「シン、ステラ、おでかけしてくる」
「え?」
 シンは瞬いて、開いていた雑誌を閉じた。ステラが持ってやってきたマグカップを受け取りながら、ゆっくり問い返した。
「一人で行くの?」
「うん。ひとり」
 ステラは自分のマグカップを両手で包み、そうっとシンの隣に腰掛けた。触れるか触れないかほどの距離に座るステラが可愛くて、シンは
ついつい頬を緩めてしまう。
「俺、暇だし付き合うよ?」
「ううん、シンはよーらんと、遊ぶの。しってる、ステラ」
「それは・・・・・・」
「せっかく、きょう、お休み。シン、楽しみしてたでしょ?見学」
「ステラ」
 言い終えて微笑むとステラはまだ熱くて口のつけれないココアをふうふうと冷ましだす。シンは愛しさの増す隣の愛しい人を抱きしめたい
衝動に駆られ、必死に留まった。
 可愛いひと。
 なんて、シンはいつでもそう思う。白磁の肌の中で赤紫の瞳は透明できらきら輝き、シンを映せば桜色に染まる頬も、なにもかもすべてが
愛おしい。誰にも渡したくない、そう思うのだ。
「って、どうして知ってるの?」
「よーらん、昨日電話くれた」
「アイツ・・・・・・」
 シンは少し前からヨウランと約束していたことがあった。ヨウランの知り合いが教師をしていて、今年の教育実習は候補生が少ないとかで
困っていると聞いたのだ。戦前、教師になりたいと思ったことのあったシンは興味引かれる話で羨ましいと、そうヨウランに零したのがきっ
かけで、良ければ実習に来ないかと聞いてもらえたのである。
 けれど、ミネルバで働くシンに長期で休むことも叶うかわからないし、自分に出来るのかまず不安だった。正直に話したシンに、ヨウラン
の知り合いはまずは見にきたらと、嬉しい言葉を寄越してくれた。
 隣で嬉しそうに笑うステラを見つめて、シンは泣きたい気持ちになる。
 ステラに話したことはない。教師になりたかったことなんて。話したくないのでも、自分の夢などなかったことにしたいわけでもない。た
だ、言葉にすることが怖かった。堰き止めたものが溢れ出しそうで、うまく言えないがシンには話せなかった。
 それでも、ステラは何も聞かずにただその邪魔をしないようにだけしようとしている。
 それがなんとも、泣きたいくらいに胸を締めつけた。
「ね、だから。ステラだいじょうぶ、ひとり行ける。それから、メイリンのとこいくから」
「メイリン?」
「う。今日、メイリンの誕生日。皆と夜にパーティするけど、先にプレゼント買って渡しに行きたいの」
「そうか・・・・・・今日だったっけ」
「シンとステラからってことにして、あげる」
 にししとステラは悪戯な笑みを浮かべて、テーブルにココアを置くとシンの肩におでこを乗せた。
「ステラからだろ、それ」
「ありがと、は?」
「・・・・・・ステラー」
「ん。はい、ありがとは?」
 つけていたおでこをすっと動かしてステラはシンの肩に顎を乗せてくる。シンは間近にステラの瞳にぶつかって思わず息を呑んだ。
 挑むような双眸がシンを捉えて動かない。返事を待つ様子が子猫のようで。
「・・・・・・うーあー」
 シンは呻いて情けない顔をすると、勢いに任せてステラの肩を掴んで押し倒す。
「シン?ありがと、は??」
「あ・・・りがとう」
 ステラの胸に顔を埋めたまま、シンは呟く。温かい。柔らかい。響いてくる声がシンを浸透した。
「よくできました」
「ごめん。ステラ、俺、ほんと好き。ステラが好きだ」
「しってる、ステラのがシンすきけどね」
「俺だし」
「ステラ」
「俺だってば」
 言い募るシンにステラは急に身じろぎして体勢を逆転させる。驚いて瞬くと、すでにステラは上からシンを覗き込んでいた。
「シン、ステラにまける。ステラ、かち」
「す」
 呼ぼうとした口をステラはゆっくりと柔らかく塞ぐ。
 何度も、何度も、交わしている口づけは、いつでも心の琴線に触れる。甘くて、優しくて、苦しい。
「すきだよ。シン、心配しないで楽しんできてね」
「・・・・・・わかった。ステラも」
「変なひと、ついてかない」
「オーケー」
 二人は見つめ合ったあと、なんとなく笑えて転がりあって笑った。

