01.敵対

 

 

 わかっちゃいるが、納得いかないことだってある。
 それが、意地ってもんだろ。

 

 アウルは思いっきり、不機嫌を隠さずにふて腐れていた。
 隣で居心地悪そうにしている奴が元凶なのだから、そんな困った風を装っても気なんて遣ってやるつもりはない。虫の居所が悪いなんて
もんじゃない。アウルは切れていた。はっきりいって切れていた。
 
 そっと、隣の奴がこちらを見た。

 カッ!
 まさにそんな音がしそうな視線でアウルは睨み返す。

 おずおずと視線を逸らすのがわかる。それもまた、むかついた。言いたいことがあるなら言ってみろってんだ。

「・・・・・・あの」
「ああ?」
「お・・・・・・お兄さん?ですよ、ね?」
 アウルの反応に怯んだように声を詰まらせたのが、また気に障った。
「ステラは俺の妹だよ。なんか文句あっか?」
 文句などない。そういいたそうな顔で、今までよりは反抗的な眼差しで相手は見返してきた。
「あのな、お前。なんていったけ」
「シン・アスカです」
「あっそ。お前な、ステラに何した?」
「・・・・・・は?」
 名を聞いておきながら、全く覚える気もなさそうにアウルは無視して、ぶっきらぼうに問う。
 シンと名乗ったこの青年。
 気の強そうな瞳をした赤服。意思の強そうなところと、根拠のない自信が見えて物凄く気に入らなかった。圧し折ってやりたい、その糞
みたいなプライドを。
 アウルの態度は横柄で、明らかにその青年に対し敵意をむき出しにしていることは、傍から見ても丸わかりだ。可愛そうになるほど、そ
れは明らかだった。
「だーかーらあ。あいつに何かしたろ?言ってみろ。おこらねえから」
「・・・・・・」
 はっきり言って、怒りの込められた声で言われても、だ。
 シンという青年は、先程からだんだんと我慢の限界がきているようでアウルにもその拳が震えているのが見て取れた。顔がずっと引きつっ
ていることも。
 知ったこっちゃない。
 アウルは車のドアに肘をついて、更に続けた。
「言えって。あいつ、様子がおかしい。あんな、しおらしくして・・・・・・何かあったとしか思えない」
 後ろを指差し、アウルは言う。
 現在、背後では救難した証明と完了の受領がアスランとスティングの間で、書類のやりとりがされていた。スティングに寄り添うように
ステラが立っている。時々、こちらを見ては微笑んだ。
 こちら、ではない。こいつを、だ。
「・・・・・・」
「なに、笑ってんの?」
 シンはびくっと肩を躍らせた。次いで先程からの引きつり笑いでこちらを見返した。
「い、いえ。ちょっと・・・・・・いつものステラと違うっていうから。その」
 今度はアウルの頬が引きつる番だった。
「俺といるときは、ちょっと違ってたってことなら・・・・・・嬉しいなとか。はは」
 むかつく。むかつく。むかつく。
 アウルはイライラと足踏みし、舌を打った。なんだ、なんなのだ。っていうか、このイラつきはなに?
「いつものステラって、どんな感じなんです?」
「あ?」
 何故かシンは得意そうに聞いた。そう見える。
 もう俺は特別なんだ、納得モードかあ?
「バカでドジで手に負えねえ、トロくさい奴だよ!」
 勢いでアウルは叫んだ。言った内容は間違っていない。的を射すぎているくらいだ。
 大体、なんで休暇に一緒に行動していたにも関わらずはぐれるわ、海に落ちるわ、赤服に助けられるわするんだ。よりにもよって、こいつら
なんかに。ステラのせいで、大嫌いなコーディネーターどもと会話なんぞする羽目になったのだ。
 しかも・・・・・・、仲良くなった?信じられない。
「ここまでバカだとは、思わなかったがな」
「ステラは、素直で可愛い、いい子です」
 吐いて捨てるように言ったアウルは、そのまま固まった。
 目の前の敵である少年は照れもせず、真剣な眼差しでアウルを見据えて言ったのだ。まるで、自分だけがステラを知っていると言いたげに。
 アウルの拳は意図せず、わなわなと震えた。彼の口から、ステラの名前が出るのすら許せないくらい怒りは高まっていた。
「いい子は人をころ」
「アウル」
 開いた大きな口を、背後から気配なくスティングが塞ぐ。
 続きを言えず、行き先を失ったアウルの言葉が意味不明な呻きとなって続いた。
「すみません、こいつ、人見知りのくせにすぐ突っかかる性格で」
「いえ、こちらこそ余計なことを言ったのではないかと」
 突然割って入ったスティングに遠慮がちにシンは頭を下げると、また引きつった笑みでアウルを見やった。
 気に入らない。
 俺にいい顔したいんじゃない。こいつは、「ステラの兄」だから俺に気を遣おうと必死なんだ。
