「驚くよ、あんな格好でステラと床で抱き合ってるなんて。しかも、どうしてかドアは粉々だし」
 深く長い溜息をついた後、カガリは疲れた表情で言った。
 テーブルに並べられたパンとスープに夢中になりながら、シンはステラと顔を見合わせた。
「女の子同士が抱き合ってるー!って言われていたぞ」
「・・・・・・ごめん、カガリ」
 シンはステラの口元についたジャムを拭ってやりながら、テーブルの向こうで頬杖をつくカガリを見やった。
 用意してもらったシャツとズボンを借りて、化粧も落としすっかりシンは元通りの姿だった。つけていたウィッグも取って
短い髪もいつも通り癖っ毛で元気いっぱいである。
 隣で幸せそうにパンを頬張っているステラはいつもと変わらない。気に入っている青色のワンピースを着て、足もとには用
意してきたのだろう旅行鞄があった。
「ま、いいけどな。お前たち、幸せそうだし」
 にっと笑ったカガリは手前にあった籠からひょいっと小さなパンを拾い上げた。それを齧りながら、少し間をおいて先ほど
より小さめの声で続けた。
「ステラ、意志は変わらないのか?」
「ん。入院するよ。だいじょぶ」
 はい、とカガリに自分が使っていたジャムの瓶を差し出すとステラはにっこり笑った。
「あのね、ステラ、決めたの。シン、なきむし。だから、もうなかないでいいように来たの」
「ステラ・・・・・・お前って、本当」
「たまらん可愛いな」
「アスラン!お前、もういいのか?」
 カガリは隣の椅子を引いて座るアスランに目を瞬かせた。
 アスランも着替えており、いつも通りの姿に戻っている。持ってきていたスーツに身を包んだアスランは席に着いた。
「ああ。ドア粉砕の件は誤魔化しておいた。今はイザークが所長と話してるよ」
 表情を変えずにアスランは言うと、前髪に手櫛しを入れながらゆっくり目の前のステラを見やった。目が合うとステラは嬉し
そうに微笑む。それはなんとも言えぬ優しい眼差しだった。
 シンはどうしても許せない。
 アスランに向けられるステラの思いは、また他の人へのものとは違うようであるからだ。なんともしょうもない嫉妬であるこ
とは分かっているし、アスランに向けられる好意が羨ましいからと言って代わりたくはない。代われば、何より大切なものが手
に入らなくなる。
 ないものねだりであり、すべてを手に入れることはできないのである。それなのにステラのすべてを手に入れたい、独占した
いと思っているのを自覚するのはいつもこんな時だ。
 ついじと目でアスランを睨んでいたらしく、アスランに鼻で笑われる羽目になる。
「所長って・・・・・・ダット・エルスマンって人だろう?」
 カガリは記憶を辿るように目を伏せると、呟いた。その言葉に何故かステラが一番に反応した。
「でぃあっかのお父さん」
 その場にいた全員が一斉にステラを振り返る。
 ディアッカに面識のないステラがその名を口にするのは何とも不思議なことこの上ない。シンは内心、知らない何かがあるの
かとびくついた。
「ラクス、教えてくれた。今、いざくが代表、前はでぃあっかっていういざくのダチのおとうさん」
 手にパンを握ったまま、ステラは皆に説明する。ちゃんと満足する説明が出来たらしく、ステラは誇らしげに頷いて見せた。
「ステラの言うとおりだよ。ディアッカのお父上は前代表だ。俺の父の古き友人でもある。とても厳しく、同じくらい優しい人
だ。だから、今回のステラの来訪も研究所の所長としてとても理解を示してくれているし、受け入れる準備も早急にしてくれて
いた」
 そこまで言ってアスランは一呼吸入れ、両手をテーブルの上で組むと真っ直ぐにステラを見つめた。
「今すぐにでも、入所はできる。地球での検査結果もここに届いているし、ミネルバが持ち帰ってプラントに提出したラボのデー
