突然、やってきて言い渡された。
「シン。お前、これ頼むぞ」
 そんな満開の笑顔で頼まれましても。
「お前になら出来ると思うから、頼んでいるんだ」
 そんないつか聞いたような台詞を真顔で言われましても。
「じゃ」
 おい、アスラン・ザラ。
 待て。
「ていうか!これ、ミネルバの仕事じゃないですけど!」
「硬いこと言うな」
「硬いとかそういうことでなくて」
「お前、得意だろう?タイピング」
 シンはぎりぎりと歯を食いしばりながら、飄々と笑って踵を返すアスランを睨んだ。
「あんたの為に休みに仕事する理由なんて、俺には全くないんですけど!」
 渡された書類の束を握りしめ、シンは叫んだ。
「たとえ、俺が世界一タイプが早かろうが!絶対!無理!!」
「そう言っていても、やってくれるのがシン・アスカだろ」
 もう振り返りもせずにミネルバも廊下を去っていくアスランに、シンは足掻きの最後の叫びを投げる。
「アスラン・ザラーーー!!!」

 

 

 


 はあ。

 重い溜息を何度ついても、シンの気持ちは晴れなかった。
「……なんだってんだ……、あーっもう」
 がしがし頭を掻くが苛立ちは治まらず、シンはテーブルに置いたマグカップに手を伸ばした。
「あ」
 口をつけたマグカップには虚しいことにコーヒーが一滴も残っていない。
「あーあ」
 シンはマグカップを戻して、目の前の端末を見やってテーブルに突っ伏した。山のような資料、煌々と輝く液晶、静まり返ったリビング、何時か見るのが
怖い時計。もう、重い溜息以外、積極的には出そうにもなかった。
「……シン」
 ぽつんと聞こえた声に、シンは即座に顔をあげた。
「ステラ?」
「ん……」
 振り返ると、リビングのドアを少し開けた隙間から遠慮がちに覗いているステラと目があう。眠そうな眼を擦って、ステラはそこにいた。
「起こしたかな、ごめんね」
「んん。シン、いない」
 隣の部屋で眠っていたはずのステラは、片手に毛布を掴んだままそう言ってパジャマの裾を泳がせてリビングに入ってきた。ラクスに作ってもらったパジャ
マは薄いピンク色をしたワンピースとズボンの組み合わせで、裾はフリルのあしらってある可愛らしいものだった。
 シンは思わず、何度も見ているはずのその姿につい見惚れていた。
「まだ?」
 ステラは小首を傾げて、そっと聞いた。
「うっと、えっと、ああー…ま、まだまだ……なんだなあ。これが」
「シン、たいへん。でも……ステラ一緒にねたい」
 なんだか心の中を見透かされたようで、シンはしどろもどろになって手を振った。
 心配そうに見つめる瞳も、それでいてねだる様な口元も、今のシンには目に毒だった。可愛いステラ。無邪気にいつでも共にいたいと願ってくれる。けれど
シンにとっては良くない。特に夜は。
「今夜は、うん、ごめん」
「・・・だめなの」
「ダメとかじゃなくて……」
 これはアスラン・ザラの作戦だったわけか。
 ステラと休日の夜を一緒に眠らせないための……くっそー!そうだったのか!!
「シン?」
「え、いや……仕事、終わったらそっち行くから。ね?」
 シンは側にまできて肩に小さな頭を寄せるステラに、髪を梳くように撫でてやる。任せるようにされるがままになりながら、ステラは目を閉じた。
「でも」
 いつもは素直に頷いて眠りにつくステラだが、今夜は何故か顔を横に振ってシンの腕を引っ張った。
「シン」
「うっと……じゃあ、少しだけ」
 シンはそう言って、座っていたソファから少しずれてステラに向って腕を広げた。
「おいで」
「うん」
 頷くと、ぱあっと微笑んでステラは頬を薄ピンクに染めて駆け寄った。そしてそのままシンの広げた腕の中に飛び込んだ。
「すっステラ」
 本当は隣に座らせようと思ったのだが、ステラはシンの腕の中にちょこんと納まってぴったり胸に寄り添った。手にしていた毛布を懸命に手繰るとステラは
自分とシンとに掛かるように引っ張って、頬を寄せた。
「えっと……」
「あったかい、シン」
「う」
 どうしてこんなにも幸せそうに微笑むのだろう。
 ステラは猫のように身を擦りよせて、確かめるように掌でシンの胸に触れる。感じる鼓動を受け止めるようにして、呼吸する様子は本当に子猫のようだった。
「届かない、んですけれども」
 腕の中のステラはしっかり納まっていて、両手はもうテーブルの方へは届かない。当然、端末が叩けるわけもなく。
「参ったな……」
 でも、嬉しい。
 胸の中におさまるステラはすうすうともう吐息を立てていた。伝わってくる鼓動と温度はシンを癒した。こうしているだけで何もかもが浄化されるようで、
憎々しいアスランの顔も今なら忘れられそうだ。
 手触りのいいステラの金髪を撫でてやりながら、シンは不意に思い出していた。


 シン、ステラ、まもる……?
 まもる?


