「はい、ラクス」
 ラクスは振り返ると、驚いて瞬いた。
「これ。あげる」
 瞬いて、ゆっくり瞼を上げるとやはりそこにはあった。
 ステラの手のひらに、それはあった。
「ステラ・・・・・・貴方、これは」
 それは、白いフリージアの髪飾りである。
 とても精巧に創りこまれたデザインで、本当の生花がそこにあるようだった。施された水滴を表現している透明な硝子玉が一際目を引いた。
「コニアのところ、ステラ、作った」
 ステラは見せてから一向に固まったままの表情のラクスに不安そうに言った。
「すき、じゃない?」
「いっいいえ!そうではなくて、どうして・・・・・・」
 ラクスは漸く驚きから意識を戻して、なんとか言葉を紡いだ。そうしてから少し後悔する。もっと早く反応してあげれば良かった。
 小さな手のひらを差し出したままのステラはなんとも頼りなく佇んでいるように見えた。
「ごめんなさい、不安にさせましたわね。フリージア、とても好きな花です。キラもよくこの時期になればくださるのですよ、わたくしの誕生花だと言って・・・・・・」
 そこまで言って、気づく。
 そうか。今日は二月五日。自分の誕生日である。
「これ、あげる。ステラ、どうしてもラクスにあげたかった。お願い、受け取って」
 もう一度、ステラは差し出した手をぐっと前に出して、そう訴えた。赤紫の大きな両目にラクスの姿がいっぱいに映りこんでいた。
 わたくしったら、なんて豆鉄砲を食らったみたいな顔しているのかしら。
「ありがとう、ステラ」
 優しく、ゆっくりと呟いて、まるでその瞳に映りこむ自分と目が合っているような錯覚に落ちながら、ラクスは微笑んだ。ステラは映りこむ自分と連鎖するように
ほわあっと笑顔になる。
 その笑顔は言葉にし難く綺麗で明るい日差しのようだった。
「すき、ラクス」
「ステラ、わたくしもですよ」
 ステラは言うと、背伸びしてラクスの結って上げた髪元にその簪の形をしたフリージアの花を挿した。
「やっぱり!」
「?」
「似合う、絶対。そう思ってたから」
 満足そうにステラは言うと、そっとラクスの頬に手を添えてキスを落とした。
「ステラ、あなた」
 可愛い仕草にラクスも頬へキスを返すと、添えられた手にたくさんの小さな傷と火傷が見え、ラクスは思わずその手を取った。
「ちょっと、うん、えへへ」
「ちょっとではありません。どうしてこんな・・・・・・綺麗な手なのに」
「いいの。ヘタなステラがわるい。もっと練習」
「いけません。こんなになって・・・・・・でも、本当にありがとう」
「うん。でも、これだけじゃないの」
 腕に抱きしめたステラはもぞもぞと小さな頭を動かして、覗くとラクスに言う。なんだかその瞳はいたずらをする子供のようだ。
 ステラは問う前に、颯爽と腕から飛び出すと小走りに去りながら手を振った。
「ラクスー!楽しみにしててねー!」
 カガリ低の廊下を去ってゆくステラを見送りながら、ラクスはなんとか手を振り返した。
 一体何が始まるのだろう、そう思いながら。

 

 

 


 お誕生日。
 それは、生まれた日のこと。
 この世に生を受けて、おぎゃあおぎゃあと泣き叫んで、お母さんの腕の中に包まれた日のこと。

 分け隔てなく、誰もが同じ泣き声を上げる日。


 ステラは生あるものに誕生日というものがあるとカガリに教わって以来、手元のメモ帳に知りうる人の誕生日を書きとめていた。そうすれば、その日を祝う
ことができる。しかも、幸せを改めて感じることができるのである。
 嬉しくて仕方なかった。
 本当は生まれた日は、生んでくれたお母さんとお父さんという人に一番感謝したい。心からステラはそう思っていた。でも、誰のお母さんもステラは見たこと
がなかったから、いつも思い描くことにする。脳裏に浮かんだ、大好きな人たちそっくりの優しいお母さんとお父さんにそっと思うのだ。
 生んでくれてありがとう、出会ったステラはこの感謝を忘れないと。