タもある。君の望むように応えることができるそうだ」
 シンは真摯な眼差しで言うアスランの言葉に耳を傾けるステラの横顔をじっと見つめた。息をするのを忘れそうなほどだった。
ステラが言葉を紡ぐまでの時間が無限に感じる。
 結局、床に二人抱き合ったまま、何も話していない。
 ステラの決意も、その思いも、シンがそれをどう受け止め、ここまで追いかけて何をしたかったのかも、何もかも。
 だが、シンにはもうわかっていることだった。ステラの思いを変えることが出来ないことも、それが彼女が望むことではない
ことも、十分に先刻感じたことであった。
 ただ、ひとつ伝えたいことはある。ステラに相談せずにしたことであり、怒らせたとしても話したかった。
「ありがとう、アスラン。カガリも、本当に色々ありがとう」
 ステラは凛とした瞳でそれだけ言うとパンを皿に置いて、隣のシンに向きなおった。
「シン」
 ステラの呼ぶ自分の名が好きだ。
 求められているような、おいでと言われているような、あたたかい名前。
 呼ぶだけで、居場所が生まれるような。そんな呼び方、ステラにしか出来ない。
 君だけだ。
「うん。君の選ぶ道を俺は応援する。ステラがひとりでその道を歩くのはこれが最後だ。だから、応援する」
 シンはいつもと変わらない声で言う。きっと、笑えていると思う。きっと、いつも通りのはずだ。そう自分を信じて。
「それを乗り越えたら、これからはもう君ひとりの道じゃない。俺と、君の道だ。だから、今回みたいなのはなしだぞ。約束して」
 ひとりで行くな。
 ひとりで決めたりするな。
「俺のためとか思うな。二人のために生きて」
 お願い。
 笑ってくれていい。これが精一杯の俺の言葉。
「・・・・・・約束、します」
 少し苦しそうな声。
 ステラはゆっくりと微笑んだが、すぐにその笑みは崩れた。ふにゃっと歪む口元から小さな泣き声が漏れ出す。
 まるで小さい子が叱られたような、そんな涙にその場にいた全員が笑顔になり、また庇護の思いに駆られた。また、大人になりきれ
ない小さな二人の将来を誓う言葉たちの裏にある現実に戦の残した重みを感じずにはいられなかった。
「じゃあ、所長に挨拶に行こうか」
 しゃくり上げるステラにアスランはそっと声を掛けると、立ち上がってカガリに目くばせした。
「ステラ」
 カガリはステラの席のほうへ歩み寄ると、肩に手を置いて撫でてやる。シンはカガリを見上げて苦笑した。
「ほんと、でっかい借り作ってしまいましたね」
「ほんとだよ。返せよ」
「はい、必ず」
 シンは立ち上がると、すっとカガリに手を差し出した。
「ありがとうございます」
「・・・・・・言ったろ、ステラのためだって」
 言いながらそっぽを向くが、カガリは少し乱暴にシンの手を取って握手した。
 思ったより熱い掌に、シンはカガリの思いを知った気がした。自分だけではない。皆が不安で苦しいのだ。
「すき、シン。ステラ、いくね」
 そう言ってステラは立ち上がり、振り返ったシンを抱きしめた。
 それはステラのくれたどの抱擁よりも強いもので、行かないでと逆に言われているような気がした。返せるものは同じこの腕しかない
けれど、それでもきっと力になれると、シンは返す腕に思いを込めた。
「俺、待たないから」
 ステラは涙を浮かべたまま、頷く。
「迎えにくる」
 言い切るシンの口唇を返事の代わりにステラは塞いだ。
「・・・・・・ほら、行くぞ」
 アスランの声にシンは名残惜しそうにステラを放した。笑顔の彼女を見れて、少し安堵が生まれる。それなのに去りゆく温度が寂しく
て、わかっているのに止めてしまいそうな自分を律した。
 カガリとアスランに手を繋いでもらって、嬉しそうにステラは微笑んだ。こちらを振り返って口唇だけでなぞる。

