強がらなくていいんだ。

 もう、嘘をつかなくっていい。

 素敵だ。
 そんなことを考えたり、思ったりできる。そんな“今”をわたしは生きている。

 そう、
 生きている。

 


「ねえ、シン。これだけなの」
「あー・・・うん、ごめんな。ミネルバで撮れたのってそれ一枚だけなんだ。しかもそれ、初出艦の前かな」
 シンはカーペットの上で横になって一枚の写真を持ち上げるステラのほうは見ずに、先ほどからずっと睨めっこしっぱなしの端末に半眼を
向けながら返事した。
 ステラが手にしているのは、レイとルナマリア、メイリンとヴィーノ、それからヨウランで撮ったMSの上での写真だ。アカデミーを卒業
後すぐに入隊したザフトで奇跡的に同じ艦への所属となった親友達と撮った最初で最後の戦時中の写真だった。
もっと見たいなあ」
 心底残念そうに聞こえるステラの声に、シンはキーボードから顔を上げて苦笑した。
「今とそう
変わらないって。俺も、皆も」
「ちがう。このシン、ちがう」
「そうか?」
「うん。ステラの知らないシン」
 ステラは少し考えるように瞬くと、ころんと回転して床に背をつけると持ち上げた写真を見つめながら言う。
「ちょっと、かわいい」
 くすくす笑うように言うステラにシンは頬を掻きながら、目を逸らした。
「まだ擦れる前でしたからねー」
「すれる?」
「そ。まだガキだったってこと!」
 言って伸びをするように両腕を突き上げると、シンは息を吐いて端末をぺしっと閉じた。
「ちょっと散歩にでもでよっか」
「うん!・・・・・・いいの?お仕事まだ」
 テーブルの上で閉じられたパソコンを見やって少し心配そうなステラに、シンは椅子から立ち上がって同じようにカーペットに寝転がっ
て小さなその頭をくしゃくしゃに混ぜた。
「いいの!休みだし、気分転換しようしよう」
「ひわあ」
「ステラの髪、さらさらだなー」
「やめ、やめてシン」
 片手に納まりそうなその金の輪の浮かぶ頭をシンは飽きずにくしゃくしゃに混ぜた。子供のように喜んだり嫌がったり忙しそうなその様子
が楽しくてついつい悪戯が過ぎてしまう。
「初めて会ったときも」
「?」
「君の髪、綺麗だなって思った」
「シン」
 ゆっくりと髪を撫でて、シンはカーペットに頬を預ける。横向きになった世界に、同じように床に頬を寄せる愛しい人が可愛くて、瞬きす
ら惜しい気がした。
「踊ってるの見て、戦争してるって一瞬忘れられた」
 思い出して、込み上げる苦笑にシンは目を細めた。
「その後、むちゃくちゃ大変だったけどね」
「ステラあんまり覚えてない」
「・・・・・・うーん、そうだなあ。とにかく暴れた」
「ステラ?」
「そう。泳げないくせに、もうひっちゃかめっちゃか。俺、必死でさ」
「う、ごめ」
「いや、謝るの俺のほうかも」
「?」
「必死でどさくさに君のこと、むちゃくちゃ触った」
 面白がるような瞳の色でシンは言うと、こちらをただ見つめたままのステラを思い切り抱き締めた。いきなりの奇襲に変な悲鳴を上げてス
テラは驚く。
「こんなふうに」
「シン!」
「こんなに大人しくなかったけどね。ステラ」
 言いながら自分の頬を指す。
「もう、それはもう盛大に引っかかれた。見た目同様、猫みたいだった」
「うー」
 ステラは謝りたい気持ちと同時に覚えていないむづがゆい感じに言葉を捜しあぐねて、シンを睨んだ。
「知らないもん」
「ははは。そうだった。でも、その後は夢みたいだったよ」
 優しい双眸で、シンはそっとステラの身を離すとぶつかり合う視線の間で微笑んだ。
「家族を失った俺が初めて、守りたいって・・・・・・戦争の中で、初めてそう思った」
「・・・・・・シン、どうして、戦ってた?」
「どうして、かあ」
 息を吐いてシンは天井を見上げた。
 仰向けになってじっと白い天井を見つめていると、答えないシンをステラが覗き込んだ。
「かぞく、ため?」
 ゆっくりと瞳に答えをシンが宿すと、ステラは汲み取ったように頷く。
「じぶんのため?」
 逡巡して、シンは苦い笑みを少しだけ口元に浮かべた。するとそれを見たステラはそっとシンの口唇に人差し指を添えた。
「シンぜんぶ、こわいの、なくして忘れたかった」
 誤魔化すことを許さない、そんな風に指はシンの口元に滞在する。
「そうしたら・・・・・・もう、夢みなくなると思った、シン」
「ステラ」
 ゆっくりと退く指に開放されてシンは愛しい人の名を呼んだ。苦しそうに歪む綺麗な顔を見上げながら、心を映すから綺麗なんだなと妙に
落ち着いてシンは思った。何も言わずに、すっと降りてきたステラの口唇を受け止めて、慰めるようにその背を引き寄せてやる。
「どうして君がそんなに苦しそうなの」
「わからない」
 口唇を押し付けあったまま、ステラは言う。
「そんな顔されたら、俺のする顔がないよ」
 触れていただけの口唇にシンは噛み付くようにして強く塞いだ。泣いてしまいそうなステラに、大丈夫だと教えてやりたくて、シンは身を
反転させて強く抱き寄せた。
 いつまでも、写真の中の頃の自分ではない。そう思っている。
 だから、君に大丈夫だよと言いたい。笑顔にしたい。過去の思い出を話し合っても、もう泣かなくていいと教えてやりたかった。
「ン、シっシン!」
「・・・ステラ?」
「シン、シ」
 思いの分だけシンは口付けていたのでステラの変化には気付いていなかった。身を離して見つめたステラはどうしてか半泣きだった。
「ステ」
「シン、・・・シン、変!!」
「え」
 叫ぶとステラはシンの下から這いずり出るようにして立ち上がると、シンを放置してばたばたと部屋を出て行ってしまった。
 しかも、玄関のドアが閉まる音がした。
「・・・・・・あれ」
 残されたシンは、何故か訪れるアスランの声を聞くまで、ずっとそのままだった。