 

 

 

 

 


 目の前にあるのは、芍薬の花。
 薄紅の中に淡い桜色と濃い紅色がじんわりと浮かんだ花がなんとも華やかで、ステラは知らずと口を開けたまま見つめていた。
「気に入った?」
「う、きれい」
「芍薬はね、花の女王っていわれるくらいだから。魅入られるってのは、当たりかも」
 メイリンはそう言って、鉢植えに咲き誇った芍薬たちの中から、一本を鋏で切り出した。
「?」
「少し待ってね、今からお茶に煎じてあげるから」
「メイリン、なにかつくるの?」
「ステラってば、貧血気味じゃん」
 微笑んで言うメイリンにステラは首を傾げるばかりだが、気にせずメイリンは花を持ってリビングのキッチンへと立つ。
 買い物に出たステラはメイリンと偶然に遭遇したのだが、その場で立ちくらみを起こして動けなくなってしまったのである。まだ少し残る眩暈
にステラは目を伏せて、ゆっくり開いた。
 メイリンの背中をぼんやりと眺めながらステラは申し訳ない反面、嬉しくなった。
 こうして、座って誰かの背を眺めることがステラは好きだ。いつも、シンがキッチンに立つ姿をただ眺める時が好きなことはシンには内緒にし
ていた。こう、不意に振り返って目が合ったりするのが、なんともいいのである。ただ、シンはステラと違って働いて帰ってくるので、あまりキッ
チンには立たせないのだが。
 頼もしい背中を思い出して笑うと、メイリンが振り返った。
「なあに?思い出し笑い?」
「シンのこと、考えてた」
「わー、こっちが照れるよ。ステラ」
「?」
「あっちあっちだねえ、ホント」
 笑いながら手を止めずに動かすメイリンは、湯気の立ち上る小鍋を回しながら芍薬の花を細かくすり鉢に移していた。
「なにをつくるの?」
 ステラは気になって、そっと駆け寄ってその手元を眺める。
「お茶なんだけど、貧血に効くんだ。授業で私専攻してたことがあるの、薬草とか薬効」
 アカデミーは軍事仕官学校であるが、同時に通常の勉学も希望すれば学べる機関でもあり、親元を離れて入った寮生や親のいないものにとっては
色々と便利な一環教育機関であった。
 メイリンにとって普通の中学校に通っていた中でのアカデミー進学だった為、学びたいことが選ぶことのできることは有難い事この上なかった。
「私、こう見えてもサバイバルを生き抜くパートナーとしては最適なんだよ」
「さばいばる、なあに?」
「世界で誰かと二人きりになるって言われたら、メイリン・フォークを選べってこと♪」
 ウィンクを投げられて、ステラは瞬く。メイリンは可愛い。ステラの憧れでもあり、親友でもある。本当のところ、メイリンは早口でたくさん言葉
も知っていて、ステラには大半がよくわからないことだったが一緒にいると楽しくてはしゃぎたくなる。そんなメイリンが大好きだった。
 ステラはサバイバルの意味は結局わからなかったが、頷いてすぐに口を開いた。
「メイリンを選びたいけど、シンって言っちゃうステラ」
「知ってる」
 可笑しそうに笑い飛ばされて、ステラはなんとなく頬を膨らませた。
「はいはい、誰もシンに勝てないことくらい知ってます」
「メイリンは?メイリンなら誰を選ぶの?」
「え?」
 メイリンは肩を躍らせるようにしてステラを見ると、しどろもどろにもごもごと言って最終的に笑うだけだった。
「ステラ、そういえば何買い物してたの?」
「あ」
 そういえば。
 ステラは曖昧になってしまった記憶と用事があったことを思い出し、慌てるようにうろうろする。
「どうしよう、思い出せない・・・・・・」
 何故だか、今朝からの自分のことが思い出せなかった。シンに出掛けると言ったことは覚えているのに……確か、何かの為に買い物に出たのだ。し
かも一人で行くと言って。
「そのうち思い出すって」
 明るく言うと、メイリンはくつくつ煮えたお湯の中に芍薬の雫を混ぜて、なにやら調合すると味を見て満足そうに振り返った。
「よし、美味しい。飲ませてあげるね」
「ありがとう」
 頷いて、ステラは言われた場所からマグカップを取り出してメイリンを手伝う。心の端っこにまだ引っかかっていたが、取り合えず仕方ないと思って
二人してソファに腰掛けた。
 お花のお茶は薄い色をしていて、少し葉っぱみたいな香りがする。飲んだことのないものにステラは瞬いて暫く匂いを嗅いでいた。
「ちょっと、癖があるかも。でも効くから飲んでね。女の子は貧血とかきついし」
「う」
 ゆっくりと湯気ののぼるマグカップに口をつけて、ステラはふうふうと冷まして漸く口に含んでみた。
「あまい」
「うん、美味しいでしょ?」
「おいしい!」
「なんだか、私毎年自分の誕生日にこれ作ってる気がするなあ。縁があるのかな」
「・・・・・・」
 テーブルに出した和菓子をメイリンはステラにも取ってやりながら、瞬いてばかりのステラを見やった。
「あ、あ、あ・・・・・・」
「ステラ?」
 ステラは頭を抱えて立ち上がった。勢い良く立ち上がりすぎて、メイリンの手から和菓子の最中が落っこちる。
「めい、めいり・・・・・・」
 おろおろと言葉に詰りながらステラは後退した。言い終えない内に彷徨う視線で自分のカバンを見つけて、手に取る。
「ちょっと!ステラ、どこ行くの?」
 メイリンが叫ぶ声が聞こえたが、ステラは一心に振り返らず、カバンを胸に抱えてマンションの廊下をひたすらに駆けた。