 本当は知っている。


 誰もが「誕生日」をもっている。
 生んでくれた、お父さんとお母さんをもっている。

 でも、ステラにはない。

 
 だから、シンが自分の誕生日を言わないこと。
 だから、アスランやカガリ、ラクスだって、みんな、みんな、ステラの前で「お誕生日」をいわないこと。


 
 そうじゃないんだ。
 ステラはそうじゃないんだよ。シン。

 なくったっていい。
 ないなら、あるものを誰より祝うから。祝えることがとてもいいことだから。

 マルキオ牧師がね、言ってたの。
 それを「奇蹟」というのだよって。

 

 


 やはり少し気になって、ラクスはカガリ低を出てステラの様子を見に行こうと日傘を手に取ったときだった。
「やあ、ラクス。今日も綺麗で可愛い。その簪、凄く似合ってる」
 扉を開いたのはキラだった。
「・・・・・・気持ち悪いですわ、その褒め殺し」
「あ、言い過ぎた?」
「まあ、何が言いたいのやら」
「ごめんごめん」
 キラは少々呆れ気味の姫君にステラに似たいたずらっ子の笑みを浮かべると、ラクスの細い腰に腕を差し込んでエスコートした。
 促されるまま、ラクスは廊下に出るとキラはその腰を抱いたまま、歩き出した。
「ラクス。先に言っておきます」
 階段に差し掛かった時、そう言ってキラは引き締まった表情になる。
 少し強張った頬に緊張が見て取れ、ラクスは不思議に思って首を傾げた。
「キラ?」
「誕生日、おめでとう。ごめんね、愛してる」
 真っ直ぐに向けられた双眸が霞むように細められ、キラから静かに紡がれた言葉にラクスはまたも言葉を失った。
 幾度となく、囁いてもらえる愛の言葉。
 今までだって、キラは持ちうる優しさと懐の広さでラクスを不安にさせたことなんてない。そして、必ず言葉という形にして気持ちをくれる。それが
ラクスの最愛の人。
 なのに、何故か今日は違う気がした。
 何が。
 どうしてだろう。
「・・・・・・喜んでくれるといいんだけど」
 瞬きもせず、動かないでいるラクスにキラはそっと呟くと鮮やかな桜色の髪にキスして内ポケットから長い布を取り出した。
「?」
 その長いハチマキのような布にさすがのラクスも瞬いた。
「ちょっと、我慢してね」
 言うと、キラはマジックでも行うかのようにすらりと布を舞わせて、ラクスに目隠しした。
「キラ?」
「大丈夫。僕が連れて行くから」
 キラが大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。
 だが、目隠しして一体どこへ行くというのだろう。

 何も見えないまま抱き上げられ運ばれる中、ラクスは思案した。
 これから始まるだろう、何かに。

 

 

 

 


「シン!シンったら!はやくっ」
「早くったって、ステラ、限界があるってば」
「はやくー!」
「もう、無茶言うんだから」
 シンは手元の空気入れを上下させながら、肩で息をついた。空は快晴、雲ひとつない良い天気。計画実行には絶好の日だろう。
 額の汗を拭いながら、隣で大きな風船のゴムを膨らみやすいように手で伸ばして、空気入れにつなぐ作業を赤い顔をして続けているステラを見やる。
 必死になって。
 なんて可愛いんだろ。
「シン!」
「ああ、ごめんって」
 責めるように睨まれ、再びシンは空気入れの作業を再開した。
 あと、もう少し。
 ステラの用意した風船の数は膨大で、朝から二人で作業しているが先が見えなかった。しかし、それもあともう少し。
 シンは凝る肩に負けそうになりつつ、なけなしの力をふり絞ってステラに言った。
「ステラ、あとやっとくから。着替えて」
「でも」
「いいから。俺、着替えんのはやいし。ステラ、時間かかるだろ」
 少し悩んだ風だったが、ステラは頷いて風船を置いた。
「じゃあ、着替える!」
 言ったが早いか、ステラは背後においてあった紙袋を開けてごそごそしだす。
「よーし!あともう少し。キラさんたちが来る前にやるぞー!!」
 シンは空気を入れる手に力を込めた。

 

 今から、数時間前。

 