 

 

 

 

 

 これは苦労するな。
 
 内心ひどくシンに同情しながら、メイリンは紅茶を啜る。目の前のステラはメイリンのお気に入りのハートのクッションに顔を埋めて来て
もう一時間は経つのにずっと何か唸っていた。
 家にきて開口一番にステラが言った言葉でメイリンは全てを悟った。
 そして、シンに同情していた。
「ねえ、ステラ。いい加減、落ち着いたら?」
「・・・・・・変だもん変なんだもん・・・・・・」
「えーとさ、変じゃないって。うん、ほら、結構我慢したほうだと思うよ?シン、偉いと思うよ?あの無鉄砲シン・アスカが我慢の二文字と
かさ、できると思ってなかったし」
「あんなの、あんな・・・・・・シンこわい、シンしらない」
「うーん」
 困った。
 至って、シンは変ではない。むしろ、今までの方が変だったとメイリンは思う。好きな子とひとつ屋根の下で、ステラは無防備だし、当然
一緒に寝るわけだし。それなのに何もないなんて。一年が過ぎようとしているカップルで有り得ないと激しく思うわけである。
 実は皆が知らないだけで、もうやってるでしょ?え?
 なんて、下世話な話題は女子隊員の中ではもっぱらされるものである。それが、この純情、この展開。有り得ないと頭を抱えたくなるのは
メイリンだけではないはずだ。
「大体さ、キスしただけでしょ?何が変なの」
「・・・・・・いつもと、ちが」
「違うって?」
「変、こ、こわいっ」
「怖いって」
「たたた・・・・・・食べられちゃうもんっ」
 なるほど。
「食べないってば。ね?」
「ううう」
「そりゃあ、食べたいとは思ってるだろうけど」
「!!」
「あ」
 やってしまった。
 メイリンが口を押さえた時には遅かったようだ。ステラは目を見開いて恐怖の表情で、クッションの合間からメイリンに訴えるように言う。
「ここにいるっ帰らないっ」
「あちゃー」
 ぽりぽりと頬を掻きながら、メイリンはうな垂れた。墓穴を掘ってどうするのだ。可愛そうなシンのためにも、なんとかステラを大人にし
てあげたいと思っているのに。
 だが、メイリン・ホークはわかっていない。
 得てして、今までも自分がそういうことに成功していないということを。
「たっ食べられないって!そんな飢えた魔物じゃあるまいし!ね、ちゃんとご飯食べてるんだから!ステラ食べるわけないじゃない」
 何を言っているのかさっぱりである。
「・・・・・・じゃあ、食べない?」
「だ、大丈夫だって!食べられるよりはましだって!い、痛いらしいけど」
「!!!?」
「最初だけよ!」
「やっぱり食べるんだあ」
「あ」
 ステラは蹲って芋虫のようにソファでクッションに埋もれるのを見て、メイリンは頬をひくつかせた。
(ちょっとー!なんか悪化させてない!?ていうか、私わかるわけないじゃん!彼氏もいないのにどうしてこんなことフォローしなきゃなら
ないのよっ大体そんなの知るわけないし私が教えてほしいわよーっ)
 無言でメイリンは内心に弾丸のように叫びを響かせる。
 参った。
 どうしよう。いやな汗が額に浮かんだ。
「・・・・・・飼い主に解決してもらうのが一番よね」
 メイリンは疲れきって、シンの番号を鳴らした。

