付き合いは長い。
けれど、思い返してみれば自分からこんなふうに話に行くのは初めてかもしれなかった。
そのことに気づいて、シンは沈鬱な気持ちになった。
自分はなんと相手へ甘えていたことか。気づかずに、なんてただのいいわけだ。与えてもらえることに当たり前のように身を任せ、それに驕っていたのだ。
情けない。
戦争を経て、二年と少しが経った。
シン・アスカは向き合わなくてはならない過去と自分に、重い溜息をついた。
「……ごめん!ルナマリア!!」
真下に勢いよく下げた頭を返事が聞こえるまで、シンは下げていた。直立して手をきっちり横に沿わせ、アカデミーで身に染みた最敬礼である。
「なにを謝ってるわけ?謝る相手、間違えてるでしょ」
「ルナマリアにも、嫌な思いさせたから。ほんと、ごめん」
ルナマリアの声は抑揚がなく、シンはそこから感じる怒りにまだ顔が上げられなかった。
「シンのそういうところ。嫌いじゃないわ」
「ルナ……」
「そんな捨て犬みたいな目で見ないでよ」
そうっと上げて合った視線は、優しいものでシンは思い切り安堵した。見て分かるほどの表情をしたからか、ルナマリアは苦笑を見せた。
「俺、」
「いいわよ、もう。ねえ、ステラの手紙読みなさいよ」
あっけなさを感じるほどの適当さでルナマリアは手を振ると、ミネルバの自室テーブルに置いていた封筒を手に取った。
「はい」
差し出された封筒は、少し皺になっているのがわかる。あの時、ルナマリアの怒りでそうなったことは鈍感なシンにも想像出来ることだった。綺麗に封の
切られてるそれは、きっと宛てられた当人より先に彼女が読んでいるだろうことも。
「シン、ちょっと付き合いなさいよ」
「・・・・・・え?」
「もう今日は残業しないから、ここ片すし。わかった?」
「は、い」
有無を言わさないルナマリアの言葉に、シンは取り合えず頷く。
各クルーには部屋が設けられていて、ルナマリアは相部屋を一人で使用していた。殺風景な室内で目に留まるのは大量の資料と冊子ばかりである。シンは
己と同じ作りの部屋を、少し不思議な面持ちで眺めた。
レイは綺麗好きだから、なんでもそこらじゅうに放っておくシンを良く叱る。脱いだ上着を少しの間、椅子にかけているだけで“ぱなしにするな”と目くじ
らを立てるのだ。この部屋を見る限りルナマリアなら、そんなことがなさそうだ。
「珍しいじゃん。帰るなんてさ」
「だって、法案は通ったもの。アトは着手だけ。私たちにできるのはここまでよ」
軍服の上着をロッカーへ突っ込んで、ルナマリアはTシャツ姿で振り返った。
「そろそろミネルバでの役割果さないとね。腑抜けな教育係に任せてると、新人がつけあがるみたいだし」
棘のある言い方をするルナマリアに、シンは乾いた笑いを返してそっぽを向く。
「早く、会いたいわね」
「え?」
「なんでもないわ、着替えるから出てって。あんたも帰る用意して、ブリーフィングルームで待ってて」
半ば追い出されるようにしてシンは背を押される。シンは閉じてしまったドアを見て、首を傾げた。
「なんだ?アイツ」
会いたいわねって、言った様に聞こえたのだ。
誰に?