 

 

 

 

 

 メイリン・ホークという女の子。


 それは、ステラにできた初めての親友。
 それは、ステラにとって初めての出来事。

 紅い髪も、勝気な瞳も、いつでも元気な笑顔も、可愛い服装も、お洒落なところも、全部が羨ましいことだった。そんなメイリンが、ステ
ラに言ったのだ。

 今日から、ステラとメイリンは親友ね。

 


 オーブの海から拾われたあの日から、ステラはたくさんのものをもらってばかりだ。
 言葉という贈り物を、いくつも、いくつも、みんなからもらってばかりだ。

 目覚めたときは怖くて、形あるものに縋った。胸にかかった貝殻のペンダントだけが己の所有物だった。触れることのできる確かなものに安
堵していた。それなのに、目に見えないもので繋がったみんなが羨ましくて、それに憧れたのだ。
 憧れて、焦がれて、手のひらに落ち続ける雪に泣いたのだ。
 見えるのに。
 触れることが叶うのに。
 その温かさに、融け、消える雪が悲しくて。
 
 ステラに叶う“目に見えないもの”は悲しいものである気がして。
 

 嬉しかった。
 自分にも見えないものが、手に入った気がして。繋がることが出来た気がして嬉しかった。
 

「ぅ、う・・・・・・」
 ステラはしゃくりあげながら、ひたすら街へ向かって走る。息が上がり、苦しかったが足は止める気はなかった。オロファトへの道はメイリ
ンのマンションからは遠くはない。きっと、間に合う。
 悲しくて泣けるのではなかった。
「めいり、う、ごめん、ステラ、」
 悔しかった。どうすることもできない自分が。
 忘れてしまうことも、覚えていられないことがあることも、治らない頭痛も、仕方のないことだとみんな言う。それでも悔しかった。
「・・・・・・」
 ステラは目の前に街の全景が見え出したとき、唐突に足を止めた。
「どうしよう」
 あんなに、何を買うか考えて決めていたのに。
「・・・もいだせ・・・・・・ない」
 シンとステラからだよって。そういえる、いいものを思いついたのに。
「思い・・・・・・出せない」
 真っ白な画用紙みたいに、辿っても辿ってもステラには見つけられない。
 繰り返すのは、眩暈と頭痛だけだった。
「あれ?ステラちゃん?」
「!」
 頭を抱えてうずくまっていると、頭上から声が降ってきた。聞いたことのある、声。
「・・・・・・びの?」
「こんにちは。シンと一緒じゃないんだね、今日は」
 にっこり笑ったヴィーノは、パーカーにジーパンとラフな格好でそこにいた。ステラは制服か作業着姿の彼しか知らないため、なんだか違う
印象のヴィーノに一瞬反応が遅れた。
「そんなところでどうしたの?調子、悪いの」
「う、ううん」
 ヴィーノはごく普通に聞いてきたのでステラは何とか微笑んで立ち上がる。
 遭遇したのがアスランやラクスなら間違いなく今すぐ病院送りな状態のステラだったが、深くは事情を知らないであろうヴィーノにステラは
何としてでも平静を保って気づかれないようにする努力をした。
「ちょっと、靴の紐、むすんだの」
「そっか」
 言ってから、ステラは自分の靴が紐のないことに気づくがヴィーノも気づいていないようだったので安心する。
