わせた。
「・・・・・・この幸せが続きますよーに」
「シン?」
「え、うん。食べるよ」
 こうして、漸く二人だけの朝食が始まったのでる。

 

 

 

 

 

 

 

 


 朝からよくもまあこんなに笑えるものだ。
 レイは目の前のルナマリアを見ながら、内心でそう呟いた。昨日のシンを全て事実通り説明してやったらこの爆笑である。親友のことを
思えば彼女に言うべきではないが、レイにシンの被害は関係ない。
 そろそろ、男の性を抑えられないときにレイの家へ避難するのをやめてほしいのが本音なのである。
「・・・・・・まこと、情けないな」
 親友ながら、しっかりしてほしいものである。
「あー、笑った!!でもまあ、レイも災難よねー」
「その通りだ」
 なみだ目を擦って、ルナマリアは面白がるように瞳をくるりと動かしてレイを覗き込んだ。
「なんだ?」
「レイだって困るときあるんじゃない?夜中に来られたら」
 含みのある言い方をするルナマリアにレイは意図を読めずに眉を寄せるだけで返す。
「だって、女の子とか連れ込んでるときだったらさあ」
 なるほど。
 そんな想像をしてたわけか。彼女らしい詮索にレイは苦笑した
「最近、レイそうやってよく笑うよね」
 ルナマリアはそう言ってレイにはわからない色の瞳で見返してきた。どう反応すればいいかわからずにレイは黙っていた。
「その方がいいよ、そうしなよね」
 そう言ったルナマリアは何故か苦しそうな顔を一瞬過ぎらせ、すぐに元の調子に戻る。けれどレイには誤魔化されても知れてしまう。昔
から、知ったからといってどうにも出来なくてもこうして人の思いを見逃さず見つけてしまう自分がレイは嫌だった。
 知ったから言って、今までにどうにかできたことなんてひとつもないのに。
「・・・・・・俺は、シンのようにはなれん。その方が俺にとっていい」
「レイ」
 だから、こうして言わなくていいのかもしれないことを言う羽目になる。
「どうして笑わない?何か深刻なことだと思ったか。ルナマリア」
 どうしてだろう。意地悪な気持ちになる。
 案の定、気まずそうに視線を泳がせたルナマリアにレイは自嘲的な微笑みを浮かべて踵を返した。
「レ、レイ!!」
「早く戻らないと、新人指導のミーティングに間に合わないぞ」
 追ってくる様子はない。レイはこれからプラントから帰ってきたザクファントムの整備と調整がある為、格納庫に向かっていた。同じ場に
いなくていいことを感謝しながらレイは自責の念に目を閉じた。

 

 

 

 

