「ばか!!どんだけ心配したと思ってるんだよ!」
シンの声は大きくて、尖がっていて、聞いたことのないほど怖かった。それでもステラはじっと目を逸らさずに、シンを見返し黙った。
「どうしてそんな勝手をするの?君は、君はさきにシャトルを降りたときから、これっぽっちも俺のこと考えてくれてない!祝う皆の気持ちに水を差しておいて、どうしてそんな勝手なことするんだっ」
玄関の前、開け放った扉の前でシンは怒鳴っていた。通り行く人も、気にして待ってくれていた背後に居るルナマリアも息を呑んでその
様子を静観していた。
「シ、シン・・・・・・、ステラにだって理由があったんでしょ、家に入って聞いてあげ」
「ルナマリアは黙ってろ!」
「・・・・・・ちょっと、シンー」
物凄い剣幕で消され、ルナマリアは心底困り果てて呻く。ステラに頼まれてサラを連れてきたのはルナマリアなだけに、このまま放って
知らん顔するわけにもいかず、溜息が出た。こんなにもステラに怒鳴るシンを見たことが無い。黙ったままのステラがどう思っているのか
ルナマリアには全く検討もつかなかったが、この展開の行方が不安でひたすらルナマリアは嫌な気分になる。
「俺にだって、君に話したいことがあった。話せないでいたこともあった。でも、きちんとまずは俺と君で話すことだろっ」
苦しそうに歪むシンの顔をやっぱりステラは黙ったまま、見上げている。
「ルナマリアにまで迷惑かけて・・・・・・・勝手に俺の部下に会って。そういうの、自分がされたらどう思うの?ステラ」
「シン、ステラはさ」
「ステラ!自分でちゃんと答えて」
ルナマリアは額を抱えてもう一度溜息をつく。なんでこんな場に居合わせなくてはならないのだ。最悪である。
「あって」
漸く出たステラの声は小さいが確かなもので、シンは続けかけた言葉をとめる。
「みたかった。ステラ、しらないシン、しってるひと。それだけ」
「それが勝手だって、言ってるんだよ。ステラ」
「シンったら!さっきからあんた、変よ。もういいじゃない、とにかく家に入って話しなよ?ね」
堪り兼ねたルナマリアが均衡を保って動かない二人の間に入って、笑った。しかし、そんな気遣いも虚しく、シンは扉の前を動かないし、ステラも微動だにしない。ルナマリアの気遣いだけが虚しく、そこに流れ去って消えてしまう始末である。
「・・・・・・ステラはわかってない」
シンは呻くように言う。
「わかってないんだよ。君がそうしたいって理由だけでそうして、一体誰が傷ついて、俺がどれだけ心配して、どれだけ我慢しなくちゃな
らないのか。ステラはわかってない、俺はそうしたいだけで君を思うとおりになんかしたこと、ない」
苦しそうな表情のシンにステラは何か言おうとして口を開きかけたが、その言葉は呑み込むように引っ込めて、シンをただ見つめ返した。
「勝手だ・・・・・・勝手だよ、俺はずっと待ってばかりで。俺ばかりが堪えず君を失うことばかり考えて・・・・・・ステラはなんでも
俺に相談なく決めて、勝手に行ってしまうんだ」
震えて消えかけてゆくシンの言葉に、側にいたルナマリアまでが辛くなるほどだった。容易ではなかっただろうシンの告白は、率直でずっと抱え続けてきた本音だった。それがステラに届いていないわけがなかった。
それでも、どうしてかステラは黙っていた。
「今度はいつ、俺を置いてどっかいくんだ」
笑おうとして失敗したみたいなシンの表情に、ステラは見上げていた瞳をゆっくりと細めて僅かに睫を震わせると、少し俯いて両手で自分の頬をぐりぐりと揉むようにして解した。突然の行為をルナマリアもシンも黙ったまま、見守る。
何度も頬をさすったあと、ステラはゆっくり深くお辞儀をした。
「いままで。ほんとうにたくさん、しんぱいかけてごめんなさい」
幼い子が謝るみたいな、拙い謝罪。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
