コラボ小説第3弾☆嘉日ちせ様との小説&イラストシンステ!!

シン・アスカの夏 −残暑篇−

 

 

文のみBaby U know版ものせておきますね。

 


 

 

 

 

 
「とんだ夏だったよなあ・・・・・・今年はほんと」
 しみじみとソファにもたれ掛かってそう言ったシンをステラは振り返った。キッチンで洗物をしていた手を止めて、ふとシンの呟いたその「とんだ夏」を
思い浮かべてみる。
 数週間前にあった飛行機事故でミネルバの皆は救助や復旧作業に借り出され、レイを欠いた状態で大忙しとなっていた。シンも当然、その人員なわけで申
請していた夏期の連休は消化不可能となり果てている。側でいつも通り応援することしかできないステラだが、救援の活動ボランティアには参加を許され、
キラやラクスと一緒に昼間は事故現場に出るのが最近の日課だった。
 シンの言うように確かに大変な夏になってしまったのかもしれない。
「ね、シン。これ見て」
 ステラは手を拭いて、不意に思い出したことに笑顔になってシンの隣へ駆け寄った。
「なに?」
「もらったの。今日、神父さまに」
 エプロンのポケットから取り出されたチケットのようなものをシンは手に取って瞬いた。
「へえ、こんなの出来たんだ」
「う。海浜公園の水族館、そこに、ぷららたりうむ」
「はは、ステラ。プラネタリウムだよ」
「ぷらねたりうむ」
 繰り返しステラは言うと、微笑んでチケットを指さした。
「夜までやってるの。お仕事、あといける?」
「明日なら・・・・・・現場のあと内勤してだから、定時に上がれると思うよ」
「ほんとう?」
 少し考えるようにしてから言ったシンにステラはぱあっと微笑むと、シンの腕を取って勇気を出すようにして言う。
「行きたい。あした、シンと」
 ほんの少し、握ってきたステラの手が震えている気がしてシンは息を止めた。見上げた愛しい人は、じっと答えを待っている。
 きっと、一世一代の我がままを言っているつもりなのだろう。その姿は健気で、可愛かった。だがシンにはそれを上回って己の情けなさが身に染みた。
「行こう。絶対、明日」
「うん!いこう、いこう!!」
 返事を聞いてステラは頬を上気させると掴んでいた腕を離して、思い切りシンに飛びついてきた。受け止めながら、シンはその重さに安堵と愛しさを感じ
目を伏せる。
「・・・・・・こんな俺でごめんな」
 音にならない声でシンは吐き出すと、顔の見えないのを良いことに思い切りステラを抱き締めた。
 至らないこの腕だけど、君のことを離さない。
 そう言える今を、幸せというのだとシンは改めて感じ微笑んだ。

 

 

 

 

 


 ステラは散らかった部屋を前に呆然と立ち尽くしていた。
 朝、シンをいつも通り見送ったところまでは良かった。そこから、待ち合わせの夕方5時までがステラにとって大事な勝負だった。着ていく服、メイリンに
教わったメイク、忘れないようにチケットを持つこと、それからこの夏、いつか遊べた時の為にこっそり貯めたお金で買ったカメラ。それらを一人で用意し、
待ち合わせに遅れないようにする。
 約束した時からステラは待ち遠しすぎて、そわそわと内心焦っていた。
 だから早めに用意を、そう思ったのに。
「ない・・・・・・」
 クローゼットを引っ掻き回したのに。
「ないーっ」
 ふにゃっとステラは顔をゆがめて漏らす。
「めいりんと、かったの、どこ、どこ・・・・・・」
 カメラを買うのに付き合ってくれらメイリンがデートに着ていく洋服も買おうと、ファッションに疎いステラを連れて行ってくれた店で買ったあのワンピース。
一目ぼれで決めたあの青いワンピースはきっとシンも喜んでくれるはずだった。
 いつかあるかもしれない夏のデートに、ステラは密かにわくわくしていたのだ。それが漸く叶うというのに。
「むー・・・・・・」
 ステラは半泣きになりながら、必死に再び服の山へと手を伸ばした。
 

 

 
 りんごーん。

 

 

