「今回はどういった理由で喧嘩なされましたの?」
 穏やかな物腰でラクスは前の前で、仏頂面のカガリに問うた。
「……たいしたことじゃないさ。だが、あいつが悪い」
「わたくし、わかりましたわ」
 ぽんと手のひらをひとつ叩いて、ラクスは綺麗に巻いた桃色の髪を揺らして笑顔になる。
「ご結婚のお話ですね」
「……ラクス、諜報部員でも雇っているのか?まじで」
「いいえ。キラがこの間、ちらっと」
「あいつ……姉の相談事をぺらぺらと……」
 怒る覇気はもうないのか、カガリはぶつくさと文句だけを言い、再び溜息をついた。こうして彼女が
目の前で溜息を漏らすのはもう、両手以上の回数だ。
「大体さ……あいつから初めて貰った指輪なんてさ。言ったかな?ムードのかけらもない渡し方でさ」
「ええ。お聞かせ頂いたことがあります、でも素敵だとわたくしは思いましたわ。あのアスラン・ザラ
ですもの。思いのほか、大胆なところがお有りだと知って驚いたものです」
 思い出すようにしてラクスは笑った。
 アスランは女性にもてる。とても。本人に自覚はないようだが、すぐに親身になり必死になる性格は
特に女性を放っておけない性質が相乗効果になり、もてるという図式だった。
 父の側でザフトとして活躍していたころは男に囲まれており、ラクスという婚約者もいた為に目立た
なかったが、アークエンジェルと共に戦いだした頃からその人気は日に日にわかりやすいものとなった。
 再びザフトへ戻った時も同様に、その魅力を発揮していたようで、ラクスはホーク姉妹やタリアから
聞くアスランの「あの頃」話が大好きだった。
 はっきり言ってしまうと、その曖昧なくせに熱い態度が女を勘違いさせるのだが、彼に自覚はない。
シンに言わせると、全てにいい顔しようとするから自業自得なんだそうだ。
 そんな彼の恋人であるカガリは、こうしていつもカッカしているわけだが、ラクスからしたらアスラ
ンのカガリに対する行動や言動は他とまったく違っており、それが恋人である特権だと思うのだがどう
も本人には伝わっていないようでいつもこうして彼女は溜息の嵐だった。
「わたくしもキラからプレゼントを頂いた時に驚いたことがあります。それは指輪だったのですけれど
わたくしったら、貰ったことに気づかず一週間も過ごしたのですよ」
 思い出してくすくすとラクスは笑った。
「え?なに、指輪貰ったのに?」
「お誕生日を一緒に過ごして、その日は一緒に眠ったのです。そうしたら次の日の朝、私より起きるの
がいつも遅いキラがもう起きていて」
「それで?」
 興味津々のカガリは、自分の苛立ちもすっかり忘れて先を促した。
「なんだか口数が少ないので変だな、とは思っていたのですけれど……わたくしったら気づかなくて」
「なんだ!なに、どういうことだ?」
 ラクスは大事そうに自分の薬指に触れてから、そっと続けた。
「知らない間に指輪がはここにまっておりました。気づいたのは一週間後の朝、手を繋いだとき」
「うええ」
「キラがこう言いましたわ。もう一週間前からラクスは僕のものだったのにって」
 言い終えて、一層微笑むラクスは世界で一番綺麗だなんてカガリは思った。が、惚気られたと気づき
渋面を作った。
「いいよなー。ラクスはさ。キラってなんだかんだでオトナだからなー」
 弟の早すぎる初体験(カガリ基準)とか、無理やり聞き出したくせにカガリは毒づいた。
「アスランなんて……結婚?お前にはまだオーブのことがあるだろ。整理がついたらな、だぞ?」
「それは、カガリさんのことをお考えだからでは?」
「そうだろうけど……あるだろ?もっと他に言い方が」
 金色の髪に手櫛しを入れて、カガリはテーブルに突っ伏した。ひんやり冷たい温度が頬を冷ます。
「わかってるさ。でもさ……言ってほしいだろう?たまには。そうじゃないと、あいつが本当はどう
思っているかわからなくなる。私だけがいつまでも夢見ているのだったとしたら、立ち直れん」
 弱弱しくなっていく語尾は少しくぐもっていた。
 一国の主として、民にとって父のようにありたいと思うカガリはいつでも毅然として凛々しかった。
それだけにアスランや気心知れた仲間には、弱さを隠さなかった。昔は突っ張っていたが、今ではもう
泣き虫なくらいで。
「カガリさん、貴方から言ってみてはどうですか」
「私が?」
 一向に顔を上げないカガリだったが、ラクスの言葉に小さな頭が反応する。
「ええ。好きだ、と。いつでも側にいてほしいと」
 貴方がいるから、頑張れるのだと。
 返事はなかったが、ラクスにはカガリの気持ちがわかった。気の強い彼女が自分から折れるのは、本
当に難しいことなのだろう。でも、気持ちは言葉にしないと伝わらないこともある。
 そっと、歌いだしたラクスの歌声にカガリは顔を上げた。
 柔らかな優しい歌。
 アスラン、一緒に聞きたいぞ。

