ダッド・エルスマンが築き上げた医療系プラントであるこのフェブラリウスは、一般の市民も暮らす至ってごく普通の都市である。
 昔、ディアッカがつまらなさそうに「変に片田舎だ」とぼやいたのをアスランは鮮明に覚えていた。そんな、平凡なコロニーの一角にある施設、それがコーディ
ネータ研究所だった。
 そこだけがまるで砦のように緑に囲まれ、白い壁に隔たれた空間は分かりやすく外界との別離を表していた。

 フェブラリウス市の第5コロニーの港に降り立ったアスラン、そしてツアー御一行はゆったりとした航行は暫く休憩し、これから市内を散策するためのレクリ
エーションを港内に設置された応接室で受けていた。
 かつてのコロニーの地球に対する見方が昨今では変わったとはいえ、まだまだ重力に付する者たちへの羨望に似た憎悪はコーディネータたちの底辺に残滓となっ
ていることは確かだった。その為、自由行動を実施することは叶わず、団体行動で指定された施設へ見学するプランとなっていた。

「では、安全でごゆるりと過ごせる散策コースをお楽しみください」
 説明を終えたプラントの親善大使の女性は、長い髪を肩からさらりと流して一礼した。
「・・・・・・大使、ありがとうございます。それから、研究所の見学のことも」
「構いませんよ。光栄なことです、アスハ代表。私たちはもっと知り合うべきですもの」
 カガリは目の前の可憐な女性に少し見惚れながら、頷き返した。
 彼女はこのフェブラリウスでとても人気のあるメディア向けアイドルの出である大使で、この港にもファンらしき者たちが群がっていた。しかし美貌を鼻にかけ
たところもなく、とても好印象だった。
「それに、このツアーってとてもいいですね。こんなに美人揃いだもの」
「え、あ、ははは」
 くすくす笑う大使に困った顔でカガリは苦笑した。後ろに立って控えているのはシンとアスランである。
「特に、ほら。あのお方とか」
 こっそりと大使は囁くように言って、アスランの方に視線をやる。
「い、いいいい?そうです?いや、大使のがずっと綺麗ですよ。ね、早く移動しましょう!」
「はい。そうですね」
 可笑しそうに笑顔で笑うと、大使は漸くアスランから視線を外してツアー御一行に号令をかけた。
「さあ。それでは参りましょう!今から、このフェブラリウス最高の医療機関へお連れ致します」


 こうして御一行がぞろぞろと移動のためのコロニー内シャトルに乗車している頃、同港にラクスのシャトルも到着していた。
 ラクスとステラ、そしてイザークを乗せた小さめの公用シャトルは、ゆったりと昇降階段を伸ばした。
「ステラ、足元に気をつけてね」
「おっきいねえ」
 ステラは開いた自動ドアの向こうに見えた港にステラは感嘆の声を上げた。見開いた瞳一杯に映る硝子ばりの建物はきっと知れない不思議なものなのだろう。
「フェブラリウスは実は一番守られた安全な港ですの。きっと、気に入るわ」
「ん。コロニー、地球よりきれい。本の世界みたい」
「・・・・・・そうですね。作り出された造形物、という意味では確かに」
「ラクス、いいこと。それ、わるいことじゃない」
 ステラはラクスの手を握って、顔を横に振った。
「はい。そうでしたね、わたくしがこのようではいけませんね・・・・・・ありがとう、ステラ」
「ステラ、ラクスすき。ひとも、エクスなんとかも、コーディネ・・・・・・?うん、関係ない」
 懸命に言葉を思い返して紡ぐステラがたまらなく愛しくて、ラクスは握り返す力を強めた。小さなステラ。なのに、その体よりもずっと大きな懐を持つ子。
 もっと、早く出会いたかったと、今でもそう思う。
「このフェブラリウスの市長はこのイザークですけれど、その前はディアッカのお父上だったのですよ」
 ラクスは背後でつまらなさそうに突っ立ていたイザークを見やって、瞬くステラに言う。案の定、話が振られたイザークが慌てたように肩を揺らした。
「議長、俺に話を振るな」
「でぃあっか?」
「で、でぃあ・・・ああ、ディアッカというのはだな、俺のダチで今は・・・・・・って、もう!ラクス!」
 ステラの赤紫の双眸がイザークに向くと、彼はこれ以上にないほど何故か慌てた。
「あらあら、イザークはステラが大好きになったみたいね」
「この、いい加減なことを!」
「いざく、すぐおっきなこえ。シンと、いっしょ」
 言って、ステラは嬉しそうに笑った。とても、幸せそうに。
 怒鳴っていた口をそのままにイザークは動けない。なんだろう、この娘は。何故こんなにも笑うのだ。知りもしない、さっき会ったばかりの自分だというのに。
ろくに言葉も交わしていないのに。
 自然と入ってこられたような不思議なステラの距離に、イザークは不快でなくて困っていた。
「シン・・・・・・シンって、あの特攻バカのことか?あんなのと一緒にするな」
 イザークは眉を寄せて、小さくステラの頭を小突いた。
「シン。かっこいい、ばか、ない!」
「俺はね、あのバカが嫌いなんだ。残念だったな」
「うーっシン、ばか、ない!いざく」
「俺はイザークだ。いざく、じゃない」
「いざく!」
 昇降階段を下りながら、終わらない言い合いをする二人にラクスは楽しそうに笑い声を上げた。
 こんなに晴れやかな気持ちで、この場所に来ることができるなんて思ってもいなかった。きっとイザークもだろう。そう思ってもう一度港を見やると、何故か
懐かしい気がした。
 帰ってきてもいい、そんな故郷だと思えた。