 ステラはマルキオ牧師に手渡された紙袋を手に、シンを連れてオーブの海が見える小さな野外教会に来ていた。
 計画実行には、ここは最高のロケーションである。
 木立に囲まれた小道を抜けると、そこには開けた丘があって、石造で組まれた教会とオーブの海がきらきらして見えた。
「素敵」
 これから始まることを思い描いて、ステラは笑顔になった。
 今朝まで起きて書類を片付けていた様子のシンには悪いと思ったが、今日は特別な日だ。シンに来てもらわなければ意味がない。
「これが、ラクスのベールで・・・・・・こっちが、ステラの」
 ステラは手にした子供用の牧師服に、微笑んだ。これ、マルキオ様のミニチュアみたい。
 手を止めて、シンを見やるときっと疲れているはずだろうに、シンは早速ステラの用意した風船を取り出してせっせと用意してくれている。
「やさしい、シン」
 なんで自分がキラの為に、なんてぶつぶつ言いながら、シンはステラの言うとおりこうして手伝ってくれていた。
 用意したのは特殊な風船。細工のため、少し重くて空気を入れるのも一苦労のものである。これは、レイに教わった方法で用意した。
「みんな、ありがとう」
 手にしたベールはメイリン作のもので、一緒入っているブーケはルナマリア作である。
 そして、オーブのお守りで作られた首飾りはカガリの用意したもの。

 弟の大事な日だからね。

 そういって微笑んだカガリの笑顔がステラは忘れない。
 家族とはああいうものなのだ。
 側にいなくても、遠くにいても、とても身近な存在。

 

 

「あ、アスラン運転手が連れてきてくれたみたいだよ。ステラ」
 シンは最後の風船を用意し終わって、自分のスーツに腕を通しながら向こうに見えたアスランの車にそう言った。
「きた?どうしよう、どきどきしてきた」
 振り返ると、牧師姿のステラがそわそわと小熊のようにうろうろしていた。
「・・・・・・シン?」
「いや、ほんと、可愛くて。我慢できない」
 いつの間にかシンの腕に収められたステラは、怒るかと思ったら大人しくしたまま小さく呟いた。
「・・・・・・シン、ステラ泣くかも」
「いいんじゃない」
「ステラ・・・・・・嬉しい」
「うん。俺もだよ」
「シン」
 ステラは小さな頭を押し付けて抱きついた。
 小さなステラ。
 手はアクセサリーつくりでぼろぼろ、今は少し大きめの牧師服に身を包んで仮装大会のよう。そんなステラは少しの不安と大きな幸せの間でどう在れば
いいのか悩んでいるようで。
 シンにとって、こんなステラを見ることができるのは本当に幸せなことだった。
 ラクスに心から感謝しなくてはならない。
 この子は本当に愛を知り、愛されることに慣れていない。なのに、全身でそれを受け止めようと必死だ。時にそれは痛々しくもあり、途轍もなく幸せそう
でもあり、シンにとって複雑だった。
 誕生日を祝う、その行為も本当はステラにとっていいことなのか。
 そう思うがばかりに、触れずにいたのだ。
「バカだよな、俺。君はこんなにも強いのに」
 そう、弱さだけではないのだ。女の子というものは。
 守るもの、ではなくて、守り守られるものなのだろう。シン・アスカ、漸く学びました。
「今度は、ステラの誕生日をお祝いしような」
「ステラ?ないのに?」
「あるよ。君の誕生日」
 瞬いて、ステラが返事しようとしたとき、木立の向こうから足音がする。
「ほら、急いで。きたよ」
 二人は頷いて、用意したイベントを実行するべく配置についた。

 

 

 

「ラクス、お待たせ」
 キラは抱き上げたラクスをそっと降ろした。
 緑色の絨毯の続く木立の入り口に立たせた彼女は絵本の中のお姫様のようだとキラは思う。その儚さを秘めた姿に放したくない思いが募るが、今は
そんな感傷的になっている場合ではない。
 必死になって、何かしたい。させてほしいと言った金の天使の顔が浮かぶ。
「さあ、行こう」
 言って、ラクスの視界を遮っていた布を取ってやる。
「ここは・・・・・・?」
「今日は特別な日だから、君に告白したい」
 それだけ言って、白く細いラクスの手を握ってキラは歩き出した。
 ラクスは微笑んでそれに従う。

