仲良く二人は四十度近くの熱を出して、ベットに並んでいた。
 どうあっても離れなかった二人の繋がれた手の為、ベットはぴったりとくっついたままである。大きなベット
もあるのに二つなのは、アスランの悪あがきだった。
「やっぱ、花嫁の父親的気分だと思うな」
 眠るステラの寝顔を見つめながら、カガリは呟く。
「ま、私も寂しいけどな。なんだか、取られたみたいで」
 熱の為、頬が真っ赤に火照ったステラはまた可愛くて、カガリは思わずその頬をつつく。
「かわいいいもんなあ。ステラ」
「カガリさんも、お可愛いですわ」
「やめろー」
 シンの額に冷やしたタオルを乗せてやりながら、ラクスはくすくす笑う。
「カガリさんには、アスランさんという素敵な方がいらっしゃるではありませんか」
「あいつは男だ。可愛くはない。ステラの魅力には勝てないね」
 今度こそ、カガリの言葉にラクスは声を立てて笑った。
「こいつらが元気になったらさ、みんなでどこか行こうか」
 言いながら振り返ると、ラクスは机の本立てから一冊の本を持ってこようとしているところだった。覗き込んで
みれば、それは「デート雑誌」なるものであった。
 悪戯な笑顔を浮かべ、ラクスはページを開く。
「わたくしね、一度でいいから恋のキューピットってしてみたかったんですの。ここ、ご覧になって」
 ラクスの指差した先には「カップル温泉」という文字が。
「なんだこれ」
「最近流行なんだそうです。恋人同士、二人で温泉につかるそうですわ。貸切で」
 カガリは思わず、雑誌を二度見してしまった。
 オーブでこんなものが流行っているとは知らなかった。温泉はアークエンジェルにも設備としてあるほど、オーブ
では根強い文化である。それにしても、カップル温泉とは。
「え?なに、この二人に?」
「はい」
 語尾にハートマークがつかんばかりのラクスに、軽い眩暈を感じながらカガリは顔を引き攣らせた。
「いや、まだ早い……とかゆう問題じゃなくて、いいじゃん、普通の温泉に皆で行こうよ」
「いけません。二人の邪魔をしては」
 思いのほか強いラクスの否定にカガリは怯みつつ、もうカップルなんだし恋のキューピットは成り立たないのでは
という言葉を飲み込んだ。
 大体、それはアスランが許さないだろう。
 本当にステラの父親みたいになってしまっているのだ。一緒に温泉に入るだなんて、怒りすぎて倒れるかもしれな
い。本気で。
「聞いてみましょうか?行くって言いますわ、きっと」
「え?誰に?」
 雑誌を抱え、ラクスは足取り軽くシンのベットの側へ歩み寄った。
「シン、ステラとカップル温泉行きますわよね」
 満面の笑顔でシンに向かってラクスは言う。だが、当のシンは熱にうなされていて当然返事はない。が、夢でも
見ているのか、
「ステラ……」と呟いたのだ。
「まあ、そうですの!じゃあ、予約しておきますわ」
「ちょちょちょ、うんって言ってないぞ。今の」
「何を言いますの。シンの返事は決まって、ステラですわ」
 ぽかーん。
 カガリはうきうきと雑誌を抱えて室内を出てゆく歌姫の背を見つめて、固まった。

 

 予想していた展開だ。まさに。
 カガリは思い切り、溜息をつく。

「どうしてです?何をそんなお怒りなんですか?」
「ラクス。君はいつもどこかずれているんだ!つきあってもいない男女があり得ないんだって!」
「ずれている?なんのことです?この世にあり得ないことなんてないです」
「だから、カップル温泉はだめだ!!」
 アスランの必死の訴えにも、ラクスは平然と微笑みを浮かべたままで対応している。大物としか言いようのない雰囲気である。
 ともあれ、カガリはもうかれこれ一時間経とうとする問答に、いい加減飽き飽きしていた。
「な、アスラン。皆で行こう。なら、問題ないだろ?」
「え、いや、でも……いや」
「ほら。それならいいかなって少しでも思うんだろ?」
「……うーん」
「な?ステラも温泉初めてだし喜ぶぞ?」
「よし。それならいい」
 突然、凛とした返事をする稀代のエースにカガリは内心、半眼になった。
 が、しかし。
「それでは、意味がありませんわ」
 歌姫はいたくご立腹である。
「ラクス、あのな。アスランの言ってることはちょっと大袈裟ではあるが、確かに一理あると思う。だから、それはまた今度に
しよう。な」
「もう予約しました」
「問題ない、今からでも大きな温泉に予約しなおそう。私がするから」
「……せっかくですのに」
「ラクスだって、ステラと一緒に温泉入りたいだろ?」
「はい」
「じゃ、決まりな」
 こっくりと頷いたラクスを見て、漸くカガリは安堵の溜息にすることができた。
 隣のアスランも少し落ち着いたようだし、なんとかなったようだ。急いで大所帯で行ける温泉を手配しなくてはならないが、
先ほどの言い合いを思えば可愛いことであった。
 にしても、元婚約者同士のくせにこの意見の違いようったら。
「なんだ、その目は」
「呆れてるんだ」
 不思議そうに見返すアスランに、カガリは思い切り睨み返した。