「う?」
 くしゃくしゃの髪のまま、ステラはチャイムの鳴った玄関へ向かう。誰か来る約束なんて今日はしていないはず。
「はあい」
 ドアを開けながらステラはそっと顔を出した。
「ステラ、こんにちは」
「ラクス!」
「まあ、髪がくしゃくしゃですわよ」
 桜色の髪をポニーテールにしたラクスは普段よりも快活な雰囲気に感じる。太陽を背にした彼女は眩しいほど美しかった。ステラははにかんで自分の髪を直すように
慌てて手櫛を入れた。
「どしたの」
「今日はオーブへ用事があって・・・・・・というのは口実で、ステラの顔を見たくて来ましたの」
「そか、でも・・・・・・」
 ステラは微笑んだあと、ちらっと背後を見やる。あの散らかしようはどう考えてもラクスに見せられない。
「ステラ?お家がどうかしましたか?」
「うっうんと・・・・・・ちょっと、散らかってて・・・・・・」
 くるりと動いたラクスの瞳にステラはしどろもどろになって、声を詰まらせた。
「何か、ありますの?ステラ」
「う・・・・・・と」
 その瞳に弱いのだ。ステラは心配そうに見返すラクスに観念して、ぼそぼそと白状した。
「シンとデート、着てく服買ったのに・・・・・・見つからないの」
「まあ」
 瞬いたラクスはゆっくりと微笑んで、頷いた。
「一緒に探しましょう、ステラ」
「ラクス」
 ステラは顔を上げてラクスの顔を見つめる。てっきり、探そうではなくもう一度買いに行けばいいと言われるのではないかと思っていたのである。
 そう言われれば、首を横に振る気でいたステラはラクスの思いやりに胸が熱くなった。
「ありがとう」
 気持ちは買えない。
 あの時、デートの日を思って嬉しくて買ったあのワンピース。
 自分が初めてなんだか女の子になれたような気がしたのだ。なんだか少し懐かしい、そんな気もした。こんな風に、ワンピースを眺めて喜んだことがいつの日
だったかあったような。そんな気がした。
 だから、どうしてもあれを着て行きたい。そんな思いがステラを占めていた。
「ね、ラクス。ステラもラクスみたいな、髪したいな」
「あらステラの長さなら・・・・・・くくるより、巻いた方が可愛いのではないかしら」
「まく?」
「ふふ、やってあげますわ」
 優しいラクスの微笑みにステラは心が漸く落ち着いた気がした。昨日シンと約束してから息をするのも忘れていたような気がする。
「ラクス、どしてデートってこんなにドキドキするのかな?」
「それはステラがシンのことを好きだからですわ」
「すき、いつも好きだよ。シンのこと。でもなんだか・・・・・・6時にシンに会うの、いつもと違うの。その時間、思うと胸が苦しい」
 まるで病気の心配でもするかのような言い方のステラに、ラクスは目を細めて首を傾けると得意げに言った。
「それはわたくしもですのよ、ステラ」
「ラクスも?」
「ええ。わたくしも、キラと待ち合わせをしてお出かけする時は胸が高鳴ります」
「ほわー」
 ステラはあんぐりと口を開けてラクスを見返す。その様子をラクスは笑って眺めると、部屋に踏み入れて苦笑した。
「えらく散らかしましたわね」
「う・・・・・・何回探してもないの」
「大丈夫、きっとありますわ」
 ラクスがそう言うと見つかる気がした。ステラは安堵に微笑んで頷き返すと、思い出して口を開いた。
「胸、どきどきってラクスもする。それ、どうして?」
「それは・・・・・・、いつもいつでもキラのことを好きでいるけれど、やはりデートの時は特別“彼女”として扱って頂けるから・・・・・・うーん、説明はなかなか
難しいですわね。とにかく、女として頑張りたくなるものですわ」
「おんな、がんばる・・・・・・」
「ドキドすることとイコールかはわかりませんが、ステラが苦しくなるのはデートを楽しみにしているからですわ。それから、期待も」
「期待?」
「そうですわ。シンが、もしかしたら」
「シンが」
「ステラにもしかしたら」
「もしかしたら」
「こんなことしてくるかもーっですわーっ」
 そう言って抱き締めてくすぐってくるラクスにステラは驚いて悲鳴を上げた。
「ひゃっふ、あははははっやめてやめてっ」
「ステラはここが弱いのかしら」
「わ、あ、あははははは」
「ここもかしらーっ」
 

