ねえ、シン。
 

 ここは何もないよ。
 真っ暗で、音がなくて、感じる鼓動もない。

 ガイアから感じたことと、こうしてただ船にのって渡るのは随分と違うものなんだね。


 空を見上げると輝いて、燃えるようなお星様。
 こうして近くなると、その光はまるでうそのよう。
 近すぎて、見えない。

 ひとみたいだ。

 


「ステラ、何を見てますの?」
 窓の外を懸命に眺めてばかりのステラの背中にラクスはそっと声をかけた。
「・・・・・・宙」
「まあ、ステラは宇宙のこと、宙と呼ぶのですね」
「シンが」
 言って、ステラはにっこり笑った。
 その笑顔にラクスは目を伏せた。小さなステラは、その胸に愛しい人を思いながら、それでも一人でいこうと決めている。それが見ていてなんとも
辛かった。抱きしめようと腕を伸ばすと、消えてしまいそうな気がした。
「ね、ラクス。ステラ、言葉得意じゃない。でも聞いてくれる?」
「・・・・・・ええ」 
 窓の方から体を反転させて、ステラはラクスに向き直った。
 両手を膝の上で握り、少し俯くと意を決したように顔を上げて続けた。
「ステラ、待つの平気。いつも待ってるようなものだったから。戦っていたときも、こわいものが終わるのを待ってた。待つだけじゃダメだから戦った。
でも、待ってた。いつか、いつか・・・・・・」
 赤紫の瞳が深く翳り、ラクスを映しながらもかつての戦場を投影しているようだった。
「シンが、シンがくれた、温かい場所。言葉。それがわかって、ステラ、自分が待ってるのに気づいた」
 心を動かされる言葉。
 どうしてこの子は、こんなにも真っ直ぐでそのままなんだろう。
 言葉は武器ではない。ラクスは誰より知っていた。この広い宇宙で多くの戦に介入し、またその仲裁に入ったこともある。言葉を尽くしても伝わらない
こともあった。だが、その言葉によって繋がることのできた仲間もいた。
 けれど、どんな時も悲しいことに言葉が二面に分かれるのは「味方」や「敵」といった名詞のつくときだった。
 ステラの言葉にはその隔たりがまるでないように聞こえる。
 かつて、大切な人に銃口を向けたことのある人間でも。
 かつて、ベルリンを焼いた人間であっても。

 その言葉は、曲がることなく響いた。

「シン、いつも迎えにくる。いつも。ステラ、だめ。いったことが、ない。あのね」
 ゆっくりとした動作でステラは膝から両の手のひらを持ち上げて、ラクスへ広げて見せた。
「つよくなりたいの」
 そこにはいない人を抱きしめるように、そっと掻き抱く。
「兵器ってよばれたことある。だから、きっとひととしてもつよくなれると、おもう」
 優しく囁くのに、強い強い言葉。
 目が離せない。
 その赤紫の双眸は、凛とした輝きを放ち、己の力で光っていた。
「ステラ、貴方のお名前の意味、知っていますか?」
 息を吐いて、その瞳から目を逸らすことなくラクスは言った。
 心に温かい思いが溢れて、ステラにこうして話すことができることに喜びを感じた。
「イタリア語で恒星を意味する言葉、ラテン語で発音すると「stella」・・・・・・それが貴方の名前」
「こうせい?」
「ええ。自ら輝く天体のことですわ。ステラ」
 なんて、貴方にぴったりな名前。
 真実を指し示す、真名。
「ステラ、お星様?自分でひかる、いみ・・・・・・」
「そうですわ・・・・・・太陽と同じなのですよ」
 ステラの瞳が大きく開き、驚きで瞬いた。
「・・・・・・そっか」
「どうかしましたか?」
「ん、シンがね、ステラはつきって言ったことあるの。シンは地球、ステラの引力にひかれてるって。だから、暗いところ照らすつきを失くしたら
あるけないって」
 静かな空間に、ステラの声がよく聞こえる。
 船には二人と操縦席の操縦官だけ。
「ひかることできる、ステラ、いつでもシンをあかるくすること、できるんだね」
 どんなときでも。
 側にいることができるなら。
 どんな暗闇も、照らすことができる。ずっと一緒と誓ったその道で、いつでも貴方を見つめることが叶う。
「ラクス、きれい。きらきらしてる。ステラ、考えたの。それはラクスがつよいから。つよいのは、力じゃないの。こころ」
 たどたどしい言葉で、懸命に紡ぐ。それは歌のようで。
「たいせつなひとを、まもるこころ」
「ステラ・・・・・・」
 抱きしめたステラは温かくて、柔らかくて、胸が一杯になった。
 淡い桜色の髪がステラを包むようにふわりと舞って、次いで自分の頬をステラのそれにそっと押し付けた。
「ラクス、どうして、なくの」
「泣いていません」
「・・・・・・ないてる」
 息を吐くように笑いを零したステラにまたラクスは目頭が熱くなった。
 こんなにも小さいのに、たくさんのことを背負い、考えている。この子のために一体何がしてあげられるだろう。この腕に抱きとめてどこへも行かせ
ないようにする以外、一体。
 抱きしめながら、悲しいほどにシンの気持ちが理解できた。
 いつだったか、アスランから聞いたシンの声。
 この気持ちがステラにとって、錘になりはしないか。