真っ直ぐで、懸命な声は冷え始めた辺りにしんと響く。真摯な言葉に、ルナマリアは気づかぬうちに涙を落としていた。
どちらも悪くない。
どちらも、なにも間違っていない。
ただ、うまく生きてゆくことができないだけ。
「シン、つらいのしってた、よ。だから」
ステラは顔を上げて、もう一度だけ頬を強くさすって、うまくいかない笑顔をなんとか浮かべて、精一杯微笑んで言う。
「ただいま。今までひとりにして、ごめんなさい。ただいま、シン」
必死に笑顔を浮かべて、懸命にスカートの端を握って涙を堪えるステラを、シンはじっと動けずに見ていた。
そのシンの顔を、ルナマリアは見つめて何も言わずにそっとその場を離れる。
たくさんの思い、たくさんの過去、目を逸らせない多くのものと合いまみえながら、二人は関係を築いている。その道が決して穏やかで
なく、明暗のあるものだと知りながら、それでも乗り越えてゆこうと必死だ。
サラの言うとおりかもしれない。
ルナマリアはオーブの海を見やって、そっと息を吐いた。
「私には私の戦争がある・・・・・・かあ」
生きることが戦いだというのなら、きっとあの二人が今歩んでいる道も、ルナマリア自身が歩んでいる道もそうなのだろう。それぞれに
抱えたものを盾にも武器にもしながら、生きている。
「変なの・・・・・・、シンは私と付き合ってた時、逆だったくせに」
ルナマリアは苦笑したまま、歩き出す。
いつでも、ルナマリアは留守番だった。側にいようが、遠くにいようが、シンはどこか違うところにいて、ルナマリアは待つばかりだったのだ。
そんなシンが、好きな子に向って勝手だと。
自分は不安になってばかりで、そんなの勝手だと怒鳴っている。
「会いたいなあ。なんだ、なんでだろう、会いたいぞー・・・・・・レイ」
無性に湧いた気持ちに、ルナマリアはやっぱり苦笑いした。
きっと、少し肌寒いから。
きっと、少し一人じゃないっていいなって思ったから。
「うん、いいじゃん。ルナマリア・ホーク」
頷いて、ルナマリアはしまいこんだ携帯を取り出して、何度も押したことのある番号を勢いに任せて押した。
「へんな顔」
「シン、も」
互いに見詰め合ったまま、漸く出た言葉に二人して笑う。
なんだか、吐き出した息が少し白く感じた。
「入ろう。風邪、ひくから」
シンはそういって、ぎこちなく腕を伸ばすと少し離れたままだったステラの腕に触れた。同時に動き出したステラとその腕はぶつかって、シンは不自然に慌ててしまう。
「ごっめ、いや、うん」
「へんな、シン」
やけに緊張する。
シンは情けない顔のまま、微かに笑うステラをそっと盗み見た。怒鳴るだけ怒鳴っておいて、シンは自分のが勝手だと内心落ち込む。だ
が言い出した手前、ばつが悪くとてもではないがステラに普通に接するタイミングがつかめなかった。
いつもより少し元気がなく見えるステラだが、よっぽどシンより落ち着いているように見え、それがシンの落ち込み度に拍車をかけた。
なんでだろう。
いつも、自分ばかりがあくせくして、情けない姿ばかり晒している気がする。
「シン?」
扉の前で止まったままのシンをステラが振り返るのに気づいて、シンは慌てて扉を閉めた。
「みっ見たよ、凄いご馳走とお菓子だねっ」
シンは気が動転したまま、スニーカーを急いで脱いでステラより先にリビングに駆け込む。うまく思考が回らない上に、シンは上擦った
声で場に合わないことを言った。
案の定、シンのせいでステラは俯いた。
「・・・・・・ステラ、みんなにごめんなさい、ゆわないと」
そうなるに決まっている。
さっきシンが言ったのだ。ステラが水を差したと。
「うん・・・・・・、そうだね。ステラ」
頷いて、シンはゆっくりステラに歩み寄る少し濡れた金の髪を撫でてやった。
「顔、あげて」
「・・・・・・」
言っても、ステラは俯いたまま、床を見つめている。