「・・・・・・珍しいな、お前達が喧嘩なんて」
「っ!あ、アスランさん!驚かさないで下さいよ・・・・・・趣味悪いなあ」
「出るに出れない空気だったもので」
「・・・・・・そんなこと」
 あった。ルナマリアは溜息をついて、レイの去って行った方向をもう一度見やる。
 様子がおかしかった。というより、触れてはいけない部分にルナマリアが触れたことは事実だ。だがルナマリアは話したいことだった。ずっ
と何かきっかけをもって、レイの抱えている問題を分かちあいたい。そう思っていたのだ。
「アスランさんは、キラ・ヤマトさんと、どんなふうに昔の話をしますか?」
 ただ黙ってこちらを見るアスランにルナマリアは居たたまれず、アスランに向かって俯いてつむじを向けた。
「・・・・・・君がそんな様子なのは不思議だな。ルナマリア」
「茶化さないで下さいよ・・・・・・」
 アスランは少しだけ微笑むと、壁に背を預けて続けた。
「君は俺がミネルバに赴任してきたときの印象で、相手おかまいなしのずけずけ物を言うタイプだったように記憶しているが」
 思い出したのかアスランは苦笑を漏らしたようだった。ルナマリアは俯いたまま、うな垂れるしかない。
「その節はすみませんでした」
「はは。そのお陰でミネルバとの皆とも多少なりとも話せたと、そう思っているよ」
「フォローしないでください、傷口広がりますから。今思えば私ってほんと馬鹿ですよね、空気読めって感じですよ。カガリさんのこと言った
り、ラクスさんとのこと邪魔したり。あ、それはその方がよかったのか。今のこと思うと」
 言いながら情けなくなってきたルナマリアは再び溜息をついた。笑っていたアスランは俯くルナマリアに今度は笑みを消して言う。
「確かに直した方がいいところもあるが、君のその明るさや境界線の飛び越え方はレイやシンを救っていると、俺はずっと思っている」
「アスランさん」
「ルナマリア。友はかけがえのないものだ。別れのない仲だ。君が君だから、心を開く」
 どうしてかアスランはルナマリアの聞きたいことの先を知っているかのように話す。まだ、何も聞いていないのに。
「俺はキラとは話したりしない。昔話を懐かしくするような穏かなものではないから・・・・・・それでも、俺たちはぶつかった。その方法が正し
かったかはわからない。刃を向け合うことはいかなる時も、あってはならないと思う。ただ、」
 ここではないものを投影したアスランの瞳に、ルナマリアは息を呑んだ。抱えているものの大きさは人それぞれ違うものだ。アスランやキラの
抱えてる贖罪はルナマリアに想像できるものなどではないのかもしれない。
「そうしなくては分かり合えないときもある。人間は不器用で、どうしようもない生き物だ。本当に」
 最後に言ったその言葉は、キラとのことではなく、シンとアスラン自身のことのように思えた。ルナマリアに向けられたアスランの瞳は深い
思いやりを湛えており、その色はほんの極たまにアスランがシンの背を見つめる時と同じだったからだ。
「君と、レイにもあるはずだ。二人のぶつかり方がね」
「・・・・・・はい!ありがとうございます!!」
 ルナマリアは胸がいっぱいで、どうしようもなく苦しくて、アスランに向かって敬礼した。精一杯、綺麗な敬礼を。
「こんなふうに・・・・・・」
 言いかけたアスランは顔を振ってやめると、ルナマリアに手を振って艦長室へ向かっていってしまった。
「はい。私も、そう・・・・・・思います。あの頃、こうして話せるようなことがあれば何か違っていたんじゃないかって」
 瞳を強く、ルナマリアは視線の先を見つめてゆっくりと敬礼を解く。
「でもいいんです。私達、遠回りしただけだから」
 今、できるではないか。
 今、こうして話すことができる。
「よし」
 ルナマリアは頷いて拳を握り締め、ミーティングルームではなく格納庫へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ミネルバ、ミネルバへ通達。オノゴロで大規模な崖崩れ発生、救助人員を要請する!>
 緊急ラインで開かれた音声に、アーサーは目を瞠った。すぐさま、艦長室へ回線を開く。
「艦長!オノゴロで災害です、緊急救助を要請しています!」
『わかったわ。至急、そちらへ向かいます。ラインはそのままに』
「わかりました」
 アーサーは通信を切って、入電のあった場所をディスプレイに出す。赤い点滅はかつて戦火の上がった島を指していた。今でも人の住むこと
がないあの島は海風と潮でさえ、未だ悲しみを風化させられないでいる。
「・・・・・・人家はないはずだが・・・・・・」
 あの緊急通信、ミネルバに要請をするということはMSでの手助けが必要だということだ。人の住まない土地での災害にMS、そうは思えず
アーサーは息を呑み込んだ。
「出れるのはファントムだけなんだ・・・・・・ただの災害であってくれ」
 祈るように呟いたアーサーの言葉は虚しくも、叶わなかった。

 

 