 問うその瞳は動かぬ意志と揺るがぬ恐怖を抱えてシンを捕えた。
 恐れるのに、恐れを知らぬ強さでステラはシンの手に触れた。その手を己の頬に持ってゆき、そうっと触れると瞬いてそう言った。

 君の名前はステラ。
 俺が恋した女の子。

「ステラ、俺……君のこと、ちゃんと守れているかな」
 ふと口をついて出た言葉は心の奥底に沈殿する本音だ。誰にも聞けない、誰も答えを持たないこと。
「人はこんなにもないものねだりだ。ねえ、ステラ。俺は」
 君のこと。
 どうしてかその時、視界は涙で滲んだように霞んでシンは気がつけばどこでもない場所にいた。

 突然、小さな少女がそう、聞いた。

「泣いているの?」

 そうっとかけられた言葉は優しくて、まあるい声。
「ねえ、手を出して」
 見上げると、赤紫色の瞳にぶつかる。金色の髪を揺らして少女はシンを見つめ、手を差し出した。
 知っているはずなのに、出てこない。この子を知っているはずなのに。
「・・・・・・」
「怖いの?」
 いつまでも動かないシンに少女はそう言って、屈んだ。目線の高さが同じになった途端、シンの心臓は跳ねるように早鐘を打ちだした。
「知っているよ。人は、ひとりでは生きてゆけないの」
 ゆっくりと細めた少女の瞳が、優しい色に染まっていく。
 差し出された手はそのままシンの頬に伸びて、なぞるように撫でると愛しそうに、確かめるように何度も辿った。
「だから、別れがあっても、出会うことができる」
 その手が手繰り寄せるように、シンを抱きこんだ。
「繰り返して、わたしもあなたも生きてゆける」
 こんなにも自分は小さかっただろうか。
 抱きしめられた体はその少女の腕におさまるほどで、少女の小さな両腕に包まれるとどうしてか鼻がつんと痛くなった。
「泣いているの?」
 声は全身に染みるように響く。
「いいんだよ。泣いて。いいんだよ、シンは強くなくて」
「……」
「大好きだよ、シン。シンが好きだよ」
 誰でもない、シン。貴方が好きだよ。
 少女は何度も、何度も、繰り返しそう言った。囁きは心に眠る涙を誘い、何度でもその涙を拭ってくれた。

 どうしても。
 どうしても言葉にならない。君のこと。

 君の名前。

 僕をこんなにも、愛してくれるその少女の名前。

「知ってる?わたしとあなた、それはね」
 少女は楽しそうに微笑んで、静かに顔を寄せるとそっとシンの頬にキスをした。
「人は必ず出会うことができるっていう、奇跡のこと」
 
 それが、わたしとあなたの名前。

「・・・ッ!!」
 声がでない。
 叫んだ。でも、声にならない。
 愛しい、愛しい人の名前。どうして忘れたりしていたんだろう。伸ばしても、伸ばしても届かない。いつの間にか離れてゆく少女に必死に
手を伸ばしたが、届かない。
 呼びたいんだ。
 触れたいんだ。
 君に、君の名を。

