「よ!シン」
 背後から掛けられた妙に明るい声にシンは怪訝な顔を隠さずに振り返る。
「んだよ?ヴィーノ」
「おいおい。ご挨拶だなー、暇そうなんだしいいだろ」
「暇?俺のどこが暇なんだ」
 シンは大きな溜息をついて、手元の資料を叩いて見せた。
「俺、ほんとこのパソコンっつーの、慣れなくってさー」
「そのうちなれるよ。しょうがないわな、今までMSにばっか乗ってた特攻隊なんだし?」
「まさか軍にいてデスクワークする日が来るなんて」
「はは。もう軍じゃないよ、プラントの組織はさ」
「ま・・・・・・そうだけど」
 凝り固まった肩を解しながら、シンは作業着の親友を見上げて端末を叩いていた手を止める。よく見慣れたその服装と、変わらぬ親友の顔を見ていると
今がいつなのか、錯覚に陥って分からなくなりそうになる。
「そっちの仕事は変わりないわけ?」
「ああ。整備・点検、それから試験用のMSやマシーンの改造、改良。俺たちは技術屋だから」
「いいな、平和そうで」
「手に職は強いぜ」
「俺だってあるよ、手に職」
「なに?」
「・・・・・・ガンダム」
「ははは」
 笑われたってそうなんだから仕方ない。
 猛勉強したのは今までの時間全てMSの技術と構造、そういったものばかりだ。気休め程度にアカデミーでは数学だの国語だのとやったものの、赤点ばか
りのシンは記憶の隅にもそんな知識残ってはいなかった。
 確かにヴィーノの言うとおりなのかもしれない。
 これからの時代、シンのような戦争漬けだった人間にとって何ができると問われて「MSが操縦できます」って言ったって、どこも雇ってはくれなくなる
のかもしれない。
 最近では元MS乗りがテロを起こす、なんて映画まであるほどだ。歴史をドキュメントした戦犯的なものすらある。シンたちのような人間はどんどんと
過去の異物となり、かつては英雄と称されたことは風化し虚しい事実だけがそこに残ってしまうのかもしれない。そう考えると、シンの胸中は凍えるようだっ
た。自分の信念を間違っているなんて思ったこともなかったが、いつの日か己の胸に問わねばならぬ日がくるのかもしれない。
「シン?」
「なんでもない。で?何の用だよ」
「今夜暇なら、花火でもしない?」
 無邪気な様子で屈託なく言うヴィーノにシンは瞬いて問い返す。
「花火?どこで」
「海岸で。ルナマリアとメイリン、ヨウランも誘ってあるんだ」
「へえ、うん・・・・・・残業なかったら行く」
「付き合い悪い返事だなー。お前の彼女も来るんだぞ?行くって言えよー」
 そういうの、わからない。
 シンは口内で呟いて親友から目を逸らした。
「な?絶対来いよ。遅れてもいいから」
 言い切るとヴィーノはシンを置いてさっさと部屋を出て行ってしまう。勝手な親友の背はもう扉の向こうに消えて見えない。
 シンはゆっくり息を吐くと、背もたれに身を預けて無機質な天上を睨む。
「海岸か」
 ミネルバの中は寒いほど空調はきいているせいで、外の蒸し暑さは想像しにくい。だが、夏らしい風物詩の名を聞くとここにいても季節らしさを感じる気がした。
ヴィーノの言うとおり、この夏一度もルナマリアを遊びに連れて行ってやっていない。
 確かにいい機会をヴィーノがくれたのかもしれない。
「よし」
 短く気合を入れなおしたシンは苦手な端末に再び向き直った。

 

 

 

 