<レイ、何してるの>
「行きます」
<そんなことを聞いているのではないわ。艦長命令もなしに、なぜカタパルトデッキへ居るのか聞いているのよ>
「出れるのは俺のザクファントムだけです」
<レジェンドではないのよ!その機体はもう大戦で寿命を過ぎているわ、ただの災害であっても万が一、>
「この俺に万が一、はありません。艦長」
<レイ!戻りなさい!!>
 レイはまだ何か言っているタリアの通信を強制的に切ると、操縦桿を確認し、ヘルメットを被った。シートに沈み込む感覚、途轍もなく
懐かしい気がした。
 普段、訓練で乗ることは今でもある。それでも、この緊張感。出撃と似た感覚。身体のどこかが高鳴るのをレイは見逃せない。
(・・・・・・俺たちは、そういうふうにできている・・・・・・この場がお似合いだな)
 先ほど見たルナマリアの苦しそうな表情が脳裏に過ぎって、レイは目を細めた。
 そうだ。
 地上にいると余計な思いが己を拘束する。
 俺にはここがお似合いなのだ、結局は。
「地で死す事は敗北、か・・・・・・」
 MS乗りは皆同じだ。
 生死をかけた戦いの中、もう二度と乗りたくないと思うか、もう降りれないと思うか。
「頼むぞ、ファントム」
 レイは端末に流れるように指を走らせ、目の前のパネルを開けていく。
 立ち上がり、ライトが灯って目を覚ましていくMSにひとつ頷いてレイは深呼吸した。
「レイ・ザ・バレル、出る」
 足元のレバーをファントムでこじ開け、射出準備なしの自己発進をレイは強行する。後でヨウランにどやされるが仕方ない。
 陽の昇り始めた空をレイは思わず、見つめる。

 親友が今頃、愛する人と笑いあっているころだろう。
 俺の分まで、そうあってくれるといい。レイは初めて自分がそう思っていることに気付いた。

 

 

 

「レイ機、発進しましたっ」
「落ち着きなさい、アーサー。あの機体は壊れているわけではないわ・・・・・・ただ」
「・・・・・・現状、もうフォローに出せる機体はありませんよ」
「そうね」
 タリアは思わず親指の爪を噛み、眉を寄せた。
 なんというタイミングだ。シンのデスティニーはプラントへ預けている。ルナマリアのザクも同様に整備と改造のため共に送られている
のだ。その為、もう格納庫には練習機のグフ汎用型しかない。
「レイのファントムに何もないことを祈るしかないわ」
「そんな・・・・・・!最悪の想定だと、燃料切れ、もしくはタンク引火ってことだって」
「ヴィーノに通信を開いて」
 アーサーの弱弱しい声にタリアは顔を振って、負の印象を払いのける。今は落ち着いて状況を把握することが先だ。まだ起こってもいない
ことに慌てても、なにもできやしない。
<はい、艦長っ>
「ヴィーノ、ファントムは月からミネルバにきてから、どこまで整備していたの」
<それが・・・・・・、レイが自分でまず見たいといっていて、実はまだ一切触っていなかったんです>
「なんですって!?」
<申し訳ありません!でも、俺、まさかこんな時に>
「言い訳はいいわ、とにかくシンを呼び出すから格納庫にあるグフに燃料とインパルスの換装ユニットは残っているからつめる様に至急し
て頂戴!」
<は・・・・・・はい!>
 はっきり言って無理難題だった。インパルスとグフでは仕様が違いすぎ互換性がないのだ。タリアは指示したことが叶うとは思っていない。
 だがこうなった以上、災害の規模が小さくすぐに終わることを祈るしかない。
「・・・・・・アーサー、オノゴロの被害状況は?」
「それが、現場が混乱しているようで・・・・・・周辺の電波を拾い上げるしか状況を掴む方法がありません」
「ではやって頂戴、私はレイに引き続きコンタクトをかけるから」
「はい!!」
 こんなとき、メイリンが居れば。
 そう思ったって、状況は変えられない。タリアはミネルバから見える遠くのオノゴロを見据えてパネルへ指を走らせた。
 実践を知らない新人たちは状況に反応できず、オペレーター席に座って成す術もなく二人の様子を固唾を呑んで見守っていた。 

 

 

 