 ちょっと、おるすばん。
 すぐ、だよ。

 音もなく開いた自動扉が無慈悲にステラを受け入れ、閉じた。
 部屋に一人残ったシンは、そのまま動かずにいた。何時間そうしていたかなんて、わからない。

 ただ、どうしても怖かったのだ。
 テーブルの上の食べかけの食事も、今そこにいたはずのステラの椅子も、目にすることが。

 何度でも、何時間でも、こうして去った扉にステラの背を浮かべていなくては現実なんだと受け入れることができそうにない。
 いくら言葉で言えたって、心は別だ。
 俺は、そんな出来た人間じゃない。
 強い人間ではないのだ。

 行かせたくないにきまってる。
 今すぐ後を追って、ステラを取り戻したい。
 彼女の意思なんて、と言いたい。

「・・・・・・俺、こんな辛い留守番・・・・・・したことねえよ」
 漸く絞り出せた声はそんな言葉しか吐き出せなかった。

 

 

 

 

 

 


「先輩、お昼ご飯、ご一緒しませんか?」
 振り返ると、紫の瞳をした小柄な女子クルーが立っていた。顔は見たことがある気がしたが、シンには誰だかさっぱりだった。
「俺、食堂いくよ」
 取りあえず、シンは食堂に足を向けたまま返事する。シンの速度が速いのか、その女の子は小走りにシンの後を追いかけてきた。
「アスカ先輩、いつも食堂かジャンクフードでしょ?体に良くないですよ。あたし、お弁当作ってきたんです」
 名前も知らないその子は、強引にシンの腕に捕まるようにして身を寄せてきた。
 シンはさすがに驚いて足を止める。
「君、」
「あたし、サラです。サラ・リノエ」
 名乗られて漸くシンはちゃんと彼女の顔を見た。金の髪が肩の辺りまであり、白い肌と紫の瞳が印象的な子だった。多分、好み
を抜いてもかなりの美少女に見える。鈍感で無頓着なシンですら、そう思った。
「えーと、リノエさん?俺なら大丈夫だから、その弁当は若い奴らに食わせてやりなよ」
 シンはポケットに両手を突っ込んだまま、苦笑して言った。
 廊下をすれ違う乗組員たちが自分たちを盗み見て通り過ぎていく。その視線が羨望の種類のものであるのがシンでもわかって、
居心地が悪い。
 シンだって十分に若いが、軍歴からいくとかなり上位に位置するようになってしまった為、タリアに受けろと言われた名誉も地
位も断ったところで扱いは変わらなかった。昔のように絡んでくるのは、同期だけである。
 言葉にこそしないが、所謂「いーよなー、英雄は」的な視線が寄せられるのだ。
「先輩ってほんと、素気ないですね」
「そんなことないさ。ああ、俺なんかより、レイのがいいぞ。それか、ヨウランやヴィーノに言ってやれよ。あいつら超喜ぶぜ」
 彼女が欲しいと喚いていた悪友たちの顔を思い出して、シンは笑った。すると、サラは物凄く面白くなさそうに頬を膨らませた。
「もう!全然わかってないんですね。あたしは、先輩のために作ったんですけど!」
 少し拗ねたように言うサラにシンは瞬いた。
 なんだか、この子は少しだけステラに似ている気がする。雰囲気は全く違ったが、どことなく仕草や表情が近い気がした。
「うん、ありがとう。でも、遠慮しておく。気持ちだけもらうよ」
 似ている、少しそう思っただけでなんだかシンは温かい気持ちになって、サラに笑顔を向けると踵を返すして歩き出した。
「あ・・・・・・」
 待って、と聞こえた気がしたがシンは待つ気などなく、素気なく食堂に入った。
(そうか・・・・・・ザフトにも新しい兵が増えて、このミネルバにも新人がきたんだったっけなあ)
 先月だったか、タリアが朝会で紹介していたのを思い出す。
 仕事に専念していないわけではなかったが、近頃シンは記憶が曖昧だった。何せ、時間軸がずれまくりで体内時計が狂って仕方ない
のである。