 彼女はいつでも、僕にこうしてなんの疑いもなく手を握り返してくれる。
 とこしえとは、君のことだ。
 僕も、今日だけは君より強くあろう。

 これからも共にあるために。

 

 


 
 小さな野外にある、質素な教会。
 向こうに見渡せるオーブの海。
 
 石作りの卓台には白い花のブーケが風に揺られて、そこまで歩む道には赤い絨毯が敷いてあった。

「キラ、これは」
 木立をぬけ、開けた視界には潮の匂いとそんな風景が広がっていた。
 キラは無言のまま、そっとラクスをエスコートする。
「・・・・・・ここに」
 漸く口を開いたキラは、自分に向かい合うようにしてラクスを立たせ、何故か来た道を振り返った。
 つられてその方向を見やると、そこにはステラがいた。
「ステラ」
 少し緊張しているのか、ステラはぎこちなく歩いて側まで来る。大きいであろう牧師のローヴが可愛くてラクスは目元を綻ばせた。
 辿り着いたステラは、背伸びして手にしていたベールを落ちないよう簪で止め、ラクスの頭にかけてやる。
「誓い、する」
 囁くように言うと、ステラは今度はキラを見上げてもう片方の手にしていたネックレスを渡す。
 ほっと息を吐くと、ステラは少し下がって目を伏せた。
「ラクス、これはカガリからのプレゼント」
 言いながら、キラはオーブの守り石のついたネックレスをラクスの首にかけてやり、卓台に乗ったブーケを手にとってラクスに持たせると二人の間の距離を
そっと縮めた。
「ベールはメイリン、ブーケはルナマリア」
 瞬いて見上げるばかりの歌姫の額に自分の額を乗せて、キラは続けた。
「これから、天使が夢みせてくれるよ」
「え・・・・・・」
 何とか呟いたラクスの口唇をキラは静かに優しく塞いだ。
 
 風の音。
 青空。
 なんだかまっさかさまになったみたいな感覚。

 触れただけの口唇が熱かった。

「結婚しよう」

 離れた一瞬の間にその言葉は降って来た。
 何?
 今、キラはなんと、

 そう問おうとした瞬間、大きな大きな音がする。

「なっなんですの・・・・・・?」
 
 何かが破裂したかのような音。
 次いで降って来たのは、雪のような花びら。

 はらはらと、驚くばかりのラクスの頭上に降り続ける。

「ラクス、返事は?」
 そう聞くのは、ステラ。
「え」
 満面の微笑みを湛えて、何も言わないキラ。
「ラクスさん!返事は?」
 ひょいっと木陰から顔を出して、急かすのはシン。
「・・・・・・皆さんで?」
 やっぱり、返事もせずに微笑むばかりのキラで。
「喜んで」
 ラクスは、歌うように言った。
 澄んだ空気に言葉が浸透し、光を反射して海はこちらを照らすように光る。花びらは止むことなく、降りてきた。

 しん、しん、しん。

 雪はね、ラクス。
 繋ぐものなんだ。
 ステラの奇蹟なんだ。
 だから、どうしてもこうしたかったの。


 今交わされた約束が、すぐでなくても、そんなのいい。

 ラクス、ありがとう。
 素敵な言葉、歌のような響き。

「おめでとう!」
 

 

 

 

 

 歌が聞こえる。
 ラクスの歌う声。
 海を渡るように流れるその歌は、きっとたくさんの人の元に届いてる。

「ねえ、シン」
「ん」
 シンは海を眺めたまま呟くステラのほうを優しい眼差しで見返した。
「雪はね・・・・・・愛しい人の、名前を奏でるの」
 言って笑うと、シンは瞬きを繰り返して小首を傾げた。
「ふふ、教えてあげない」
 

 きっとね、わかる日がくる。
 シン、楽しみだな。わたしの誕生日。

 本当は、いつだって貴方がいればわたしには「奇蹟」があるけれど。

 いつかあんなふうに、きっと。

 

 

 


ラクス、誕生日おめでとう!!

を、素直に書きたかったくせに。こんななってしまった。

しかもちょっと、急いで書いたからなんだか・・・。大丈夫か。いや。うーん。

ラクスとステラ、この関係がすきです。歌姫は世話好き、でもいつもは世話されてる。その子の人ならでは感が。

ステラは目に入れても痛くないのだろうなあ。 

 

 

 

 


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