 艦内にいたアスランはミネルバの緊急報を聞いて真っ先に格納庫へ向かっていた。
 そして、着いた時にはレイの乗ったザクファントムが出撃してゆくところだった。
「・・・・・・レイ、レイ!!」
 叫ぶルナマリアの声が格納庫に響く。追おうとする腕をアスランは咄嗟に止めた。
「ルナマリア!」
「駄目なんです!あのザクファントム、まだ何も整備してないってヴィーノが・・・・・・っ」
「落ち着くんだルナマリア!」
 錯乱しかけたルナマリアの頬をアスランは叩いた。
「この格納庫に他に機体は?」
「な・・・・・・ないって」
「あのグフは動かないのか?」
 アスランは格納庫の端にある水色のグフイグナイテッドを見やって側に来たヨウランに問う。なんだか縁のある機体だと付け足しながら。
「今、艦長から指示があって、あれにタンクとインパルスの換装ユニットを背負わせろって」
「・・・・・・またむちゃくちゃな」
 慌しく動き出すヨウランとヴィーノについて幾人かの整備士が騒がしく動き出す。アスランは膝をついたルナマリアの腕を取って立ち上
がらせると、見据えて言い放つ。
「時間がない。換装ユニットをつけるのは無理だ。グフで出るしかないと思う。俺が行ってもいいが、それでいいか」
 アスランの言葉に正気に戻ったルナマリアは瞬いて、アスランの胸倉を掴んだ。
「私が行きます・・・・・・っ」
「やれるか?」
「やります」
「いい返事だ。グフを操縦したことは?」
「ありません。でも全ての機体のマニュアルは読んでいます。シュミレーターも」
「それもいい返事だな」
 苦笑してアスランは上着を放り投げた。ルナマリアも軍服を脱いでシャツの腕を開けると手近にあったヘルメットを持って、グフに向かう。
「俺が発進後、ここからバックアップする。ルナマリアは今からヴィーノにタンクを積んでもらう間に簡単に起動と操縦を試運しろ」
「はい」
 強く頷いてルナマリアはグフの操縦席へと向かう。
「ちょ、ちょっとアスランさん、艦長からの指示が」
「ヴィーノ、お前もこの方が効率いいってわかっているだろう?俺の責任で構わない、発進手伝ってくれ」
「・・・・・・俺、首になっちゃうよー」
「心配するな。アークエンジェルで再雇用してやろう」
「リアルなフォローやめてー」
 言いながらヴィーノはすでにタンクの設置と、その後の発進の準備をしている。アスランにはコックピットとの通信用インカムを寄越して
きた。言葉にはしなかったが、アスランはやはりミネルバはいい連携だと微笑む。
「よし、いいか。ルナマリア」
<はい!大体わかりました、いけます>
「その機体は汎用機な上、戦後の簡素化されたMSだ。お前の乗っていたザクだと思うなよ」
<わかってます>
「じゃあ、お前にしかできないこと、してこい」
<出ます!!>
 こんなふうに。
 いつの日か、こんなふうにあれたらと。あの日、思った。けれど、それは叶わず気がつけばアスランはアークエンジェルのベッドの上だった。
己のしたことが無意味だったようで。何も結果できなかったようで。
 虚しく。
 あの日々はなんだったのか。あのいがみ合いはなんだったのか。分かり合えると、目指す理想は同じだと信じ続けたあの日々は。
 そんなアスランが夢見た光景が、今ここにあった。
「・・・・・・行って来い」
 くぐもった声は通信を切って、そっと吐き出した。

 

 

 

 

 