 その手は漸く届いた。
 少女の微笑みを奪うように抱き締めた。すべてを手にするように、抱きしめた。

 けれど、少女はそこにいなかった。
 腕の中には何もない。何の温度も。

 君の名づけた奇跡は、僕の永遠。
 それはきっと、前にしか進めないもの。

「シン?」
「っ!!」
 霞んでいた視界は唐突にクリアになって、次に映したのは少女ではなく、眠たそうな瞳のステラだった。
「・・・・・・」
「どうしたの、声、でない?」
 空回りする口はうまく言葉を繰り出すことが出来ず、シンはもどかしく息を吸った。
「シン、泣いているの?」
 そうっと聞いたステラは毛布から手を伸ばして、シンの頬に触れた。
 鮮明に重なる少女と目の前のステラに、シンは瞬いた。触れてくるステラの手は温かくて柔らかい。それはここにきちんとステラがいるこ
とを教えてくれる。デジャヴのような感覚に、シンはついステラを強く抱きしめていた。
 強く、強く抱きしめても消えないステラに安堵してシンはその胸に顔を埋めたまま、声もなく泣いた。
「こわい夢、みた?」
 きっと一瞬だったはずのあの時間。
 霞んだ先に見えたあの少女。
「よしよし。こわくない。シン、だいじょうぶ」
 抱きしめたいたはずなのに、いつの間にか抱きしめられたまま、シンは嗚咽を殺す様にしてステラにしがみついた。細い体は温かく、熱い
ほどで、それはシンの胸を熱くさせた。
 生きている。
 ここにいて、シンを見つめている。
「よし、よし」
 背を撫でてくれる手のひらが優しくて、いつかの母のようで。
 理由なんてなかった。悲しいわけでも、苦しいわけでもない。ただ、君がここにいるという安堵だけで泣いているのだ。情けない俺でもい
いと君は言うだろう。けれど。
 やっぱり、それでも情けない。
 
 だから、今夜だけ。
 そう決めて、シンは柔らかいステラの胸で泣きたいだけ泣くことにした。

 

 

 


「できてないいぃ?」
「はい。正確には、やってません」
 しれっと言うシンにアスランは青筋を立てて叫んだ。
「何やってたんだ!昨日は休みだったんだろう?」
「はい。ですから、やってません」
 笑顔で言うシンにますますアスランは怒りの表情で拳を握った。
「……シン」
「はい?っていうか……怒られる意味が俺にはわからないんすけど」
 もっともなシンの意見に、アスランは怯んだ様に身を引いた。その隙にシンは立ち上がると、ひらひらと手を振って去ろうとした。
「待て」
「もー…なんすか?」
「……か?」
「は?」
「ステラと……か?」
「はあ?」
「ステラと何かあったのかと聞いている!!」
 アスランは堪らず叫んでシンの腕を掴んだ。
「へー」
「なっなんだ、その目はっ」
 シンの明らかに余裕のある瞳に、アスランは嫌な予感がして頬を痙攣させた。
「もしかしてアスランさん、俺にステラとその“なにか”をさせないために山のように仕事渡しました?休日中やらないといけないような。そ
ういう隙を与えないような?」
「ううううっうるさいうるさいうるさい!シン・アスカのくせに生意気な」
「意味わからない言いがかり、よしてくださいよ。図星ですね?」
「お前こそ、なっ何かってなんだ!隙を与えないって!わーっ待て、待て、まさか……」
 蒼白のアスランにシンは半眼で嘆息すると、すぐに完璧な微笑みを浮かべて振り返ってやった。
「……慰めてもらいましたよ、ステラに」
 言って、もう一度極上の笑みを浮かべるとシンは歩き出す。硬直したままのアスランを残して。
「し、し、し……シン、お前ぇええぇーーー!!!」
 背にアスランの物凄い怒りのような泣いているような叫び声が聞こえたが、そのままシンは歩いた。
「嘘はついてないさ」
 たまにしかできない仕返しを噛みしめて、そっとほくそ笑んだ。
「それに、いつかはいつかだ。うん。がんばれ、俺」
 

 


 決意を新たに歩くシンの背を、レイとルナマリアは眺めていた。
「ね、握らない?」
「シンとステラのことか?それとも、シンとアスランの勝敗か?」
「シンとステラがいつ大人の階段昇るか」
 ルナマリアは面白がるように笑うのを見て、レイはやれやれと肩を竦めた。
「そういった賭けは結果があいまいだ。やめておく」
「えー。つまんないの」
「だが」
 レイは言って、幸せそうな親友の背をもう一度眺めた。
「もうすぐだろう。きっと」
「……どうかなあ」
 いいではないか。手を繋ぐだけで焦がれる恋も。
「プラトニックは心臓に悪いって知ってる?レイ」
「なぜだ」
「つい期待するからよ」
 ルナマリアは投げるように言うと、レイの頬を抓る。無表情のままレイはルナマリアを横目で睨んだ。
「なぜ、つねる?」
「なんとなく」
 そう言って憮然としたルナマリアの頬が何故か赤いことにレイは首を傾げながら、理不尽に頬を抓られたものだと眉を寄せた。

 

 

 

 

 

 


Capsule+oneの嘉日ちせ様と大盛り上がりだった妄想から・・・。笑

いいですよねえ。夜シンステも。え、もっといく?もっとラブいカンジでも可?

ですよねえ・・・。萌えます。
 

 ちなみに、Capsule+one 嘉日ちせ様のサイト、最高ですので、とんでみてくださいね!!

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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