 

 


 目が覚めて、一番に気がついたのは掌にある温もりだった。
 自分の手の中に、小さな手がおさまっていた。

「ステラ……」
 呟いて声にしてみても、やっぱり実感がない。
 帰ってきたのだ。ちゃんと、現実に。
「やっぱ」
 信じられない。
 シンは、そっと息をついて、天井を見上げた。
 きっとここはアスハ邸の一室だろう。見まわした室内には二つのベッドと壁にある小窓だけの部屋だったが、敷かれた白いカー
ペットとかかったカーテンに心遣いを感じる。なんとも可愛らしい犬の絵が描かれているのだ。
 きっと、ステラが見たら可愛いと笑顔になるだろう。
 ステラが喜ぶ。
 なんだろう、こんなふうに思っている自分が信じられない。今まで、幾度と自嘲したことかわからない。こうしてあげれたら、
こうしてあげたかった。そんな思いばかり抱く自分を。
「……俺、こんなんばっかだったもんな」
 家族にも、愛しくて守りたかった人にも。
 自分ばかりが生き残って、何を成すわけでもなく、こうして生きていて何の為に何をすればいいのかと繰り返すばかりの日々
に今度は嫌気がさして、運が良かったのではなくて運が悪かったのだと虚ろに変わるしかなくなって。
 こんなにも自分が情けなかったなんて、知りたくなかった。
 そんなふうに考えてしまうようになった。
「情けねえ」
 片腕で瞳を覆うと、シンはそのまま嗚咽を飲み込んだ。
「しつこい男は嫌われるって……」
 もう、充分に責め悩み、同じ思いを繰り返した。うんざりするほどだ。
 ステラが帰ってきた。
 そして、その思いもまた受け止めてもらえた。受け止めることも許された。
 
 奇跡なんてない。
 これはだから、奇跡なんかじゃないんだ。

「……シン」
 ほら、聞こえる。
「シ、ン」
 どうして、こんなにも。
「なく?」
「泣いてないよ」
 隣のベッドから優しい眼差しを感じる。慈しむその温度は久しく素直に受け取ることのできないでいたもの。
「ステラ」
「シン」
 腕を外して横を見やると、ステラが華が咲いたような微笑みを浮かべてこちらを見つめていた。優しい眼差しに何故か泣きたく
なって、シンはまた眼を逸らそうと顔を動かした。
 その頬をステラが意志を持った強さで留めた。シンは驚いて、瞬いたまま静止する。
「……なくの?」
 少しだけ陰った瞳にシンは焦って、顔を横に振った。
「泣かない、です」
「ふ、ふ…」
 思わず敬語になって口を開いたシンにステラは目を細めて笑った。その漏れた笑い声がそっと吹く風のようにシンに染みて聞こ
えた。心を撫でるその感触に、いてもたってもいられないような気持ちが溢れて身を起した。
「なんだか、まだ雪が降ってる気がする」
「?」
 我ながら意味不明なことを言ったと思いつつ、シンは頭を掻いた。
「うん、なんだか……さっきのことみたいに、思うよ。ステラとあの庭で抱き合ってたのが」
 きっと寝込んで、一日はとうに過ぎているだろう。
 部屋には誰の姿もないが、誰かが代わる代わる看病してくれたに違いない。
「雪……シンの音がする、雪だね」
 ステラはそう言って、また笑う。
 シンの大好きな、あの頃見ることの叶わなかったステラの笑顔だ。
「俺の音?雪って降るとき、音するかな?」
「する、よ。聞こえる」
 しん、しん、しん、しん。
 愛しい人の名を奏でて、舞い落ちてくる。
「そっか。じゃあ、ステラをこっちに引き留めたのは俺ってことだね。よかった」
 記憶を失っていたステラ。
 失くした思い出を拾い集めることよりも、「そうだった事実」を受け止めてシンを分かりたいと言ってくれたステラ。
 あの時の自分には戻れないけれど、そうなりたいと言って必死にぶつかってきたステラ。
「聞こえたよ。シンの声」
 伏せた瞼の向こうに、ステラの澄んだ赤紫の瞳が消える。
 シンにとって、この時間は止まったようにゆっくりと感じられた。手を伸ばせばそこに愛しい人がいて、今ならこの細い肩を抱い
て守ることができるのだ。
 問い続けて、未だ搭乗しているMSにだって、今なら喜んで乗るだろう。その力が意味を成すなら。
 そこまで考えて、息を吐いた。
 そうじゃない。
 彼女は、生きるために還ってきたのだ。
 自分のところに、ではない。
 自分の為にだ。
「シン、お願いあるの」
 起き上がるながら、ステラはこちらを見上げて言った。
「ステラ、がんばる。ちゃんと、できるよう、ひとりで。だから」
 よろめく肩を支えて起してやりながら、たどたどしい言葉を待った。ステラは懸命にどう言えば伝わるのかを探しているようだった。
「……ステラ、ひとり、なりたい」
 真っ直ぐに意志を帯びた双眸がシンを捕えた。
 シンはただ、その言葉の意味を測りかねて瞬くばかりだった。

 


 

 

 

 


続きあります

かきます!!

ちょっと更新。笑 2009年だ!わわ。

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