「もう、怒ってないから」
「うそ。シン、いいの。もう、それ、いいの」
ステラは懸命に顔を横に振って、シンを見上げた。
「も、我慢しないで、いい。おこって、いい」
「ステラ」
シンは胸が痛むのと、必死にステラが自分のことを考えてくれていることを感じて口唇を噛んだ。
どうして、もっとうまく気持ちを伝えることができないのだろう。
「ごめんなさいって。ステラ、そう言っただろ?」
「でっも」
「それでいいんだよ、もう俺怒ってない。だって」
「シ」
「もうどこへも行かないんだろ?」
「う」
う、う、とステラは喉を詰まらせるように声を出すと、必死に黙ったまま肩を上下させる。
「なに我慢してるの」
泣かないよう、ひたすらに我慢するステラは頬を上気させながら必死に口を噤んだ。シンは子供みたいな、そんなステラが愛しくて、親鳥みたいな気持ちになってしまう。
ステラは一つずつ、進もうとしている。シンを理解しようとしてくれている。
だったら。
「ステラ、俺ね。ずっと、君に隠していたことがある」
話せばいいってことを、もっと互いに思っていることを話していいんだってことを知るために。
「ずっと、寂しかった。情けない姿見せたくなくて、言えなかった。どうして他の男に言えて、俺には相談できないんだって思った。遠い
地に行って、ステラは寂しくないのかって恨みがましくも思った。こんなに辛いのは俺だけなのかって。ずっと、そればっか考えて」
俯くステラの顎を掬ってやって、シンは自分のほうへ向けてやる。
「俺はもう待つのはいやだった。何よりも怖かった。君をこの腕から送り出したことを思い出すから。二度と、ステラに会えないって本当
はそうなんじゃないかって。今までの時間は全部、夢だったんじゃないかって・・・・・・ここで、目覚めて、君が隣にいない度に怖くて
眠れなかった」
見上げるステラの瞳いっぱいに透明な涙が溢れて、白い頬を滑り落ちる。シンはそれを拭ってやるように頬へキスした。
「どうしようか、ステラ」
ステラの頬に顔を寄せたまま、シンは低い声でそっと言う。
「こんな俺、やっぱりやめておく?」
ぱちっとステラの手のひらがシンの頬を叩く。
「シ、も、ばか!」
怒ったステラの瞳が間近にあって、シンは怒られているのに笑っていた。
「シン、ステラ、お、おこってる!どして、わらうっの?」
ぽかすかと胸をたたかれても、シンは笑いが止まない。懸命に言ったステラはやっぱり愛しくて、留めておきたくて、ここにステラが戻っただけで、とんでもなく温かいことにシンは苦笑する。
「ステラは寂しかった?」
はたと止まって見返すステラの瞳に、シンは息を呑む。
「・・・・・・ステラ、ちゃんと泣いて」
声もなく、ただステラは息を殺して涙を落としていた。
「息しないと死んじゃうよ?」
「う、・・・あ、ううう」
縋りつくみたいに、シンの胸を掴んで飛び込んできたステラをシンは両腕で抱きとめながら、強く目を瞑った。
「ぅあああああ」
確かにここにいる。
熱いほどの熱を放って、ここにいる。
愛する人はここにいる。
「怒ったりして、ごめんな」
泣き叫ぶその背を擦ってやりながら、シンはどうしてか泣き声が心地よくてそのままずっと目を伏せた。
「・・・・・・どうした、ルナマリア」
走って駆けつけてくれたのだろう。レイは肩で息をしながら、海を眺めていたルナマリアを見つめると立ち止まった。
「おっそいぞー、レイ・ザ・バレル君」
振り返って、手に持った缶チューハイを振って見せるルナマリアにレイは息を整えながら呆れた顔を浮かべる。
「飲んでるのか?今すぐこいというから来たが、ルナマリア、お前」
「うん。今すぐ会いたかったからさ」
「ルナマリア?」
レイは怪訝そうな様子で、海を眺めたままのルナマリアを覗き込む。
「シンとステラね」
二人の名前を出すと、レイはどうしてかそっと安心したみたいに息を吐いて頷いた。