話の流れだとステラにってことになるけれど・・・・・・。
「ステラ」
人は変わる。どんなふうにも、変わる。変われるのだ。
シンは廊下からみえる窓の向こうにあるオーブの景色を瞳に映して、そっと微笑んだ。
「ちょっと、シン。遅いわよ?」
「ごめんごめん」
小走りにブリーフィングルームに入ってきたシンを見上げて、ルナマリアは不機嫌に眉を寄せた。空になった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れて立ち上がる。
待つのは嫌いなのである。
「レイもいい?」
「え?」
「あれ、駄目だった?」
シンは瞬いて、首を傾げた。ルナマリアは内心“この天然ぬけぬけシンめ”とやきもきしたが、シンが乙女のささやかな恋心を察知できるわけがないことを
知っているので敢えて責めはしない。墓穴を掘るだけだ。
「付き合ってって言っただけなのに、レイを誘う?普通……」
「駄目ならレイに言うし、いいよ」
「駄目とかないから。もういいわよ」
呆れた調子で返してやると、シンはめげもせず適当に空笑いを寄越してきた。本当に変わらない奴である。
「手紙、読んだの?」
「・・・・・・帰って一人で読もうかと」
「ぷ」
ルナマリアはお腹を抱えて大笑いする。
「笑うな!」
「肝の小さい男ねえ!それとも、乙女モードなのかしら?」
「ルナマリア!」
「あはははは、まじで、面白いんですけどーっ」
「そう、いじめてやるな。ルナマリア」
涙を浮かべて笑うルナマリアの背後に、気配もなく立つのはレイ・ザ・バレルである。
「レイ」
味方を見つけたようにシンは駆け寄って、ルナマリアのことを早速告げ口している。
(そういうの・・・・・・、羨ましいとか思うんだから、私って重症よねえ)
苦労もせず、レイの隣を手に入れているシン。
自然と生まれる二人の仲の良さに、ルナマリアは少し疎外感を抱く。いつもずっと一緒だった三人組だ。決してその間柄に距離などないし、差もない。けれ
ど、男女と同性同士の仲はそれなりに種類が違うものなのかもしれないとルナマリアは思う。
同じように、異性とも思わず。そう思って付き合ってきても、所詮は自分は女である。シンの場所には立てない。
(いや……立ちたいんじゃないけど。第一、立っちゃったら)
一生、レイの恋愛対象になれない。
「はっ」
「ルナマリア?」
思わず、息を呑んで声を出していたルナマリアはシンに問われて肩を躍らせた。
「な、なんでもないわ。あははははは」
無理のある誤魔化し方だと自分でも思いつつ、ルナマリアは被っていたキャスケットのつばを引っ張って顔を隠した。
「なんか、さっきから変だぞ。ていうか、レイに何かあんの?ルナマ、」
「バカチン!!」
「でっ」
どうしてそこだけ勘がいいのだ。シン・アスカめ。
思い切り握った拳をシンの脳天に食らわせて、ルナマリアはブリーフィングルームの出口を目指して歩き出す。
「さ、行きましょ」
ルナマリアの心は先ほど出てきた単語に支配されていたが、取り合えず引き攣っていようが笑顔で振り返った。
「どこへ行くんだ?ルナマリア」
「実は新しくデザートカフェが出来たって聞いたのよ、だからシンに奢らせようと思って」
ずっと、ミネルバで篭りきりだったせいで、街にも随分と出ていない。メイリンから聞いた最新情報に胸は躍れど、どうしようもない日々だったのである。
「それはいい考えだ。よし、早速行こう」
レイの瞳がデザート、と聞いて僅かに輝くのをルナマリアは見逃さない。
「シン、置いていくわよー!」
「二人で行けよ……」
「スポンサーが来なきゃ意味ないでしょ」
シンの首根っこを引っつかんで、ルナマリアは引きずり歩く。
「何がスポンサーだ!これはタカりだ!カツアゲだーっ!」
「あの誠意あるシンの謝罪、嘘だったの?」
「ぐ」
足掻いても、結果同じことなのに気づき、シンは全身の力を抜いて従うことにした。
オロファト市街に出来たという噂のカフェは、シンたちがたどり着いた時には満席だった。見渡す限り、店内もテラスも女の子たちで埋め尽くされ、店員が
世話しなく駆け回っていた。