 

 

 

 


「帰ってもらえません?」
「客に対する態度か?」
「招いていない人を客とは言いません。むしろ不法侵入ですけど」
「何を言う。俺はステラの兄だ。家族だぞ」
「勝手に家族にならないでください」
「貴様という奴はつくづく己の立場というものが理解できていないらしいな」
「あんたでしょーがー!!」
 シンは叫んで、肩で息をするとはっと我に返った。
「あんたと無駄な時間過ごしてる場合じゃなかった」
「失敬な。時間を返してほしいのは俺のほうだ」
 まだ言うアスランをシンは無視して、玄関の方へと急ぐ。何故か同じようについてくるアスランを睨んだ。
「客に茶も出さずに、なんだお前は」
「面白い人ですね、アスラン・ザラさん。ははは」
「死にたいのか?」
「あのねあんた一体何回言わせるんですかもう帰ってくださいってさっきいっ」
「まあいい。ハウスだ、ハウス」
「ちょっ」
 アスランはシンの首根っこを引っつかむと履きかけていたスニーカーを玄関にもう一度放って、シンをリビングに連れ戻した。
「こういうときは先輩の言うことを聞くもんだろう」
「・・・・・・あんた、先輩でしたっけ」
「お前みたいなのを見捨てずに面倒みたのは俺ぐらいだ」
「見捨てたと思いますが」
「一年、いや何時間か先にでも、先に生きているものを敬うというのが世の美しい常だ。シン」
「聞いてます?」
「つもり十か条というものがある」
「聞いてもらえません?」
「高いつもりで低いのが教養、低いつもりで高いのは気位、厚いつもりで薄いのが人情、薄いつもりで厚いのは面皮、強いつもりで弱いのが
根性、弱いつもりで強いのは自我、深いつもりで浅いのが知恵、浅いつもりで深いのは欲望、多いつもりで少ないのが分別、少ないつもりで
多いのが無駄」
「帰ってもらえません?」
「浅いつもりで深いのは欲望ー!!」
「ってえ!」
 いきなり飛んできた鉄拳にシンは無防備にそのまま額に受けて、蹲った。
「つもり、だ。わかるか?シン・アスカ」
「・・・・・・なんなんですか、あんたって人は・・・・・・」
 

 ぴるぴるぴる、ぴるぴるぴる・・・


 間の抜けた通信機の音が室内に響く。
 シンは助かった気がして、手に取ろうとした。
「もしもし。こちらアスラン・ザラだが。ああ、メイリンか」
「あんた、ほんっと何なんですか・・・・・・」
 シンは手から一瞬にして掻っ攫われた通信機を呆然を見つめながら、呆れて溜息をついた。
「そうか。わかった、こちらはこちらでちょっと調教し直してから連れていく。少し待っていてくれ」
 よく意味のわからない単語を言いながら、アスランは勝手に通信をきってしまった。シンは半眼のまま、無言でアスランを見返した。
「・・・・・・そういうことだ。まあ、座れ」
 言って、アスランはすたすたと勝手にソファに腰掛ける。座る様子のないシンに、アスランは鼻で笑うように息を漏らすと、ひらひらとシ
ンに向かって手を振った。
「コーヒーでも入れてくれ。先輩が今から大事な話をしてやるから」
「・・・・・・」
「たまには俺だってお前のために何かしてやろうって思うこともあるさ。ステラの為になるならな」
 不意に投げられた言葉尻にあった優しさにシンは瞬いて、アスランを凝視した。
「なんだ?」
「別に・・・・・・」
 その背中が少しだけ、頼もしく感じたなんて絶対に声に出して言ったりはしない。
「コーヒー、早く」
 やっぱり、前言撤回である。