 目の前で楽しそうに話すラクスにキラは微笑んで頷いた。
 彼女の背にある硝子向こうには、壮大で終わりのない星の海が広がっている。暗闇のようなのに、深海を思わす宙がキラは好きだった。愛しい人を大好きな宙に
映しこんで眺める、というのはとても贅沢な気分だった。
「どうしましたか?」
「え、いや・・・・・・得した気分だったんだ」
「?」
「美しい宇宙と、それに負けない君」
 ラクスは数回瞬いて、キラの顔を見返す。次いで浮かんだ少し恥ずかしそうな表情にキラは思わず、その細い肩を抱き寄せた。
「キラ?」
「ごめん。ちょっとだけ」
「・・・・・・なにか、思い出しましたか」
「そうじゃないんだ。そうじゃない」
 君の凛とした顔も好きだけど、ただの女の子になる瞬間も堪らなく好きだと伝えたい。でもなんだか言葉にすると陳腐な気がして、キラは飲み込んだ。
「議会はどうなの」
「・・・・・・相変わらず、ですわ。前にも後ろにもなかなか進めない。けれど・・・・・・若い層が政治に興味を持って下されば改革は叶うはずです」
「イザーク、代表になったんだって?」
 キラは面白がるようにほくそ笑んでラクスの耳元へ囁く。
「ええ。勝手に推薦しておいたら激怒なさってましたわ。でも結局市民の支持が凄くて、嬉しそうでした」
「ははは」
「彼のような人が必要です」
「そうだね」
 ラクスの優しい声音が静かに室内に響いた。キラは目を閉じて、抱きしめたラクスをそのままにゆっくりと続けた。
「君は、戦後あまり地上に降りなくなった気がする」
「・・・・・・プラントでのお仕事が中心ですもの」
「いや」
 そうじゃなくて。
「キラ、他意はありません」
「僕にそんな言葉使わなくていい」
「キラ」
 われながらに小さいなと内心苦笑しつつ、思わず出た自分の拗ねた声にキラは顔を振った。
「ねえ。誰も君を責めはしないよ。そんなふうに誰も思ってない」
「それが嫌なのです」
「そっか。英雄、でないって言いたいんだね」
「はい」
 色のないラクスの返事にキラは閉じていた目を開けて、そっとその身を離す。
「君のしたことが正しいとか、間違いとか。デュランダル議長が今も台頭していてその築く未来が本当はみんなの幸せだったのかもしれなかったとか。そ
ういうのは、全て答えのないことだ。僕たちのしてきたことは、全部そうだ」
「・・・・・・キラ。わたくしは、それでも出来うる限りのことがしたい。そう思っています」
 ラクスの声は小さかった。泣きはしない。その強さが悲しく、胸を締め付けた。
「それなのに。心のどこかでは、多少の犠牲は仕方のないことだと。何かを成すためには必要なこともあると。血を流さなければ人々は分かり合えないと。
きっとそう思っています。だからわたくしは、メサイアを」
「ラクス」
 真っ直ぐに見据えた彼女の双眸はここにはないものを見ている。過去の幻影、己の討ったかつての命。
「わたくしはデュランダル議長と何のかわりもありません」
「・・・・・・仕方ないよ。人間なんだ」
 キラは紡ぐ言葉を出来るだけゆっくりと吐き出した。慰められてばかりだったのだとこういう時に思い知らされる。
 愛しい人を笑顔にすることのほうが、戦うよりもずっと難しい。
「僕らは、人間だから」
「キラ、ありがとうございます」
「なんだか申し訳ない気持ちになるからお礼言わないで」
「ふふ・・・・・・ねえ、キラ。地上には・・・・・・私的な理由で行きたいですわ」
「私的?」
「ええ。たとえば・・・・・・お友達に会いに行く、とか」
 嬉しそうに笑うラクスにキラもつられて微笑んだ。
 そうかもしれない。戦後、こうして平和になったというのに僕らときたら代わり映えしない顔とばかり、こうして時には暗い顔をし合っている気がする。
「お友達、作りたいですわ」
「そうだね」
 ラクスなら出来るよ、すぐ。
 そう思ったが、口には出さないでいた。彼女の立場がそれを簡単に実現させないことくらいキラにもわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 漣は、思い出を誘う。
 だから、近づかずにいたんだ。

 ずっと。

 だから誘わない、湖に君を送ったんだ。
 僕のところには二度と戻らぬ君だから。

 君と出会った夏も、

 君とさよならした冬も、


 俺は嫌いだ。

 