 

 


 30分後。

 

 

 

「・・・・・・遊びすぎましたわ。ごめんなさい、ステラ」
「おなか、いたい」
 ステラは笑いすぎて痛いお腹を摩りながら、服の山の上で寝転がっていた。ラクスはラクスでふざけ疲れたのか同じように隣に寝転がっている。
「もう、探さなきゃなんだからね?ラクス」
「わかってます、わかってますわ」
 起き上がって、ステラは息を吐くともう一度服をどこにしまったかを思い返してみた。メイリンと買い物に行って、買ってきたものを開けて、
ワンピースの紙袋だけは・・・・・・。
「ああ!!」
 ないに決まっている。ステラはラクスを見やって暫く声を出さずにいると、漸く瞬いて小声で言った。
「丈、合わなくって・・・・・・直しに出してた」
「まあ」
「ごめん、ラクス」
「思い出してよかったですわ」
 苦笑して言うラクスにステラも同じように返してほっと息を吐き出した。随分前に出したからきっともう出来上がっているはずだ。これで出かけ
ることができる。
「では取りに行きましょうか」
「一緒に行ってくれるの?」
「ええ。髪の毛も可愛くして差し上げますわ、膳は急げです。行きましょう」
 笑顔で言うラクスにステラは頷き返すと、嬉しくて微笑んだ。
 胸が苦しい。
 それなのに、とても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 


「無理。勘弁してください。今日だけは無理です」
 シンはきっぱりと言い放つ。今日だけは極悪人だと罵られても、定時に上がると決めていた。
「そこをなんとか!頼むよ、シン」
「アーサーさん、俺以外に頼んでくださいよ。どうしてこうも俺にばっかり」
「シンにしか出来ないことなんだ、仕方ないだろう?」
「俺にしかってレイだって」
 言いかけてシンは舌打ちする。今療養中のレイは欠勤であるのだ。
「それ相応に代われるルナマリアも今日はレイのところに引き継ぎ行ってるし・・・・・・シンしかいないんだよ」
「そんな・・・・・・俺にだって、予定ってもんが」
「頼むよ」
 必死に拝み倒すアーサーの旋毛を見つめながら、シンは脳裏に浮かぶ昨夜の嬉しそうなステラの顔に視界が霞むのを覚える。
「それ、どれぐらあるんです?」
「引き受けてくれるのか!」
「・・・・・・断れる余地、ないでしょう」
「助かるよ!ありがとう」
 手を取って礼を言われてもシンの心はここになかった。疲れた顔でアーサーに返事して、心でどうしようもない後悔に身を沈めた。
 渡されたデータの量を見て、シンは更に沈む。
 どう考えても間に合わない。
「・・・・・・やればいいんだ、やってしまえば」
 言い訳なんてしたくない。
 約束をなかったことにしてくれなんていえるはずもない。
 だったら、道はひとつだ。

 


 時計はすでに四時を指していた。

 

 

 

 

 

 