 

 

 


 ステラがフェブラリウスの施設から地上に帰ってきて、一ヶ月。
 今日は本当に久しぶりの二人で過ごす休日だった。仕事は結局持ち帰ってしまったシンだが、同じ空間に二人でいれることが幸せなのだ。
そわそわと「今ステラ何してるのかな」「一人で大丈夫かな」などと、心配する必要がないのだから。
 待ちに待った週末だったのに。
 どうして自分の隣にいるのが、このアスラン・ザラなのか心底、誰にでもいいから問いたかった。
「シン、まず状況報告だ」
「何のです」
「ステラに何をした?怒らないでいてやるから言ってみろ」
「何って」
 おしゃべりして、カーペットに転がって、キスしてた。
「・・・・・・なんであんたにそんなこと言わなくちゃならないんです」
「言わんとずっとこのままだが」
「う」
 それは困る。帰ってくれ。
「いつも通りですよ、話しながらごろごろ二人でしてて、散歩にでもいこっかって」
「それで」
「行こうかって話してたあたりでちょっと色々思い出話が始まって・・・・・・その、まあ、雰囲気でちょっとその」
「・・・・・・ほう」
 アスラン相手にしどろもどろと頬を染めるシンをアスランは淡々とした声で流すと、テーブルにあったコーヒーを口に運んだ。
 どうにも面白くない。
 頭では二人が相思相愛で幸せに暮らしてほしいと思っているのだが、こうしてあてつけられるとアスランの意地悪い気持ちと嫉妬がうずう
ずと騒ぎ出す始末である。カガリにも、花嫁の父親気分でシンをいじめるのはよしてやれと呆れられているが、どうしても素直にはなってや
れない。アスランは、純朴にも頬を染めて俯くシンを見ると、微笑ましいよりいじめてやりたくなってしまうわけで。
「で?」
「だっだからその・・・・・・あの、言わなきゃいけません?察してもらえません?」
「ほう。何を?」
「せっ先輩なんでしょーが!」
「お前って奴は本当に面白いな」
「アスランさんっ」
 もう少しいじめてやろうと思ったのに、アスランは思わず噴出して笑っていた。
「まあいい。キスしてたわけだ、でもそれはいつものことなんだろう?」
「・・・・・・そんなあっさりと言うなら、初めから言ってくださいよ。シュミの悪い・・・・・・」
「何か言ったか」
「いいえ」
 シンは半眼で返事すると、ソファに身を預けて深く息を吐いた。
「俺は別に、ただステラを安心させたくて。気持ちがちょっと先に動いてしまった感じで・・・・・・気がついたらステラが半泣きだったん
ですよ」
 苦笑を浮かべて言うシンだが、内心は激しく落ち込んでいるようだった。
「嫌がることはしていないつもりなんだけどなあ」
 同じ気持ちでいたと思う。いつも、哀しいことも嬉しいこともそうやって共有してきた。ステラとするキスは、愛だの恋だのというよりも
とても言葉でおさまらない、想いを分かち合う、そんな行為だったから。
「いやだったのかなあ」
「・・・・・・何て言われたんだ?」
「変、って」
 シン、変って言った。
 シンは思い返して、さらに俯いた。
「おいおい、この世の終わりじゃないんだぞ」
「俺にとったらそれくらいの衝撃でした」
「まあ、そうかもな」
 アスランはあまりのシンの深刻な様に思わずまた噴出しそうになったが、ここは我慢した。さすがにここで笑ったらシンは切れるだろう。
だが、本当にこの二人の悩みはどうにも、的が外れている気がした。
 長く一緒に住み、同じ場所で過ごしている男女なのに。キスのひとつで大騒動なのだから。
「お前はルナマリアとはどうだったんだ」
「は?」
 訝しそうに顔を上げたシンはアスランを睨んでまたも半眼になった。