 仕事はほぼ地球で行い、休日になればフェブラリウスに向かう。この繰り返しで、さすがのシンも精神的に疲れていた。その為、任
された新人教育も手つかずのままである。そろそろ新人から文句がでるか、タリアから雷が落ちるか、時間の問題だろう。
 平和な世界に、なぜ今ですらMSの操縦の訓練などさせなければならないのかシンにはわからないが、今では実戦経験のあるパイロッ
トは少ない。あの戦争を経験したシンに、頭でっかちなアカデミー出の新人たちを絞る役割が回るもの至極当然のことだ。
 最近ではまた新たにガンダムのモデルチェンジが開発され、新兵器の実装などがあると聞く。
 必要のない兵器、そう思うが新しい組織はまた新たな思想を持つ。何を言っても、所詮かつての英雄が抱く不安など老婆心と取られて
しまうのかもしれなかった。きっと、これにはアスランやキラだって同じ思いのはずだとシンは思う。
「モテる男はつらいって?」
 トレーに本日の定食を受け取り、物思いに耽りながら席についたシンの目の前にルナマリアはどかっと腰をおろした。
「おー、ルナマリア。お前がちゃんと昼休憩してるのって珍しいな」
「ひと段落ついたのよ」
「へえ。良かったな。最近ずっと泊まり込みまでしてたんだろ?」
「まあね。でも、出来たわよ。お待ちかねの」
 ルナマリアはへたくそなウィンクを寄こして背筋を伸ばすと、テーブルに両肘をついてシンを睨んだ。
「で?あの女なによ」
「はあ?何の話だ」
「さっきの」
 シンは定食のとんかつに手を伸ばしながら、ルナマリアの視線に首を捻った。
「さっきって・・・・・・ああ、サラのこと?」
 答えると、ルナマリアは呆れたような溜息を盛大について見せた。
「あのねえ。あんた、何してんの、信じらんない」
「何言ってんの?俺、何もしてないけど」
「ナンパしてたでしょうが!新人を!」
「してない!あほか」
 言われるまで、サラのことなど微塵も覚えていなかった為、ルナマリアの言うことが全くもって不可解だった。何をそんな目くじら
立てているんだろう。
 些か食事を邪魔されてシンは不機嫌にルナマリアを見返した。
 そこに同じく疲れた顔のレイがやってくる。一応食べるつもりなのか、トレーにはお茶漬けが乗っていた。
「レイも相当疲れてんな」
「当たり前だ。もう一週間、ろくに寝ていない」
「うへえ」 
 目の下に出来た隈がそれを物語っている。
 レイは半ばふらつきながら、ルナマリアの隣に座った。
「だが、いけそうだぞ。建設プラン」
 箸でキャベツの千切りをかき混ぜていた手をシンは止めて、レイを見やった。
「・・・・・・本当か?」
「ああ」
「ね、言ったでしょ」
 レイもルナマリアのも自信ありげに頷く。
 シンは頼もしい友人たちに内心、感謝と賛美を溢れさせてが言葉にすると無様に泣いてしまいそうだったので黙った。
「クライン議長の後押しもあって、最高評議会と新地球連盟の連携がうまくいっている。旧データを集める作業を俺たちに一任してもら
えたのも、アスランの力添えあってのことだ」
 レイは僅かに微笑むと、手前のお茶漬けに手をつける。食欲はなさそうだが、なんとか食べようとする姿を見るとまだやり残した仕事
があるのだろう。
「だよな・・・・・・ミネルバはコーディネーターだの、クローンだのって本当は全く関係ないもんな。なのに、こうして施設建設のプランに関
わらせてもらえて・・・・・・しかも」
「あたしたち、ミネルバでの仕事、免除してもらってるからねえ」
 ルナマリアのは頷いて、嘆息した。
 任されたのは、プラントにあるコーディネーター研究所と同じ規模の施設建設で、研究員は両政府からという異例の共同建造物になる。
現在、フェブラリウスで行っていることを地球でも可能にし、また広くその功績を民の為に利用する目的である。
 戦争被害者といわれる立場の者たちにとって、それは奇跡的な革命であり、禁忌を解禁するかのような事実だった。