「ステラ、可愛い!可愛いですわ、素敵です」
 ラクスはそう繰り返し言うと、照れて頬を染めるステラに何度もシャッターを切った。
「これは永久保存ですわ。キラにも見せましょう」
「ラクス。ステラ、変ない?ほんと?」
「何を言うのです!宇宙一可愛い恋する女の子ですわ!」
 ステラは鏡に映りこんだ自分の姿を見て、小さく息を吐く。自分ではないようだ。
 青のワンピースはいつも着るものより少し丈が短めで。
 髪はラクスがくるくるに巻いてくれてカールしていて。
 ほんの少しした化粧がいつも見る自分の顔と違って見えて。
 後は、いつもは履かないヒールの赤いラウンドトゥの靴を履くだけ。
「今夜は素敵な夜になりますわ」
「・・・・・・うん」
 鏡越しに背中からラクスは言う。その背にある温もりが嬉しくて、ドキドキと同時に浮上するよくわからない不安を打ち消してくれるようだ。
「変なの。とっても知ってるシンなのに・・・・・・ちょっと、怖い気がする」
「ステラは女の子ですもの。男の子って何を考えてるかわからなくって不安になるものですわ。きっと、今頃シンもそわそわドキドキして、最終
的に不安になっているでしょうね」
「シンも?」
「ええ。シンのほうがもっと・・・・・・緊張してると思いますわ」
 ステラは今朝出て行く時もいつも通りだったシンを思い出して、首を傾げる。こんなにもドキドキしているのは自分だけだと思っていたのだ。
「心配しないで、ステラ。大丈夫ですわ」
「・・・・・・うん。ありがとう、ラクス」
「じゃあ、わたくしは帰りますわね。ステラはこのお店の先の噴水のところで待ち合わせなのでしょう」
「そう」
 初めてこの町に出かけた時、迷子になったらあそこで待つこと。そう教わった場所が今日の待ち合わせ場所。
「楽しんできてね」
「うん!」
 車に乗り込んで去ってゆくラクスを見送って、ステラは微笑んだ。
 頬が熱い。
 胸は、一人になると飛び出しそうなほど動き出す。
「・・・・・・シン」
 見やった向こうにオーブの海が見えた。
 帰ってゆく夕日がゆっくりとステラの頬を照らす。
「あ」
 また聞きそびれてしまった。
 ラクスなら知っているかと思ったのに。
「えいちの意味・・・・・・」
 今度聞いてみよう。
 ステラは頷いて、噴水のところまで慣れないヒールでひょこひょこと歩き出した。

 

 

 

 

 


「はい、ええ、ええ」
 シンは電話に出ながら、しきりに時計を見やる。データの山は減っておらず、おまけにこのぎりぎりの時間に救難の電話が入ってきたのである。
「人員がですね。ここにも足りてなくて」
 かれこれ三十分は同じ内容を繰り返している。シンは苛立ちを抑えながら必死に声を絞り出した。
 もう時計は六時を指そうとしている。
 電話だけでも入れたいのに。
「ええ、それは」
 終わりそうにない相手の言葉を、シンは口唇を噛み締めて堪える。
 ステラ。
 ポケットにしまいこんだ携帯をシンは取り出し、とにかく電話片手にステラの番号を押す。
「はい、それは・・・・・・ええ」
 何度コールしてもステラは出る様子がない。シンは不安になって、電話の相手に一旦折り返すと伝えようと息を吸った。
「あの、」
『こっちは命かかってんだよ!!!』
 突き刺さるような怒号にシンは言葉を呑み込み、目を伏せた。
「わかりました。俺、今から向かいます」
 鉛のように重たい受話器をシンは音もなく置くと、立ち上がって迷わず部屋を出た。

 

 

 

 