「いや、知りたかっただけだ。お前がどう」
「あんたは一体なんなんですかーっ!!!」
「んがぐ」
 勢いよくシンに口を塞がれたアスランは冷静なまま、抗議するようにシンの手を振り解いた。
「何だ急に」
「それはこっちの台詞ですっ」
「何をそんなに慌てているのか問いただしてやりたいところだが、あまりメイリンを待たせると可愛そうだからな。今日はこのぐらいにして
おいてやろう」
「もう、帰ってもらえません?」
「お前、あれだ。あれだろうな」
「何ですか、今度は」
「愛し合う手段を、お前は知っている。だからステラに対してお前には余裕がある。自分は我慢をすればいいんだからな。お前なりに辛いこ
ともあるだろうが、心に余裕があるのはシン、お前のほうだろうと思う」
 突然、静かに語りだすアスランにシンは驚いて口を噤んだ。
「ステラは、まだ何もかも発展途上のど真ん中だ。お前が思うよりも、もっとずっと、愛し合うことに無知であり本能的なんじゃないか?」
 キス、自分たちが触れ合うその意味も、名も、知らないのかもしれない。
 ただ、ありのままをいつも受けれてくれるステラ。受け止めてくれるステラ。けれど、今まできっと“この思いはなんだろう”“どうして
こんなことしたくなるのだろう”、そう思っていたのかもしれない。
 愛し合う過程の中で、シンだって自分がどんなふうにして好きな人とふれあい、探り合ってゆくのかなんて誰かに教わったわけじゃない。
だが、一人四苦八苦したことも、相手に言えなくて苦しかったことも、やっぱり愛する人と向き合って解決してきたのだ。
 心のどこかで、シン自身がステラを特別な場所に置いておこうとしていたのかもしれない。
「ただの女の子だぞ」
「・・・・・・はい」
 自分が知らずに求めるようにキスしていたことを気付かずに、変だといわれたことにショックを受けてしまう。そんな自分がシンはどうし
ようもなく思えたが、大事にしたいと思う気持ちが大きすぎてどうにもできそうになかった。
「シン、伝えることは大切なことだ」
 いつもと変わらない平淡な表情でアスランは言う。
「出来る、出来ないではなくてな。何故、お前がそうしたいと思うのか、そんな気持ちになったのか。それは伝えるべきだ。変だ、と。いつ
ものお前じゃないと、そう言われたなら怒るべきだ」
 ほんの少し浮かんだ先輩の笑顔にシンは迂闊にも目じりが熱くなった。
「逃げるなと。俺も逃げないから、逃げないでほしいと。言ってやるべきだと俺は思う」
「・・・・・・はい」
「不思議だよな。愛し合う行為というのは」
 自分の事とも重ねたのか、アスランは苦笑いでシンを見返した。
「ちっとも美しくない。互い以外に見せれたものじゃない。なのに」
 生きているのだと、一人では生きていけないのだと、そう実感する瞬間だと。
「俺は思うよ」
「アスランさん」
 言い終えて、アスランはすぐに笑顔を引っ込める。
「俺はここで二杯目のコーヒーを飲んで待っているから、お前は迎えに行ってやれ」
「・・・・・・はいっ」
 立ち上がって勢いよく部屋を出て行くシンの背中を見やって、アスランは今度こそ苦笑した。
 自分にもこんなときがあったろうか。
 こんなふうに、誰かを愛し愛する話ができたことがあったろうか。
「誰かの仇を討つ、とか、今度はどこと戦うとか・・・・・・」
 終わらせる話ばかりしていた気がする。
「こんな相談なら大歓迎さ」
 キスひとつで大騒ぎの二人に、アスランはシンには悪いが嬉しく思った。
 まだまだ、自分の腕の中にもステラがいてくれそうなのだから。