「それはそうと、レイ聞いてよ。シンったら、ナンパしてんの。新人の中でナンバー1に人気ある子を」
「してないって言ってるだろ!」
 シンは呆れて言い返すが、ルナマリアのは取り合わずに嘲笑した。
「デレデレと廊下で話なんかしてさ。腕まで組んでたじゃない。信じられないわ、婚約してるくせに」
「あのなあ、お前なんか俺に恨みでもあんの?」
「ありません。女の敵に敏感なだけー」
 言い合う二人を余所にレイは黙々と茶漬けをすすった。胃に優しいからと入れられた梅干しがどうにも食べれそうにない。そんな事を
思いながら。
「レイ!聞いてんの?!」
「あ・・・・・・終わったか?」
「もう!」
 ルナマリアは大きく肩を落とすと、椅子に深く座って言った。
「・・・・・・頑張らないと・・・・・・あと少し。そしたら、会えるものね」
 目の上に腕を乗せていてルナマリアがどんな表情をしているのかはわからなかったが、シンは呟かれた言葉に苦笑した。
「ステラも言ってたよ。会いたいって」
 シンはそっと目を伏せて、つい先週末に会った愛しい人の笑顔を思い出した。
 会う、といっても直接ではない。処置室のガラス越に話すだけ。触れることは叶わない。それでも、シンにとって顔が見れるだけで
十分だった。休みの度に訪れては、ステラの顔を見て、みんなに預けられたステラ宛の物を受付に預けて戻ることをもう半年続けていた。
「ねえ。シンはさ、そうじゃなくてもあっちはそうかもしれないから、気をつけて」
 ルナマリアは腕を外し真面目な顔をして、シンを見つめた。 
「さっきの、女の話」
「・・・・・・ああ。わかった」
 気をつけろと言われても、何をすればいいのか良くわからなかったがシンはあまりに真剣なルナマリアの様子に頷いて見せた。
「あんただってさ、気付かないところで寂しいって思ってると思う。やっぱ、触れたいでしょ。生身のものが恋しくなるじゃない」
 まだ言い続けるルナマリアに隣のレイが苦笑して、口を開いた。
「まあな。確かにルナマリアの言うことは一理ある。シンだって、男だからな」
「そうよ、それよ。ステラってちょっと不思議ちゃんだし、もしあんたたちがまだプラトニック!なまんまなら、尚更さー」
「ぶっ・・・・・・」
 シンは思わず、口にした味噌汁にむせた。
「あら・・・・・・図星?」
「・・・・・・うるさい」
 可笑しそうに声を殺して笑うレイをシンは睨みながら、本当に哀れそうにこちらを見るルナマリアに言い返す。
「俺はステラじゃないとだめだよ。知ってるだろ」
「ま!そうよね、あたしを振るくらいだもの、そうよね」
 シンはルナマリアのこういう所にとても救われていた。言いにくいこと、言い出しにくいことをさらっと許してくれる。本当にいい女だ
と思う。勿体ないほどに。
「お前こそ、いいヤツいないのか?」
「うるっさいわね!!」
 からかったわけでもなく普通に聞いたのに何故かルナマリアは激怒すると、レイの残していた梅干しをシンの牛乳の中に放り込んだ。
「だー!何すんだっ」
「デリカシーないからよ」
 ふんっとそっぽを向くと、ルナマリアは席を立って行ってしまう。
「・・・・・・俺、そんなこと言ったっけ?」
「さあな」
 レイはいなくなった梅干しに向かって両手を合わせると、箸を置いた。
「まあ、後半はともかく……ルナマリアの言うことは確かにある。ふらっと行かないよう気をつけるんだな」
「レイまでよせよ」
「それと、そろそろ新人の相手してやれよ」
 言われて、シンは頭を掻いた。やることをやらなければ、叶うものも叶わない。
 レイやルナマリアの努力を無にしないためにも、シン自身がポカできなのだ。改めて自分のキャパシティのなさに情けなく思いながら、
シンは頷いた。
「やるよ。午後から」
「ああ。そうしてやれ」
 