 

 

 

 案内された施設は、緑に囲まれた無機質な建物だった。
 ステラは見上げたまま、ラクスの手を離さずに立ち止まった。怖いわけではない、嫌な感じがるるわけでも。それでも、何故か足が進まなかった。
「ステラ?」
 大丈夫。
 きっと、私はやれる。
 シンに会いたい。だから、一人で向き合う必要があるのだ。これから、何からも終われず、何からも目を逸らさずに生きていくために。
「ラクス」
 そっと、優しくラクスの手を外して、ステラは僅かに微笑むと口を開いた。
「ここから、ひとりでいける」
 意思の篭った強い光りをステラは双眸に宿し、言葉のないラクスを見つめて続ける。
「ついてきてくれて、本当にありがとう。わたし、うれしかった。ともだち、おねえちゃん、おかあさんみたいな・・・・・・大好きなラクス」
「・・・・・・!」
 ステラは抱きしめられる強い力に身を任せ、しばしその心地いい力に目を伏せた。
 温かい。 
 シンとはまた少し違う温もり。
 こうして、歩き出してからいつも感じることがある。強い、強い力。
 どこへも行かないようにと、まるで地球の引力のようにステラを射止めて止まない力。

 そうか。
 何故、あんなにもネオを求めたのか。
 今なら、少しわかる気がした。

 似ているんだ。

 もしかしたら、ここにいてもいいと・・・・・・そう言って留めてくれるのではないかと。いつもそう思って惹かれていたのだ。
 孤独は冷たいんだ。
 冷たくて、凍えそうだから。誰かに連れ出して欲しくて仕方なかった。

 ネオ。
 わたし、今一人で行こうとしているの。

 その一人というのは、あの頃のと違うんだ。
 ステラ、違う「ひとり」を手に入れたみたい。まだ、不確かだけれど、見えないものだけれど、今ならきっとガイアに乗っている時よりも強いと思う。