 

 

 

 

 

「じゃ、私はアスランさんと待ってるから」
 そう言って、メイリンはそそくさと自分の家の鍵をシンに預けて出て行ってしまった。
 シンは玄関でしばらく逡巡したが、意を決して自分の頬を叩いて気合を入れると部屋に足を踏み入れた。
「ステラ」
 ステラの姿は見えない。芋虫のように布団にまるまってぴくりとも動こうとしなかった。
「そのままでいいから、聞いて」
 シンは深呼吸して、自分の中の言葉を整理しようとした。けれど、うまくまとまらない思いに顔を振る。そうだ、アスランの言葉を思い出
せ。気持ちのことだ、隠すことも偽ることもない。
 ありのまま、伝えなくては。
「俺、ステラのこと好きなんだ」
 そんなの知ってるよね。
「好きで、好きで・・・・・・君のこと、自分が思ってるより好きで、その、つい、ついじゃない、いや、ほんと今までもずっとそうだった
んだけど」
 ああ、うまくいえない。
「傷つけたいんじゃないんだよ、もっと近くにいきたくて。もっとステラを近くに感じたくて。そう思うと、その、つい、ついじゃない、い
やほんと、気持ちが先走ってしまってさ、それでもっと君をって」
 ただ、それだけなんだ。
「嫌われるの、怖いんだよ。なのに、君が欲しくて仕方ない」
 もっと格好よく言えないもんかな、シン・アスカ。
「ごめん。でも、そういうの、もうしないなんて言えない。ステラのこと好きだから」
「・・・・・・シン」
 まるい芋虫はゆっくりと動いて、その毛布を少し解くと兎のような赤い瞳でこちらを見返した。
「ステラ」
 可愛いなあ。やっぱり顔を見て話すのが一番だ。
「おいで」
「シン」
 おずおずと近づいてくるステラをシンは腕を伸ばして、しっかりと胸に招き入れて抱き締めた。
「・・・・・・俺が言ったこと、全然わかってないだろ?」
「・・・・・・う」
「いいよ、今は。きっとステラ、わかるから」
「うー」
 ステラは腕の中で不服そうに唸ったが、ゆっくりシンを見上げると意を決したように口を開いた。
「食べても、いいよ。ステラ、シン怖いってさっき思った。でもやっぱりシンいないの、ステラだめ。だったら・・・・・・いいよ」
「そっか。いいんだ?」
「うん。い、痛くないように食べてね」
「食べたらなくなっちゃうじゃないか。ステラ」
「?う、ん」
「だから食べないよ」
「そっか」
 ぱちぱちと瞬いてステラは、安堵の笑顔をいっぱいに浮かべた。
「俺と一緒にいる為なら、食べられてもいい?」
 ステラは迷いもせずに頷いて、シンに訴えるように言う。
「でも、死んじゃったら一緒むりだから、気をつけてね」
「・・・・・・うん、気をつける」
 シンは愛しくて、愛しくて、腕の中のステラを思いきり抱き締めた。
 世界中の人に、お前にそんな資格はないんだって言われたって、今この瞬間のこの気持ちはシンにしか味わえないものだと噛み締めた。
 
 守りたい。

 君を守りたい。
 この平和な世の中で、この身ひとつで武器ももたずに、君を守って見せるよ。
 
 MSに乗っていたころよりも、ずっともっと難しいと思うんだ。この世界で君を守り抜くことは。
 だから、もっと強くなりたいと願う。

「ねえ、シン」
「ん?」
「ステラ、シンをまもりたい」
 シンは思わず、胸に抱き締めていたステラを少し離してその瞳を見返した。
「はじめて、まもりたいもの。見つけたの」
 

 

 

 

 

 


「アスランさん、なんかいいですね。こうやって待つのって」
「そうだな」
 メイリンは淹れ直したコーヒーをアスランに手渡して、自分の分もテーブルに置いてソファに腰掛けるとそっと窓の外を見やった。
「あ、雨だ」
 急に降り出した大粒の雨に、メイリンは瞬いて窓の方へ足を運んだ。
「通り雨、かな」
「あの二人、今帰って来ていないといいんだが」
 アスランもメイリンの隣に立って、窓の外を眺めた。空は青く晴れていたが、大粒の雨は大きな音を立てて空から落ちてきていた。
「迎えに行きます?」
 少し心配そうにアスランを見やるメイリンに、アスランは少し考えてから頷いた。
「そうだな、行こうか」
「珍しいですね」
 面白がるように言うメイリンにアスランは首を傾げて見せる。
「雨、あまり好きじゃないでしょう?」
 互いにいい思い出のない雨。
 ザフトを出たあの日、二人は悲しいほどの虚しさの中で大雨に打たれた。そして、その哀しい思い出を変えれそうな、そんな雨に奇
しくもこの二人で眺め梅雨のあの日。
 メイリンにとっては胸中、とても複雑だった。
 もう好きだとか憧れているとか、そういった気持ちをアスランに抱いているわけではなかったが、どこか一人で抱え込んでいる気がする
アスラン・ザラという人が気になることに変わりはなかった。それを姉や親友が心配していることも承知である。アスランにはメイリンが
案ずることなくとも、カガリという愛する人がいるのだ。
 それでもやっぱり、恋とかそういう気持ちとは別に、メイリンを突き動かす思いがあった。
 あの日、アスランの心に近づいた時から。
「メイリン、青天の霹靂までお出ましだ」
 青空から響く雷に、アスランは子供のように笑った。
「よし、傘は持たずに行こう」
「え」
 メイリンがアスランを振り返ったときには、アスランは微笑んでメイリンの手を取っていた。
「行くぞ」
 