 少し、わかる気がした。
 そうでもしないと、消えてしまいそうに儚い少女に宿すシンの気持ちが。


「ステラ、わたくしね。幸せでした、ずっと。どんな環境になろうとも、どのようなことが起ころうとも。何事も自分次第だと、生きている限り、不可能
なことはないと信じていましたから。アスランに出会って、キラに出会って、カガリ、そしてアークエンジェルの皆さん・・・・・・出会いを経て、もっと人間
らしい感情を知り、ずっと温かみのある心を知りました。今でも、わたくしはどこにいてもいえます。ナチュラルもコーディネーターも何も変わりはない
と」
 そして、貴方も。
「でも・・・・・・ステラに出会って、わたくしはもっと大切なことを教わりましたわ」
 信じるものは人それぞれで、それが形あるものであったり、そうでなかったりと様々だ。だが、今感じる想いはきっと誰の心にも灯るもの。
「ともに、歩くということが幸せなのですね」
 ありがとう。
 こうして伝えることができて、貴方と話すことが出来て、私は。
「ステラは十分に」
「ラクス。いいの」
 つよいといわないで。
 その瞳がそう訴えて、そこにあった。
「・・・・・・ええ」
 頷くのが精一杯だった。
 信じること、そして歩みだすこと。それは途方もなく、険しく厳しい畦道で、ステラが一人で歩くには酷すぎるのではないかと思う。
 だが、時にはその秘めたる力を信じることも愛なのだと、ラクスは出かけた言葉を胸に閉じ込め、そこに鍵をかけた。

 

 

 

 

 任務中だが許可を取って外出していたシンは、予定通りの日程でミネルバに戻ってきていた。
 ゲートを潜り、着替えるためにロッカー室に直行すると、そこでレイが難しい顔をして待つように立っていた。 
「シン、まずい」
 レイは幾分何時もより厳しい顔つきで言った。組んだ腕がその余裕のなさを表すしているように見えた。
「とりあえず艦長のところへ行け」
「・・・・・・ああ」
 頷いて、帰艦したばかりのシンは上着から腕を抜きロッカーから軍服を取ると、ひとつ息を吐いて部屋を出た。
 親友の背中は迷いなく前へと突き進んでいる。
 レイは目を伏せ、顔を振るとまだ脳裏に残るシンの背を思い、何度目かの溜息をついた。

 