「びのはどこいくの?」
「メイリンち。アイツ、今日誕生日だからさ」
 ヴィーノはにかっと笑うと、手にしていた紙袋を持ち上げて言う。
「夜は皆ではしゃぐんだろ?だから、俺は昼間のうちにって思って」
「う、ん」
「あいつ最近、君の話ばっかしてるよ。よっぽど嬉しいんだろうね、親友ができたって」
「メイリン」
 呟いてつい俯いてしまう。心は悲しみに満ちていて、ヴィーノの声が遠い気がした。
「ここだけの話。メイリンってさ、戦時中はいっぱいいっぱいな所があって、必死でさ。でも普段はすっげえどこにでもいる女の子みたいには
しゃいだりしてて・・・・・・俺から見てて、ここにいちゃいけない子っていうか・・・・・・戦場が似合わない子だなってずっと思ってたから。だから、
今こうして君と仲良くしてることとか、皆と遊んでるの見れるのは嬉しいよ。それに」
 ヴィーノは少し目を伏せると、ステラを優しい眼差しで眺めて続けた。
「アイツ、まじで友達いなかったからさ」
 特に、アークエンジェルに移ってからは心配で。と、ヴィーノはそう呟いた。その表情が苦しそうでステラは言葉を失う。皆、何かを心に抱え
て生きている。シンがそう話したのを思い出す。
 今があるから、抱えることができる。
「本当は、誰より友達できそうなメイリンが、そうできない戦場って・・・・・・ほんと、なくていい場所だよね」
「うん・・・・・・戦争、だめ。こわすの、だめ」
 互いに頷き合って、笑顔になった。昼の日差しが眩しく注いで、思わず仰いだ空が真っ青でステラは嬉しくなった。
「この空なら、飛んでもいいね。この空なら、きっとメイリンに似合うよ」
「だね。ま、俺は操縦できないから、シンあたりに頼むしかないけど」
「もびるすーつ?ステラのれるみたい、メイリンのせる」
「あはは。頼もしいな、俺かっこわりー」
「びのも乗せたげる」
「ますます落ち込むなあ」
 二人は空を見上げたまま、暫くそうしてお喋りしていた。雲ひとつない空が、海のようで、宙にも似ていて、本当にこの空ならばMSで飛んで
みたい。吐き出した白い尾っぽを引っ張って、この空に絵が描きたい。
「シンが君といると頼もしく見えることがあってさ。なんだかその意味がわかった気がする」
「?」
 ヴィーノは嬉しそうに言うと、ステラの方を向いて言った。
「シンを頼むね。あいつ、ほんと泣き虫だから」
 ステラの知らないシンを、きっとヴィーノは知っている。たくさん、きっと。
 ステラは頷いて、自然と浮かんだ言葉をそのままにヴィーノに渡した。
「ステラ、ぜんぶ、一緒だから。泣くのも、わらうのも・・・・・・だから大丈夫」
「俺も君みたいな子を見つけたいもんだよ。シンばっかり・・・・・・」
 ぶつぶつとヴィーノは文句を言いながら、軽く手を上げて踵を返した。
「じゃあ、俺はメイリンのところ行くね。またね!」
「う!またね」
 手を振って、去り行く元気な青年の背をステラは見送る。
 シンとは違う男の子。
 皆、誰かと繋がっている。己とは、己が築きあげているのではなく、まわりにいる大切な人がそれを形作っているものなのか。
「ひとり、ない」
 呟いて、ステラは微笑むとオロファトへ向けていた足を港へ向けて再び走り出した。