 思えば、待つということをするのは今までなかったのかもしれない。
 ステラは噴水の前のベンチに座って、自分のつま先を見つめる。
「・・・・・・」
 つるっとした可愛い赤い靴は飴玉のようだった。いつもよりヒールのお陰で大人になった気のするステラは嬉しくて、微笑む。
 辺りは日が落ちて随分と暗くなってきた。
 街灯もちらほら灯りだし、街は昼間とは違った雰囲気になってきている。道行く人々を眺めながら、ステラはじっとその様子を観察していた。
特に男の人と、女の人の二人連れ。きっと恋人であろう二人。
 手を繋ぐ二人。
 肩を寄せ合い歩く二人。
 時にはステラの座るベンチの側でキスしあうカップルもいた。
(みんな・・・・・・好き同士・・・・・・しあわせなんだ)
 自分とシンがどんなふうなのかなんて、今まで考えたことがなかった。二人で歩いているとどんな風に見えるのかな。あんなふうに素敵で幸せ
そうに見えるのかな。
 あんなふうに手を繋いで、街の中に埋もれてみるのもいいかもしれない。
 皆とおんなじだ。
 アウルやスティングと初任務で初めてみた街という場所。あの時、ショーウィンドウで見た自分。見渡す町並みに見た幸せそうな人たち。そこ
に今なら混ざることが出来るのかな。
「君」
「シン!」
 唐突に掛かった声にステラは弾かれたように顔を上げた。しかし、浮かんだ笑顔はすぐに引っ込めなくてはならなくなる。
「?」
 笑顔のステラを見つめてきたのは知らない青年。
「可愛いね。誰か、待ってるの?」
「・・・・・・シン、待ってる」
「シン?それって彼氏?」
 目の前にいたのはシンと同じ歳ほどの青年で、親しげにステラに微笑みかけていた。どことなくその青年がシンに似ている気がして、ついステラ
は返事してしまった。
「君の事、ずっと見てたけど・・・・・・もう何時間もここにいるみたいだから」
「・・・・・・」
 返事したことを後悔してステラは黙った。知らない人だ。話してはいけない。
「日が落ちてしまうと少し冷えるよ。シンって人来るまで、あの喫茶店にいかない?」
 青年は噴水の前にあるオープンテラスの喫茶店を指差して、ステラを覗き込んだ。確かに少し肌寒い。それでもステラはここでシンを待ってい
たかった。
「っていうかさ・・・・・・残酷なようかもしれないけど。君、すっぽかされたんじゃない?」
 青年は困ったように苦笑すると、ステラの隣に座ってそう言った。
「約束に遅れてるんだろ?そいつ」
 ステラは青年の言い様がシンを責めているように感じ、眉を顰めた。そもそもステラ自身、シンが遅れていることに疑問を抱いていなかった。
「シン、くる」
「来ないって」
「来る!」
 思わず強い語気で言ったステラを青年は呆れた顔で見返すと、立ち上がって言い返した。
「そういう女って重たいっつーの。うざいよ、正直」
 吐き捨てるように言うと、青年は踵を返して去ってゆく。
 ステラは何か言いたかったが、うまく言葉に出来なくて口唇を噛んだ。自分がどう言われてもいい。シンのことを知らないくせに言われるのは
許せなかった。 
(駄目、ステラ・・・・・・今日は、楽しい日なんだから)
 ふっと息を吐いてステラはベンチに座りなおした。
 見上げた空はもう紺色で、ちらほらと小さな星が見えていた。
「きれい」
 シンとこの空を見れたら、素敵だな。
 そう思って目を伏せた。

 

 

 

 

 


 急行した現場はミネルバからは少し遠距離の区域で、シンはMSを操縦しながら、近づいてゆく暗がりの中の赤い空間に眉を顰めた。
 息を呑んで、降り立った現場はまさに火の海だった。
「怪我はありませんか!?」
「・・・・・・っ、だいじょう、ぶ。奥にまだ子供が」
「わかりました」
 シンは辿り着いた火災現場に目を細め、すぐにMSから降りると水を被って火の中へと飛び込んでいた。
「奥さんは早くあっちへ」
「あの子をお願いします!」
「はい」
 シンは顔を振って自分を叱咤した。なぜもっと早く駆けつけなかったのだ。何を自分の都合で通信を終わらせようとしたんだ。
 胸が痛い想いで溢れかえった。
「いるかー!いるなら返事しろー!!」
 自分の髪の焼ける匂いがした。頬もちりちりと痛む。火の海で視界が霞んだが、シンは必死に叫んだ。
「こ、こ・・・・・・」
「無事なんだな!!」
 微かに聞こえた声にシンは微笑む。助けられる。間に合ったのだ。
「今行くから!」
 その言葉はここにはいない、愛しい人へも届くようにとシンは願った。

 

 


 人命救助の後、MSを使って全ての火を消しシンは漸く他の救助人たちと安堵の息をついた。
「来てくれてありがとう。助かったよ」
「いえ。俺こそ、すぐに来れず申し訳ありませんでした」
「・・・・・・死者が出なくてよかったよ」
「そうですね」
 焼け跡を眺め、シンは頷いた。
 火の消えた現場は、天の星だけがその場を照らしていた。
「・・・・・・何時なんだろ・・・・・・」
 まさか待ってないだろう。
 仕事で遅いのだと思ってきっと先に帰っているはずだ。
 もしくは、メイリンかルナマリアとチケットを使ったかもしれない。
 きっと、
「・・・・・・ステラ」
 煤だらけの頬を擦って、シンは闇雲に走り出した。

 

 

 

 

 

 


「ら、らら、ら」
 すっかり人通りが少なくなってしまった。
 ステラは小さく歌いながら、足をぶらぶらさせて空を見上げる。

 