「もう、手続きは終わったので。ご迷惑をかけました」
「とんでもないです。ステラに出会えて、よかった」
 シンは言って、向こうから歩み寄ってきたステラに微笑みかけた。物凄く優しく。
「・・・・・・!」
「アウル」
「・・・・・・なんで、止めるんだよッ」
「相手をみろ、バカ」
 半ば呆れたような表情でスティングはこちらを見た。またそれも癇に障る。
「事実じゃん。赤服のお墨付きいい子が人を殺してんだぜ?言ってやりたくて仕方ないね」
 アウルは燃えるようにステラと嬉しそうに話すシンを睨んだ。ステラの肩にかけてもらった毛布をそっと気遣うように引き寄せてやる様はもう傍から
見れば恋人同士のように、甲斐甲斐しい。
 手懐けられやがって・・・・・・赤服なんだぞ、バカか。お前。
 ステラに眼を向けると、今度は別の怒りが沸々と湧く。
 あんなステラの顔、見たことがない。ネオにはあいつは特別懐いているが、またそれと違う。頬染めて、幸せそうなのだ。ネオにはもっとこう、一方
通行的な感があるし、親子って感じだが・・・・・・これは明らかに。
「むかつくー!」
「お前、そんなにステラに興味あったっけ?あ、少年の方?男のがいいとか?」
「止めたいの?切れさせたいの?」
「リアルに、どっちでもいい」
「後悔すんなよ」
 言うが早いか、アウルはずんずんと前のめりに仲睦まじい二人の方へ向かった。そんなに距離はない。あっという間にたどり着いた。 
 気づいたシンは、殺気を感じたのか後退した。
「アウル、シンね」
 暢気なステラは嬉しそうに笑顔になり、アウルの服の裾を引っ張って言った。
「どけ」
 何もかも気に入らない。こいつも、あいつも。
 なんだよ。今、俺たち戦争してんだぜ。わかってんのか。
「ちょっと、お兄さんだろ?どうしてそんな乱暴するんだよ」
 突き飛ばされたステラを見て、シンは守るように前に出た。その瞳は急に怒りを帯びて、鋭くなる。
「・・・・・・っへ、それが本性なんだろーが。このカッコばっかの寝癖野郎」
「なっ」
 シンの真剣な顔が大いに歪む。
「ステラ、趣味わっる」
 無感情の双眸でありったけの嫌味をアウルは吐いた。
 ありきたりの幸せも、その辺の民間人の真似事も、上っ面なだけだ。その眼、その殺気。それで人を殺してりんだろうが。
 憎しみに似た感情が止まらない。アウルの全身を駆け抜けるように満たした。
 見据えた先のシンも、同じようにこちらを微動だにせず、睨んでいた。耐えるように握った拳が僅かに震えているのが見えた。そんな些細なことに
さえ毒が吐きたい気持ちになる。
 何も出来やしないくせに。
 言ってやりたくなる。
 誰も救えやしない。殺すことしか俺にも、お前にも出来やしない。
「シン」
 一触即発の雰囲気の二人に、アスランは冷ややかに声をかけた。
 民間人と思っているのだから、アウルを気にしなくて当然だった。だが、その自分は立ち位置が違うと言いたげな雰囲気を纏ったアスランも気に食わ
ない。コーディネーターは偉いのか。違うというなら、見せてみろと叫びそうだった。
「何をしている。行くぞ」
 気づいているのか、いないのかアスランはすぐにアウルから目を逸らして背を向けた。シンもまた、声を掛けられ平静に戻ったのか、頷いて息を吐いた。
「ステラ、じゃあ・・・・・・もう落ちたりしないようにね」
「・・・・・・シン」
 ステラはととっと駆け寄ると、シンの腕に掴まった。
 行かないで。
 声にならないのに、聞こえてくるような仕草だった。思わず、アウルは息を止めた。
「困ったな・・・・・・ステラ、お兄さんたち、来たろ」
「うん・・・・・・」
「大丈夫、もう怖くないから。それに」
 シンは少し空いていた距離を埋めるようにステラに近寄り、金の髪に大切そうに触れて笑った。
「また、会えるよ」
「シン」
 瞬いてステラはゆっくりと一緒に笑顔になる。
 また、会える。
 行かないで。
 大丈夫よ、また会える。
「・・・・・・ほら、アウル。行くぞ」
 動けもせず、ただ二人を見つめたまま戦慄くアウルの背を見やってスティングは溜息をついた。
 何を重ねるというのだろう。
 ふと、スティングの目に僅かな感情が過ぎる。だが、それもすぐに失って、躊躇う事もなく頑ななアウルの腕を引っ張り歩き出す。
「ほら」
 無理やりに掴んで車の座席に乗せたアウルは瞳いっぱいに涙を溜めて動かずにいた。
 ただ、怖いと思った。
 この自分で掴みきれない「自分」の感情が。
 戦っているときだけが平穏だ。俺は、俺であれる時間だ。何にも乗っ取られず、自由に生きることができる。唯一の。
 ・・・・・・何に乗っ取られるっていうんだろう。
 