 

 

 

 

 

 メイリンは玄関の前で行ったり来たりを繰り返し、仕舞いには座り込んだ。
 携帯を鳴らすことも、追いかけることも考えたが、どうしてかどれも出来なかったのだ。
「ステラ・・・・・・」
 純粋で、真っ直ぐで。いつでも羨ましいくらい濁っていなくて。
 それを羨む気持ちはメイリンにとって、少し不満な自分だ。私は私ではないか、と。何をそこまで羨むことがあると。大体、みんなそれぞれ
キャラってものがある。自分がステラのようだとヴィーノやヨウランに爆笑されること間違いないのだ。
 そうあれたならいいのかもしれないが、そうはなれない自分を自身では可愛いもんだと思うことにしている。
 それなのに。
「ごめん」
 親友ね、と言った。
 それは、メイリンにとってステラにそうあってあげたいと思ったから。
「ごめんね」
 素敵なことだと教えたかった。知ってほしかった。
「ステラ」
 でも、きっと自分にないものを持つステラを羨む自分が言った強がりでもあったのだ。
「・・・あー!私ってさあ・・・・・・なんか、浅はか」

 びー。

 玄関の前でメイリンが寝転がって呻いていると、そこに訪問を知らせる音がした。

「ステラ!?」
 飛び起きて、メイリンはインターフォンをひったくる。
『メイリン?来てやったぞ』
「・・・・・・なんだ、ヴィーノか」
『お前、まじで失礼な奴だな』
「何しにきたの?どうしてステラじゃないわけ?」
『あのなあ、って。ステラちゃんに会ったよ、さっき』
「えええ!?」
『とりあえず、開けろって』
 ヴィーノの呆れた声にメイリンはしぶしぶ開錠のボタンを押して受話器を置いた。

 

 * * *

 