「レイが?」
 突然鳴った通信機に、シンは立ち上がって叫んでいた。
 食べかけのお皿に端が転がる。
「すぐ・・・・・・行きます」
 通信機を切って、シンはすぐにステラを見つめた。心配そうに見返しているステラをシンはそっと撫でて、告げる。
「俺、行かなくちゃ。災害が・・・・・・オノゴロであったみたいで、そこに一人でレイが向かったみたいなんだ」
「レイ」
「ああ。だから手伝いに行ってくる」
 シンは言いながら、湧き上がる不安に目を細めた。その不安が伝わったのか、ステラは同じように立ち上がってシンの前にやってきた。
「ステラもいく」
「ステラ」
 その瞳はわがままを言うものでもなく、強い意志を放っていて、シンは戸惑う。
「行ってもどうしようもないんだよ、ステラ。俺だって、MSがないから何もできないかもしれないんだ。だから」
「だから一緒にいく」
「ステラ、」
「だって、シン、いくの、ミネルバじゃない」
 今度こそ、シンは瞬いて止まった。
 その通りだった。バイクを飛ばしてオノゴロへ向かうつもりだったのだ。ここからなら、島は近い。艦に行って何もできないよりはまだ
ましかもしれないと思ったのだ。
「シン、ステラだいじょうぶ。戦ってたんだよ。ステラ」
「でも!」
「おねがい。シンの家族、まもりたいの」
 強い、強い意志。揺るがない瞳。シンはどうすることがいいのかなんて、自分が今選ぼうとしていることでないことくらいわかっていた
が今はステラと行きたい、そう思った。
「わかった。行こう」
「うん!」
 

 

 

 

 

(これは・・・・・・)
 レイは辿り着いた現場を見て思わず顔を顰めた。想像を超える惨状にこの一機で足しになるのか、頭を過ぎる不安に顔を振る。
<・・・・・・ザ、ザ・・・・・・>
「駄目だ、通信が使えない。現場にいる救助隊はどこだ」
 海沿いから成り立つ丘陵に小型のジェット機が突っ込み、同時に崖崩れを起こし、丁度戦後整備された舗装ごとつぶして炎を上げていた。
 レイはザクファントムを駆って周囲を回るが、黒い煙で視界は悪く、通信も入らない。瓦礫と炎上する炎で生存者がいるのかすら機体か
らでは見えなかった。
「あのジェットの中にまだ人はいるのか・・・・・・」
 目を閉じて神経を研ぎ澄ますが、気配も予感もなかった。レイは現役時代よりもずっと長く飛べないファントムを動かしてなんとか近づ
こうと試みた。
 その時、レイの脳裏に閃光が一瞬走る。
「今のは」
 すぐさまジェット機を見やる。今の感覚が確かなら。
「・・・・・・やるしかないな」
 不安定な機動力にレイは舌打ちして、操縦桿を強く握って機体を燃え傾ぐジェット機へ向かわせた。
「っく!!」
 側までくるとコックピットにまでその炎の熱が伝わってきた。レイはなんとかザクをジェット機に寄せて、一部燃えていない窓の部分を
確かめるために腕で支えようとした。
 しかし、
「ぐうう」
 同時に傾いだジェット機はレイに向かって倒れこんでくる。必死にその機体をレイはとどめるためにザクで受け止めた。
 すぐさま腕の装甲は溶け出し、ぎいぎいと嫌な音を立てだす。
「機動力が足りない、か・・・・・・」
 レイはコックピットから見える少し先の窓を見やって口唇を噛む。
 ここからあそこまで。
 いけるだろうか。
「だがこうしていても、同じか」
 レイは苦笑する。
 なんてことだ。なんだかこの無謀さはあの親友にそっくりではないか。
「だが・・・・・・お前は決して無理だとは、いつも言わなかったな。そういうところ、尊敬していたさ」
 見習うとしよう。
 馬鹿には馬鹿のよさがある。

 そうだろう?シン。

 

 

 

 


 シンは沿岸をフルスピードでバイクを飛ばしながら、その先に見える真っ赤な島を見つめた。
 知らずと握るハンドルに力が入る。
 
 燃えているその様と、レイのザクファントムが映ったその視界は決して悠長にしていられる様子ではない。
 早く。もっと、早く。


 ゴオォオオォオオォォォ、、、


<シン!!!>
 その時、海の上を豪速で飛んでいたグフ一機から知った声がした。
「ルナマリア?」
 シンは段を換えてスピードをグフに合わせると片手でメットのカバーを開けた。背中に捕まっているステラも同じようにしてた。
<連れていくわ。しっかりステラ、つかまえてあげてて>
「お、おおい」
 言うが早いか、ルナマリアはバイクごとグフの腕の中に包み込むと、元のスピードに戻って炎上するその場所へ一直線に向かった。