 褒めてくれる?
 ステラ、ひとり、だいじょうぶなんだ。

「・・・・・・わかりました。ここで、待っていますから」
 離して囁くように言ったラクスの瞳は微かに濡れて見えた。どうしてラクスが泣くのか、ステラは本当はよくわからなかった。
 ステラは辛くなかった。怖いわけではないといえば嘘だが、行きたくないのでもない。だから、ラクスが心配することも、悲しむこともないのだ。そう思う
とステラは益々わからないのである。
 泣かないで、心配しないで。そう言いたかった。
「ほら、いけ。ちび」
「う」
 言いかけた言葉はイザークの小突いた手によって遮られる。
「・・・・・・きらい、いざく」
 ステラはぎっと振り返ってイザークを睨むと、頬を膨らませて歩き出す。
 透明な自動ドアが、あっさりとステラを受け入れた。振り返ればきっと心配そうなラクスの顔が見えるはずだ。どうしても今は見てはいけない気がした。
「がんばる、ステラ」
 ひとつ、息を吸って歩みだした。
 が、ステラはすぐに躓くことになる。おでこが何かにぶつかって視界がすぐに真っ暗になった。
「???」
「あら、ごめんなさい。失礼しましたでありますわ」
 どうやら誰かにぶつかったらしく、ステラはおでこを摩りながら見上げた。
「だいじょう・・・・・・ッブ!」
 ぶつかった背中は綺麗なカクテルドレスで、どこかのお金持ちのように見えた。振り返ったその容姿もステラから見ても綺麗な人だった。だが、何故かステラ
と目が合った途端にその人は物凄い形相で固まった。
「お、お」
「?ごめんなさい、いたい、ですか」
 あまりに挙動不審に陥った相手にステラは何かしたのかと不安になってその人物に近寄って顔を寄せた。
「イッ!!!」
「・・・・・・」
 瞬きを繰り返し、ステラは数回止まって、漸く口を開いた。
「シン」
「ぎゃー!」
 いつものシンと違って、何故か綺麗なドレスを着ているし、顔はどうやら化粧をしているようだった。それでも、その朱色の瞳と自分とお揃いの石鹸の香りは
間違いようもなく、愛する人だった。
 大好きな瞳が、何故かステラを前に業額と恐怖を湛えてそこにあった。
「これはっそのっちがう!そうじゃない!いや、むしろ俺じゃないからっ」
 シンは涙目でそういうと、言いながら後退してゆく。
 呆然とその様をステラは動けずに見つめていた。綺麗なドレスなのにあんなにがにまたで走って。周囲にいた何かの団体らしき人たちが驚いてこちらを振り返っ
た。
 視線の集まる最中、それでもステラは動けないでいた。
「ステラか」
 ぽんと固まった肩を叩かれ、反射的に振り返るとそこには懐かしい瞳があった。たった数日会っていないだけなのに、懐かしいと感じる自分にステラは少し恥ず
かしく感じるが、一瞬でしまいこんでその人物に微笑んだ。
「アスラン!」
「たまらなく可愛いね」
 アスランはそういうと、軽々とステラの脇に手を差し込むと優雅に抱き上げた。
「元気かな?お姫様は」
「元気!アスランも綺麗なかっこう、なんだね」
 僅かにアスランの眉が動くのを見たが、ステラは気にせずに笑顔で言う。
「なにかお祭り?とっても似合ってる」
「・・・・・・」
 無言のまま、アスランは抱き上げたステラを胸に収めてぎゅうと抱き寄せた。
 どうやら周囲の目はどうでもいいらしい。
 しかし、ここはコーディネーター研究所で、言わば極秘の物も扱う施設である。病院と似た雰囲気の場所で明かにこの状況は良くない気がした。
「アスラン、みっともないから。よせ」
「あ?イザークじゃないか。何故、ここに?」
「そりゃあこっちの台詞だろうよ。っとに、何を恥じ晒してんだ」
「俺は恥など」
 言いかけて、己の姿を改めて見下ろす。これは確かに恥じることかもしれない、普通の男子であれば。
「似合ってるだろう。アリだ、アリ」
「言ってろ。変態」
 イザークは吐くように言うと、何故かアスランの胸から無造作にステラを引き抜いて離した。
「お前、なにさりげなくステラに触っている?」
「俺はここの代表だ。この娘を研究所に連れてく任があるんでね」
 ラクスは微笑む。
 さっきから今まで、そんなこと一言も言わなかったくせに。と、心中で呟きつつ。
「・・・・・・何してるんだ。お前らは!」
 当然、背後から怒りのオーラを発するのはカガリである。
 ツアー御一行をバックに、カガリは目に見えるような赤い怒りのオーラを背負って、にらみ合うアスランとイザークへ割って入った。
「いい大人が、恥をしれー!!!」
 至極、当然な怒り文句が施設に響き渡った。

 

 

 

 


ひゃわー。

やっと、やっと、出会うところまで。しかし、アスランの愛がもう・・・

すいません。

平謝りで、続きます。。。 

 

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見えない状態だったようですみません(涙)

いつもありがとうございます。

 


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