 

 

 

 

 


 シンが持ってきてくれた物の中に、白い巻き貝の貝殻があった。
 それは、少し大きめのまるでソフトクリームのような形のもので、ステラはそれがとても気に入った。

 水色の髪をした男の子が、それを耳に当ててみろよと言った。
 
 言われたとおり、ステラはその貝殻をそっと耳に当ててみると、小さく、微かに、海の満ち引きの音たちがする。


 さぁ……
 ざざ・・・・・・ざぁ・・・・・・


 ゆっくり、微かに。
 それは聞こえる。


 ステラは小さな両手で貝殻を包み、いつまでも耳にあてたままでいた。
 
 ふと隣を見やると、同じように貝殻に耳を寄せて、水色の髪の男の子がいた。
 二人は顔を寄せ合って、じっとひとつの貝殻に耳を寄せる。

 消えない海の声に、どこへとは言えない、そんな場所に帰っていく気がした。

 

「・・・・・・あれ」
 ステラはいつもこの時間になると、隣の処置室にやってくる少年が来ないことに気づいた。
「きょう、おやすみかな」
 フェブラリウスの研究所に入所してもう半年が経とうとしている。
 何度も、たくさんの検査をしたり、測定のための運動や訓練をしたり、何種類もの薬を飲んだりと毎日スケジュールは
満タンであっという間に一日が合わる日々だ。
 そんな中、ここでの楽しみは一同に同じ検査をする時間である。
 ステラは入所してから、他の入所者とも会えると思っていたのに一向に自分以外の人間を見ることがなく、話し相手は
看護婦か研究員でとても残念に思っていた。しかし、幾日かすると隣の処置室に自分以外の少年を見つけたのである。
 聞いても、看護婦は教えてくれなかったが、毎日同じ時間にその子は隣の部屋にいた。それ以来、ステラは話したこと
もない相手だったが、同じ境遇の者として友達のように思っていたのだ。
「どうしたのかな」 
 目も合うことはないし、話すこともない。それでも、なんだか会えないと寂しかった。
「ステラちゃん、今日は先生が少し留守にするから、その間は談話室で遊んでいてくれる?」
 ステラの担当の看護婦は優しくそう言うと、処置室からステラを連れて、行ったことのない談話室に着いた。

 開いたドアの向こうには、何人かの子供たちがそれぞれ何かしているようだった。
 ステラは促されて談話室に足を踏み入れると、中にいた子供たちは一斉にステラを見た。
「あ、こ、こんにちは」
 思わず、ステラは挨拶したが、誰ひとり何も言わずすぐに各々の遊びに戻ってしまう。振り返るともう看護婦はいなく
なっていた。
「・・・・・・」
 ステラは歩きながら、きょろきょろと子供たちを観察する。
 トランプを一人でする者、積み木を崩して遊ぶ者、本を読む者、みんながみんな一人で何かをしていた。
「シン」
 談話室のソファに小さな紙袋が置いてあるのにステラは気付いた。その紙袋には「ステラへ」とよく知った筆跡で書かれた
メモがついていた。
「シン」
 駆け寄って、ステラはソファに座るとその紙袋についたメモを大切に剥がして、そっとキスを落とすとポケットにしまう。
「ばかじゃねえの」
 ふと横から聞こえた声にステラは顔をあげた。
「そんな紙切れ、なんだっていうんだ」
 水色の髪をした男の子が、酷く蔑むようにこちらを見つめて言った。
「君、いつも隣の」
 ステラは嬉しくなって、ぱあっと笑顔になる。
 髪に似た水色の瞳はとても綺麗で、ステラは何故か懐かしく感じた。なんだか、ぶっきらぼうで乱暴な話し方も、どこかで
聞いたことがあるような、そんな気がする。
「わたし、ステラ」
 名乗って手を差し出すが、少年はもうこちらを向いてはいなかった。手にしたプラモデルをいじって俯いている。
 その態度は話しかけるなというサインに感じられ、しつこく話しかけるのも嫌われるかと思いステラは取りあえず手元の紙
袋をあけることにした。
「・・・・・・これ」
 最初に出てきたのは絵本。人魚姫の絵本で、ラクスの綺麗な字で手紙がついていた。
 次に出てきたのは、毛糸と編み棒。これにも手紙がついていて、カガリの筆跡だった。
 そして、写真の分厚い束。それにはミネルバクルー全員の寄せ書きがついていた。
 最後に出てきたのは、なにもメッセージのついていない真っ白の貝殻。