「・・・・・・二人の話だったら、聞いてくれるんだ?」
「え」
ルナマリアは手にしていた缶を握りつぶすと、立ち上がって防波堤からレイのいるほうへ飛び降りた。目の前に立ったルナマリアをレイ
は些か不審そうに見返す。
「私のことだったら、来なかった?」
「どうしたんだ。ルナマリア、おかしいぞ。酔っているのか」
「酔ってない」
顔を振って、ルナマリアは戸惑い少し身を退いたレイの腕を捕まえて見据えた。
「ステラがさ、よくわかんないくせにすっごく女として頑張ってて・・・・・・私も見習おうかなって」
「そ、そうか」
「側にいるのに、生きてるのに、戦争もなくて敵も味方もないのに、それなのにずっと変な理屈や理由に縛られてるのって、やっぱり時間
の無駄で、無意味だなってよくわかった」
「さっきから、何の話だ。ルナマリア」
「私も、もう留守番するの飽きた。もう待つの、疲れた。だから正直に言うわ」
掴んだレイの腕をルナマリアは自分の胸をぶつけるようにして引き寄せた。
こんなにも近くにいるのに、どうしてこんなにも遠く離れているようなのだろう。
「会いたかったんだ。レイに。今すぐ、レイに会いたかった」
早口で言うと、ルナマリアは顔を上げて笑った。レイも同じように、笑ってほしくて。
「ルナマリア」
「困ってるんだ?」
「いや、ルナマリア。そうではなく・・・・・・いや、そうかもな」
「もう、難しいこととか。そういうのいいやって思って」
レイ。
そんな顔、しないでよ。
困った顔が見たくてこんなこと、言ったんじゃないよ。
「側にいたいんだけど、駄目かな?」
「ルナマリア、」
「もともと私、控えめにしてるのとか苦手だし。隠すのも性に合わないし。レイが私のこと女と思ってないのも知ってるけど、でも」
「思ってないなんていっていない」
思わぬ強さで言い返されて、ルナマリアは驚いて口を閉じる。
「控えめなのも、隠すのも、女らしいのも、全て俺の好みじゃない」
「レイ」
瞬いて見返すばかりになるルナマリアにレイは顔を逸らすと、呻くように言った。
「俺はお前のおかげで、随分と楽だ。本当に」
暗くてあまり見えないレイの表情をルナマリアはもどかしく思いながら、言葉の続きを待つように黙る。レイは迷うような、考えるよう
な間を置いて、静かに続けた。
「ルナマリアが笑うと、俺はどうしてか心が楽になる。笑えたことのない、俺がどうやら笑うことまで出来るらしい」
「それって」
「だが、俺はそれを知りたくない」
しんと静まる海辺のしじまに、レイの頑なな声音だけがはっきりと響く。
「もう誰も、心に留めたくない」
悲しい、声。
それは小さい子が、強がるみたいに心細い声。
「俺には時間がない」
「レイ、もう手遅れよ」
「ルナマリア」
「もう、手遅れだってば」
心に留めたくない、そういいながらその心にはたくさんの大切な人が溢れかえっているではないか。
誰より、一番にシンのことを心配しているくせに。
何より、まずは仲間のことを考えるくせに。
今まで出来なかったことを果たすみたいに、タリアに親孝行しようとしてるくせに。
「ここに、いるじゃない。大切なひと。たくさん」
「・・・・・・」
「そこに、私もいるって勝手に思ってるけど?」
頼りなく揺れたレイの顔をルナマリアは覗き込むようにして見やった。今にも涙がこぼれるのではないかと思うほど、レイは幼い顔をし
ていた。
一人で、今もなお戦っているのだ。
「よしてくれ。俺はもう、」
「レイ!」
逃げるみたいに離れたレイは、ルナマリアの腕を払って走り出す。
「・・・・・・レイ」
見送るその背は、きっと変えられる。ルナマリアは追いかけようとはせずに、拳を強く握り締めた。
始まったのだ。
ルナマリアにもまた、戦いが。
24話です。
鑑賞会するまえにかいてしまったこま。どあほうですね。
でも、
うん、かきたい時に。と思いました。