 震える瞳のまま、凝視したものに囚われる。
 ステラ。
 何だっていうんだ。
 なぜ、お前が、お前みたいなのが、俺にないものを見つけてるんだ。持っているというんだ。

 もう周囲は暗くて、くっつきあった二人はよく見えなかったが、小さな金の頭と少年の頭が近づいて重なったように見えた。
 そして少年は急いで離れると、手を振ってザフトの車に乗り込む。
「・・・・・・んだって・・・・・・いうんだ」
 ステラはそっと、足を向こうに向けた。
「シン」
 急に温かさを失った小鳥のようにステラは頼りない足取りで、更にシンの方へ歩み寄った。
「まもる・・・・・・ステラ、まもる」
 どうしてか、あんな小さな呟きが鮮明にアウルの耳に届く。
 まるで、俺の言葉のように。
 俺が発した言葉と錯覚するほどに鮮明だ。
「またね、ステラ!また、会えるから!ってか、絶対会いにいく!!」
 走り行く車の後部座席からシンは身を乗り出して、佇むステラに叫んだ。その声も、言葉も、胸を焦がすような温度だった。
 

 ステラの背中はどこかへ心ごと持っていかれたみたいに空虚に見えた。
 アウルは、見つめたまま、乾いた瞳から涙が落ちるのを感じ、漸く我に返る。ばつが悪くて、思わず俯いたが運転席のスティングは全く
興味がないようで、こちらを見てもいなかった。
 急速に勢いを欠いた怒りに、アウルは目を伏せた。
 
 なんだってこう、簡単ではないのだろう。
 俺は。俺たちは。
 
 あいつは敵だ。
 それだけで構わない。
 理由も名前も必要ないのだから。

 なぜ、こうの簡単に俺たちは出会ってしまうのだろう。

「シン・・・・・・」


 なあ、ステラ。
 お前。ほんと、可愛そうな奴だよ。
 忘れるくせに。
 どこかにふらっと消えるように、忘れるくせに。

 持ってたって意味ないさ。

「いくぞ」
 スティングの声にもステラは動かないままでいた。
「行くって言ってんだろうが!行かなきゃ・・・・・・変わらないぜ」
 ステラは息を呑んで、アウルを振り返った。
 その透明な眼差しに、心臓が掴まれたような気がする。嫌な緊張感にアウルは目を逸らした。

「この・・・・・・バーカ」


 

 やっぱ、憎いよ。

 連れてくなら、なんで心ごと、体ごと、持ってってやらないんだ。
 お前、ずるいよ。
 お前なんて、嫌いだ。大嫌いだ。

 
 
「アウル、かえろ」
 笑ってんじゃねえよ。


 この、バカ。
 

 

 


やっと、書き出したお題。

ごめんなさい。

別視点、シンステ目指して!ガッツ、笑

 

 

 

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