 
 昔から、そんなに勘がいいほうではない。
 野生の勘は鋭いのかもしれないが直感は頼れても、その場の空気や流れを読むのは苦手だ。

 この今の雰囲気も、想定していろといわれても到底シンには不可能なことだった。

 タリアの無表情に近い顔を見れども、何の理由も思いつかなかった。
「あの・・・・・・許可、ちゃんと申請しましたよ。今回は」
「そうね。それは知っているわ」
 なら、なんだというのだろう。
「・・・・・・あまり、建設的ではない話だから。私は好きじゃないのだけれど」
 タリアらしくない苦々しい口調にシンは眉を顰めた。
 嫌な感じだ。
「ステラのことでね」
 シンは自分の心にうんざりする。
 そうだ。心のどこかでそんな話だろうと思ってはしなかったか?どうしてこうも、彼女ばかりにそんな予感が付き纏うというのだろう。
「今、世界にステラのような境遇にあり、戦争の道具として利用された人たちは多く存在する。秘密裏に行われた実験、組織、私たちが知らないような
残酷な事実がまだまだ隠されているの。レイの件も、同様に」
 微かに震えた睫をタリアは律するようにきつく伏せ、シンを見据えた。
「プラントにしても、この連邦軍の解体から立ち上がった今の組織も、考えは同じ。明るみに出すことは危険だけれど、同時に解決策を見出すに最大の
効果が期待できる。そう踏んでいるわ」
「何が言いたいんです」
 声が震えるのがわかる。だが、シンにはそれがタリアの意思ではないのだとしても我慢できなかった。この憤りを我慢できるほど離れた出来事ではな
かった。
「わかるはずよ。組織はステラの提供を求めている」
「・・・・・・そうだと思ったよ・・・・・・なにがプラントで治療だ、なにが・・・・・・解決策が見つかっただ!結局はステラを利用したいんじゃないか!」
「そうね」
 簡潔なタリアの返事に上りきった血が少し治まる。握った拳が痛かった。
「それで、ステラも助かる。他の同じようなエクステンデットのように人体実験された人たちの為にもなる。そう思って、プラントに彼女を預けること
はできない?シン」
 シンは自分がどんな顔をしているか想像できなかった。
 声も出ない。
 こんなとき、なんと言えばどうにかなるのだろう。
 どうすれば、俺は叫ばずに済むのだろう。
「・・・・・・レイから聞いている?」
 どれくらいそうしていたか、何も言わず戦慄くシンにタリアはそっと呟き、沈黙を破った。
「あの子ね。まだ飲んでいるのよ、あの薬」
「え・・・・・・?」
 掠れた声が辛うじて、出た。
 薬、そういわれて戦時中一度だけ見たレイの必死な姿を思い出す。
 手繰って、必死に口元に運んでいた、あの白い錠剤。
「抑制していないと、物凄い速さであの子は老化していく。特に成長期にあたる貴方たちのような年齢では代謝がいいから」
「レイは、大丈夫だって・・・・・・もう」
「そういう子、でしょ」
 ふっと笑ったタリアの微笑が悲しみのような慈愛のようで、シンは返事も出来なかった。
「レイはクローン体よ。オリジナルから生成された実験体。今では当時関わっていた技術者はいない。資料もないの。だから延命という方法しか選択肢が
あの子にはない。でも、連合のラボで発見したデータから得るものは多かったのよ。見たでしょう、あそこで。ムウ・フラガのデータ」
 何もかもお見通しなのだ。
 許可を取って、シンがどこへ行って何をしていたのかも。あの時、見たものも。
「いい、シン?辛いのは皆同じ。けれど、戦争の頃と違っていることがある。それは、今は未来のための話をしているということよ」
 敵を欺くための生贄ではない。
 敵に出し抜かれないための検体じゃない。
 人として生きるため、この先を歩むための選択。
「あの時、ステラを本部に移送しようとしたことは後悔している。でも、今回は違うわ」
 真摯な瞳だった。タリアの真っ直ぐな視線が澱みなく、シンを貫いていた。
 本当はシンにそんなふうに話したいのではないのだろう。
 わかる自分にシンは自嘲し、握ったままの拳をなんとか緩めた。言葉を紡ぐために。
「・・・・・・俺、すいません。わかりました、なんてやっぱ・・・・・・言えません」
 視界が滲むのがわかる。
 情けないけれど、限界だ。悲しいのではない。純粋な怒りだった。
「どんな理由をくっつけても、どんな言い方してみても、ステラはやっぱり今でもエクステンデットとして扱われるんだ。そんなことに、俺がどうして
ええ、はい、良かったです、未来のためになんて言えますか」
 花のように笑うステラが浮かぶ。
 白い肌は透けるようで、本当に消えてしまいそうで。
「なんで・・・・・・だよっ!俺の、俺の腕に帰ってきてくれたんだ!ステラは、ステラは・・・・・・なんでもするから、頼むよ・・・・・・俺から奪わないでくれ」
 声が嗚咽に混じって、うまく発せない。
 己の吐き出す言葉すべてが必ずしも真意ではなかったが、どうしようもなかった。
 頭でわかっているからって、どうしてこの感情を抑えることが出来るだろう。
「俺、もう、嫌だよ・・・・・・嫌だ!誓ったんだ、誰より幸せにするって。何億の人のことより、俺はステラを守りたい。それぐらいどうして許してくれない
んだよ!どうしてステラなんだよ!!」
 艦長室に鳴り響くシンの声にタリアの返事はない。
 嗚咽の残響に、ただ時間だけが過ぎた。
 
 灰色をしたぴかぴかの床にシンの涙がぼたぼたと落ちた。

 

 


なんだってこう長く。。。もういいよと皆さんに言われそうでこわいこまです。笑

また負のエリア突入。

大丈夫、暗闇は長くない!はず!!

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