 


 


「う……あれ」
「お。気が付いたか」
 シンはまだ霞む視界に違和感を覚えながら、なんとか起き上がった。
「お前が死ぬって、ステラ大騒ぎだったんだからな」
「え?」
 周囲を確認すると自分はどうやらステラのベッドの上で寝ていたようだった。隣でつまらなさそうにアスラ
ンが頬杖をついて座っている。どれくらい気を失っていたか聞こうとして向こうに見える窓が真っ暗なことに
気づく。ああ、相当な時間こうして過ごしてしまったらしい。
「ステラは……?」
「最初はお前に抱きついて離れなかったんだが、急に気が付いたみたいに出て行って……今は実はルナマリア
の家にいる」
「ルナの……?またどうして」
「俺にはわからないさ。ただ、急にやっぱりって呟いて」
「!」
 シンは弾かれたように顔を上げ、ベッドから飛び出した。
 慌てて自分の上着を探し、手にする。アスランは何も言わずにこちらを見ていたが、シンは迷わず言った。
「俺、いきますんで」
「行ってどうする」
「あんたに関係ないでしょう」
 ステラが出て行ってから自分の側にいてくれたらしいアスランに向かって、シンは苛立ちを隠さず叫ぶ。わ
からない焦燥が胸をついた。
「待て。よく考えろよ、ルナマリアだぞ。わかっているのか?」
「……それは」
 短い嘆息を漏らし、アスランは冷静な瞳でシンを見上げる。
「ちゃんとルナとは話合えたのか?きちんと互いに納得したのか?俺はずっと気になっていたよ。ルナの様子と、
ときたまルナと話すステラが」
 焦る気持ちが彼の言葉で急速に萎えた。シンは思う、痛いところばかりだと。
 あの戦争が議長の死によって、一旦は落ち着き、オーブに戻った。ザフトの軍服は脱がなかったが、シンたち
にとって新たな生きる場所となるところには、アスランがいて、キラがいた。
 そして、ステラを失ってからずっと隣にいて支えていてくれたルナマリアも。
 ルナとの関係は、親しい人ならずとも「恋は盲目」で有名なシンなので、周知の事実だった。それを側で複雑
そうに見つめているレイがいたことを、シンは知っている。
 レイは、親友でかけがえない相談相手でもある。
 ステラを失ってから寝言でシンが「ステラ」と呼ぶのを、レイほど聞いた人間はいないだろう。だからこそ、
何も彼は言わないでいてくれた。失った人間は戻らない。その悲しみを新しい癒しで埋めることは決して罪で
はないし、後ろ指差されることでもない。生きているものは前に進まねばならないのだ。
 エクステンデットの少女に幸せになってほしかっただけにレイは、シンには誰とでも構わないから幸せになっ
てくれと願うのだろう。シン自身が一番良く知っていた。
 だからこそ、この再会は本当に。
「レイが」
 シンは唐突に呟く。アスランは黙って先を待つようだった。
「言うんです。俺は知っていたぞって」
 言いながらシンの表情は歪む。苦しそうに両手で顔を覆った。
「寂しくて。悲しくて。一人では立ってもいられないほど俺は弱いからなって。だから」
 ルナマリアといたのだろう、と。
 思い出す。
 レイが俺たちの関係を知りながら、それでもなお「大事な話だ、邪魔だ」といったことを。
「いつまでも、俺とルナのこと認めてくれなくて。何も言わない代わりに、応援もしてなくて……」
 黙ったままでいてくれるアスランに感謝した。
 本当に今まで、話せなかったシンの葛藤。そして、心。
「俺は、一生できる限りお前を邪魔するが、お前がステラを諦めることは許さない。絶対に」
「アスラン……」
「男には……愛とか、恋とかよくわからんだろう。俺はそうだ。だから、憎まれても罵られても愛すると
決めた人を守れ。そうするしかない」
 視界が滲む。この人に慰められ、背を押される日がくるなんて。
「ルナもわかっているから、ステラに優しくするんだろう。いい子だな、本当に」
「ええ。ええ……」
 ステラの言葉が蘇る。
 “ルナがね、教えてくれた。ステラのあげ方。”
「よし。いい顔だ、行ってこい」
 今度こそ踏み出すために、アスランの腕がシンの背を叩いた。

    

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まだ続いてしまう。。。

空の滑車も終わってないのにすいません。

ちなみに、僕の中では「レイ」も「タリア」もイキテイマス。このお話はまた今度・・・。

 

【ずっと一緒】はまだ続きますが、気を長く・・・。よろしくおねがいします。

 

 

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