シンはその状況を眺めただけで、回れ右したい衝動に駆られたが隣の二人はどうやら違うようで。
「レイー!みて、あの制服!いいなあ、ザフトもあんな可愛いのにならないかしら」
「それは無理だと思うが……あのデザインにもかかわらず、機能性が高そうだな」
「よねえ。メイド服のようで、そうじゃないところがいいわ。ポケットの数と、色合いが最高ね」
何の話だ。
「それもそうだが、ルナマリア。ショーケースを見ろ」
レイはまるで戦場で索敵を促すかのような口調で言う。ターゲットはカフェのケーキだったが。
「なーっあのホールケーキたちは何なのっ」
「カット方式とはなかなか心得ている」
「大きさも種類も、申し分ないわ!」
「数は……ざっと、20というところか」
「上下段で、それくらいね。しかも四季ものとカラーで分けられているわ」
「各個につけられたコメントも評価に値するな」
「まるで、ローリングヒル作戦のアスランさんのようにぬかりないわ!」
二人はこの調子で、カフェの入り口でやりとりしている。
シンはもう帰りたい気持ちでいっぱいだったが、混みようにも怯まぬ二人を見る限りその選択肢はなさそうである。勝手に出る溜息を何とか飲み込んで、シ
ンは話を切り出した。
「なあ、入るか、違う店行くかしようぜ。このまま居たって」
「入るわ」
「入るに決まっているだろう」
「・・・・・・そ、そう」
あまりの勢いにシンは背を反らせつつ、返事した。なんだというのだ、一体・・・・・・たかがケーキごとき。
「シン、それは違うぞ」
「心を読むな」
「この間、タリア艦長のアップルパイを食したろう?あの味はお前が考えているような軽いことで片付けられる味ではない。甘さ、口当たり、食感、香り、す
べてにおいて、パーフェクトだ。あのパイに勝るものがあるのかどうか、俺はそれが知りたい」
「そ、そうか」
「それだけだ。わかったか?シン」
怖いんですけど……。
「お待ちですか?お席、ただ今満席でして・・・・・・」
背後のカントリーな可愛い扉が開いて、メイド風の店員がそうっと声を掛けた。
「待つから、いいですよ」
ルナマリアは外ゆきの笑顔をさっと作って、答える。開いた扉の向こうから甘いお菓子の香りとハーブの匂いが漂ってくる。
「宜しかったら、中のソファでお待ちになってください」
店員に促がされて、三人は木製の店内へと足を踏み入れた。華やかな女の子たちの会話と流れるクラッシックが、シンを場違いな気にさせる。思わず、そわそ
わしてしまい、ルナマリアに抓られた。
「恥ずかしいわね。じっとしてて」
「だってさー。こんなとこ、来ねえもん」
「ステラと来たりしなかったの?」
「しないよ。ステラ、外が好きだし」
「サイテー。あんたがそうだから、楽なほうに付き合ってくれてるんでしょーが。来たいと思ってるわよ」
「そっそんなこと」
「あるな」
「・・・・・・レイ〜」
シンは二人の妙に息の合った意見に、うんざりとうな垂れた。そんなこと言われたって、シンにはステラが外で遊んだりお弁当を広げるほうが好き思えたし、
何よりゆっくりできるのだからそれでいいと思っていた。
「大体ね、ステラの性格考えてもみなさいよ?知らないことに好奇心旺盛だけど、特にあんたにはすすんで、ああしたいこうしたいって言わないんでしょ?」
まあ、大体は……。
「だが、きっとクライン議長やアスハ代表からは聞いているだろうな。流行のことくらい」
確かに……、可愛い服だとか店だとか話すことはあったけど。
「行きたかったんじゃなーい?」
「可能性は高いな」
「お前ら、俺をいじめて楽しいか!?」
『勿論』
思わず、座ったソファから立ち上がって言ったシンにルナマリアもレイも笑顔で言い返す。
「だっ」
続いて文句を言おうとした瞬間、シンは自分の置かれている環境を唐突に思い出し黙った。居た堪れない気持ちでそっと周囲へ視線を移すと、案の定シンを
不審そうな空気で女子たちが見ている。シンは凝固したまま、ぎこちなく元の位置に座る。
「・・・・・・恥ずかしいわねえ」
「ルナマリア、お前な、」