 

 

 

 

 生きてきてよかった、生かされていてよかった、そう思えることはそうない。


 けれど、今日ばかりは。


「もう、大丈夫だ。こっちへこい」
 レイは割れたヘルメットの隙間から蹲ってシートの下にいる少女を見やって微笑むと、手を差し伸べた。
「・・・・・・あ、あう、でも・・・・・・」
「どうした」
 少女は流し尽くしたのか、涙は流さずにがらがらの声でなんとか発音する。しかし一向にこちらへは来る気配がない。機内はもう
この一角以外、炎の回っていない場所はなかった。今にも燃えそうな場所は、乗っていた大人たちが少女のシートの場所へ覆いかぶ
さって守っていた。
「こわい」
 きっとそう発音したと思う。
 レイは微笑んだまま、腕が炎に触れるのも気にせずにシートの下の少女に腕を伸ばし、強引に引き寄せた。
「見ろ」
「・・・・・・」
 煤だらけの少女の頬を拭い、レイは促した。
「怖くなんかない。お父さんやお母さんが守ってくれた、そうだろう」
 少女にこの光景は酷だろうか。それでも彼女は生きなくてはならない。生かそうとされたその命ならば。
「君はこれから強くなる」
「・・・・・・」
 言葉を失ったのかもしれない。それでもいい。生きて、その先を見ることができるのなら。
「さあ、行こう」
 微笑んだレイの肩に炎で崩れた機体が崩れ落ちてくる。

 ガアアッ

 一瞬のことで、レイは咄嗟に少女を庇って壁のほうへ飛び退く。
「がああ」
 しかし間に合わず、肩に瓦礫がぶつかり、レイは低く悲鳴を上げた。
「・・・・・・くそっ」
 窓へ炎が回る前に。
 レイの視界は滲む赤い色に、次第に定まらず二重になって見え出す。どうしてかその先にルナマリアがいて笑っているよな気がした。
「この子を」
 金の髪がじりじりと焼ける。腕の中で震える少女がレイを勇気付けた。
「この子を連れて帰る・・・・・・そうすればきっと」
 このオノゴロでも人が救えると、きっと親友は笑う。
 きっと、いつの日か己のしたことを赦せる日がくる。


「なにしてんのよ、ほんと馬鹿!あんたもやっぱ、シンと仲いいだけあって同類ね!!レイ」


 ああ。
 そうだ。ルナマリア。

 シンとは同室が長くて。本当は変えて欲しいって何度も申請出したんだぞ。
 うつったら嫌だったから。


 でも、結局うつってたみたいだな。
 あの馬鹿さ加減。


「なに笑ってんのよ!気持ち悪いわねえ、この状況でっ」
「・・・・・・いや。本物か?ルナマリア」
「こんな美人、一人しかいないでしょ?」
 そうだな。ルナマリア。
「さあ、ふざけてないで、行くわ。本当にまずいから」
 強く言って笑ったルナマリアはレイの知っている世界で一番信頼できる女性だった。

 

 

 

 

 