 
「シン、シンってば!」
「え。あ・・・・・・ごめん」
「もう、なにぼうっとしてるの?さっきから」
「なんでもない。花火、俺にもくれよ」
「うん」
 ルナマリアは曇らせていた表情をさっと変えると、手に取った花火をシンに手渡した。
「久しぶりだなー」
「確かに。宇宙じゃ花火はしないしね」
「やったら、どうなるんだろ」
「どうなるんだろ?」
 二人して唸って、すぐにやめた。
「なんかもっと派手なやつ、ないの?」
「あんた小心者のくせに、見た目勝負しようとするんだから」
「ひどい言い様だなーっ」
「図星じゃない」
「あらあら、えらくお二人さんラブラブですね〜」
 手に二本も火のついた花火を持ったメイリンが嬉しそうに近寄ってくる。シンは呆れた顔をして見返した。
「欲張りすぎて火傷するなよ?」
「しませーん。シンと一緒にしないでくださーい」
「ほんっと姉妹そろって、口減らずだな!」
「シンじじむさいよね」
「ね」
「お前らなーっ」
 悲鳴を上げて散らばる二人をシンは追おうとして、やめた。バカらしい。
「うるさいのがいなくなったんだ、一人で渋く花火るぜ」
 わけがわからないが、本人は満足して再び手元の花火にライターで火をつけた。
 花のような光が棒の先でちらちらしだして、暗かった海岸でほんのりシンの回りだけ明るくした。
「短いなあ、お前は」
 じりじりと尽き始める光を見つめて、シンはぽつりと呟く。
 背後から聞こえる不規則な波の音が、だんだん大きくなるようでシンは不意に海の方へ目をやる。
「・・・・・・なんだよ」
 消えずにここに在る。
「知らないよ、そんなの」
 確かにここに在る。
「忘れるって言ったろ」
 好きだって、そう言った。
「知らないよ」
 海がすき。
 ねおがすき。
「君のことなんて」
 シンがすき。
「知らないって言ってるだろ」
 今度はわたしが、あなたをまもる。だいじょうぶ。また、明日。
「・・・・・・っ」
 いつでも会える。
 そんなの。
「シン?」
「!」
 ルナマリアの声にシンは思い切り顔を上げた。驚きのあまり、自分が今どんな顔をしているのかすらわからないままに。
「ない、てるの?」
「え・・・・・・ああ、え、わからない」
「泣いて、るよ。あんた」
 ルナマリアの声が、優しいのに何故か責めているように聞こえた。それが自分の後ろめたさからなのか、本当にそうなのか、シンにはわからない。
「思い出して泣くの」
「何の話だよ」
「あの敵の子のこと、思い出して泣くんだ。シンは」
「はあ?敵の子ってなんだよ。俺、泣いてない」
「シンは!いつだってそうだよ!」
 思いのほか、強い怒号にシンは言葉を失う。幸い、ヴィーノやメイリンは離れたところにいてこちらの声には気づいていなかった。
「辛いくせに!泣いてるくせに!どうして?どうして、レイなの?どうしてその子なの?」
「ルナ」
「どうして私じゃないのよ!」
 本当はわかっていた。
 あの時、
 アスランとメイリンを討ったと伝えたあの時、泣かないルナマリアが俺の胸で泣いてた。
 あの時、俺決めたんだ。
 お前の前では泣かないって。
「ルナ、俺は」
「なに?都合がよかった?互いに寂しいもの同士だったし?戦闘の中で互いに守りあったしね!」
「聞けよ」
 シンは頑ななルナマリアの腕を取ろうとしたが、すぐに振り払われてしまう。
「知ってる?そういう状況で生まれた愛とか恋とかって、思い込みらしいよ?本当はそうでなくても、陥るらしいし!」
「ルナ!!何言ってるんだよ」
「じゃあ!!」
 ぜえぜえと肩で息をしながらルナマリアはシンを睨んで、ぶつけるように言った。
「海族館、隣の街の!つれてってよ」
「え」
「行きたい。私行きたいのよ!シンと、二人で」
 火のついたように叫んでいたルナマリアは、言葉のあと唐突に泣きそうな顔をしてシンを見た。
 シンは動けない、言葉が出ない自分に何度も叱咤する。なのに、ルナマリアに一歩も近づけなかった。
「ほら」
 消えそうなほどの震える声。
「やっぱり」
 泣いている。
 愛しい人が、自分のせいで泣いている。
「行けないんじゃん、私とじゃあ」
 ルナマリア。
 名前すら呼べない。
「知ってたよ。私・・・・・・、あんたがその子とした約束」
 張り付いたように喉が渇いて声にならなかった。シンは自分が今どんな顔をしているのか、想像もできない。
「だって寝言でいうんだもん。失礼しちゃうよね、人とそういうことしといてさ」
 おどけるように言うルナマリアのわざと言った台詞に、シンはぎりぎりと口唇を噛む。己の不甲斐なさと女々しさ、鬱屈した悲しみに愛想を尽かしたい。
出来るなら、そうしたかった。
「ねえ、シン」
 ルナマリアの声はやっぱりどこかつらそうで、シンを責めるように響く。
「前にも言ったけど、もし・・・・・・その子、生きてたらあんたどうするの?」
 これはきっとラストチャンスだ。
 優しいルナマリアのくれた、俺への最後の前に進むチャンス。
「生きてたって」
 漸く声になったのに。
 シンは自分がわからなくなった。
 なんだろう、この気持ち。
 今までしまっていた言葉を口にしただけで、こんなにも。
「ステラが生きてたって、俺はルナマリアが好きだよ」
「シン」
「好きだよ、ちゃんと愛してる。今も、この先も」
 俺の枯れない涙が憎い。
 どうして俺の涙は枯れないんだ。もういいんだ、もう泣きたくなんかないんだ。情けない自分なんかいらないんだよ。
「シン、ごめんね」
 どうしてルナマリアが謝るのだろう。
「ごめん」
 そっと近寄って彼女がまるで母親のようにシンの背をぽんぽんと叩いた。
「ほら、言っていいよ」
 魔法のようだ。
 ルナマリア、君は本当に。
「あ・・・いたい、会いたい・・・んだ」
「うん」
「あいたい」
「知ってるよ」
 世界中、誰に話したって、俺は最低最悪の男だ。

 

 

 

 

 


二話にしてもうシンたんが・・・おうおうおう、こまのせいなのでシンは悪くないのですねwww

ああ、

書き始めたころを思い出します。初期のシン、うだ〜うだ〜なんだな・・・仕方ない。

うちのシン、よく泣いてごめんなさい。

泣かない子、なんだよ。うん。。。


 

inserted by FC2 system