「お前、変な顔してるしステラちゃんと喧嘩でもしたのかと思えば・・・・・・全然してないじゃん」
 ヴィーノは今朝の出来事を聞いて、呆れたように言った。
「喧嘩なんかしてないわよ。そうじゃなくて・・・・・・あー」
「ステラちゃんはプレゼント買うの忘れたことにショック受けて出てったんだろ?お前が何悩むわけ」
「・・・いやさあ、私が気にしないこと、ステラは気にするわけでしょ?でも、親友ってそういうことも言い合って笑い飛ばしちゃうくらいでい
いと思うのよ。でもそれできなかったのよね」
 しまった、と思った。
 考えなしに自分の誕生日だってことを言ってしまったことを。
「メイリン、親友ってそれぞれだろ。これが親友ですってもんじゃないじゃん」
「ヴィーノ」
 メイリンは瞬きながら、目の前のヴィーノを凝視した。
「なんだよ」
「まともなこというじゃん」
「あのなー。俺を何だと思ってるわけ?」
「ラクス様バカー」
「いつまでもガキだと思ってんなよ?」
「お互いね」
 怯まずに言いながらメイリンは笑えた。それはヴィーノも同じなようで、変な顔で笑っていた。
「・・・・・・二年しか経ってないんだなー」
「・・・・・・そうだね」
「早いもんだな」
「そう?私は、まだそんな経ってない気がする」
 言って、メイリンは懐かしむような顔のヴィーノに舌を出した。男はすぐこうだ。感傷的なのか、そうでないのか。
「大体さ、私は軍から離職するはずだったのに」
「いまだアークエンジェルにいるもんな」
「うるさい」
 夢は寿退社です、なんてヴィーノには死んでも言わない。メイリンは頬を膨らませながらテーブルのお茶に手を伸ばす。
「これって、芍薬?」
 不意にヴィーノは飾ってあった芍薬の鉢を見つけて言う。花なんかに興味があると思えない悪友が芍薬と言ったことに驚いて瞬いた。
「知ってるんだ」
「ああ。俺、この時期の花好きなんだ。紫陽花よりすきなくらい、芍薬って」
「へええ」
 感心して声を漏らすと、ヴィーノは半眼でこちらを見た。
「意外だって顔だな?俺だって、ちゃんと教養はあるの」
「メカ以外にあったなんて、知らなかった」
「ま、主にMS専用なだけさ」
「はいはい」
 それからたくさんの話をした。 
 軍のこと、最近のヨウランのこと、ラクス様のこと、MSがどうだとかシンがアスランとまたやりあったとか。メイリンは楽しくて、嬉しく
て、ヴィーノにそう言ったりはしないが堪らなく嬉しかった。
 アークエンジェルで、それなりに自分の居場所は見つけたし、仲間も増えた。それでも、やっぱり長く過ごしたミネルバのメンバーとあの頃
のように居られない日々は寂しかったりもする。
 何より、アークエンジェルでは階級もあがってしまい、“できるメイリン・フォーク”で通っているため、実はおっちょこちょいで慌て者だ
なんて周囲はあまり知らないでいるのだ。
 こうして気を抜いて、喋ることができるのが懐かしい気がした。
「ヴィーノ、好きな子とかいないの?」
「うるさいな」
「ねえってば」
 しつこく言い募ろうとしたメイリンをヴィーノは見せたこともないような瞳で見返すと拒むように言った。
「メイリンには関係ない」
「・・・・・・つまんないのー」
 変な感じ。
 そう思ったが、メイリンは気に留めず返す。まだやっぱりヴィーノの様子はおかしかったが、問い方もわからないのでメイリンは流すことにする。
「あ、そうだ。プレゼント、ちょうだいよ」
「お前ほんっと、なー」
「いいからいいから」
 手を出してせかすと、ヴィーノはしぶしぶ紙袋を寄越した。
「あー!これ、もしかして・・・・・・!!」
「ああ。お前、ずっとそればっか言ってたろ」
 メイリンは紙袋から四角い箱を取り出して、その包みをそうっと開けた。箱にはまあるい球体の白いものがおさまっている。
「ハロじゃーん!可愛いっ」
「アスランさんみたいに、うまくは作れないけど・・・・・・ま、上出来かな」
「白いー!大福みたいー!大福って名前にしよーっ」
「大福て・・・・・・」
 手にとって機動させると、白いハロはジ、と音をさせた後、ぴょこんと動き出した。
〈ハジメマシテ、メイリン〉
「わあ!私の名前、しってるの??」
〈ボクノ、ゴシュジン。メイリン。ヨロシク〉
「たまらーんっ」
〈タマラーン〉
 メイリンがぎゅうっと抱きしめると、ハロは同じように繰り返す。
「メイリン、気をつけないとお前言った言葉、全部覚えるから」
〈タマラーン。タマラーン〉
 白いハロ、もとい、大福は何度も何度もメイリンの胸で繰り返す。無感情な声がなんだか笑いを誘った。
「ヴィーノ、あんた天才ね!ありがとう」
「どういたしまして。ずっと、アスランさんに頼んでたの知ってたから」
 そっと優しい眼差しで言ったヴィーノが、やっぱり見たことのない顔をしていて、メイリンは瞬く。
「・・・・・・ヴィーノ?」
「俺さ」
 ヴィーノが、続けようとしたときだった。