 誰からだろう。

 手にして、慎重に見つめる。
 少し大きめの巻き貝は少し透明で、見つめていると家から見えるオーブの海を思い出した。
 窓から見える大好きな海。
 シンと遊んだあの海に、とても会いたい。

 ステラは愛しくて、その貝殻をじっと見つめていた。ふと見やったその先に少年がステラにはわからない感情の色をした瞳
でこちらを見ているのに気づく。
 目が合うと、少年は慌てて眼を反らした。
「?」
 首を傾げてステラは少年を見つめると、暫くして少年はまたこちらを見た。どうやら、貝殻を見ているようだ。
「触る?」
 少年は肩を揺らして驚くと、すぐに俯いた。
 それでもステラは黙って、待っているとおずおずと少年は口を開いた。
「それ・・・・・・お前、見つめてないで、耳に当てろ」
 小さな、小さな声で少年は言った。
「聞こえるから」
 ステラは何度か瞬いて、手もとの貝殻をそっと持ち上げると耳に当ててみた。

 聞こえる。

 懐かしい音。
 まるでお母さんのおなかの中にいるような。

 寄せては返す波の音。
 海の鼓動。


 青い空、白い砂浜、眩しい太陽。
 戦いは嫌だったけれど、たまに連れて行ってもらえるあの場所が大好きだった。

 決して、アウルやスティングは一緒に遊んではくれないけれど、歌うと心が満ちて、からっぽでなくなるのだ。

 この音は、優しくて懐かしい。

 思えば、いつでも愛しい人が側にいてくれる時の音だ。
 あの時も、今も。


「聞こえる」
 ステラは知らずに流れた涙を拭いもせずに、懸命に耳をあてた。
 気がつくと、少年はステラのすぐ隣にきて、同じように貝殻に耳をあてた。

 寄せ合う小さな頭が時折優しく触れ合って、添えた掌が時折柔らかく重なり合った。

 本当はわかっていた。
 こうして、聞いたことがある。
 大好きな仲間と。

 そうか、そうなのかな。

 
 ステラは答えなんていらないと思った。
 隣で目を閉じて、一緒に耳を当てる少年にステラはそっと身を寄せた。

 

 

 


架空の世界がどんどん進行中・・・。

戦後の世界、そして種運命後のガンダムシリーズを見て、やっぱり考えるわけです。

特に00の世界を見るほどに、どう繋がっていく輪があり、道があったのかをかんがえたくなります。

 

多くの形で描かれる戦争。

どんな戦にも描かれる生命と死。

そこの或る物語。繋がる運命と別つ運命。いつかどんなに共にいても時間の尺は伴わず、死が互いを別つ日が来る。

それが因果であろうと、摂理であろうと、涙は流れる。

戦場では同時に血も。

 

改めて、シンとステラに想いが生まれ、馳せてしまいます。

そして・・・続くのです・・・。

 

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