懲りもせずシンが言い返した時、ソファの前に一つの影が止まった。
「先輩じゃないですか」
「あ……、サラ」
シンは呟いて、はっとなる。思わずすぐに隣にいるルナマリアの顔を見てしまい、目が合った彼女に思い切り睨まれる羽目になった。
「えと……、リノエさん。どうしてここに?」
我ながらなんともぎこちない誤魔化し方をしていると自覚しつつ、シンは背中に嫌な汗と視線を感じて陰鬱な気持ちになる。
「……、申し訳ありません、アスカ上官。わたくしは、」
なんて後味悪い気分にさせるんだ。シンは苦虫を噛み潰したような顔でルナマリアを振り返った。明らかにショックを受け、戸惑うサラを背後に、シンは
足掻くようにジェスチャーする。
「は。誰にでもいい顔していわけ?無理でしょ」
ルナマリア様は氷より冷たい声でそうおっしゃるわけで・・・・・・、救いを求めてレイを見ると、
「知らんぞ。いい機会だ。なんとかしろ、シン」
お前らを味方だと今まで思ってきた俺がバカだったよ、バカだったさ。
「えー・・・、と。ま、任務外だし、気にすんな。ほら、友達待たせてるんだろ?」
「は、はい。よくここに来るもので」
シンがいつものように笑ったことに安堵したのか、サラはいじらしいほどの仕草で嬉しそうに俯いた。
「あの!良かったら、私達の席、広いので相席でよければいらっしゃいませんか?」
「結構よ」
二の句を告げない勢いで言う笑顔のルナマリアにシンは冷や汗をかく。
「でも……ここ、八時までですし。きっとこのまま満席の可能性も……」
「なんですって!」
「限定のケーキ類は七時で終わってしまいますし……私たちなら二人ですから、席は狭くならないですよ」
ルナマリアは控えめに提案するサラの言葉に大いに反応し、立ち上がった。隣のレイを見て、悩ましげに唸る。
「……どう思う?」
思案する間を置いて、レイは冷静に言った。
「状況を見て、従ったほうがよさそうだな。シンの件はシンの問題だ。俺たちは俺たちの目的を達成しよう、ルナマリア」
「そうね!」
なんでそうなるのだ。
どうして、こうも俺を蔑ろにする。
シンはもう溜息すら、出なかった。
「ほら」
差し出されたディスクは、ステラが血眼になって探していたものだった。瞬いて、ステラは不機嫌全開のアウルを見上げた。
「お前、落として行ったんだよっ」
ぶっきらぼうに言われて、ステラは肩を躍らせるがそろそろと手を伸ばしてそれを受け取る。
「・・・・・・渡したからな」
ぷいっと背を向けて歩き出すアウルを思わずステラは追いかけていた。
「ついてくんな」
「アウル」
「うぜえ」
嬉しくて、思わず笑顔になったステラに短く言い捨てるとアウルは頭の後ろで腕を組んで面倒そうに呟いた。
「なあ、お前さ。地球、帰るの?」
「かえる。でも、ふゆにしか無理だってダットが言ってたよ」
「まだ少し先か」
「アウル?」
のろのろと歩いていた足を止めて、アウルは唐突にステラを見つめた。
「?」
ステラにはその透明な視線の意味が分からず、首を傾げて同じように立ち止まった。昨日まであんなに頑なにドアを開けて出てこなかったのにこうして
喋ってくれるようになったことがただ嬉しくて、ステラはアウルの心境の変化には何も気づかない。
「お前さあ」
言ったかと思うと、アウルはちょいちょいっと手招きをした。ステラはされるがまま、従ってアウルの方へ屈んだ。小さなアウルはしゃがむと丁度目線
が合った。
「・・・・・・やっぱ、ムカツクから」
「アウ」
一瞬、アウルの顔がくしゃっとゆがんで、泣くのかと思った時にはステラは瞳がぶつかりそうなほど、近くにアウルの顔があった。
「……!」
時が止まったみたいに静かで、ステラは瞬いた。
息をするのも忘れたまま、息ができない状態だと気づく。
「バーカ!」
そっと離れたアウルは小さな背を躍らせて、駆けてゆく。
何が起こったのかまだわからないままのステラは追えずに、ぼうっとその先を眺めていた。
「……あれ」
今のって、
「アウ……」
シンのくれるものとは違う気がした。
けれど、それは紛れもなくキスだった。
少しだけ、冒険の波へ。
スパロボZがあつい。。。