「素晴らしいツートップだったな」
 アスランは頷いて、格納庫に戻ってきたグフから降りてきたシンとステラに言う。
「ルナマリアはレイと一緒に病院で降ろしてきました」
「ああ」
 漸く深い安堵の息を漏らすと、アスランは複雑な表情のシンをアスランは黙って見つめる。ステラの抱えたレイのであろうヘルメットが
その惨事の度合いを示していた。
「・・・・・・どうなんだ」
 シンに聞くべきか淀んで、アスランはそれだけ呟いた。
「多分、大丈夫です。レイもルナマリアも。それから一人、生存者の女の子も」
「そうか」
「俺、間違ってました」
 シンは唐突に顔を上げて、アスランを見ると真っ直ぐな眼差しで続けた。
「レイは・・・・・・もしかしたら、あのメサイアの時からもしかしたら本当は助かりたくなかったんじゃないかって。そう思うのに本人に聞け
なくて。俺、親友なのにあいつのこと信じてやれなくて。本当はあいつの抱えてる病気もこととか、ちゃんと聞けばいいのに・・・・・・」
 苦しそうにシンは歯を食い縛ると、そっと寄ってきて握ってくれたステラの手を握り返しながら、想いを抑えた声で吐き出した。
「怖かったんです。レイが本当は生き残りたくなかったって知るのが。話してくれないことを勝手にいいように解釈して、俺は怖かっただ
けなんです。でもレイは、レイ、そうじゃなかったんです。ねえ、アスランさん」
 一歩、前に出てシンは不器用に笑顔を作った。歪んだその顔は泣き笑いで。
「あいつ・・・・・・、死ぬつもりなんかこれっぽっちもなくて!あいつ、生きることに必死で!」
「ああ、ああ。そうだな・・・・・・ああ、シン」
 アスランはそっとシンの震える頑なな肩を何度も叩いて、慰撫に変えた。
 重なったステラとの瞳に、アスランは同じように泣き笑いを浮かべた。そっとアスランの手のひらも握ったステラは、柔らかくて温かかっ
た。
 

 

 

 

 

 

「レイのファントム、本当に今度こそ役目果たして眠れるね」
 ルナマリアはそっと病室の窓を眺め、読んでいた雑誌を弄びながら言う。
「・・・・・・ああ。MSはそういう最期でいい」
「あはは。レイまで、機体のこと生き物みたいに言うようになった」
 ルナマリアは笑って、大きく伸びをした。
 レイの怪我は腕と肩の火傷と脱臼。あとはたいしたこともなく、一週間も入院すれば完治するということだった。助けた少女も、火傷は
酷かったが同じ病院で治療を受け、今は安静にして入院している。
 犠牲になったのは、少女以外の搭乗員たち数名と、レイのザクファントムだった。
「レイの髪の毛、綺麗だったのに勿体無いな」
「面倒だから伸ばしていただけだ。お陰ですっきりしたぞ」
「なんだか、誰かわかんないもん」
 肩まであった綺麗な金髪は炎で焼けてしまい、今は完全なショートカットだった。トレードマークの長髪でなくなったことをレイファン
は嘆くことだろう。
「これは長髪のレイの写真が良く売れそうね〜」
「お前は懲りないな、ルナマリア」
「人気あるのよ。レイは。シンより」
「必要ない」
「どうしてよ?可愛い子とか結構いるのよ。ファン層レベル高いんだから」
「俺と居たって仕方ないさ。素敵な女性なら尚更な」
 静かな眼差しでレイはルナマリアを見返すと、レイはレイで読んでいた工学の参考書にまた視線を戻した。
「この間は退いたけど、ルナマリアさまは同じ失敗をしない主義なの」
「?」
 ルナマリアは微笑んだまま、手元の雑誌を椅子に置いて立ち上がる。
「私、こういう性格だし。まどろっこしいの苦手だから」
 ベッドに手をついて、レイの眼前まで自分の顔を近づけた。
「・・・・・・」
 お互いが少し寄せれば触れる距離。
 ぶつかりあう視線は絡むようで、聞こえないはずの心臓の音が耳に届く気がした。
「ルナマリア」
「なに」
「こんなに近いと焦点が合わせにくいのだが」
「・・・・・・ですよねー」
 それでもルナマリアは動かなかった。悔しい、ここで退いてはなんだか元の目に戻るような気がする。
「レイ、あのね。私さ」
 女からいったっていいじゃない。
 ルナマリアは開き直って、ぐっと近づこうとベッドに片膝を乗せた。
「見舞いにきたぞー!!」
 まさに、その時シン・アスカの空気を読まない大きな声が病室に響いた。
「・・・・・・なにしてんだ?喧嘩?」
「あんたほんとタイミング悪いッーーーっ!」
「でっいでで!ちょ、おま、やめろって!ルナ!痛!いたたた」
 病室にも関わらず、叫び暴れまわる二人をレイは瞬いたあと、苦笑して眺めた。
 騒がしい。なんとも、面倒な親友たちだ。
「とんだ夏期休暇になったものだ」
 こうしてレイの初めてとった夏期休暇は、入院一週間で消えてしまったのである。