 

 


「シンっすごいね、あめっ」
 シンとステラは手を繋いで家までの坂を走っていた。もう互いにびしょ濡れである。
「アスランさんの呪いだな」
「アスラン?」
 笑ってごまかすと、シンは顔に張り付く髪を避けて、同じように頬にかかる髪を手繰っているステラの前髪を避けてやった。
「ステラ、楽しそうだね」
「うん!楽しい」
「風邪、ひかないようにしなくちゃなあ。先生に怒られちゃうよ」
「だいじょうぶ!ひかないよ、ステラも病院で怒られるのいや」
「はは」
 その手を強く握って、シンは走っていた足の速度を落としてステラと並んで歩く。
 小さなステラは少しだけこちらを見上げて笑った。
「ね、シン。施設でね。アウルと一緒なんだよ」
「え」
「アウルはね、まりゅさんのところにいるんだって」
「あのチビ?」
「そう。アウル」
 フェウラリウスで出会ったあの小生意気なチビはどうしているかと思えば、マリューに引き取られていたのか。シンはそこまで聞いて、
気付いたように瞬いた。
「ってことは、ムウさんも一緒ってことか・・・・・・変な三人だなあ」
 どうにも想像がつかない。一体どんなふうに暮らしているのだろう。
「今度、遊びにいこ」
「チビの家に?」
「うん!」
 それって、ステラがムウさんに会うってことだよな。ステラ、君は。
「いいの?」
「?行きたい、アウルのおうち」
「・・・・・・そっか」
 まだ多くのことがシンにもわからない。そして、ステラにも。
 それでも今は知って、立ち向かっていくことができるのだ。しかも、ステラと二人で。
「シン!みて」
「あ」
 ステラの指差す方向には、シンとステラのほうへ向けて真っ直ぐに七色の虹が伸びて、オーブの海へと繋がっていた。
「きれい・・・・・・」
「虹だね」
「にじ・・・・・・」
 ステラは口をあけたまま、その七色の虹に見惚れていた。横顔があまりに綺麗で、シンは一緒に眺めることもしたいし、横顔も見たいしで
ひとりやきもきしていた。
 少し小降りになった雨粒に、ゆっくりと虹はさらに鮮やかになってゆくように見えた。
「ステラー!」
 二人して見上げていると、坂の上からメイリンの呼ぶ声がした。
「メイリン」
「やっぱり、濡れてると思った」
 肩で息をつきながら、メイリンは一気に坂を駆け下りてステラの髪を撫でた。後ろからアスランも続いて降りてくるのが見える。
「メイリンも、ずぶ濡れ」
「うん、たまには童心に帰ろうかと思って」
「?」
「ね!アスランさん」
 涼しい顔でずぶ濡れのアスランは頷いて、ステラに微笑みかけた。
「ステラ、一緒に帰ろうな」
「アスラン」
 頷いて行ってしまうステラの背をシンは少し名残惜しく見つめていると、メイリンが苦笑した。
「まあ、我慢してあげてね。たまには貸してあげなきゃ」
「・・・・・・あの人、ほんとわけわかんないよ」
「そう?分かりやすいよ」
「そうかなあ」
 シンはぼやきながら、メイリンとゆっくりと歩き出した。
 もう一度、見上げた虹はもう消え始めている。雨が上がるのと一緒に帰っていくようなその虹に、シンは微笑んで祈った。

 
 また、こんな時間が過ごせますように。

 

 

 

 

 

 


ちょっとづつ、冒険したくてww

わたしの書くこういう甘い系方向は大丈夫なのだろうか・・・><; 

 

 

 

 

 

 

 

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