 綺麗な星空。
 神父様が言っていた、プラネタリウムはお星様が見れるんだよって。
 それって、これのことかな。

 

「・・・・・・」
 ステラは見上げるのをやめて、そっと往来に視線を戻した。
 そして瞬いた。
「シン?」
 瞬いて、ゆっくりと声を出す。どう見ても、大好きなシンがそこにいるが、どうしてかシンは服がぼろぼろで、顔は真っ黒で、髪の毛はあちこち
焦げてるみたいだった。
「どしたの」
「ステラ」
 どこからどうやってここに辿りついたのか、シンは声を出すのも辛そうに息継ぎをした。
「だ、じょぶ?どしたの、怪我してる?」
 ステラは駆け寄ろうとベンチを立った。つい履き慣れない靴のことを忘れて駆け出そうとして、ステラは躓いた。
「っわ」
「ステ」
 驚いたシンが踏み出してステラを抱きとめてくれた。その瞬間嗅いだシンの焼けたみたいな匂いにステラは顔を上げる。
「シン、どしたの?やけど?」
「ステラ。どうしたの?今日は一段と可愛いね」
「シン、聞いてるの?どしたの、それ」
「そんなに可愛いと・・・・・・俺、見せびらかしたくなるな」
「シン!」
 頬は煤だらけで真っ黒なシンは微笑むと、抱きとめたステラをぎゅっと抱き返した。
「シ、みんな、こっち見てるよ」
「いいじゃん。見せてやるんだ」
「し」
 微笑んでいたと思ったら、シンは抱きかかえたステラを引き剥がしておでこをぶつけてくる。
 ステラが思っていないほどの真剣なシンの瞳に言葉を失う。
「どうして待ってるんだ。バカ」
「シン」
「ごめんな。こんな俺で」
 シンが泣きそうな顔だ、そう思った次の瞬間にはステラは声が出せなかった。
 いつもより優しくて、それでいて強引なキスが口唇を塞いでいた。

 

 暫くして、漸くその拘束を解いてもらえるかと思えばシンは抱き締めたままだった。

 

「・・・・・・シン?」
「いいんだ。ルナマリアのブログにのろうが、タウン誌にのろうが。俺は今ステラを独り占めしたいんだよ」
「・・・・・・う」
「嫌いに、なった?」
「ならないよ」
「楽しみにしてただろ」
「また、行こうね」
「約束したのに」
「何度でも、やくそく、できるよ」
「俺」
「シン、プラネタリウムね。ほら」
 ステラはそっと身を離して、シンに顔を上げるように促した。
「きれいだね」
 微笑んで、満天の星空を見上げるステラにシンも声なく同意した。
「待っていたらね。シン、くるよ。それでも来なかったら、ステラが迎えにいくから」
「ステラ」
「だから、心配ないよ」
 ヒールのお陰でステラはいつもより背伸びせずにシンと視線を合わせることが出来た。嬉しくて、ステラは見かけた恋人たちがしていたみたいに
手を繋いで見る。
 そっと肩を寄せ合うと、温かくて優しい気持ちになった。
「デート、素敵」
 微笑んでステラはシンの肩に頬を寄せた。
「また、しようね」
 

 

 

 


「ぐっすり眠っちゃって」
 シンはひりひりする頬に薬を塗りながら、そうっとベッドを見やる。
 ステラはすでに夢の中だった。
「俺、こんなでほんとごめん。でも・・・・・・」
 そんな自分でいいと言ってくれるのはステラだけだ。シンは愛しくて堪らないステラの金の髪を撫でてゆっくりと息を吐いた。
 シンだって男である。
 彼女を楽しませたい気持ちも、デートに緊張する気持ちも、ステラよりずっとあった。それなのに。
「これ、俺こんな渡しかたしかできないけど」
 シンはそうっと言って、ポケットから取り出した星のチャームがついたネックレスをステラの首につけてやる。
「今度はちゃんとデートしような」
 ちゃんと男らしく、その時は決めるから。
「・・・・・・おやすみ、ステラ」
 そっと頬にキスを落としてシンもベッドにゆっくり入った。
 隣で無防備すぎるほど安心して寝息を立てる可愛い彼女に、少し苦笑してシンは漸く目を閉じた。