 

 

 


 

「ね、キラ」
「なんだい、ステラちゃん」
「なかまってステキ。すごく、すてき」
 オノゴロの瓦礫の側でステラはキラと並んで休憩していた。ステラはオーブのボランティアと一緒にこうして再建の手伝いをしていた。再び
ここに花を植えたり、煉瓦を積んだりとステラは手伝えることがあるだけで幸せだった。
「ステラちゃんにも、いたんだよね」
「う。アウル、スティング、それからネオ」
 キラはおにぎりを手にしてオーブの海を眺めて、歌うようなステラの声を聞いた。
「キラは?アスラン、ラクス・・・・・・虎のおじさん、まりゅさん、ミリ・・・・・・たくさんいるねえ」
「はは。今ではステラの仲間でもあるじゃない」
「そっか。うん、そう」
 嬉しそうに笑ったステラにキラも笑顔を返す。晴れ渡った空と海だけを見ていれば素敵な日和だったが、背中には瓦礫と残骸が広がる悲しい
光景だった。
 戦争はこの連続だった。
 もっと酷い惨事がたびたび起きて、MSに乗って戦う度に街が崩壊して。
 そう思うと、人間は作っては破壊しての繰り返しだとキラは目を伏せた。過ちを犯しても、瓦礫を生み出しでも尚、戦おうとする。
「もう、こわれないといいね」
「うん。そうだね・・・・・・こんなに綺麗な場所だから」
 また花が咲き誇り、人々が舞い戻り、穏かに暮らせる島になればいい。
 きっと、近いうちにそうおなる。きっと。
「シン、嬉しそうなの。レイ、生きたいってわかったから」
「・・・・・・そう」
「ねえ、キラ。ステラね、しにたいって思ったこと、ないの。死にたくないとか・・・・・・こわいとか、いきたいって思ったことたくさんあるけど
しにたいって、ないの。だから、ちょっとわからない」
 キラは海を眺めて瞳をそこに留めるステラの横顔をそっと見取って、少しだけ目を閉じた。
 半分はいいことで、半分はよくないことだった。
「・・・・・・いつか、いつかわかる日がくる。それまでは知らなくていいんだよ、ステラ」
 愛する人をなくしたとき、人はその想いを抱く。
 哀しい運命に記憶を操作されてきたステラは、きっと目の前で大切な人が逝くのを知らない。純粋で真っ直ぐなステラはきっと、仲間の
ことも本当は曖昧なのだろう。
 それは、自己防衛的なことなのかもしれなかった。
「そっか・・・・・・、でも知らなくていいな。だって」
 死にたいって、生きたくないって言ったら、もうシンに会えない。
 それにシンが泣いてしまう。
「生きてゆくのって、どうしてこうも簡単じゃあないんだろう」
 見つからない答えは、抱いたときからずっと、消えずに残り続けている。
「君は僕の好きだった人に似てるから、つい」
「?」
「どうしてかな」
 似ても似つかない性格なのに。
 もう彼女はいないのに。
「・・・・・・フレイ」
 声にならないほどの音でキラは呟いた。
 ステラは聞こえたのに何も言わずに隣に居た。どうしてか、その一瞬、隣に彼女が還ってきたような錯覚がしてキラは目を閉じる。
 キラ。
 心のままに。
 フレイ。
 君はそうして生きている。だから、僕も。
「僕達は信じて、生きてゆくしかないんだ」
 自分自身を。
「キラ、聞こえる。聞こえるよ」
 ステラは不意にそう言って立ち上がると、波の声にあわせてラクスの歌をゆっくりと口ずさみだした。
 夏の空と、ステラの声は似合いすぎていて、キラは手でカンバスを作ってその中にステラをおさめ、覗き込んだ。
「うん。素敵だ」
 留めておくことのできないその絵は、キラの胸にそっとしまわれた。

 

 


 ちせさまのところには上がっておりましたが、こちらに上げていなかったので♪

ふー!イラスト付きをぜひ!!!

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