 があ、ごごごごー・・・・・・!


 窓際から、もの凄い轟音がする。
 高層マンションの窓は分厚い。分厚いなんてもんじゃない。それなのに。


「・・・・・・?」
 二人は窓の外に映るものをひたすらに凝視した。
「ヴィ、ノ、、、あれって」
「あ・・・・・・ああ。俺には、コアスプレンダーに見える」
「よね」
 浮遊して窓の外に留まっているコアスプレンダーの鮮やかな機体にメイリンは目をぱちくりとさせた。させるしかなかった。
『メイリーン!!』
 そして、ついにその機体から通信機を通した声が響く。
 紛れもなく、ステラの声。
『迎えに、きたのー』
「ステラー!!!」
 よくわからないが、メイリンは立ち上がって叫んだ。
 胸に抱えていた大福が、驚いたのかくわっと目を開いて同調する。
〈タマラーン!〉
 次いで、ステラの嬉しそうな声が届く。
『乗って』
 乗って、ではない。
 メイリンとヴィーノは動けぬまま、言葉を失った。

 

 

 

 


「ぃーやーーーーっ」
「メイリン、みて、みて!ほら、カガリの家あんなに小さいよ」
「それどころじゃない!ぅえ」
 半ばぎゅうぎゅう詰めで入り込んだコアスプレンダーの操縦席に、ステラとメイリンはいる。操縦桿を握ったステラは楽しそうに真っ青な
メイリンに話しかける。
「楽しいね」
「ステーっ」
 ラ、をいえぬまま、機体はくるんと綺麗に反転する。
『ステラ』
「はい、シン」
『大丈夫?危なかったら、すぐ帰艦してね。こっちでもいつでも遠隔できるようにしてるから』
「う」
 通信から聞こえるのは、シンの声である。メイリンはなんとか息を整えて、ステラに問いかけた。
「コアスプレンダー、操縦できるの?」
「大体、一緒。ガイア、にてる」
 そう言って操るステラは確かに鮮やかな手つきで操縦している。高さやなれない振動にメイリンは恐怖を抱いて叫んでいたが、少し落ちつい
てみれば物凄く安定した走行をしているようだ。
「覚えてるんだ」
「みたい。からだが、動く」
「そっか・・・・・・」
「覚えてて、悲しいこともある。でもこれは覚えててよかた」
「ステラ・・・・・・」
 言って、そっと視線だけ動かして後ろにいるメイリンをステラは見やると、ふっと微笑んだ。綺麗な、綺麗な微笑み。
「見ててね。これ、プレゼント」
「え・・・・・・」
 ずいっと機体は急上昇し、青空を一直線に上がってゆく。
 普段感じない重力に、メイリンは強く目を瞑る。掴んでいたステラの肩につい力を入れてしまう。
「メイリン」
 そうっと掛かったステラの声にメイリンは僅かに瞼を開く。