 

 

 

 

「ねえ、シン。あんた、この夏で大人になれた?」
 唐突なのはルナマリアの十八番だが、シンはやっぱり意味がわからなくて聞き返した。
「なんの話だよ」
「だからぁ、あたしらがいない間にちょっとは大人の階段上がったのかって、お姉様が聞いてるんじゃない」
 弾むように喋るルナマリアは至極楽しそうである。
 人のことをからかうとき、彼女はこういう話し方をする。付き合いが長いと、嫌になるほど話の展開が見えた。シンはルナマリアにわかるように
思い切り溜息をついて見せ、吐き出すように言った。
「そんなこと俺に聞く暇あるなら、うちにいってステラに教えてやってくれ」
「なに?」
「ずっとうるさいくらい聞くんだよ。エイチってどんな意味ってさ」
 半眼で言うシンをルナマリアはたっぷり三秒以上は静止したまま眺め、次には大笑いし出す。
「へえ、、、あの子がねえ。へえー、ってそれあんたが教えたの?」
「違う。本に書いてあるんだよ・・・・・・新婚ハンドブックみたいなのがあってさ。そこに愛あるHがどうのこうの・・・・・・」
「声が小さいわよ〜?なんですって??あたしわかんないなー、シン君。何をステラに教えればいいのかな〜?」
「うっうっさい!!お前、ほんと悪趣味だな」
「趣味じゃないわよ。本能よ」
「煩悩だろう」
『レイ!!』
 すかさず背後から入った突っこみにシンもルナマリアも勢いよく振り返った。
「お前、まだ入院してるんじゃ」
「いつまでもゆっくりしてられんだろう。というより、させてもらえん」
「・・・・・・まあな」
「ほんとに大丈夫なの?」
「ああ。ルナマリアが毎日来てくれたからな」
 シンからすっとルナマリアに視線を移したレイは驚くほど自然に微笑んで言った。呆気に取られたのは隣で見ていたシンである。
「なに企んでるんだ、レイ」
「・・・・・・」
 鈍感な親友で助かったと思うべきか、素直にいったのにとばらしてやるべきか。レイは一瞬考えて、前者にすることにした。
「お前と違って、ルナマリアは毎日みんなの業務日報持って報告に来てくれていたんだ。お前と違って」
「二回も言うな!」
 声を掛けたのに黙って少し俯いたままのルナマリアをレイはそっと盗み見て、内心苦笑した。
 この数週間、本当におかしいほどルナマリアと二人きりで過ごした。いつもどおりの調子で、楽しかったり、ふざけていたり。ころころと変わる彼女の
表情を見て随分癒された気がする。
 そんな中、少しずつ自分がルナマリアに必要以上、心を開いているのは自覚していたのだ。
 それと同時に、ルナマリアの態度にも。
「・・・で?シンはその意味、なぜ自分で教えてやらないんだ」
「それをしれっと言うか。親友よ」
「親友だったか」
「お前なー」
 復活早々、いつも通りのレイにシンは辟易して嘆息する。
「なら、レイが教えてやってくれ」
「俺は無理だ」
「なにそれ」
「それは議長にも、アカデミーでも教わったことがないからな」
「・・・・・・なあ。ルナマリア」
 シンはレイを睨んだまま、隣のルナマリアに問いかけた。
「こいつ、どこまで本気なの」
「全部じゃない?」
 可笑しそうに笑うルナマリアにシンは妙に納得がいって反論を引っ込めた。この二人が揃っていて自分が勝てる戦など、ないのだ。
「ほんと、とんだ夏だったなー」
 大きく伸びをしながら、シンはそう言うとそっとミネルバから見える景色に視線を移す。
 大海原に、快晴の空。
 この季節はどこを見ても、どこにいても、君ばかりを想ってしまう。

 

 

 


 君と過ごす二度目の夏は、少しは前に進んだだろうか。
 前にしか進めないけれど、何度でも約束すればいいと言ってくれた君の言葉を忘れずにいよう。

 

 来年もまた、
 こうして君と過ごす夏が楽しみだよ。

 

 
 ステラ。

 

 

 


本当にもう3回目の夏がきそうなほど遅くなってしまった。

ごごごごご、ごめんなさい!!!

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