 息を呑む。
 見たことのない世界。
 
 白い雲が絨毯のようで、青い空が海のように下に広がっていて、ゆったりと雲間を斜光してくる太陽の光がカーテンのようで。

 
「綺麗・・・・・・」
「うん」

 ステラはそのまま、雲間に機体を向けてその中に入ってゆく。

「わ」

 何も見えないかと思えば、今度は真っ青な世界の中、鳥たちが並んで飛ぶその波と並行に飛んでいた。

「可愛い」
「う。飛んでると、一緒にとべる」

 MSたちを空へ導くことはあっても、飛ぶことはないメイリンにとってこれは思いも寄らない世界だった。みんなはこんな世界にいたのか。
こんな綺麗な空を。
 思い至って、メイリンは暗い顔になった。
 穢していたのだ。こんな綺麗な空を。この世界を赤に染めていたのだ。戦争は。
「メイリン、だいじょうぶ」
「ステラ」
「もう、ない。これ、まもる」
 ステラの瞳は強く輝き、ゆっくりと柔らかい色へと変化する。メイリンは間近で見つめながら、まだ少女のような表情ばかりする可愛い親友
を、初めて頼もしいと思った。
 ステラは優しく、可愛い。守りたくなる。メイリンはそんな彼女をずっと、なんでも言い合える、したことないことできる友達になってあげ
たいと思っていた。でもそれは、エゴなのかもしれない。彼女はちゃんと一人で考え、知り、立つことができるのだ。
「メイリン」
 そんなメイリンの考えを読んだようにステラは声を発した。
「ステラ、ずっと嬉しくてメイリンにどうおれいを言えばいいか、ずっと、考えてた」
 前を見据えながら、ステラは微笑む。
「もらってばかりで。ステラ、なにもできない。それなのに、大事なこと忘れたりして」
 少しだけ悲しそうに目を細めると、顔を振ってステラは強い声で続けた。メイリンはその横顔を、なんだか泣きたい気持ちで見つめる。
「ずっと、メイリンが羨ましかった」
 コアスプレンダーは優しく雲間を潜る。
「可愛くて、やさしくて・・・・・・みんな、メイリンがすき。そんなふうになりたくて」
 赤と青の羽が飛ぶ鳥と同じように自由に流れる。
「はやく、メイリンとおなじところにいきたくて・・・・・・そうじゃないと、いらないって言われたらって」
 すっと、雲間を抜けたその先は、広い、広い海だった。
「メイリンは、ステラの手にぎるとき、思い切りにぎる」
 涙ぐんだその視界は蒼に滲んでいて、唐突なステラの方向転換に追いつけない。
「それ、うれしいの。いつも。うれしい」
 言葉にならない。
 何が言いたいのか、何を思うのかすら。わからない。
「誕生日のこと、忘れたりしてごめんね。これは、シンとわたしからのプレゼント」
 


 答えなんてない。
 どこへでもいける。

 一緒なら。

 

 

 

 


 青空に伸びる綺麗な飛行機雲を、ミネルバの管制からシンは微笑んで見上げた。
「お前、ほんと無茶するなあ」
「艦長に怒られるな」
「はあ?俺もかよー」
「ちょいーっと絞られるだけだって」
 シンはヴィーノの背を叩いて、笑う。手元で遠隔操作をいつでも可能なようにヴィーノは位置を確認しながら、シンを睨んだ。
「・・・・・・メイリン、喜んでくれたよ。ハロ」
「そっか。良かったな」
「ああ」
 ヴィーノも少しだけ視線を青空に向けて、微笑む。
「そういや、シン。今日ヨウランとどっかいくんじゃなかった?」
「うん。行ったよ」
「ふうん」
 シンは頷いて、コアスプレンダーへ想いを馳せるように見上げる。
 答えはない。
 どう在りたいか。
「なんだよ、その悟ったような顔」
「大人なシン様は、ヴィーノ君とは違うんだよ」
「お前のどこが大人なんだよ」
「まったくね」
 呆れて言ったヴィーノはそのままで固まる。同時にシンも隣で凝固したままだった。
「どういうことか、説明してもらいましょうか」
 タリアの冷たい声に、どうにも振り返ることのできない二人であった。

 

 

 

 

 


コアスプレンダーにのれるのか。

わからない。けれどかきたかった、ステラとメイリンのおはなし。

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